八十八 狭衣物語、こじらせ貴公子を診断する
狭衣大将のように、身分も才もあるのに恋愛でこじらせる公卿が登場する。彼は女房に思わせぶりな態度を取り、自分の苦悩に酔う。周囲は「なんて深い恋」とうっとりするが、彰子は「自己陶酔型の迷惑行動」と診断。相手の女房に、彼の言葉ではなく行動を見るよう助言する。結果、こじらせ男の株は急落。彰子は言う。「苦しんでいる俺、を見せたいだけの男に、救済コストを払う必要はありません」
才があって、身分があって、顔までよい男ほど、時々たいへん面倒です。
前世でもいました。仕事はできる。話も上手い。少し疲れた顔まで似合う。しかも本人が、それを分かっている。
そして、そういう人の一部は、自分の苦しみ方にまで演出を入れてきます。
「本当はこんなこと、誰にも言うつもりはなかった」
「君にだけ、弱いところを見せてしまう」
「分かっているんだ、俺が迷惑なことくらい。でも止められない」
知るか、です。
止められないのではなく、止めるほど困っていないだけでしょう。本当に苦しい人は、苦しんでいる自分をこんなに見栄えよく差し出せません。見せ方が上手い時点で、だいぶ余裕があるのです。
そして平安の宮中にも、もちろんいました。
『狭衣物語』の貴公子のように、身分もあり、才もあり、人を惹きつける言葉もあり、けれど恋になると、自分の悩みの深さにうっとりし始める男。
そういう人は、遠くから眺めるぶんには物語になります。でも現実に近くへ来ると、だいたい周囲に感情労働を押しつけてくるので困るのです。
その日の藤壺は、朝からどこか甘ったるい空気でした。
香が甘いわけではありません。若菜の焚く香は、いつもどおり静かです。問題は人間の方でした。
有子は控えの文を整えながら、妙に口を閉ざしている。春枝は紙箱を開けては閉めているが、あれは紙の湿りを楽しんでいる時ではなく、話を聞きたくてうずうずしている時の手です。
小少将は涼しい顔をしていますが、こういう時のあの人はだいたい「わたくしは最初から見抜いていましたわよ」という顔になる寸前です。澄子は灯の具を磨きながら、部屋の空気の揺れを見ていました。
若菜だけが、本気でどうしたらよいのか分からない顔をしていた。
つまり、誰かがややこしい男に絡まれています。
「姫様」
赤染衛門が来た時点で、はい正解、となりました。
「少し、女房の間で騒ぎが」
「誰が」
「中務少輔どのにございます」
ああ、来ましたか。
中務少輔。家柄よし、歌よし、字もよし、顔も悪くない。しかも、ほどよく影がある。この“ほどよく影がある”というのがいちばん厄介です。
明るすぎる男は浅く見える。陰がある男は深く見える。そして深く見える男ほど、周囲が勝手に意味を足してくれる。
「何をしたの」
赤染衛門が、少し嫌そうな顔をしました。
「思わせぶりな歌を、複数の女房へ」
「はい」
「それだけならまだしも、“この苦しさを分かるのはそなただけ”と、相手ごとに」
「はい」
「しかも、逢うつもりはない」
「……」
「ただ、苦しいのだそうで」
ああ。最悪ではないけれど、だいぶ面倒な種類です。
つまり、相手を求めるわけではない。でも、思わせぶりにはする。責任は取らない。しかし苦悩は理解してほしい。
要するに、恋をしたいのではなく、恋に苦しむ自分を支えてほしいのですね。常盤がいつのまにか寄ってきて、小声で言いました。
「狭衣めいてまいりましたね」
「嬉しそうに言わない」
「申し訳ございません。でも、かなり典型的で」
「ええ。典型的です」
物語の中では、逢えぬ恋に悩み、深く思いつめ、言葉の端々に心を滲ませる男は、たいそう風流でしょう。
でも現実では、複数人へ「君だけが分かる」と言って回る時点で、だいぶ風流から外れています。
「誰が巻き込まれているの」
「夕霧、葵、それから薄衣も少し」
薄衣まで。それは放っておくとまずいですね。
後ろ盾が弱い子ほど、こういう“優しそうで断りにくい男”に消耗させられやすい。強く拒めば感じが悪いと思わされるし、聞いてあげると依存される。
しかも周囲が、
「まあ、なんて深い恋」
「そんなに苦しんでおいでなのね」
などと囃したら、なお悪い。私は立ち上がりました。
「見ましょう」
几帳の向こうへ行くと、案の定、若い女房たちが妙にうっとりした顔と困った顔の中間みたいな表情で集まっていました。
夕霧は少し頬を染め、葵は気まずそうに袖をいじり、薄衣は明らかに疲れている。若菜は、その輪の外でおろおろしている。
「何を話していたのですか」
私が声をかけると、空気がぴたりと止まりました。
最初に答えたのは、夕霧でした。
「……中務少輔どののことにございます」
「どのように」
「その……ずいぶんお苦しそうで」
「何に」
「恋に……でございましょうか」
「でございましょうか」
私はその言葉を繰り返しました。
「つまり、はっきりとは分からないのですね」
夕霧が少し戸惑う。
「でも、歌の端々に、忍ぶ心や、晴れぬ思いが……」
「ええ」
「わたくしには“この思いを知るは君のみ”と」
「葵へは」
葵が小さく答える。
「“人に見せぬ胸のうちを、なぜかあなたには隠しきれぬ”と」
「薄衣へは」
薄衣が困った顔で答えた。
「“分かってくださるだけでよいのです。わたくしは報いなど望みませぬ”と……」
はい。たいへんよくできた、自己陶酔型の迷惑文句です。
常盤が後ろで息を呑んでいます。たぶん「見事ですねえ」と思っています。やめなさい。
私は静かに尋ねました。
「その方は、誰かひとりに正式に心を寄せる文を出しましたか」
「……いいえ」
「逢う段取りを定めましたか」
「……それも」
「将来について何か言いましたか」
「申しませぬ」
「では、何を求めているのでしょう」
場が静まり返りました。
そうなのです。ここが肝心です。
恋だと思わされているけれど、相手は何も差し出していない。関係を作るでもなく、責任を負うでもなく、ただ“自分の苦しさ”だけを受け取らせようとしている。それは恋ではなく、感情の処理を他人へ委託しているだけです。
私はそこで、少しはっきり言いました。
「それは、深い恋ではありません」
皆がこちらを見る。
「自己陶酔型の迷惑行動です」
何人かが、思わず息を止めた気配がありました。若菜なんて、目を丸くしている。赤染衛門は横で、ああ言いましたね、という顔。ええ、言いますとも。
夕霧が、おそるおそる言いました。
「けれど、あの方は本当にお苦しそうで……」
「苦しんでいるのでしょうね」
私は頷きます。
「でも、苦しんでいることと、他人を巻き込んでよいことは別です」
「……」
「それに、本当に相手を大事に思うなら、相手の心を曖昧に揺らすような言い方を、何人にもして回りません」
小少将が、すっと口を開きました。
「苦悩を抱えて美しく見える角度を、よくご存じの方なのでしょうね」
「ええ」
私は答えました。
「しかも、自分で」
ここで、うっとりの空気は少しずつほどけ始めました。でも完全ではありません。まだ皆の中に、「でも、ひとりくらいは本気なのでは」という期待が残っている。
ならば、いつものようにやりましょう。言葉ではなく行動を見るです。前世でもそうでした。こじらせた人ほど、台詞は濃く、行動は薄い。
「会いたい」と言いながら会う段取りはしない。「失いたくない」と言いながら関係を明確にしない。「君だけ」と言いながら、他の相手への含みは切らない。
だから、言葉をいったん脇へ置いて、行動だけ並べるのです。
「衛門」
「はい」
「紙を」
赤染衛門が大きめの紙を広げる。春枝がすかさず紙を追加で持ってくる。あなたは本当にこういう時の補給が早い。
私は項目を作りました。中務少輔どのの言葉。中務少輔どのの行動。
「夕霧」
「はい」
「あなたへ何と言った?」
「“この苦しさを知るは君のみ”と」
「何をした?」
「……歌を」
「それ以外は」
「……ございません」
「葵」
「“隠しきれぬ胸のうちを”」
「何をした?」
「文を一度」
「それ以外は」
「……」
「薄衣」
「“分かってくださるだけでよい”」
「何をした?」
「人づてに、悩んでおられると」
「それ以外は」
「……ございませぬ」
私は紙にまとめていきました。
言葉。君だけが分かる。あなたにだけ隠せない。報いは望まない。苦しい。誰にも言えない。
行動。複数人へ似たことを言う。正式な申し入れはしない。逢う段取りを作らない。責任ある約束をしない。ただ“気持ちを受け止める役”を相手に求める。場の空気が、目に見えて変わりました。
さっきまで「なんて深い恋」と言っていた若い女房たちの顔から、少しずつ夢見が引いていく。有子が、控えめに、しかしたいへん鋭く言いました。
「……言葉は濃いのに、行動が薄うございますね」
「その通り」
私は頷きます。
「濃い台詞ほど、行動と並べると水っぽさが分かります」
常盤が後ろで肩を震わせている。
「水っぽい」
「笑っている場合ではありません」
「申し訳ございません、でもたいへん分かりやすく」
夕霧が、ようやく眉をひそめました。
「わたくし……てっきり、わたくしにだけ弱いところを見せておいでなのかと」
「そう思うように話していますから」
私は答えます。
「だから、あなたが愚かだったわけではありません」
「……」
「でも、次からは、苦悩の深さではなく、相手が何を差し出しているかを見なさい」
「差し出しているもの」
「ええ。時間、段取り、責任、立場」
「……はい」
葵は、少し怒ったような、悔しいような顔で言いました。
「では……わたくしたちは、ただ聞き役にされていたのでございますか」
「おそらく」
私は言いました。
「苦しんでいる俺、を見せたいだけの男に、救済コストを払う必要はありません」
ぴたり、と場が静まりました。そして常盤が、ついに顔を伏せた。笑いをこらえているのではありません。たぶん「救済コスト」の切れ味にやられています。
「姫様」
若菜が、おそるおそる言う。
「きゅうさい……」
「助けてあげるための時間と気力のことです」
「ああ……」
若菜は、なんとなく分かった顔になった。
「では、相手が何も返さぬのに、こちらばかり心を使うのは」
「損です」
「……はい」
たいへんよろしい。薄衣は、少し青ざめた顔で言いました。
「わたくし、あの方がお苦しそうで……無下にしては悪いかと」
「それが一番つけこまれやすいところです」
私は言いました。
「優しい人ほど、“助けてくれるよね”という顔で寄られると断りにくい」
「……」
「でも、その優しさを当然のように吸う人は、長く置くと人を痩せさせます」
薄衣は、こくりと頷きました。あの子には、こういう線引きを早めに覚えてほしい。後ろ盾の弱い子ほど、相手の感情処理係にされやすいから。
紫式部もすっと筆を止め、静かに口を開きました。
「……物語の殿方が美しく思い悩んで見えますのは、その裏で消費される女房たちの苦労を、作者が都合よく書き消して差し上げているからです。現実の殿方がそれを真似てご自身に酔いしれるのは、たいへん見苦しゅうございます」
その身も蓋もない見事な辛辣さに、若い女房たちは一瞬目を丸くし、それからふふっと吹き出しました。
私は紙に、もう一段項目を足しました。診断だけで終わらせず、対処を作る。
――こじらせ貴公子への応じ方
一、言葉ではなく行動を見る
一、“君だけ”を言われたら、他にも言っていないか疑う
一、苦しさの受け止め役を求められても、個人で抱えない
一、正式な申し入れも約束もない文は、深読みしない
一、助けてあげたい気持ちと、関わるべきかは分けて考える
一、小少将が、その紙をのぞきこんで言いました。
「“深読みしない”が、いちばん難しゅうございますわね」
「ええ」
私は頷きます。
「でも、こじらせた人は、相手が深読んでくれることで回っています」
「……なるほど」
「読まなければ、だいぶ弱る」
「たいへん現実的ですこと」
前世でもそうでした。匂わせ、含み、曖昧な弱音。それに毎回“本当はこういう意味?”と付き合ってしまうと、相手はますます曖昧なまま居座ります。でも、「それで、何をしたいのですか」と問われると、急にしぼむ。
現実とは残酷ですね。でも、有効です。
その日のうちに、中務少輔どのへは、御殿として穏やかな線を引きました。趣旨はこうです。
女房たちへ、個別に深い胸中をほのめかす歌や言伝てを重ねることは、相手に無用な心労を与え、場を乱す。もし真に申し入れるべき心があるなら、しかるべき形を取るべきであり、そうでないなら、曖昧に頼るべきではない。以後、私的な「悩みの共有」は控えるように、と。
赤染衛門が清書しながら、しみじみ言いました。
「だいぶ逃げ道が狭うございますね」
「狭衣だけに」
と言いかけた常盤を、私は目で黙らせました。あなたは本当にそういうところがあります。
返事は、いかにも彼らしいものでした。
誤解を招いたなら不徳のいたすところ、自分の不明を恥じる、誰にも迷惑をかけるつもりはなかった、ただ、胸中をどうにも持て余し――
「出ましたね」
有子が真顔で言う。
「“つもりはなかった”」
「ええ」
私は答えました。
「でも、したことはしたことです」
そして何より、この返事にもやはり、具体的な責任の取り方がない。謝っているようで、場の中心が最後まで自分の苦悩に戻る。
たいへん分かりやすいですね。その後、女房たちの空気は急速に冷えました。
最初に変わったのは夕霧です。あれほど「お苦しそう」と言っていたのに、二日ほどでこう言いました。
「……あの方、ご自分のお気持ちのお顔色ばかり見ておいでなのですね」
「そうとも言います」
小少将が答える。
「鏡をご覧になっているようなものですわ」
葵はもう少し辛辣でした。
「わたくし、恋に悩む殿方というより、“悩んでいる殿方を上手に演じる殿方”に見えてまいりました」
「成長しましたね」
と常盤。
「それ、だいぶ大事な区別です」
「あなたに褒められても」
「最近みなさま厳しゅうございます」
薄衣は、しばらく黙っていたけれど、ある夕方、若菜にこう漏らしました。
「わたくし……やさしくせねばと思っておりました」
「ええ」
「でも、あの方の苦しさを軽くするために、わたくしが重くなるのは、違うのでございますね」
若菜は静かに頷きました。
「はい。違うと、わたくしも思います」
いいですね。その理解は大きい。
ある日、中務少輔どの本人が、たまたま渡殿の向こうでこちらを見かけ、いかにも憂い顔で立ち止まりました。以前なら、誰かしらの女房が「ああ、お気の毒に」と心を揺らしたかもしれない。
でも今回は違いました。夕霧は見なかったことにし、葵はそのまま紙を運び、薄衣は若菜と一緒に道を変えた。誰も、彼の「苦しそうな顔」を受け取りに行かなかった。
あれは効きます。
こじらせた人の苦悩は、観客がいてこそ育つのです。誰も客席に座らなければ、独演会は続きにくい。
常盤が、その様子を見てこそこそ言いました。
「株が急落しております」
「当然です」
私は言いました。
「行動の裏づけのない憂い顔は、鮮度が落ちるのが早いのです」
「鮮度」
と春枝。
「紙のようでございますね」
「何でも紙にしない」
「でも少し分かります」
その夜、藤壺では妙にすっきりした空気が流れていました。
若菜が香を整え、有子が控えをしまい、春枝は「憂い顔には灰色が似合いますが、そればかり配られても困りますね」と、またよく分からないことを言っている。
小少将は、「せめて一人にだけ愁いを見せる節度があれば、まだ物語になりましたのに」と、最後まで美意識で評していました。本当にぶれません。
私は、女房たちに最後にもう一度だけ言いました。
「恋に悩む人を、すぐ冷酷に切り捨てろと言っているのではありません」
皆がこちらを見る。
「でも」
私は続けます。
「相手の苦しさに心を使うなら、その人が自分の苦しみをどう扱っているかを見なさい」
「……」
「自分で整理しようとしているのか」
「責任を取る形へ進もうとしているのか」
「相手を守ろうとしているのか」
「それとも、ただ“苦しんでいる自分”を受け止めさせたいだけなのか」
「……はい」
夕霧が、少し恥ずかしそうに笑いました。
「前者なら、手を貸す余地もございますね」
「ええ」
「後者なら」
「境目を引きなさい」
「はい」
若菜が、ほっとしたように言います。
「なんだか、よく分かりました」
「何が」
「苦しそうな人が、必ずしも助けるべき人とは限らぬのですね」
「そうです」
私は答えました。
「そして、助けるにしても、近づきすぎぬ助け方があります」
「はい」
前世でも、救済コストというものは、だいたい優しい人のところへ偏って落ちます。聞いてくれる人、なだめてくれる人、責めずにいてくれる人。そういう人が静かにすり減る。
だから、「かわいそう」で引き受けすぎないこと。自分の優しさをどこに置くかは、自分で決めてよいのです。
赤染衛門がぽつりと言いました。
「狭衣のような男は、物語にいるぶんには美しゅうございますね」
「ええ」
私は答えます。
「紙の向こうなら」
「現実に来ると」
「女房の心を燃料にして、自分の憂いを光らせ始めます」
「……たいへんお上手におっしゃいます」
赤染衛門は、くすっと笑いました。
「でも今日のこと、若い者どもにはだいぶ薬でした」
「そうでしょうね」
「深い恋とうっとりする前に、まず相手の行いを見よ、と」
「ええ」
「たいへん実務的でございます」
「恋であっても、現実の人間関係ですから」
「夢がございません」
「夢だけで済むなら、私の手は要りません」
それに、夢を見るなとは言っていないのです。ただ、夢の費用を一方的に払わされるな、と言っているだけで。
苦しんでいるように見える人が、必ずしも誠実とは限りません。深そうな言葉を使う人が、深く人を思っているとも限らない。
本当に見るべきなのは、何を言うかではなく、何を引き受け、何を決め、どう動くかです。
苦しんでいる俺、を見せたいだけの男に、こちらの時間も心も差し出す必要はありません。
〜 出典 〜
『狭衣物語』巻一(その1)
少年の春は、惜しめども留まらぬものなりければ、弥生の廿日余にもなりぬ。御前の木立、何となく青み渡れる中に、中島の藤は、「松にとのみも」思はず咲きかゝりて、山ほとゝぎす待顔なるに、池の汀の八重山吹は、「井手の辺にや」と見えたり。
(訳)青春期は、過ぎ行く時間さえ惜しく思われるものですが時は止まらず、弥生(三月)も二十日過ぎとなりました。御前の木立は、訳もなく青々と茂り、中島(寝殿造りの庭園の池にこしらえた島)の藤は、「松にとのみも」(『 夏にこそ 咲きかかりけれ 藤の花 松にとのみも 思ひけるかな』=『夏になって藤の花が満開である。藤は松の木に寄りかかるものと思っていたが』。『拾遺和歌集』)とばかり咲き誇り、山ほととぎすの待ち遠しく思っていたかのような鳴き声が聞こえて、池の汀の八重山吹は、「井出の渡り」(『色も香も なつかしきかな かわずなく 井出の渡りの 山吹の花』。『小町集』。井出の渡り=現京都府 綴喜郡井出町)と思えるほどでした。
〜 舞台背景 〜
『狭衣物語』とは、平安時代の作り物語のひとつ。全4巻。この物語の作者を紫式部の娘大弐三位とする説もあったが、現在では六条斎院宣旨(禖子内親王家宣旨)源頼国女を作者とする説が圧倒的に有力である。成立時期は後冷泉朝の康平頃とも、後三条・白河朝の延久・承保頃ともいう。『源氏物語』宇治十帖の薫大将に性格の酷似する主人公・狭衣の恋愛遍歴を描き、主題・構成には『源氏物語』の顕著な影響が見える。しかし「いずれの御時にか」で始まる『源氏物語』と違い、「少年の春は惜しめども留まらぬものなりければ、弥生の二十日余になりぬ」(『有朋堂文庫』)と始まる書き出しは、白楽天の漢詩や『古今集』の名歌を踏まえ、従妹源氏の宮への遂げられぬ恋に起因する狭衣の煩悶を描き、現実を意識したものとなっている。出典:wikipedia




