八十七 住吉物語、継母いじめを人事制度で潰す
宮中で、後見の弱い女房が雑に扱われる。彰子は、家の後ろ盾が弱い者ほど業務評価と保護制度が必要だと考え、女房ごとの役割・成果・相談先を明文化する。陰湿ないじめは「誰にも見えない場所」で起きる。ならば見える場所を増やせばよい。彰子は 継母に疎まれた姫君が苦難を経る『住吉物語』のような古典的な継子いじめを、現代風の人事管理で崩す。
いじめというものは、だいたい正面からは来ません。
前世でもそうでした。露骨に殴る、怒鳴る、追い出す――そういう分かりやすいものは、まだ対処しやすいのです。問題は、もっと静かなやり方です。
頼まれていないのに「あの子にはまだ早い」と役を外す。教えていないのに「どうしてそんなことも分からないの」と責める。忙しい時ほど、なぜかその人にだけ声がかからない。失敗した時だけ名が出て、うまくいった時には記録から消える。
そして、こういうことはたいてい、後ろ盾の弱い人から先に食らいます。守ってくれる家が大きくない。
強く口を出してくれる親族がいない。何かあっても「まあ、あの子なら」で流されやすい。そういう人は、露骨に嫌われなくても、静かに雑に扱われます。
平安の宮中では、なおさらです。
家。後見。縁故。誰の名でここにいるのか。それらは、あって当然の空気のように場を支えます。でも逆に言えば、それが薄い人ほど、息がしにくい。
『住吉物語』では、継母に疎まれた姫君が、家の中で居場所を失っていきます。露骨に追われるだけではない。よいものは与えられず、声は軽んじられ、心は削られ、いつのまにか「大事にされないのが普通」みたいな空気の中へ押し込まれていく。
ああいうのは、物語だから昔のこと、ではありません。形を変えて、今もどこにでもあります。
その日の藤壺は、朝からどうも小さな引っかかりが多い日でした。
若菜が香炉の灰をならしながら、二度ほど入口の方を気にしている。有子は控えの文を整理しているが、何か言いたそうで言わない時の顔をしていた。
春枝は紙箱の前で「これは違う、これも違う」とぶつぶつ言っている。あれは紙の機嫌が悪いのではなく、春枝の機嫌が悪い時のやつです。
小少将は装束の色目を見ながら、半分は部屋全体の空気を読んでいる。澄子は灯台の金具を磨いていたが、妙に静かでした。
つまり、何かあります。
「姫様」
赤染衛門が来た時点で、私はたぶんそうだろうと思っていました。
「少し、気になることがございます」
「誰の」
「薄衣でございます」
薄衣。後見の弱い、まだ若い女房です。父は地方官の末で、家筋が悪いというほどではないが、でも宮中で大きな顔ができるほどではない。筆は丁寧で、覚えも悪くない。目立つ華やかさはないけれど、与えたことは真面目にやる。ただし、自分から前へ出る強さはまだ薄い。そして、こういう子は狙われやすい。
「何が」
赤染衛門は少しだけ声を落としました。
「役の割り振りが、どうも妙でございます」
「妙」
「はい。本来、薄衣が入るはずの文の控えが、三度続けて別の者へ回っております」
「理由は」
「“まだ早い”と」
「誰が」
「兵庫の君と、少し紀伊の君の下にいる古参がたの一部」
私は少し眉を上げました。兵庫の君。ああ、またですか。悪人ではない。仕事はできる。けれど、場数を踏んでいるぶん、「この子はここまで」「あの子はまだ後ろ」と自分の勘で決めがちです。
それが当たることもある。でも、後ろ盾の弱い子にだけ厳しく出るなら、それは勘ではなく偏りです。
「薄衣は失敗したの」
「大きなものは」
「では、なぜ外される」
「そこなのです」
なるほど。表向きの理由が薄い。こういう時、一番まずいのは「たまたま」や「何となく」が積み重なることです。
一回一回は小さい。でも、本人にだけそれが重なると、やがて“あの子は大した役に向かない”という空気になります。しかも、誰もはっきりいじめているつもりはない。だから厄介なのです。
「薄衣は気づいている?」
「ええ。だいぶ」
若菜が遠くからこちらを見ていたのは、そのせいだったのでしょう。あの子は、自分より声の小さい子の不調には敏い。
「呼びましょう」
しばらくして、薄衣がやって来ました。小柄で、きちんと座る子です。でも今日は、きちんとしすぎている。人は、自分の居場所が不安になると、姿勢ばかり整えます。崩れたら終わると思うから。
「薄衣」
「はい、姫様」
「このところ、役が少し動いていますね」
彼女の指先が、膝の上でぴくりとしました。
「……はい」
「困っていますか」
その問いに、彼女はすぐ答えませんでした。困っている、と言ってよいのか分からない顔でした。ええ、そうでしょうね。強く訴えるだけの後ろ盾もなく、かといって平気でもない。
「正しいことを言う場ではありません」
私は穏やかに言いました。
「困っているなら、困っているでよいのです」
薄衣は、ようやく小さく息を吐きました。
「……分かりませぬのです」
「何が」
「わたくしが足りぬのであれば、もっと励みとうございます」
「ええ」
「けれど、何が足りぬのかが、よう分かりませぬ」
「……」
「前は任せていただけたことが、“今日はよい”“やはり次に”と変わり」
「うん」
「教わる前に外されることもあり……」
そこで彼女は視線を落としました。
「わたくしが、ここにおってよいほどの者でないのかと、時々」
だめですね。そういうところまで来ていましたか。本人の能力そのものより先に、自分がいてよいのか分からなくなる。それが陰湿ないじめや排除の一番嫌なところです。
追い出されるわけではない。でも、少しずつ“あなたは重要ではない”を浴びせられて、立っている意味が薄くなっていく。
私は静かに尋ねました。
「誰かに、直接何か言われた?」
「いいえ」
「きつく当たられた?」
「それも……あからさまには」
「でも」
「“まだそこまでは”“まずは見て覚えて”と」
「……」
「けれど、同じ頃に入った者が先へ進むこともございます」
はい。それは本人にとって、だいぶきつい。同じミスをしても、誰かは「次がある」で済み、自分は「やはり早い」で止まる。これが一度や二度なら勉強です。でも続けば、差別です。
私は薄衣に言いました。
「分かりました。少し見ます」
「……はい」
「それまでは、あなたが駄目だからこうなっているのだと決めないこと」
薄衣の目が少し揺れます。
「そう、でしょうか」
「ええ。人は、自分のせいにすると話が早く見えるのです」
「……」
「でも、早い説明はよく外れます」
常盤が、いつのまにか柱の陰にいました。本当に便利な耳です。
「早い説明はよく外れる」
小声で繰り返している。
「広めない」
「はい」
私はまず、割り振りの流れを見ました。誰が何を任されるか。誰の判断で変わるか。その理由は残るか。
前世の職場でもそうでしたが、不公平はたいてい記録されていないところで育ちます。口頭の判断。空気の了解。なんとなくの差し替え。そういう場所に、好き嫌いや身内びいきがしみ込む。
宮中でも同じです。大きな役ではなく、控えの文。正式な抜擢ではなく、「今日は別の者で」。叱責ではなく、「まだ早いでしょう」。
全部、表立っては小さい。でも、それがどの子に何回起きたかを並べると、急に柄が見えます。数日分の控えを有子に持ってこさせ、私はひとつずつ見ました。
薄衣が本来補助に入る予定だったものが外れた回数、五回。そのうち三回は、同じくらいの経験の者が代わりに入っている。理由欄はなし。口頭のみ。
はい。だいぶ嫌な感じですね。
「兵庫の君を」
呼ばれて来た兵庫の君は、いつも通りしゃんとしています。悪びれた顔はない。たぶん本気で「場のために最善をしている」と思っているのでしょう。こういう人が一番難しい。
「兵庫の君」
「はい」
「薄衣の役が、このところ何度か変わっていますね」
「ええ」
「理由は」
「まだ、任せきるには早いかと」
「何が足りない」
「その……まだ場慣れが」
「どの場で、どう足りない」
兵庫の君は一瞬だけ言葉に詰まりました。
「大きく申し上げれば、全体の見え方に」
「曖昧ですね」
「……」
「失敗があったなら挙げてください」
「大きなものはございませんが」
「ないのですね」
「はい」
私はそこで、控えの紙を彼女の前に置きました。
「同じ頃に入った者で、薄衣より先に入った者は誰ですか」
兵庫の君が名を挙げる。
「その者たちは失敗していない?」
「……小さなことは」
「小さなことはある」
「はい」
「では、なぜ薄衣だけが“まだ早い”になるのです」
「それは……」
そこで兵庫の君は、ようやく困った顔をしました。たぶん、自分の中では筋が通っていたのです。でも、いざ言葉にすると、通しにくい。私は続けました。
「後見が弱く、物も言わず、前に出すぎぬ子ほど、いつまでも“まだ早い”にされやすい」
「……」
「そういうことは、ありませんか」
兵庫の君は、きっぱり否定できませんでした。よろしい。少なくとも、自分の中に少しは覚えがある。
ここで彼女を悪人に仕立てるのは簡単です。でも、それでは仕組みが残る。兵庫の君が引いても、次の誰かが同じことをやるだけです。
必要なのは、家の後ろ盾が弱い者ほど、空気に左右されない評価軸を持たせること。私はその場で決めました。
「衛門」
「はい」
赤染衛門は、もう分かっていますね、という顔。
「女房ごとの役割、成果、相談先を明文化します」
「やはり」
「ええ。見えぬところで雑にされるなら、見えるところを増やせばよい」
「題は」
「……“女房勤め見立て覚”」
「ずいぶん広うございますね」
「広くてよいのです」
「承知しました」
常盤が小声で言いました。
「継母いじめを人事制度で殴る回でございますね」
「その言い方はやめなさい」
「でも好きです」
「知っています」
その日のうちに、私は紙を広げて項目を書き始めました。
――女房勤め見立て覚
一、役割。今任されている仕事
一、成果。できるようになったこと、任せてよいこと
一、課題。次に覚えるべきこと
一、指導役。誰が教えるか
一、相談先。困った時、誰へ言ってよいか
一、差し替え記録。予定が変わった時、その理由
一、評価の節目。いつ見直すか
若い女房たちは最初、ぽかんとしていました。年長の女房たちも、少し驚いた顔です。でも、こういう時に大事なのは、皆が“見られる側”だけでなく、“支える側も記録される”と知ること。
「薄衣」
私は言いました。
「今のあなたの役割は何ですか」
「控えの文の整理と、持ち出しの補助にございます」
「成果は」
「……まだ」
「あります」
私は切りました。
「有子」
「はい」
「薄衣が任せてよいことを」
有子はすぐ答えました。
「文の並び替えは、落ち着いております。字も丁寧で、控えの転記は正確です」
「ええ」
「持ち出しも、一度言われた順はよく覚えます」
「ほら」
私は薄衣を見る。
「“まだ何もない”は、違うでしょう」
薄衣は、少しだけ目を見開きました。たぶん、自分の成果を自分で言う機会がなかったのです。
「課題は」
「場が急いだ時、尋ねる声が少し小さうございます」
有子が言う。
「でも、それは練習で直ることです」
「よろしい」
私は頷きました。
次に、兵庫の君の欄も作りました。
「兵庫の君。あなたの役割」
「全体の流れの確認と、差し替えの判断」
「成果」
「大きな乱れを防ぐこと」
「課題」
そこで彼女は少し黙った。
「……判断の理由を、言葉に残すこと、かと」
「ええ」
私は答えました。
「そこです」
小少将が、すっと口を挟みます。
「“何となく”で止めたつもりでも、止められた方には“やはり私では足りぬのだ”と残りますものね」
「その通り」
「ならば、止めるなら理由を渡し、進める道も渡さねば」
「ええ」
春枝が、しみじみ言いました。
「紙の包みでも、名を書かぬと後で誰のものか分からなくなります」
「また紙ですか」
常盤が言う。
「でも今回はかなり分かります」
有子が真顔で頷いた。春枝が少し誇らしそうです。
そのあと、私は全員分をざっと作りました。若菜には、香と場の落ち着け方、そして新人へ圧を与えない教え方。有子には、控えと記録、差し替え理由の明文化。
小少将には、見映えだけでなく全体調整の伝え方。澄子には、灯と気配、異変を小さいうちに拾う役。そしてそれぞれに、相談先を明記しました。
ここが肝心です。
後見の弱い者ほど、「困ったら誰に言ってよいか」が曖昧なまま放り出されます。親や家が強い者は、最悪そちらへ泣きつける。でもそうでない者は、黙るしかない。
ならば、御殿の中に相談先を固定するしかない。薄衣の欄には、業務のことは有子人間関係の違和感は赤染衛門配置や差し替えについては大輔の君 と、はっきり書きました。
「そんなにはっきり」
と常盤。
「はっきりしないと、見えないところへ追いやられます」
「なるほど」
前世でも同じです。いじめや排除は「誰にも相談できない」から育つ。逆に、窓口が明示され、変更理由が残り、役割と成果が見えると、陰湿さはだいぶやりにくくなる。だって、人を雑に扱うには、まずその人を曖昧にしておく必要があるから。
数日後、小さな変化が出ました。
まず、役の差し替えに理由がつくようになった。
「今日はこの文が急ぎなので、有子が入る」
「薄衣は次の回で補助から一段進める」
「この件は未経験なので、若菜と組ませる」
たったそれだけです。でも、「何となく外された」が減るだけで、人の心はだいぶ消耗しにくくなる。兵庫の君も最初は面倒そうでしたが、書き残すようにしてみると、自分でも偏りに気づくことがあるらしい。
ある日、彼女は控えを見ながら、少し苦い顔で言いました。
「……薄衣を、三度続けて後ろへ回しておりましたね」
「ええ」
私は答えます。
「こうして残ると見えますでしょう」
「はい」
「勘そのものが悪いわけではありません」
「……」
「でも、勘は、記録に通してみると癖が出ます」
兵庫の君は、静かに頷きました。
「耳が痛うございます」
「痛いようにように言っています」
薄衣の方も、少しずつ変わってきました。最初は「わたくしなど」とすぐ引っ込んでいたのに、
「これは次にわたくしが入る予定の役でございます」
とか、
「ここはまだ教わっておりませぬので、有子様に確かめとうございます」
とか、
自分の立ち位置を言葉にするようになったのです。人は、役割が曖昧だと自分を守れません。でも、「私はこれを任され、次はこれを覚える」と分かっていると、少しずつ足場ができます。
ある日、若い女房のひとりが、うっかり薄衣へ言ったのです。
「でも薄衣は、家の方が強うないから、こうして見ていただけてよかったですわね」
場がしん、と静まりました。言った本人に悪意は半分もなかったでしょう。でも、半分でもあれば十分です。
薄衣の顔が少しこわばる。以前なら、そこで笑って流したでしょう。でも今は違いました。
「ええ」
薄衣は静かに答えました。
「だからこそ、見えるようにしていただいているのでございます」
相手がたじろぐ。薄衣は続けました。
「見えぬところで軽くなるのは、家の弱い者からでございますもの」
おや。私は内心で少し驚きました。ちゃんと言えるようになりましたね。小少将が、横でうっすら笑う。
「よい返しでございますわ」
若菜はほっとした顔。有子は満足げに頷いている。春枝はなぜか「その紙は残したい」と意味の分からない顔をしている。
その日の夕方、薄衣が私のところへ来ました。
「姫様」
「はい」
「このところ……少し、息がしやすうございます」
その言い方が、たいへんよかった。
「どうしてだと思う?」
薄衣は少し考えて、言いました。
「分からぬことが、分かるようになったからかと」
「何が」
「わたくしが何を任され、何がまだ足りぬか」
「ええ」
「それに、困った時に、誰へ申してよいかも」
「ええ」
「前は、ただ“わたくしが足らぬから外されるのだ”と思っておりました」
「……」
「けれど今は、“では次に何を覚えればよいか”と考えられます」
私は頷きました。それでいいのです。いじめや雑な扱いの一番嫌なところは、人から考える力を奪うことです。
ただ「私は駄目なのだ」にしてしまう。でも、役割と課題と相談先が見えると、人はもう一度前を見られる。
「薄衣」
「はい」
「あなたは、守られているだけではありません」
「……」
「見える形で働けるようになっているのです」
「はい」
「そこを忘れないで」
彼女は、今度はまっすぐ頷きました。前より少し、目に力がある。よろしい。
一方、紀伊の君はというと、この一件を見て少し考えたらしく、ある日こんなことを言いました。
「昔は、“よい家の子だから先に”も、“弱いから後ろに”も、もう少し当たり前でございました」
「ええ」
私は答えます。
「今も、たぶん半分は当たり前と思われています」
「そうでしょうね」
「でも、当たり前だからよいわけではありません」
「ええ」
紀伊の君は静かに笑いました。
「年をとりますと、“昔からそうであった”を理由にしやすくなります」
「はい」
「ですから、こうして見えるようにされるのは、わたくしどもにも薬にございます」
おや。その言い方は好きです。
兵庫の君も横で、
「書き残すのは面倒でございますが、あとから“なぜそうしたか”を自分で見返せるのは悪くございません」
と、いかにも不承不承な顔で認めていました。ええ、それで十分です。その後、藤壺ではちょっとした習慣ができました。
月に一度、女房ごとの「いま任せてよいこと」と「次に覚えること」を見直すのです。大げさな査定ではありません。
でも、何ができるようになったか。どこでつまずいたか誰がどう支えるか を話すだけで、ずいぶん場の空気が変わる。若い者は、自分の育ちが見える。年長者は、自分の判断の癖が見える。後見の弱い者は、記録の中で薄くなりにくい。
前世なら、人事評価シートだの1on1だのと言ったのでしょうが、平安でそんな言葉を出しても仕方ありません。でも、本質は同じです。人を守るには、情だけでなく、見える仕組みが要る。
ある夜、若菜がぽつりと言いました。
「住吉物語の姫君も……もしこのように、誰に相談してよいか分かっておりましたら、少し違ったのでございましょうか」
私は少し考えました。
「ええ。少なくとも、“自分だけが悪く、誰にも見えていない”とは思いにくかったでしょうね」
「……」
「継母いじめというのは、結局、家の中で一人だけ曖昧にされることでもありますから」
「曖昧に」
「ええ。役も、言葉も、守られ方も」
若菜は、その言葉を胸にしまうように頷きました。春枝がそこへ口を挟みます。
「紙も、どこへ納めるか決まっておりませぬと、よい紙ほど雑にされますものね」
「あなたは本当に何でも紙です」
と有子。
「でも、今回はだいぶ正しいです」
「でしょう」
春枝が得意げです。常盤はしみじみ言いました。
「見えない場所を減らす、でございますか」
「ええ」
私は答えました。
「陰湿ないじめは、だいたい“誰にも見えないところ”で育ちます」
「ならば」
「見える場所を増やせばよい」
「たいへんよろしゅうございます」
夜更け、赤染衛門と控えを見返しながら、私は少し息をつきました。
「家の後ろ盾は、すぐには変えられませんね」
「ええ」
赤染衛門が答える。
「ですが、御殿の中の扱いは変えられます」
「その通り」
「今日のこと、薄衣には大きかったでしょう」
「ええ」
私は紙の端を指でなぞりました。
「強い家の子は、多少雑にされても、どこかで回復する道があることがあります」
「はい」
「でも、弱い子は、一度“雑でいい側”へ置かれると、そのままになりやすい」
「ええ」
「だから、制度で先に拾うのです」
「……やはり、姫様はそういうところがお強い」
私は少し笑いました。そして赤染衛門が続けました。
「ですが、たしかに。情け深いだけでは守れぬものを、今日はよくお守りになりました」
その言い方が少しうれしかった。私は扇を閉じました。
後ろ盾の弱い人は、露骨に叩かれなくても、静かに軽く扱われます。そして、その軽さは、誰にも見えない場所ほど育ちやすい。
だから必要なのは、かわいそうだと憐れむことではなく、役割を見えるようにし、成果を記し、相談先を定め、「何となく」を減らすこと。
家の強さで人の値打ちが決まるなら、弱い者は最初から負けています。でも、働きと育ち方が見える仕組みがあれば、その負けを少しずつ崩せます。
藤壺にはその日も、また一つ新しいものが増えました。
誰にも見えないところでひとりだけ雑に扱われる人を出さぬための、静かな制度が一つ。
〜 出典 〜
『住吉物語』
「まま母、むくつけし人なれば、心合せたりとて、神仏にも呪ひたまはんには、誰がためにも、いと恐ろしきことなり。住吉におはせば、さてこそ、やみなましか。これは、遂に会ひきこえたまはんずれば、心安くおぼしめせ」
(訳)「(あなたの)まま母が、意地の悪い人ですから、(二人で)共謀したと思って、神仏にも(祈って)お呪いなさったら、誰にとってもたいそう恐ろしいことです。 (あのまま)住吉に住んでいらっしゃったなら、そのまま(誰にも知られず)終わってしまったでしょうに。このことは、最後にはお目にかかるでしょうから、安心していらっしゃい」
〜 舞台背景 〜
『住吉物語』(すみよしものがたり)は継子いじめの物語。原型が平安時代の10世紀後半に成立し、その後の鎌倉前期に擬古物語として改作されたものが現在に伝わると考えられている。作者未詳。『源氏物語』『枕草子』中にも名称が見られることから、物語の原型自体は平安時代には成立していたとみられる。但し、鎌倉時代に編纂された物語歌集『風葉和歌集』に採録された和歌7首の内、2首は現存の『住吉物語』に見えないことから、現存本文は当時のものではなく、後人が改作したものと推定される。出典:wikipedia




