八十五 小野小町、老いを笑う者から老いる
若い女房たちが、年長女房を「昔は美しかったらしい」と笑う。彰子は小野小町の歌を引き、美貌が移ろうことを笑うのは、自分の未来を笑うのと同じだと告げる。さらに年長女房の記憶力・人脈・儀礼知識を可視化し、若手教育に組み込む。若さマウントを時間軸で粉砕。彰子は言う。「若さは実績ではありません。期限付きの初期装備です」
若さは、才能ではありません。
前世でもそうでした。肌がきれい。目元が明るい。声に張りがある。徹夜しても次の日なんとかなる。少し無理をしても、顔に出にくい。
それらはたしかに有利です。見た目の印象もいいし、場に出れば華やぐ。でも、若いこと自体は何かを成し遂げた証ではありません。
たまたま、まだ失っていないだけです。それなのに、人はしばしば若さを勲章のように扱います。そしてもっと悪いことに、少し年上の女を見て、「あの人も昔はきれいだったらしい」などと、現在だけを切り取って笑う。
浅はか極まりない、と思います。
昔があったから今があるのです。そして今のあなたにも、いずれ「昔」ができます。そこを想像せずに老いを笑うのは、だいぶ頭が悪い。
平安の宮中でも、もちろんそれは同じでした。
その日の藤壺は、昼の光が几帳の端を白く照らしていて、いかにも平穏そうでした。
若菜は香炉の灰をならし、有子は控えの文を整え、
春枝は紙箱の前で「今日は少し乾きがよい」と一人で機嫌がいい。小少将は新しく重ねた衣の色目を、誰かに気づいてほしそうで、でも自分からは言わない顔をしている。
澄子は灯台の金具を磨きながら、やはり半分は部屋全体の空気を見ていた。そして年長の女房、紀伊の君は、いつものように少し奥で、若い者の動きを見ていました。
紀伊の君は、華やかな人ではありません。若いころは相当に美しかったらしい、という話はたしかにある。
でも、今の彼女の価値はそこではない。儀礼の細かな順、誰がどの家とどうつながるか、あの歌にはどの返しが無難か、昔どこで何があったか――そういうことが、いざという時、彼女の頭からするすると出てくる。
要するに、場の古地図みたいな人です。こういう人は、若い時には分かりにくい。いなくなって初めて、「あの人がいたから回っていたのか」と気づく。
で、だいたい気づくのは遅いのです。
その日も、若い女房たちが几帳の向こうで、軽い笑い声を立てていました。最初は、よくある世間話の調子でした。
「紀伊の君は、昔はたいそうおきれいだったとか」
「あら、それはよう聞きますわね」
「では今のお顔からは想像もつきませぬ」
「しっ、でもたしかに」
「小野小町も、晩年はずいぶん衰えたとか申しますものね」
「美しい方ほど、その落ちぶれがまた……」
ころころと、笑いが混じる。だめですね。この手の 会話は、たいてい言っている本人たちが、自分の残酷さをよく分かっていません。
悪意というより、若さ特有の無邪気な万能感。自分はまだ“そちら側”ではないと思っている時の、あの妙な軽さです。
若菜が、少し離れたところで困った顔をしていました。あの子はこういう話が苦手です。笑いに乗れないけれど、止めるほどの強さもまだない。
有子は筆を止めていない。でも、耳は明らかにそちらを向いている。春枝は紙箱を抱えたまま、むっとしている顔だ。小少将など、ほとんど「品がない」と顔に書いてありますね。
澄子だけが相変わらず静かですが、灯の磨き方が少しだけ硬い。そして紀伊の君本人は、聞こえないふりをしていました。ああいうのが、一番いやなのです。
聞こえている。でも、年長である手前、いちいち傷ついた顔もできない。笑って流すほど鈍くもない。だから、聞こえぬふりをして、その場を通り過ぎさせる。
そうやって、年をとった人は何度も何度も「若い人の不用意」に耐える。私は立ち上がりました。
「楽しそうですね」
その一言で、几帳の向こうの声がぴたりと止まりました。若い女房たちが、気まずそうに身を固くします。
「何のお話をしていたの」
一人が、おずおずと答えました。
「……紀伊の君の、お若い頃のお噂を」
「お噂」
「はい。たいそうお美しかったとか……」
「それで?」
私は静かに尋ねました。
「その、いまはだいぶお変わりになったのであろうと……」
「なるほど」
私はその場に座りました。怒鳴りません。でも、座って話を始めた時の方が、だいたい長くなります。
「では聞きますが」
女房たちが一斉に息を詰める。
「老いとは、珍しいことでしょうか」
「……いいえ」
「紀伊の君だけに起きることでしょうか」
「……いいえ」
「では、なぜ笑えるの」
誰も答えない。
答えようがないのです。理由などなく、ただ遠いと思っているものを、つい軽く扱っただけだから。
私は扇を膝に置きました。
「小野小町の歌を、皆は知っているでしょう」
何人かがこくりと頷く。
「花の色は うつりにけりな いたづらに――」
「はい……」
「では、その“うつり”を笑うのですか」
「……」
私は少しだけ声を強めました。
「美貌が移ろうことを笑うのは、自分の未来を笑うのと同じです」
その場がしんと静まり返る。
若い女房たちの顔から、血の気が少し引く。
ふと視線をやると、御簾の陰で藤式部が手元の草子にすらすらと筆を走らせていました。彼女は決して口を挟みませんが、若さの残酷さや、このひりつくような空気を一滴もこぼさず物語の糧にしてしまうのでしょう。
「紀伊の君が今の紀伊の君であるのは、長く生き、長く仕え、長く見てきたからです」
私は続けます。
「頬の張りが昔と違うのも」
「髪の艶が少し変わるのも」
「笑い皺があるのも」
「ぜんぶ、時を生きた顔でしょう」
「……」
「それを“昔はきれいだったらしい”と面白がるのは、だいぶ浅い」
小少将が、そこで静かに口を開きました。
「しかも、昔が美しかったことを笑いに使うのは、今が美しくないと勝手に決めているのと同じですわね」
「ええ」
私は頷く。
「たいへん失礼です」
春枝が、珍しく少し怒った声で言いました。
「紙でも古いから悪いとは申せませぬのに」
「あなたは本当にそこですね」
「でも、よい紙は寝かせた方が落ち着くこともございます」
「言いたいことは分かります」
場に少しだけ、張りつめすぎない空気が戻る。こういう時、春枝の妙なたとえは案外役に立つ。
しかし、ここで「老いを笑うな」で終わるだけでは足りません。なぜなら、若い者は往々にして、頭で分かっても、心のどこかでまだ若い方が価値が高いと思っているから。
ならば、別の価値を見えるようにするしかない。前世でもそうでした。ベテランがいる意味をきちんと可視化しない組織では、若手は「動きが遅い」「昔話が多い」としか見なくなる。
でも、その人が持っている勘、関係、段取り、事故回避の知恵は、紙にしないと若い者には見えない。私は紀伊の君を見ました。
「紀伊の君」
「はい」
彼女は少しだけ困ったように、それでも落ち着いた顔で返事をしました。さすがです。今の話が自分をめぐるものだと分かっていても、居ずまいを崩さない。
「少し、お力を借りたいのです」
紀伊の君は、わずかに目を見開きました。
「わたくしの」
「ええ。皆に見えにくいものを、見えるようにしたいので」
若い女房たちが、きょとんとする。
私はその場で紙を取らせました。春枝が、やはりという顔で上質なものを持ってくる。最近、何か始まると紙が出てくると学習しました。よろしい。
「衛門」
「はい」
赤染衛門は、もう半分笑っています。
「題を考えるお顔でいらっしゃいますね」
「分かりますか」
「だいぶ」
「助かります。では、“年長女房のよきところ覚”」
「そのままでよろしいのですか」
「今日は分かりやすさ優先です」
「承知しました」
私は紙の上に、項目を書きました。
――年長女房のよきところ覚
一、記憶。過去の行事、失敗例、家々のつながり
一、儀礼知識。誰が先、何を避けるべきか、どこで言葉を選ぶか
一、人脈。誰に頼めば早いか、誰を通すと角が立たぬか
一、事故回避。起きる前に気づく勘、曖昧さを察する力
一、教育力。若い者のつまずく所を見抜き、教える順を知る
一、場の安定。いるだけで人が落ち着く、騒ぎが広がりにくい
「紀伊の君」
私は言いました。
「このところ、藤壺で一番大きかった手配の行き違いは、いつでしたか」
紀伊の君は少し考えもせずに答えました。
「去年の菊の宴にございます。左近中将どのの席順が一つ前へ寄りそうになり、あやうく右の列との釣り合いが崩れました」
若い女房たちが、目を丸くする。
「その時、誰が気づいたか覚えておいでですか」
「澄子どのが灯の位置から気づかれましたが、その前に、わたくしが前例を思い出しておりました」
澄子が静かに頷く。
「はい。紀伊の君が“その並びは昔も揉めました”と」
「そうでしたね」
私は頷いた。
「では、有子。先月の返歌で、一番危なかった言い回しは」
有子は少し考えてから、
「“見まほしき”の一語にございます」
と答えました。
「なぜ危なかったか、誰が先に止めた?」
「……紀伊の君です」
「理由は」
「昔、それで余計な含みが生じた例があると」
「何年前の話でしたか」
紀伊の君が静かに答える。
「十七、八年ほど前にございます」
若い女房たちの顔が変わり始める。そうです。若さはその場の光を持ってくる。でも、年長者はその場に落ちる穴の位置を知っている。
私はさらに問いました。
「小少将。装束の色目で、避けた方がよい重なりを誰に教わりました」
「紀伊の君にございます」
「若菜。初めて大きな行事で香炉を預かった時、何を言われた?」
若菜は少し恥ずかしそうに、
「“灰は人の気のようなもの。乱れを力で直すな”と……」
と言いました。その言葉に、何人かがはっとしたように紀伊の君を見る。
紀伊の君は少し困ったように笑いました。たぶん、自分がこうして並べられるのが照れくさいのでしょう。
でも必要です。見えない熟練は、並べて初めて若い者の目に入ります。
「つまり」
私は若い女房たちを見回しました。
「あなたたちが“昔は美しかったらしい”と笑ったその人は、いまの藤壺にとって、これだけ働いている」
誰も笑わない。当然です。
「若さは実績ではありません」
私は、きっぱり言いました。
「期限付きの初期装備です」
常盤が、横でふき出しそうになります。
「その言い方」
「好きでしょう」
「だいぶ」
「広めないでください」
「難しゅうございます」
「難しくてもやりなさい」
若い女房たちは、ぽかんとしつつも、言われていることの痛さは分かったようでした。
「若いことは、たしかに有利です」
私は続けます。
「見目も明るい。覚えも早い。疲れも抜けやすい」
「……はい」
「でも、それはまだ“持って生まれた開始時の資産”であって、積み上げた成果ではありません」
「……」
「そこへ、記憶も、知識も、人の見方も、失敗から学んだ勘も載せて、初めて人は厚みが出る」
「……はい」
ひとりの若い女房が、おそるおそる口を開きました。
「けれど……年長の方がたは、ときに口うるさくもございませんか」
正直でよろしい。紀伊の君が苦笑した。小少将は「言うと思いましたわ」といった顔。
私は頷きました。
「ええ、口うるさいこともあるでしょう」
若い女房たちが少しだけほっとした顔をする。
「でも、それはたいてい、過去に似た失敗を見てきたからです」
「……」
「あなたたちには初めてでも、その人たちには二度目三度目かもしれない」
「……」
「“うるさい”の中には、“もうその転び方を知っている”が混ざっています」
紀伊の君が、そこでようやく口を開きました。
「わたくしどもも、若いころは同じように思いましたよ」
皆がそちらを見る。
「なぜあの方はあれほど細かくおっしゃるのか。なぜそこまで順にうるさいのか、と」
「……」
「けれど、自分が何人かを教えるようになりますと、同じところで人がつまずくのが見えるようになるのでございます」
その声は穏やかで、少しも責める調子ではなかった。だからこそ、若い者たちにしみたのだと思います。
「老いは、ただ失うばかりではございません」
紀伊の君は続ける。
「若い時のように、立っているだけで場を明るくはできぬかもしれませぬ。けれど、明るさだけでは守れぬものもございます」
「……」
「その時、年を重ねた者の役があるのでございます」
若菜の目が、うるみそうになっている。本当にこの子はすぐそうなる。
春枝が、ぽつりと言いました。
「紙も、白いばかりがよいのではございませぬものね」
「また紙ですか」
と常盤。
「でも今回は少し分かります」
と有子。
場に、小さな笑いがこぼれた。やわらかい、いい笑いです。私はそこで、もう一つ決めました。ただ説教して終わらせるのではなく、年長女房の知恵を、ちゃんと若手教育へ組み込むこと。前世でいうなら、属人化した暗黙知の見える化です。ええ、だいぶ夢のない言い方ですが、役に立つのです。
「衛門」
「はい」
「これに続けて、教わる組も決めましょう」
「組、でございますか」
「ええ。若い者が、年長の方々から一つずつ学ぶように」
「なるほど」
私は紙の下へ、さらに書き加えました。若手への引き継ぎ
紀伊の君。儀礼の順、避けるべき言葉、家々のつながり
有子。控え・記録のまとめ方
小少将。装束の見立てと全体の整え
若菜。香の扱いと場を落ち着かせる気配
春枝。紙の選びと包みの作法
澄子。灯と場の見えぬ乱れの察し方
「わたくしも教える側に入るのですか」
若菜が目を丸くする。
「ええ」
「そんな……」
「あなたが無意識にやっていることを、次に渡しなさい」
若菜は、少しおどおどしながら、それでもうれしそうでした。紀伊の君は、その一覧を見て、ほんの少しだけ目元をゆるめました。ああいう人は、露骨に喜びません。でも、ちゃんと伝わっています。
その後しばらく、藤壺では面白い光景が増えました。若い女房たちが、紀伊の君のそばへ寄って、
「この返しは避けた方がよろしいですか」
「この順ですと、どなたを先に」
「昔、同じようなことがございましたか」
と、以前よりずっと素直に尋ねるようになったのです。紀伊の君も最初は少し戸惑っていましたが、そのうち調子が出てきました。
もともと教えるのが下手な人ではないのです。ただ、若い者が“聞く価値のあるもの”として来なければ、出しようがないだけで。
ある日、ひとりの若い女房が、記録の紙を抱えて青くなっていました。誰へ先に届けるべきかで迷ったらしい。
すると紀伊の君が、静かに言うのです。
「まず相手の身分を見るのではなく、その紙が遅れると困る順で考えなさい」
「遅れると困る順」
「ええ。高い方でも、後でも支障のないことはある。低く見えても、先に回さねば全体が詰まることもあります」
私は少し感心しました。前世の実務感まで入っています。素晴らしい。若い女房は、その言葉に何度も頷いていました。たぶん、ただ順を覚えるより、ずっと身につく。
夕方、若菜が私のそばへ来て、しみじみと言いました。
「紀伊の君は、すごいのでございますね」
「ええ」
「わたくし、知っていたつもりで、少しも知っておりませんでした」
「そういうこともあります」
「それなのに、皆で軽く申してしまって……」
私は若菜を見ました。
「若菜」
「はい」
「軽く言わなかったあなたまで、一緒に抱えなくてよいのですよ」
「……でも、止められませんでした」
「次に止めればよいです」
「……はい」
若菜は、それで少し安心したようでした。若菜は自分の責任でないものまで背負いがちです。
一方で、常盤はというと、たいへん分かりやすく学んでいました。
「つまり、若さだけで威張るのは、配られた旅装で“わたくしは強い”と騒いでいるようなものでございますね」
「だいぶ雑ですが、概ねそうです」
「そして年長の方は、地図と宿帳と裏道を知っておられる」
「そうですね」
「では、若さで笑う者はだいぶ間抜け」
「かなり」
「厳しゅうございます」
「聞こえるように言っています」
小少将が、そこで涼しい顔で言いました。
「若さというものは、着たばかりの薄絹のようなものですわ。たしかに美しいけれど、まだ何もくぐっていない」
「まあ、きれい」
と常盤。
「あなた、今日のそれはよいですね」
「当然です」
「でも、紀伊の君は着慣れた唐衣のようで」
「常盤、それ以上は少し危ないです」
有子が止める。
「申し訳ございません」
その日の夜、紀伊の君が控えめに私のもとへ来ました。
「姫様」
「はい」
「昼のこと……かえってお手数をおかけいたしました」
ああ、そう来ますか。本当にこの人は、傷ついた側なのに、先にこちらへ気を使う。
「手数ではありません」
私は答えました。
「必要なことでした」
「ですが、若い者どもも悪気ばかりでは」
「分かっています」
「……はい」
紀伊の君は少しだけ笑いました。
「わたくしも、昔は年長の方を見て、古びたなどと思ったことがございます」
「正直ですね」
「今になれば、穴へ落ちずに済んだのは、あの方々が前に立っておられたからだと分かります」
「ええ」
「今日は、それを少し返していただいたような心地がいたしました」
その言い方が、なんだかよかった。返す。たしかにそうかもしれません。若いころに受け取ったものを、今の自分が次へ渡し、さらに誰かがそれを見えるようにする。そうやって場は続いていくのでしょう。
「紀伊の君」
私は言いました。
「これからも、うるさく言ってください」
彼女は少し目を丸くする。
「よろしゅうございますか」
「ええ。ただし、若い者が聞けるように」
「それは難しゅうございますね」
「知っています」
「では、少しずつ」
「ええ」
そのあと、若い女房たちが自分から紀伊の君へ謝りに行きました。深刻すぎる謝罪ではない。でも、ちゃんと自分たちの軽さを恥じている顔だった。
紀伊の君は、あまり大げさに受け取らず、
「次から気をつければよいのです」
とだけ言いました。
いい返し方です。若い者は、恥じたあとに居場所までなくなると、学ぶより逃げます。
夕暮れ、藤壺にはいつもの匂いが戻っていました。若菜が香を整え、有子が控えをしまい、春枝は「古い紙のよさも明日お教えしましょうか」と誰も頼んでいない講義を予告している。
澄子は灯を見て、
「夕方の火は、少し低い方が顔の皺がやさしく見えます」
と言った。しん、と一瞬静まり、それから皆が笑いました。
「澄子、それは紀伊の君をかばっておりますのか、それとも全員に刺しておいでなのか」
小少将が問うと、澄子は平然と、
「どちらにも少しずつ」
と答えました。たいへんよろしい。赤染衛門とその日の控えを見返しながら、私は言いました。
「若さマウントは、時間軸を入れるとだいたい崩れます」
「また知らぬ言葉が出ました」
「気にしないでください」
「ですが、おっしゃりたいことは分かります」
赤染衛門は微笑む。
「いまだけを切り取れば、若い方が勝って見える」
「ええ」
「でも、人はそこに留まりませんものね」
「はい」
「そして、留まらぬものを誇って、人を下に見るのは浅い」
「その通りです」
美しかった人が老いることを笑うのは、咲いた花がやがて散ることを笑うようなものです。しかも、自分も同じ枝の上にいるのに。
若さは、まだ減っていないというだけで、何かを成し遂げた証ではありません。そこへ何を積み、何を学び、誰を支え、どんな顔で年を重ねるか。本当に人の値打ちが出るのは、その先です。
藤壺にはその日、また一つ新しいものが増えました。
若い光だけでは見えぬものを、時を重ねた目できちんと照らし返すための、静かな年輪が一つ。
〜 出典 〜
『古今和歌集』/小倉百人一首(第9番)
花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世みよにふる ながめせし間まに
(訳)花の色は、すっかり色あせてしまったなあ。春の長雨が降って、私がむなしく世の中や恋のことについて物思いにふけっている間に(同じように私の美しさもすっかり衰えてしまった)。
※超有名句なので、知ってはいましたが、改めてググると、『花の色』に女性の「色気」が掛かってて、『世』に「世の中」と「男女の仲」の2つが掛かってて、『ふる』は時間がすぎるという意味の「経る」と、雨が「降る」が掛かってて、『ながめ』は「長雨」と、ぼんやり物思いにふけるという意味の「眺め」が掛かってて…花を歌う句に「わが身」を入れる事によってほとんどの語句に2つの意味を持たせるという超お見事な句だそうです。
〜 舞台背景 〜
小野 小町(おの の こまち、生没年不詳)は、平安時代前期9世紀頃の女流歌人。六歌仙、三十六歌仙、女房三十六歌仙の一人。『古今和歌集』序文において六歌仙の一人に挙げられており、文屋康秀や僧正遍昭、凡河内躬恒、在原業平、安倍道行、小野貞樹らと和歌の贈答を行っている。日本では一般にクレオパトラ、楊貴妃と共に小野小町が「世界三大美女」(または世界三大美人)の一人に数えられている。小野小町の代わりにヘレネー、楊貴妃の代わりに虞美人を加える場合もある。小野小町を題材とした作品を総称して「小町物」という。小野小町を題材にした七つの謡曲、『草紙洗小町』『通小町』『鸚鵡小町』『関寺小町』『卒都婆小町』『雨乞小町』『清水小町』の「七小町」がある。これらは和歌の名手として小野小町を讃えたり深草少将の百夜通いを題材にしたものと、年老いて乞食となった小野小町に題材にしたものに大別される。後者は能作者らによって徐々に形作られていった「衰老落魄説話」として中世社会に幅広く流布した。出典:wikipedia




