七十三 竹林の七賢式、隔離中の娯楽改革
疫病の噂で宮中行事が縮小し、女房たちは退屈と不安で荒れる。彰子は『竹林の七賢』のように、隔離中でも物語を語り合う仕組みを作る。毎日一人が短い話を披露し、笑いで不安を和らげる。定子方は「閉じこもって遊んでいる」と笑うが、彰子方は精神衛生を保ち、結束を強める。
不安というものは、暇な時間に増殖します。
忙しい時、人は案外、怖がる余裕がありません。火鉢の炭が足りない。文の控えが見つからない。香炉の灰が乱れている。牛車の順がずれた。あの女房がまた余計な噂を拾ってきた。
そういう目の前の小さな火事を消している間、人は未来の大火を想像しすぎずに済みます。
けれど。行事が止まり、訪れが減り、外へ出る機会がなくなり、ただ御簾の内に座っている時間が増えると。人の心は、勝手に怖い物語を作り始めます。
前世でもそうでした。大きな病の流行で、外出が減り、人と会えなくなった時。最初は「休める」と思った人たちも、三日もすれば落ち着かなくなり、一週間もすれば部屋の壁と会話を始め、二週間もすれば、ありもしない陰謀論を読み始めます。
人間、暇と不安を同じ器に入れておくと、だいたい発酵します。しかも、かなり厄介な匂いを出して。
平安宮中も、例外ではありませんでした。
その朝、藤壺には重たい空気が垂れ込めていました。雨ではありません。疫病の噂です。
「東の方で、熱を出す者が増えているとか」
「某の殿の家でも、下人が倒れたそうです」
「陰陽師が、しばらく人の集まることを慎むべきと申したとか」
「行事も、いくつか縮小になるそうでございます」
常盤が集めてきた噂を、珍しく控えめな声で報告しました。いつもなら、噂を拾う時の常盤は少し楽しそうです。けれど、今回は笑っていない。噂好きの常盤でさえ、不安になる類の噂なのでしょう。
赤染衛門も、いつになく難しい顔をしています。
「宮中行事が縮小されるとなると、女房たちの出入りも控えめになりますね」
「人の往来を減らすのは妥当です」
私はうなずきました。病の詳細は分かりません。前世の医学知識を持っていると言っても、私は医者ではありません。この時代の病名と、前世の病名を正確に対応させることもできません。
けれど、人が集まれば病が広がりやすい。疲れれば抵抗力も落ちる。空気の悪い場所に閉じこもれば、体調を崩しやすくなる。そのくらいは分かります。
「まずは、人の出入りを減らす。換気をする。体調が悪い者は無理に出さない。食事と睡眠を削らない」
「御身を保つ覚の再掲でございますね」
赤染衛門がすぐに筆を取りました。さすがです。以前、病弱マウントを粉砕した時に作った健康管理の心得が、ここで再び役に立ちます。過去の仕組みは、こういう時に効くのです。
「それと、香は弱めに」
私は澄子を見ました。
「はい。強い香は、気分が悪くなる者もおります。場を清める程度に抑えます」
「若菜、香炉の灰はいつも通り。ただし、人が集まる場所は少なくして」
「承知いたしました」
「春枝、紙のやり取りは必要最低限。外から来た文は、一度置き場を分けて」
「紙も隔てるのですね」
春枝が少しだけ寂しそうな顔をしました。紙好きにとって、紙を隔てるというのは心が痛むのでしょう。
「紙を嫌うのではなく、流れを整えるの」
「はい。では、文置きの箱を分けます。外より参りし文、内で写す文、急ぎの文、後でよい文……」
「箱を増やしすぎないで」
「……二つにします」
「よろしい」
有子が控えを取り、小少将が人の出入りに合わせて装束の軽さを考え、少将の乳母は粥と温かい汁物の用意を申し出ました。ここまでは、よい。問題は、その後でした。
三日目。宮中行事がいくつも縮小され、女房たちの往来も制限されると、藤壺の空気が目に見えて変わりました。まず、退屈が来ました。次に、不安が来ました。最後に、苛立ちが来ました。
「いつまでこのように籠もっておればよいのでしょう」
「外の様子も分からず、ただ座っているだけでは、かえって気が滅入ります」
「誰それの御殿では、もう三人も倒れたとか」
「いえ、五人と聞きました」
「十人とも」
「常盤、その噂はどこから?」
「廊の端で、女房が」
「誰が?」
「ええと……その女房も、誰かから聞いたと」
「つまり、出所不明ね」
「はい……」
常盤は肩を落としました。不安な時、人は数字を盛ります。三人が五人になり、五人が十人になり、最後には「もう都中が倒れている」になります。
前世の情報社会でもありました。「友達の友達が言っていた」は、だいたい危険です。平安宮中では、それが「某の女房の従者の知る者が申した」になります。長い。そして怪しい。
さらに、女房たちの間で小さないざこざが増え始めました。香炉の位置が近い。紙を取る順が違う。誰かの咳が気になる。あの人だけ文が多い。あの人が笑っているのは不謹慎だ。あの人が黙っているのは何か知っているからではないか。
暇と不安が発酵して、たいへんよくない酒になっていました。私は扇を開いたまま、女房たちを見回しました。
菅原の君は、明らかに元気がありません。物語係なのに、物語を読む気力すら落ちている。若菜は香炉の灰を整えながら、いつもより指先が硬い。春枝は紙箱の前で、開けたり閉めたりを繰り返している。
有子は筆を持ったまま、同じ行を何度も見直している。常盤は噂を拾いたいのに、拾うほど不安が増すので、口元がむずむずしている。
小少将は装束を整えながら、色合わせにいつもの冴えがありません。澄子だけは静かですが、その静けさにも少し疲れが滲んでいました。
これは、まずい。病そのものへの備えは必要です。けれど、心の備えも必要です。
「退屈は、軽く見てはいけません」
私が言うと、赤染衛門が顔を上げました。
「退屈、でございますか」
「はい。退屈と不安が重なると、人は噂を食べ始めます」
「噂を食べる……」
常盤が、なぜか少し気まずそうに目を逸らしました。
あなたです。主にあなたです。
「噂を食べると、さらに不安になります。不安になると、もっと噂が欲しくなります。これは、あまりよくない循環です」
「では、どうなさいます?」
赤染衛門が問いかけます。
私は少し考えました。前世の記憶の奥に、ある遠い国の物語が浮かびます。世の混乱や危機から距離を置き、郊外に集まり、日ごとに語り合った者たち。
笑える話。皮肉な話。愚かな人の話。賢い人の話。恐怖から逃げるためではなく、恐怖に飲まれないために。
「異国に、『竹林の七賢』と呼ばれる者たちがいました」
「ちくりん……?」
赤染衛門の筆が止まりました。
「竹林の、七人の賢き者たち」
常盤が小声で繰り返します。
「流さない」
「まだ何も」
「夢にも」
「流さない」
「はい」
菅原の君が、先ほどまでの沈み具合を忘れたように目を輝かせました。
「異国の賢人のお話でございますか!」
「ええ。世の中が乱れ、命の危険や不安が満ちていた時代。彼らは俗世から離れた竹林に集まり、酒を酌み交わし、詩を詠み、清談と呼ばれる語り合いをしました」
「まあ……!」
菅原の君の顔に、ようやく血色が戻りました。よかった。物語係は、物語で息を吹き返します。
「ただ逃げ籠もって怯えるのではありません。集まって語り、笑い、時に深く考える。つまり、危機の中で精神を保つ仕組みです」
「せいしん……」
赤染衛門が眉をひそめました。しまった。前世語が漏れました。
「心を荒らさぬ備え、です」
「それなら分かります」
赤染衛門は筆を取り直しました。
「では、彼らに倣うならば、題は」
私は言いました。
「隔て籠もり清談会」
「……少し堅苦しゅうございますね」
「疫病対応娯楽運用」
「雅から遠ざかりました」
「では、御籠もり語りの会」
赤染衛門が少し考え、うなずきました。
「それで参りましょう」
こうして、藤壺に新しい仕組みが生まれました。
――御籠もり語りの会。
内容は単純です。
一日一人、短い話を語る。
長すぎないこと。怖すぎないこと。病を面白がらないこと。誰かを名指しで傷つけないこと。最後に少し笑えるか、少し心が軽くなること。聞いた者は、まず一つよかったところを言うこと。批判したい時は、話そのものと語り手の人格を分けること。噂を物語に混ぜる時は、事実と作り話を分けること。
菅原の君が感動していました。
「姫様……! 物語に規則を……!」
「規則がないと荒れます」
私は即答しました。前世でも、感想欄は放っておくと荒れます。物語会も同じです。赤染衛門が控えを書き、有子が清書し、春枝が専用の紙を選び、澄子が会の時間に合わせて香を弱く整え、若菜が灰を静かに均しました。
小少将は、語り手が見えすぎず隠れすぎない位置に灯を置くことを提案しました。
「語り手の顔が明るすぎると緊張します。けれど暗すぎても声が沈みます」
「採用」
さすが小少将。見せ方の専門家です。初日の語り手は、菅原の君でした。
当然です。
彼女を初日にしないと、たぶん寝られません。菅原の君は、少し緊張しながらも、扇を膝に置き、語り始めました。
「昔、ある姫君が、あまりに退屈しておりました」
いきなり退屈から入るのは、今の場に合っています。
よろしい。
「姫君は、毎日毎日、御簾の内で同じ庭を見ておりました。梅も見た、桜も見た、萩も見た。ついには庭石の顔まで覚えたほどでございます」
女房たちが、少し笑いました。
「ある日、姫君は庭石に文を送りました。『そなたは毎日そこにいて、退屈ではないのか』と」
若菜が口元を押さえます。春枝も笑いを堪えています。
「すると翌朝、庭石のそばに返事がありました。『私は動かぬゆえ退屈ではない。動けるのに動かぬ者こそ退屈であろう』と」
「庭石、辛辣ですね」
私が思わず呟くと、赤染衛門が小声で言いました。
「姫様に似ております」
聞こえています。
菅原の君の話は、最後に、姫君が庭石の言葉に腹を立て、部屋の中でできる遊びを次々考え出し、ついには局中の女房たちを巻き込んで紙細工大会を開くという、実に平和な結末でした。語り終わると、場に拍手代わりの扇の音が静かに広がりました。
ぱた、ぱた、と。笑い声は大きくありません。けれど、確かに空気が軽くなっている。
「よかったところを、一人一つ」
私が言うと、若菜がそっと手を上げました。
「庭石が、少し意地悪で面白うございました」
春枝が続きます。
「紙細工大会のところがよろしゅうございました。紙の種類を詳しく聞きたいです」
「そこ?」
常盤が笑いました。
「私は、庭石が誰の仕業だったのか気になります。きっと局の誰かが返事を置いたのでは」
「常盤」
「流しません。物語の中だけです」
少しずつ、笑いが戻ってきました。
二日目は春枝。
紙を愛しすぎた女房が、ついに紙箱の夢を見る話でした。夢の中で紙箱たちが会議を開き、「春枝は我々を増やしすぎる」と訴えるという、なかなか自虐的な話です。
赤染衛門が真顔でうなずいていました。
「紙箱にも意思があれば、きっとそう申しましょう」
春枝は深く反省していました。ただし、その翌日に紙箱が一つ増えました。
なぜ。
三日目は若菜。彼女の話は、香炉の灰の中に住む小さな灰の童の話でした。
灰の童は、香が強すぎるとくしゃみをし、香が弱すぎると眠ってしまう。
だから、ちょうどよい香を焚く女房のところにだけ、小さな福を置いていく。聞き終わった時、皆が自然に香炉を見ました。若菜は顔を赤くしました。帝が聞けば、また「灰が静かだな」と言ったかもしれません。
四日目は常盤。
噂好きの狐が、噂を集めすぎて自分の尻尾に火がつく話でした。非常に自覚があります。
よろしい。
「最後、狐はどうなったの?」
小少将が尋ねると、常盤は胸を張りました。
「尾を水に浸して反省しました。そして、噂を集める時は必ず水桶をそばに置くことにしたのです」
「常盤、それは反省ではなく対策ね」
「姫様の教えです」
違います。でも、少し合っています。
五日目は赤染衛門でした。
赤染衛門は、疲れた筆が主人から逃げ出す話をしました。筆は「私は何でも書けると思われているが、休まず使われれば毛も抜ける」と訴えます。最後に主人は筆を休ませる日を作り、筆はまた美しい字を書けるようになる。全員が赤染衛門を見ました。
赤染衛門は涼しい顔をしています。これは、明らかに自分の話ですね。私は反省しました。少しだけ。
御籠もり語りの会は、思った以上に効きました。女房たちは、毎日夕刻になるとそわそわし始めます。外の不安な噂より、今日の話の方が気になる。
誰が語るのか。どんな題か。笑えるのか。泣けるのか。誰が感想を言うのか。退屈な時間に、リズムができました。不安に、出口ができました。笑いに、順番ができました。
もちろん、病の噂が消えたわけではありません。行事の縮小も続いています。外からの文も制限されたまま。けれど、藤壺の女房たちは、ただ怯えて待つだけではなくなりました。その様子を、定子方に近い女房たちは笑ったそうです。
「藤壺では、閉じこもって遊んでいるとか」
「物語など語って、危機感が足りぬのでは?」
「さすが、地味な御殿は内々で慰め合うしかないのですね」
常盤がそれを報告した時、目が少し燃えていました。
「姫様、反撃を」
「しません」
「でも」
「閉じこもって遊んでいる、で結構です」
私は扇を開きました。
「遊びは、危機の中で人を保つ技術です」
女房たちが静かになりました。
「人は、食べ物と寝床だけでは持ちません。心が荒れれば、噂に飛びつき、味方を疑い、弱い者に当たり、最後には自分を壊します」
前世でも、そうでした。危機の時、娯楽は不要不急だと言われることがあります。けれど、物語や歌や笑いがなければ、人の心は乾いて割れます。
もちろん、現実の対策を放り出して遊ぶのは違います。けれど、対策を続けるためにも、心を保つ仕組みが要るのです。
「御籠もり語りの会は、ただの遊びではありません」
私は言いました。
「不安の受け皿です。噂の代替です。女房たちが互いの声を聞き、笑い、感想を交わし、無事を確かめるための場です。かつての竹林の賢人たちがそうしたように」
赤染衛門が静かに筆を取りました。
「では、心得に加えましょう」
私はうなずきます。
――御籠もり語りの心得。
一、病の噂を面白がらぬこと。
一、怖い話ばかりを重ねぬこと。
一、毎日一人、短き話を語ること。
一、笑いを軽んじぬこと。
一、語り手を責めず、まず良きところを言うこと。
一、事実と作り話を分けること。
一、心が荒れた者を、物語の外へ置き去りにせぬこと。
有子が清書し、春枝が紙を選び、若菜が香炉を整える。澄子は、風の流れを見て、語りの場に新しい灯の位置を定めました。
小少将は、語り手の日だけ少し柔らかな色の衣を勧めました。常盤は、定子方の笑いを外へ返したそうにしていましたが、赤染衛門に見張られていました。
そして七日目。
思いがけず、紫式部が語りました。誰もが息を呑みました。紫式部は、普段から物語を書く側です。その人が、短い話を語る。
「ある女が、閉ざされた局の中で、外へ出られぬことを嘆いておりました」
声は静かでした。けれど、すぐに場が引き込まれます。
「女は思います。外に出られぬなら、私は何も見られない。何も知らない。何も書けない、と」
菅原の君が身を乗り出しました。
「けれど、ある日、女は気づきます。閉ざされた局の中でも、人のため息は聞こえる。衣の擦れる音で苛立ちは分かる。文を置く指先で迷いは見える。香の強さで、誰が誰を思っているかも分かる」
紫式部の目が、少しだけこちらを見ました。
「外へ出られぬ時、人は内を見る。内を見れば、外より広いものがある」
誰も笑いませんでした。けれど、誰も暗くはなりませんでした。それは、閉じ込められている今の私たちに、静かな窓を開けるような話でした。
語り終えると、しばらく沈黙がありました。その後、若菜がぽつりと言いました。
「閉じた局にも、風が通ったようでございました」
紫式部は、ほんの少しだけ目を細めました。それは笑みと言うには淡すぎましたが、藤壺の女房たちには十分でした。
私は扇を閉じます。
ぱちり。
「危機の時、楽しむことを恥じてはいけません」
女房たちが私を見ました。
「もちろん、現実の備えを怠ってはいけません。病を笑いものにしてはいけない。けれど、不安に心をすべて渡す必要もありません」
私はゆっくりと言いました。
「笑いは、逃避ではありません。心を明日まで運ぶための牛車です」
赤染衛門が筆を止めました。
「……牛車、でございますか」
「だめ?」
「いえ。妙に分かります」
よかった。
危機の中、藤壺にはまた一つ、新しい道具が増えました。
それは薬でも、祈祷でも、豪華な調度でもありません。短い物語を語る順番。笑ってよい時間。不安を噂ではなく言葉に変える場。御籠もり語りの会。
かつての七賢は、竹林に籠もって清談を交わし、乱世の不安から心を守りました。
藤壺の女房たちもまた、閉じられた御簾の内側で毎日一つずつ、小さな灯をともしました。
外の病を消す力は、私たちにはありません。けれど、内側の不安が燃え広がるのを防ぐことはできます。
怖い時、人は噂にすがる。けれど、語る場があれば、人は噂ではなく物語を選べる。そして物語は、人を一人きりにしません。
藤壺の灯は、閉ざされた御簾の内側で、静かに、しかし確かに、明日へ続いていました。
〜 出典 〜
『世説新語』竹林の七賢
陳留阮籍、譙國嵇康、河内山濤、三人年皆相比,康年少亞之。預此契者,沛國劉伶、陳留阮咸、河内向秀、瑯邪王戎,七人,常集于竹林之下,肆意酣畼,故世謂竹林七賢譽。
(訳)陳留出身の阮籍、譙国出身の嵆康、河内出身の山濤の三人は、みな年齢が近く、嵆康が少しだけ年下でした。この三人の親しい交わりに加わったのが、沛国出身の劉伶、陳留出身の阮咸、河内出身の向秀、琅邪出身の王戎です。この七人は、いつも竹林の中に集まっては、世間のしがらみを忘れて心の赴くままに酒を飲み交わし、のびのびと楽しく過ごしていました。そのため、世間の人々は彼らを称賛して「竹林の七賢」と呼んだのです。
〜 舞台背景 〜
竹林の七賢とは、3世紀の中国三国時代末期および晋代初期に老荘思想を主張し、清談を行った七人の思想家の総称である。阮籍、嵆康、山濤、劉伶、阮咸、向秀、王戎。阮籍が指導的存在である。その自由奔放な言動は『世説新語』に記されており、後世の人々から敬愛されている。7人が一堂に会したことはないらしく、4世紀頃からそう呼ばれるようになったとされる。隠者と言われることがあるが、多くは役職について(つかされて)おり、司馬氏との縁戚関係であるものも少なくなく特に山濤と王戎は三公にまで登っている。日本では竹林の七賢というと、ファンタジー的で現実離れしたお気楽な発言をする者の代名詞となっているが、当時の陰惨な状況では奔放な言動は死の危険があり、事実、嵆康は鍾会の讒言によって陥れられ、死刑に処せられている。彼らの俗世から超越した言動は、悪意と偽善に満ちた社会に対する慷慨(憤り)と、その意図の韜晦(目くらまし)であり、当時の知識人の精一杯で命がけの批判表明と賞される。出典:wikipedia




