五十 老子、目立つ者は折れる
目立ちたがりの女房が宴で出しゃばり、他人の見せ場を奪う。彰子は『老子』の柔弱・不争の思想を引き、「一番目立つ枝から折れます」と忠告する。彼女を完全に退けず、あえて裏方の要職に置くと、承認欲求が満たされつつ場も整う。彰子は目立ちたがりを潰さず、役割変換で活かす。
目立つことは、悪ではありません。
前世で会社員をしていた頃、私はそれを何度も思った。会議で発言できる人。プレゼンで場を持っていける人。イベントで司会を任される人。新しい企画に真っ先に手を上げる人。人前に出ても物怖じしない人。
そういう人は、組織に必要です。声を上げる人がいなければ、場は動かない。誰かが前に出なければ、企画は形にならない。華のある人がいるだけで、周囲の緊張がほどけることもある。だから、目立ちたいという気持ち自体は悪くない。
問題は、目立つために他人の見せ場を奪うことです。人の説明に割り込む。誰かが準備した場面で、自分の話を始める。相手の手柄を「それ、私も考えていました」と横から拾う。褒められている人の隣で、自分の実績を足す。
います。前世にもいました。
悪い人ではない。むしろ仕事はできる。人当たりも悪くない。でも、自分が注目されていない時間に耐えられない。そういう人は、場を明るくすることもあるが、じわじわ周囲の信頼を削る。本人は気づかない。
「盛り上げただけ」
「補足しただけ」
「私も役に立ちたかっただけ」
「黙っているより良いでしょう」
そう言う。分かります。でも、違う。場には、順番があります。見せ場には、持ち主がある。灯を当てるべき人がいる時に、自分が前に立てば、その人は影になる。そして、影にされた人は、黙っていても忘れません。
ここは平安宮中。見せ場は、命です。歌を詠む一瞬。香を整えたことを帝に気づかれる一言。紙の選び方を公卿に褒められる場面。几帳の色合わせを見られる時。物語の感想を述べる時。
そういう小さな見せ場の積み重ねが、女房の評判になります。だから、それを奪う者は危険です。たとえ悪気がなくても。
その日、問題になったのは、朝顔の君でした。名前の通り、明るい人です。朝顔のようにぱっと開く。声がよく通る。笑顔が大きい。宴でも物怖じしない。初対面の公卿にも臆せず言葉を返せる。
藤壺にとって、貴重な人材ではあります。定子方のような華やかさに対抗するには、朝顔の君の明るさは役に立ちます。
ただし。彼女は、前に出すぎる。以前から少し気になっていました。菅原の君が物語の語りを一山に絞って披露しようとすると、横から、
「その場面でしたら、私も思うところがございまして」
と入る。若菜が香の説明をしようとすると、
「この香、本当に素晴らしゅうございますのよ。私も先ほどから胸がすっとして」
と、感想を自分の言葉で先に言う。春枝が紙の選定を褒められかけると、「その紙、私も運ぶのを手伝いましたの」と笑う。手伝ったのは事実です。でも主担当は春枝です。
小少将が几帳の色合わせを説明しようとすると、「姫様の御殿では、皆で考えますの。私もこの色が良いと申しました」と乗ってくる。実際に意見は出しました。でも、最終調整をしたのは小少将です。
悪意はありません。多分、本当に悪意はない。ただ、自分がそこにいた証を、毎回残したいのです。
承認欲求。
前世風に言えば、それです。人は誰でも認められたい。役に立っていると思いたい。見てもらいたい。それは自然です。でも、承認欲求が前に出すぎると、他人の承認を奪います。
そして事件は、ある宴で起きました。
その日は、先日の歌合の評判を受けて、藤壺の運営力を見たいという公卿たちが集まっていました。大規模な勝負ではありません。小さな宴です。
でも、こういう小さな場ほど大事です。大きな歌合では見えない、女房たちの細かな働きが見えます。私は、今回はそれぞれの担当が自然に評価されるように設計していました。
香は若菜。灯は澄子。紙は春枝。几帳と色は小少将。語りは菅原の君。記録の整えは有子。儀礼の華は花橘の君。進行は赤染衛門。外の流れは常盤。我ながら完璧です。
……のはずでした。
最初に帝が香に気づかれました。
「今日の香は、少し朝の水のようだな」
若菜の顔がぱっと明るくなる。これは若菜の見せ場です。若菜が静かに頭を下げ、答えようとした。
「本日は、重くなりすぎぬよう――」
その時、朝顔の君が横から明るく言った。
「ええ、若菜様がたいそう悩まれておりましたの。私も、もう少し華やかでもよいのではと申しましたけれど、やはり中宮様の御殿にはこの静けさが合いますわ」
若菜の言葉が止まった。場は一応、和やかだった。朝顔の君の声は明るい。公卿も笑った。でも、若菜の説明の芯は折れた。
私は扇を見ました。まだ鳴らさない。
次に、春枝の紙が褒められました。
「この題札の紙は、手触りがよいな」
春枝が嬉しそうに顔を上げる。
「はい、これは――」
朝顔の君が言います。
「春枝様は、本当に紙がお好きで。私も紙箱を運ぶのを手伝いましたが、まあ重いこと」
笑いが起きる。でも春枝は、紙の説明をする機会を失った。手伝ったことは事実だ。ただ、今はそれを言う場ではありません。
私は扇を握りました。まだだ。
次に、菅原の君の語り。伊勢物語式を学んだ菅原の君は、今日は「一話一山」を守るために、かなり準備してきました。彼女の顔には緊張がありました。でも、前向きな緊張です。そして語り始めました。
よい。短い。余白がある。山場へ向かっている。公卿たちも聞いている。あと少しで、菅原の君が「続きは次に」と美しく止めるところでした。
その時、朝顔の君が感極まったように言いました。
「その続きがまた、胸に迫るのですわ! 実はこの後、男君の文に――」
菅原の君が真っ白になった。常盤が「あ」と顔に出した。赤染衛門の目が細くなる。紫式部の筆が止まる。
有子の筆も止まる。若菜は香炉を見たまま固まる。春枝は紙箱を抱えた。小少将は几帳を握りしめる。
続きの一部を、言いかけた。これはだめだ。
私は扇を鳴らした。
ぱちり。
音は大きくありません。でも、藤壺には十分だった。朝顔の君が、はっとこちらを見る。場が静まる。私は微笑んだ。
「朝顔の君」
「はい」
「今宵の語り手は、菅原の君です」
朝顔の君の笑顔が、少し固まった。
「はい、もちろんでございます。私はただ、あまりに面白くて」
「面白いからこそ、止めましょう」
朝顔の君が黙る。菅原の君は扇を握りしめている。私は場を崩さないよう、声を柔らかくした。
「続きを言いたくなるほど心を動かされた、ということですね」
「はい」
「ならば、その心は、菅原の君の語りが終わった後に、感想としていただきましょう」
朝顔の君は、ようやく頭を下げた。
「……失礼いたしました」
菅原の君は、何とか続きを立て直した。
「では、この先は、また次の折に」
少し震えていたが、言えた。公卿たちは、むしろ興味を持った。
「朝顔の君が思わず言いかけるほどか」
「それは、続きが楽しみだ」
結果として、語りは守られました。でも、藤壺に戻った後、女房たちの空気は重かった。
若菜は黙って香炉の灰をならしている。春枝は紙箱に顔を向けたまま動かない。菅原の君は、かなり落ち込んでいる。小少将は困った顔。
常盤は怒っている。有子は冷静に記録を整理しているが、筆圧が強い。赤染衛門は無表情。紫式部は、静かに朝顔の君を見ている。
朝顔の君は、最初、少し不満そうでした。
「私は、場を盛り上げようとしただけでございます」
出た。よくある言葉。悪気のない出しゃばりの常套句だ。
「若菜様の香も、春枝様の紙も、菅原の君の語りも、素晴らしいと思ったからこそ、つい」
「つい、が多すぎます」
私が言うと、朝顔の君は口を閉じた。
「あなたが場を明るくしようとしたのは分かっています」
「では」
「でも、あなたは他人の見せ場に立ちすぎました」
朝顔の君の顔が、少し傷ついたようになる。
「私は、そのようなつもりでは」
「つもりの話ではありません。結果の話です」
藤壺が静かになった。赤染衛門が筆を構える。
「姫様」
「はい」
「覚ですね」
「覚です」
「題は」
「老子、目立つ者は折れる」
「今回は……雅に直しましょう」
「お願いします」
赤染衛門は少し考えた。
「『目立つ働きと退く働きの扱いを考える覚』でいかがでしょう」
「採用します」
朝顔の君は、少し困惑した顔をしています。
「老子、でございますか」
「唐土の思想家です」
私は言いました。
「老子は、柔らかく弱いものを尊び、争わず、前に出すぎないことを重んじます」
朝顔の君は、少し目を伏せた。前に出すぎない。まさに今の彼女に必要な言葉である。
「一番目立つ枝から折れます」
私は静かに言った。藤壺が少し冷える。朝顔の君の肩が揺れた。
「枝、でございますか」
「ええ。木の中で一番高く、風を受け、目立つ枝は、最初に折れます」
赤染衛門の筆が走る。
「宴でも同じです。常に自分が一番前に出れば、最初は華やかに見えます。でも、やがて周囲の恨みを受け、場の風当たりを一身に受けることになります」
朝顔の君は黙っている。
「あなたは明るい。声も通る。人前で動ける。それは才能です」
私はまず認めた。潰してはいけない。
「しかし、その才能を他人の場面で使うと、奪う力になります」
若菜が顔を上げる。春枝も少しこちらを見る。菅原の君は、扇を握ったままだ。
「目立つ力は、主役を奪うためではなく、場を支えるために使いなさい」
朝顔の君の目が揺れた。
「支える……」
「はい」
私は続けた。
「あなたを退けるつもりはありません」
朝顔の君が顔を上げる。
「ただし、役割を変えます」
常盤が反応する。
「配置換えですね」
「そうです」
「また役割変換」
「藤壺の得意分野です」
赤染衛門が少しだけ笑った。
「朝顔の君には、裏方の要職を任せます」
朝顔の君は、明らかに戸惑った。
「裏方……でございますか」
その声には、少し失望が混じっていた。
分かる。
目立ちたい人に「裏方」と言うと、罰に聞こえる。でも、そうではない。
「宴の進行補佐です」
私は言った。
「誰が次に話すか、どこで場が緩んだか、誰の見せ場が来ているかを見て、必要な時だけ場を明るくする役です」
朝顔の君の表情が変わる。
「必要な時だけ」
「はい。常に前に出るのではなく、場が沈みすぎた時、緊張しすぎた人を助ける時、話題の橋をかける時に出る」
赤染衛門が補足する。
「つまり、御殿の空気の継ぎ目を支える役ですね」
「それです」
私は頷いた。
「この役は、明るさがなければ務まりません。声が通り、人を安心させ、場の流れを読む人でなければ無理です」
朝顔の君は、黙って聞いている。
「ただし条件があります」
「はい」
「人の見せ場では、前に出ない」
朝顔の君が、ぐっと手を握る。
「香の説明は若菜。紙の説明は春枝。語りの山場は菅原の君。几帳の色は小少将。記録は有子。儀礼の華は花橘の君。あなたは、それらがきちんと届くように場をつなぐ」
「私は……」
朝顔の君は少し声を詰まらせた。
「黙っていればよいのでしょうか」
「違います」
私は首を横に振った。
「黙るのではありません。出る時を選ぶのです」
朝顔の君の目が少し開く。
「出る時を」
「ええ。出続ける人は、いずれ飽きられます。必要な時にだけ出る人は、頼られます」
常盤が小声で言った。
「確かに、いつも噂を持ってくる者はうるさがられますが、必要な時に持ってくる者は重宝されます」
「自分で言いましたね」
「はい」
赤染衛門が、覚にまとめ始めた。
一つ。目立つ力は否定しない。
二つ。他人の見せ場では前に出ない。
三つ。場が沈んだ時、つなぎ役として出る。
四つ。誰の担当かを事前に把握する。
五つ。褒める時は、主担当の名を先に出す。
六つ。自分の働きは、必要な場面で記録に残す。
朝顔の君が、最後の項目で顔を上げた。
「記録に、残るのですか」
「残します」
私は答えた。
「裏方の働きは見えにくい。見えにくいからこそ、記録が必要です」
有子が頷いた。
「進行補佐の働きとして、どの場面で誰をつないだか記録します」
朝顔の君の表情が、少し和らいだ。
そう。彼女は認められたいのだ。なら、ただ「出るな」と押さえつけても反発する。そして、裏方に置くなら、その働きが見える形にしなければならない。
承認欲求を潰すのではなく、正しい場所に流す。老子の柔弱、不争。争わず、押し返さず、流れを変える。朝顔の君は、しばらく黙った後、深く頭を下げた。
「……承りました」
その声は、少し悔しそうだった。でも、受け取った。
そこから、朝顔の君の再配置が始まった。まず、宴の前に担当表を渡す。誰が何を説明するか。どこが見せ場か。どの話題で朝顔の君が出てよいか。どこでは絶対に出ないか。
有子が一覧を作る。赤染衛門が雅に整える。常盤が「ここは危険」と印をつける。小少将が、立ち位置を調整する。若菜と澄子は、香と灯の流れに合わせて合図を決める。
春枝は、紙を渡すタイミングを書き込む。菅原の君は、自分の語りの山場に「出ないでください」と小さく書いた。朝顔の君は、それを見て少し笑った。
「そこまで書かれますか」
「前科がありますので」
菅原の君が真剣に言う。
「はい……」
次の小宴で、朝顔の君の新しい役割が試された。最初、彼女は落ち着かなかった。誰かが褒められると、反射的に口を開きそうになった。そのたびに、常盤が顔で止める。有子が記録表を指す。赤染衛門が静かに視線を送る。
若菜が香を説明する場面。帝ではなく、公卿の一人が言った。
「この香は、どなたが整えたのか」
朝顔の君の口が少し開いた。だが、踏みとどまった。そして、明るく言った。
「若菜の君でございます。今宵の物語に合わせ、香が先に立ちすぎぬよう、たいそう心を配っておりました」
若菜の顔がぱっと明るくなる。公卿は若菜を見る。
「なるほど。控えめだが、よい」
若菜がきちんと説明できた。成功だ。
春枝の紙の場面でも、朝顔の君は言った。
「この題札は、春枝の君が選びました。手に取った時のやわらかさまで考えたそうです」
春枝が、今度は自分の言葉で説明する。成功。
菅原の君の語りでは、朝顔の君は沈黙した。偉い。山場で口を開かなかった。そして菅原の君が美しく止めた後、朝顔の君は初めて出た。
「続きが気になって、今宵は眠れそうにございません」
場に笑いが起きる。公卿たちも頷く。
「それほどか」
「では、次も聞かねば」
これは良い出方だった。語りの主役を奪わず、続きを聞きたい空気を増やした。菅原の君が、朝顔の君を見た。少し驚き、少し嬉しそうだった。
宴はうまくいった。
終わった後、有子は記録した。
――朝顔の君、若菜の香を導き、春枝の紙を立て、菅原の君の語りに余韻を添ふ。
朝顔の君は、その記録を見て、目を丸くした。
「私のことが……」
「書きました」
有子が淡々と言う。
「進行補佐として、重要な働きでした」
朝顔の君は、しばらくその文字を見ていた。やがて、小さく言った。
「前に出なくても、残るのですね」
「残ります」
私は答えた。
「むしろ、残し方を整えれば、前に出すぎるより長く残ります」
朝顔の君は、深く息を吐いた。
「私は、見られていないと不安でした」
素直な言葉だった。藤壺の空気が柔らかくなる。
「誰かが褒められている時、自分が消えてしまうようで」
若菜が、静かに言った。
「朝顔の君が先ほど、私の名を出してくださったので、私は説明できました」
春枝も頷く。
「紙のことを、ちゃんと聞いていただけました」
菅原の君が言った。
「続きを言われるかと少し怖かったですが、言われませんでした」
「それは……申し訳ありませんでした」
朝顔の君が頭を下げる。
「でも最後の一言で、皆が続きを聞きたがってくださいました」
菅原の君は微笑んだ。
「助かりました」
朝顔の君の目が潤んだ。承認欲求は、否定されると暴れる。でも、正しい場所で満たされると、人を支える力になる。それを見て、私は思った。
老子の「不争」は、何もしないことではありません。争わずに、流れを変えることです。前に出たがる枝を切り落とすのではなく、支柱を立て、風の受け方を変える。枝が折れず、木全体が美しく見えるようにする。藤壺流の老子解釈です。
定子方からは、また少し皮肉が届きました。
「藤壺では、出しゃばりな女房まで役職を与えるとか」
「裏方に回されたとも聞きますわ」
「華やかな者を下げるなんて、もったいない」
「定子様の御前なら、明るい女房はもっと前で輝けますのに」
常盤が報告した。朝顔の君は少しだけ揺れた。だが、以前ほどではなかった。私は言った。
「前で輝くことだけが、輝きではありません」
赤染衛門が筆を取る。
「雅に」
「お願いします」
「『人を照らす灯もまた、光なり』」
「採用」
朝顔の君は、その言葉をじっと聞いていた。私は続けた。
「あなたは、もう一番高い枝で風を受ける必要はありません。場の中に光を配る役です」
「光を、配る」
「はい」
朝顔の君は、ゆっくり頷いた。
「その方が、折れずに済みますね」
「ええ」
彼女は少し笑った。
「姫様に、折れる前に止めていただきました」
「かなり折れかけていました」
「やはり」
「はい」
その後、朝顔の君は藤壺の宴で欠かせない存在になった。以前のように、どの見せ場にも顔を出すことはなくなった。
代わりに、場が沈みかけた時、すっと明るい言葉を添える。緊張している女房の名を自然に出す。公卿の視線を、担当者へ向ける。誰かが言いよどんだ時だけ、橋をかける。出しゃばりではなく、進行の潤滑油。
……とは、言わない。
赤染衛門に雅に直されるから。いや、直すなら「場の流れをなめらかにする人」だろうか。
赤染衛門がこちらを見た。
「姫様」
「はい」
「また妙な言葉をお考えですね」
「少しだけ」
「今回は見逃します」
「ありがとうございます」
――目立つ働きと退く働きの扱いを考える覚。
そこには、こう記された。
一つ、目立つ力を否定しない。
二つ、他人の見せ場を奪わない。
三つ、主担当の名を先に出す。
四つ、場が沈んだ時だけ前に出る。
五つ、裏方の働きも記録に残す。
六つ、光は自分に集めるだけでなく、人へ配る。
私は扇を手に取った。女房たちが姿勢を正す。
「一番目立つ枝から折れます」
朝顔の君が、少し苦笑する。
「ですが、枝を切る必要はありません。風の受け方を変えればよいのです」
赤染衛門が筆を走らせる。
「目立ちたがりは、潰すものではありません。役割を変え、承認が正しく届く場所に置けば、場を支える力になります」
若菜が香炉の灰をならした。
澄子が灯を整えた。
春枝が記録用の紙を選んだ。
有子が朝顔の君の働きを控えた。
菅原の君が語り札を抱えた。
小少将が立ち位置を調整した。
常盤が外の反応を見た。
花橘の君が儀礼の場を静かに飾った。
真葛の君が、棍棒を出さずに改善点を伝えた。
赤染衛門が、すべてを雅にまとめた。
紫式部は、少しだけ目を伏せて笑った。
藤壺は、今日も人を切り捨てずに配置を変える。目立ちたい心を、悪と決めつけない。ただし、放置もしない。強い光は、近すぎれば目を焼く。でも、向きを変えれば、場を照らす。老子の柔らかな知恵は、藤壺でこう使われた。
争わず。折らず。押さえつけず。ただ、流れを変える。
朝顔の君はその後、宴で誰かが褒められるたび、以前のように自分の話を足すのではなく、こう言うようになった。
「ええ、本当に見事でございましょう。これは、あの方が心を尽くされたところです」
その言葉で、褒められた女房は前へ出られる。そして不思議なことに、朝顔の君自身の評判も上がった。
人を立てられる明るい女房。
それは、ただ目立つ女房より、ずっと折れにくい枝だった。
〜 出典 〜
『老子道徳経』上篇8
上善若水。水善利万物、而不争。処衆人之所悪。故幾於道。居善地、心善淵、与善仁、言善信、正善治、事善能、動善時。夫唯不争、故無尤。
【センター試験平成21年度(2009年度)】
問 7 下線部(D)に関して,老子が説く「争いを避ける生き方」の説明として最も適当なものを,次の①~④のうちから一つ選べ。
① 万物を利し,常に人が嫌う低い所に行き,いかようにも対応することのできる水のような生き方
② 絶えず流滅変化し,あらゆるものを受け入れ,煩悩にまみれたものを浄化する川のような生き方
③ 人為をさしはさまず,無為自然の世界に遊び,何ものにも囚われない真人にならう生き方
④ 四季の循環をつかさどり,すべての人にその努力に応じた恵みをもたらす天の命に従う生き方
【解答】
正解:① の意味だそうです。選択肢の意味が分からんw
〜 舞台背景 〜
老子は、中国春秋時代における哲学者である。諸子百家のうちの道家は彼の思想を基礎とするものであり、また、後に生まれた道教は彼を始祖に置く。「老子」の呼び名は「偉大な人物」を意味する尊称と考えられている。書物『老子』(またの名を『老子道徳経』)を書いたとされるがその履歴については不明な部分が多く、実在が疑問視されたり、生きた時代について激しい議論が行われたりする。道教のほとんどの宗派にて老子は神格として崇拝され、三清の一人である太上老君の神名を持つ。出典:wikipedia




