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転生皇后 藤原彰子 〜 欠けることのない望月の世は私が創る 〜  作者: 条文小説


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31/101

三十 歌合で負けても、スポンサーを取る

挿絵(By みてみん)


 歌合で彰子方の女房が定子方に敗れる。皆が落ち込む中、彰子は勝敗よりも、誰がどの歌に反応したかを記録していた。スポンサーになりそうな公卿、歌に弱い公卿、才能ある若手を見つけ、次の歌会に招く。勝負には負けたが、人脈形成では圧勝する。

 勝負には、勝った方がいい。


 これは当然です。歌合で勝つ。評判で勝つ。贈答で勝つ。席取りで勝つ。帝の関心を得る。宮中では、何もかもが静かな勝負になります。


 しかも、勝敗は単純ではありません。その場で勝った者が、後に残るとは限らない。前世でも、そういうことはありました。プレゼンで一番派手に拍手をもらった人が、必ずしも後で仕事を取るとは限らない。会議で相手を論破した人が、必ずしも味方を増やすとは限らない。コンペで負けた会社が、その場で得た人脈から次の大きな案件を拾うこともある。


 表の勝敗と、裏の成果は違う。その場で一首勝つこと。その場ごと持ち帰ること。どちらが後に残るか。これは、よく考えた方がいい問題です。


 歌合は、歌の勝負です。けれど同時に、人を見る場でもあります。誰がどの歌に反応したか。誰がどの女房を見たか。誰がどの言葉に笑ったか。誰が退屈そうにしていたか。誰が才能ある若手に目を止めたか。誰が資金や物資を出しそうか。誰が藤壺に近づく口実を探しているか。


 それらは、勝敗表には出ません。でも、御殿を育てるにはとても大切です。だから私は、歌合で負けた時、歌の反省だけで終わらせるつもりはありませんでした。


 その日の歌合は、かなり華やかなものでした。


 帝も御覧になる。公卿たちも控える。登華殿方、藤壺方、その他の御殿の女房たちも集まります。


 題は、春の霞。


 季節としては穏やかです。けれど、場の空気は穏やかではありません。定子方は、歌に強い。清少納言本人は今回も姿を見せませんでしたが、その影響を受けた女房たちは、言葉の返しが速く、機知に富んでいます。


 少納言の君もいます。


 あの人は本当に厄介です。厄介というのは、褒め言葉です。


 半分は。


 一方、藤壺方からは、菅原の君、有子、小少将、そして最近少しずつ歌を学んでいる若菜も控えていました。赤染衛門は全体の支え。


 春枝は紙と記録。常盤は周囲の反応を見る係。澄子は場の空気を見る係。伊予の君は、地方由来の季節感が歌にどう響くかを見ています。


 準備はしました。歌の題も読み込みました。過去の歌も確認しました。言葉の重なり、季節の感覚、紙の選び方、披露の順。できることは全てやりました。


 しかし。


 負ける時は、負けます。


 最初の数番は、そこそこ拮抗しました。藤壺の有子が詠んだ歌は、筆写をする人らしく、霞に隠れる文字のような春を詠んだものです。これは評判がよかった。


 小少将の歌は、霞と薄衣を重ねたもので、装束を見る人らしい繊細さがありました。これも悪くありません。


 菅原の君は、霞の向こうに見え隠れする物語の人物を思わせる歌を詠み、物語好きの公卿の一人が少し反応しました。


 よし。


 私は内心で頷きました。ただ、問題は中盤です。若菜が緊張しました。彼女はまだ歌合に慣れていません。香炉の灰を整える手は静かなのに、自分の歌を出すとなると震える。


 若菜の歌は、悪くありませんでした。霞の中に立つ梅の香を詠んだ、素直な歌です。けれど、少し素直すぎた。相手は登華殿方の女房。


 この人が、うまかった。


 霞を「見えぬものを隠すもの」ではなく、「見えすぎるものを和らげるもの」として詠んだのです。


 場が少し揺れました。


 判者も、相手方へ軍配を上げました。若菜の顔が、さっと白くなりました。春枝が心配そうに見ています。


 さらに終盤。


 菅原の君の二首目も、少し物語に寄りすぎました。好きな人には刺さる。でも、歌合の場では少し説明が多い。


 対する少納言の君の歌は、短く、明るく、場に合っていました。霞の向こうに笑みが透けるような歌。


 定子方の色です。


 判定は、また登華殿方。


 結果。


 藤壺方は負けました。


 はっきりと。


 歌合が終わった後、藤壺の女房たちは落ち込んでいました。若菜は、完全に泣きそうです。


「姫様……申し訳ございません」


「何が?」


「私の歌が」


「悪くなかったわ」


「でも、負けました」


「負けたわね」


 私が正直に言うと、若菜はさらに沈みました。赤染衛門が少しだけ眉を動かします。


 姫様、そこはもう少し柔らかく。


 という顔です。でも、負けた事実をぼかしても仕方ありません。


「負けたけれど、悪い歌ではなかった」


 私は言いました。


「ただ、歌合の場で勝つには、もう少し場への置き方が必要だった」


「場への置き方……」


「ええ。歌は歌だけではなく、いつ、誰に、どの流れで出るかで変わります」


 若菜は、涙をこらえながら頷きました。菅原の君も、肩を落としています。


「私も、物語に寄せすぎました」


「そうね」


「やはり、物語ばかり読んでいるから」


「違う」


 私は即答しました。


「物語を読む力は強み。ただし、歌合では説明しすぎると重くなる。次は、物語の余白だけを置く練習をしましょう」


 菅原の君の顔に、少し光が戻りました。小少将は悔しそうです。


「装束に寄せた歌は、もう少し評価されるかと思いました」


「反応した人はいたわ」


「本当ですか」


「ええ」


 そう。ここからが本題です。私は歌合の勝敗を見ていなかったわけではありません。もちろん見ていました。でも、それ以上に見ていたものがあります。


「常盤」


「はい」


「反応記録を」


 常盤が、待っていましたと言わんばかりに紙を出しました。赤染衛門が、静かに息を吐きました。


「姫様。やはり、歌合の最中にも記録を」


「当然でしょう」


「歌を聞きながら、人脈を見ておいででしたか」


「歌合は人が集まる場よ」


「まことに姫様らしゅうございます」


 褒めているのか、呆れているのか。


 たぶん半分ずつです。常盤の反応記録は、かなり有用でした。


 まず、右中将殿。


 この方は、歌そのものにはあまり口を出しませんでした。しかし、小少将の薄衣の歌に反応していました。


 なぜか。


 彼の家では近々、女房たちの装束を整える必要があるらしい。小少将の色を見る力に興味を持った可能性があります。


 次に、左少弁殿。


 彼は有子の霞と文字の歌を聞いた時、隣の公卿に何か囁いていました。有子の筆写の美しさと結びつけて、藤壺の記録力に関心を持ったかもしれない。


 さらに、年若い蔵人の一人。


 名を、藤原頼任。


 まだ目立つ立場ではありません。けれど、菅原の君の物語寄りの歌に、明らかに目を上げていました。


 彼は物語好きか、あるいは物語を理解する才がある。これは、次の物語会に招けるかもしれません。


 そして最も重要なのは、源中納言殿。


 この方は、歌合全体をあまり熱心に見ていないようで、実は若菜の歌に反応していました。若菜の歌は負けました。でも、梅の香を霞の中に立たせる素直な感覚に、少し頷いたのです。


 源中納言殿は、派手な機知より、素直で清らかな歌を好む可能性があります。しかも、この方は紙や香の調達にも顔が利く。スポンサー候補です。


 スポンサー。


 もちろん、この時代にはそう言いません。庇護者、支援者、後援の御方。ですが、私の中ではスポンサーです。


 藤壺の歌会、物語会、写本管理、紙や香の調達。それらを続けるには、人も物も必要です。才ある女房を育てるには、場が必要。場を開くには、支える人が必要。歌合は、その候補を見つける絶好の機会です。


「姫様……」


 春枝が、おそるおそる言いました。


「私たち、負けたのでは」


「負けたわ」


「でも、姫様は嬉しそうでございます」


「嬉しいというより、収穫があった」


「収穫」


 伊予の君が、そこで少し笑いました。


「地方の市でも、売れた品だけを見るのではなく、誰が何を手に取ったかを見ることがございます」


「そう、それ」


 私は頷きました。


「今日は、藤壺の歌は負けた。でも、誰が藤壺のどの力に反応したかは見えた」


 赤染衛門が静かに言いました。


「つまり、勝負には負けましたが、場の情報は持ち帰ったと」


「その通り」


 常盤が、少し悪い顔で言いました。


「定子方は勝ち名乗りを持ち帰り、藤壺は人脈を持ち帰ったのですね」


「言い方は悪いけど、そう」


 その夜、私は女房たちを集め、歌合の反省会を開きました。ただし、普通の反省会ではありません。


 歌の良し悪しだけでなく、場の成果を整理します。


 表の題は、歌合成果見立て表。赤染衛門は、もはや淡々と筆を取っています。


 項目はこうです。


 ・歌の題

 ・詠み手

・勝敗

 ・評価された点

 ・弱かった点

 ・反応した人物

 ・その人物の関心

 ・次に招く場

 ・贈るべき文または品

 ・今後の関係づくり


 女房たちは、最初は戸惑っていました。歌合の後に、こんな表を作る御殿は他にないでしょう。でも、やってみると効果は明らかでした。


 若菜の歌。勝敗は負け。評価された点は、素直な季節感、香の扱い。弱かった点は、場の華やかさに対して少し控えめすぎたこと。反応した人物は、源中納言殿。次に招く場は、香と歌の小会。贈るべき品は、強すぎない梅の香を添えた短い礼状。


 若菜は目を丸くしました。


「私の歌でも、次につながるのですか」


「つながるわ」


「負けた歌なのに」


「負けた歌にも、反応する人はいる」


 私は言いました。


「勝った歌が全員に刺さるわけではない。負けた歌にも、特定の人には届くことがある」


 若菜は、涙をこぼしました。


「負けたら終わりだと思っておりました」


「終わりではないわ。記録すれば、始まりになる」


 次に、菅原の君の歌。勝敗は負け。評価された点は、物語性と余韻。弱かった点は、説明が多い。反応した人物は、藤原頼任。次に招く場は、物語読みの小会。贈るべき文は、歌合での反応への直接の礼ではなく、物語に関する軽い問いかけ。


 菅原の君は、真剣に聞いています。


「物語会に、殿方を?」


「少人数なら」


「よろしいのでしょうか」


「場を選べばよい。直接ではなく、写本や物語の一節について意見を聞く形にする」


 赤染衛門が頷きました。


「慎重にすれば、教養の交流として成り立ちます」


 次に、小少将の歌。勝敗は引き分けに近い負け。評価された点は、色彩感覚。反応した人物は、右中将殿。次に招く場は、装束と歌の取り合わせを見る会。小少将の目が鋭くなりました。


「歌と衣を合わせる会……それは、かなり面白うございます」


「でしょう」


 有子の歌。勝敗は一勝。反応した人物は左少弁殿。次に招く場は、筆写と歌稿の整理に関する相談。有子は静かに頷きました。


「文書管理の話なら、私にもできます」


「ええ」


 こうして見ると、歌合はただの勝敗ではありません。女房それぞれの強みが、誰に届いたかを知る場です。


 翌日から、藤壺は静かに動き始めました。まず、源中納言殿へ。若菜の歌に直接触れすぎない程度に、行事への御礼の文を出します。添えるのは、強すぎない梅の香。若菜が整えた香炉の灰から着想を得た、柔らかな香です。


 文は赤染衛門が整えました。


『霞のうちにも、梅の香は道を違へず候ふものにて』


 霞の中でも、梅の香は迷わず届く。


 若菜の歌の価値を、さりげなく拾っています。


 次に、藤原頼任へ。


 こちらは菅原の君が中心になり、物語の一節について「若き御方々の御解釈を伺いたく」と軽く誘う文を用意しました。あくまで教養の交換。


 重くしない。


 小少将は、右中将殿の家の女房を通じて、装束と歌題の取り合わせについて話題を流しました。直接売り込まない。でも、「藤壺には色と歌を合わせて見る女房がいる」と伝える。


 有子は、左少弁殿へ歌稿の保存についての質問を用意しました。これもまた、次の交流の種です。


 常盤は、これらの反応を追います。ただし、赤染衛門に「追いすぎない」と釘を刺されています。


 春枝は、次の歌会に使う紙を候補ごとに分け始めました。伊予の君は、地方由来の季節感を歌題に使えないか整理しています。


 若菜は、負けた後とは思えないほど真剣に香を整えていました。負けたことで、消えなかった。むしろ、自分の歌が誰かに届いたと知って、少し強くなったようです。


 数日後、反応が返ってきました。


 源中納言殿からは、梅の香への礼とともに、次の小さな香の会に関心があるという返事。


 よし。


 スポンサー候補、接続成功。藤原頼任からは、物語の一節について、思いのほか熱のある返事。菅原の君はそれを読んで、顔を輝かせました。


「姫様、この方、かなり読んでおられます」


「招きましょう」


「はい!」


 右中将殿の家の女房からは、装束の色合わせについて相談したいという文。小少将は、少し誇らしそうです。


 左少弁殿からは、有子の筆写の丁寧さへの評価が返ってきました。有子は静かに頭を下げましたが、耳が赤い。


 結果。


 歌合には負けた。


 しかし、藤壺は次の歌会、香の会、物語会、装束相談、筆写相談の種を得ました。


 これは大きい。


 勝敗表では負け。人脈形成では、かなり勝ちです。赤染衛門が、記録を見ながら言いました。


「姫様。これは……実に見事にございます」


「でしょう」


「歌合の場を、そのまま次の会の種にしてしまわれました」


「勝った歌はその場で褒められる。でも、反応を拾えば次が生まれる」


「定子方は勝ちましたが」


「ええ」


「藤壺は、場を持ち帰りましたね」


 赤染衛門の言葉に、私は少し笑いました。その通りです。しばらくして、少納言の君から文が来ました。


『このたびの歌合、藤壺方は惜しゅうございましたね。されど、負けた後の御文の飛び方を見るに、霞の中より網を投げられたようでございます』


 さすがです。


 見抜かれています。


 霞の中より網。つまり、歌合の場で人脈を捕まえたということです。私は返事を書きました。


『霞は目を迷はせ候へど、誰がどの花に立ち止まるかは、かへって見えやすきものにて』


 (霞は目を迷わせるが、誰がどの花に立ち止まるかは、かえって見えやすい。)


 赤染衛門が読んで、少し笑いました。


「これは、かなり正直にございますね」


「少納言の君には隠しても無駄でしょう」


「確かに」


 常盤が、にやりとしました。


「姫様、あの毒舌をお入れにならないのですか」


「あの?」


「一首で勝って満足する人と、場ごと持ち帰る人。どちらが後に残るかしら」


 赤染衛門がこちらを見ました。


「姫様、またそのようなことを」


「言ってないわ。まだ」


「まだ?」


 私は扇で口元を隠しました。でも、正直、思っていました。一首で勝って満足する人と、場ごと持ち帰る人。どちらが後に残るか。もちろん、一首で勝つことには価値があります。歌そのものの力は軽んじてはいけない。


 でも、御殿を育てるなら、それだけでは足りない。勝負の場に集まった人を見て、その反応を記録し、次の場へつなぐ。それができれば、一回の負けは次の勝ちの土台になります。


 その夜、藤壺では新しい心得をまとめました。


 題は、歌合を場として持ち帰る覚


 内容はこうです。


 一、歌合では勝敗だけを見ない。

 二、誰がどの歌に反応したかを記録する。

 三、負けた歌にも、届いた相手がいれば価値がある。

 四、詠み手の強みを、次の場へつなぐ。

 五、スポンサーになりそうな公卿、歌に弱い殿方、才能ある若手を見つける。

 六、反応があった相手には、直接すぎない礼や問いかけで接点を作る。

 七、勝った相手をすぐ敵視せず、その勝ち方も学ぶ。

 八、一回の勝敗より、次に生まれる場を重んじる。

 九、悔しさは記録に変える。

 十、場ごと持ち帰る者が、後に残る。


 赤染衛門が最後まで書き、静かに頷きました。


「場ごと持ち帰る者が、後に残る」


「よいでしょう」


「はい。たいへん藤壺らしゅうございます」


 勝敗は大事です。勝敗の欄だけを見ると、悔しい。


 藤壺はまだ弱い。歌の場では、定子方の華やかさと機知に及ばない部分がある。それは認めなければなりません。でも、勝敗だけが成果ではありません。


 一首で勝って満足する人と、場ごと持ち帰る人。


 どちらが後に残るかしら。


 ……少し毒が強いでしょうか。


 でも、本音です。


 歌で負けたなら、歌を磨く。それは当然。同時に、その場にいた人を読む。誰が反応したか。誰が支援者になるか。誰が次の才能か。誰が藤壺の強みを必要としているか。


 定子方は、今日の歌合で勝ちました。その勝ちは美しい。認めます。


 でも、藤壺は今日の場から、次の四つの会と、三人の支援候補と、一人の若い読者を持ち帰りました。


 さて。後に残るのは、どちらでしょう。


 答えは、次の歌会で分かるかもしれません。

〜 出典 〜

『十訓抄』大江山/歌合うたあわせ


 和泉式部いずみしきぶ保昌やすまさにて丹後たんごくだりけるほどに、きょう歌合うたあわせありけるに、小式部内侍こしきぶのないしうたよみにとられてよみけるを、定頼さだより中納言ちゅうなごん、たはぶれに小式部内侍こしきぶのないしに「丹後たんごへつかはしけるひとまゐりにたりや。」とれて、つぼねまへぎられけるを…


〜 舞台背景 〜

  上記の内容は歌合うたあわせ(人々が「左方さほう」と「右方うほう」の二つのグループに分かれ(組分け)、左右から一首ずつ歌を出し合って対戦し(ばん)、「判者はんじゃ」と呼ばれる審査員が、勝敗を判定。)の際に、小式部内侍が「母・和泉式部に代作してもらっているのでは」とからかわれたという超テスト頻出の話です。


 いや…揶揄からかわれたってニュアンス上記箇所の何処に書いてあるねんw こんなの背景とストーリー知ってなきゃ解けんわ!


 …という事で是非評価&ブックマークしてお勉強の一助にご活用下さいw

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