二十九 后の笑顔は誰のものか
定子方が「定子様の笑顔こそ宮中の太陽」と語り、彰子の静かさを暗いと評する。彰子は笑顔の多さで競わない。かわりに、女房一人ひとりが安心して働ける環境を整え、彰子の御殿では自然な笑いが増える。帝は「定子の場は眩しいが、彰子の場は落ち着く」と感じ始める。
笑顔は、強い。
これは本当です。人は、笑顔に引き寄せられます。
明るい人。よく笑う人。場を華やかにする人。声をかけるだけで、周囲の緊張をほどく人。そういう人が一人いると、部屋の温度が変わります。
前世でもいました。会議室に入ってくるだけで空気が軽くなる人。店員さんに自然に笑いかけて、その場の雰囲気を柔らかくする人。職場の飲み会で、誰かが浮かないようにさりげなく話を振る人。
ああいう人は、本当に貴重です。太陽みたいな人。そう呼ばれるのも分かります。だから、定子様が「宮中の太陽」と呼ばれるのも、きっと自然なことなのでしょう。
私は、実際の定子様をそこまで深く知っているわけではありません。けれど、彼女を慕う人々の言葉から、その輝きは伝わってきます。
清少納言が書き残すような、明るく、機知に満ち、華やかで、笑いの絶えない御殿。それは確かに、人を救う場だったはずです。
苦しい政治の影。家の浮き沈み。宮中の緊張。女たちの不安。そういうものを、一瞬忘れさせるような笑顔。それは、力です。
ただし。
太陽と比べられる側は、なかなかつらい。なぜなら、太陽と同じ明るさで光れと言われても、月や灯には無理だからです。
私は、定子様ではありません。
よく笑って場を沸かせるタイプでもありません。どちらかと言えば、黙って見て、考えて、表を作るタイプです。
太陽ではない。たぶん、石です。石の中宮。
自分で言っていて少し悲しいですが、もう慣れました。でも最近、少し思うのです。石にも、できることはある。太陽には太陽の価値がある。
けれど、夜に灯る明かりもまた、人を救うことがあるのです。その話題が出たのは、ある昼下がりでした。
帝の御前での小さな集まりがあり、いくつかの御殿の女房たちが控えていました。大きな行事ではありません。歌を詠むでもなく、物語を語るでもなく、ただ季節の話や最近の出来事を交わすような、軽い座です。
軽い座ほど、言葉の棘が飛びやすい。
これは、もう学びました。登華殿方の女房たちは、今日も上品に笑っていました。少納言の君もいます。清少納言本人はいませんが、彼女の影はいつもそこにあります。
話は、いつの間にか定子様の思い出になりました。
「定子様が御簾の内でお笑いになると、それだけで御殿が明るくなったものでございます」
登華殿方の女房が、しみじみと言いました。別の女房が続けます。
「まことに。定子様の御笑顔こそ、宮中の太陽にございました」
太陽。
その言葉に、周囲が静かに頷きます。それは賛美です。しかも、かなり強い賛美。定子様を慕う気持ち自体は、美しい。そこは否定しません。しかし、そこで終わらないのが宮中です。
女房の一人が、扇の陰でこちらをちらりと見ました。
「それに比べますと、近頃の御殿は、たいそう静かで……落ち着いてはおりますけれど」
出ました。
落ち着いてはおりますけれど。この「けれど」の後に、本音がいます。別の女房が、柔らかく笑いました。
「静けさも、また趣でございましょう。ただ、あまり静かすぎますと、少し暗う感じられることも」
暗い。
はい。
翻訳しましょう。
――定子様の御殿は明るかった。
――彰子様の御殿は静かすぎて暗い。
――中宮たるもの、もっと笑顔で人を照らすべきでは?
ということです。藤壺の女房たちが、ぴりりと緊張しました。小少将は、私の装束の色が地味すぎたかと気にしている顔です。澄子は相手の表情を観察しています。常盤は、誰がその言葉を言ったかを記録しそうな目。菅原の君は、物語的対比を感じ取っている顔。赤染衛門は、静かに私を見ました。
どう返しますか。その目でした。
ここで、笑顔で競うこともできます。私は笑えないわけではありません。にこりと笑い、明るく返すこともできるでしょう。
――定子様には及びませんけれど、私も努めます。
そう言えば、無難です。けれど、それでは相手の土俵に乗ることになります。笑顔の多さ。場の明るさ。華やかさ。太陽らしさ。
その勝負では、私は勝てません。そして、勝つ必要もありません。私は静かに言いました。
「定子様の御笑顔が、多くの方を照らしたことは、まことに尊いことです」
場が少し静まりました。まず認める。相手の宝を否定しない。
「太陽のような御方であったのでしょう」
登華殿方の女房たちが、少し驚いたように私を見ました。対抗されると思っていたのかもしれません。私は続けました。
「けれど、太陽が沈んだ後にも、人は生きねばなりません」
空気が変わりました。
「夜には夜の明かりが要ります」
帝が、こちらを見ました。少納言の君の扇が、わずかに止まります。
「私は、定子様のようには笑えませぬ。あのように御殿全体を一瞬で明るくすることも、たぶんできません」
私は正直に言いました。
「ですが、藤壺に来た者が、息をつける場にはしたいと思います」
登華殿方の女房は、黙りました。
「よく笑う場も尊い。けれど、無理に笑わずともいられる場もまた、必要ではないでしょうか」
自分で言いながら、胸の奥に少し何かが落ちました。
そうです。
私が作ろうとしていたのは、そういう場なのかもしれない。太陽の御殿ではない。無理に眩しくなくていい御殿。笑顔を求められすぎない御殿。
泣く女房も、物語オタクも、地方出身者も、恋文で失敗しそうな子も、健康管理で粥を食べる子も、物忌みで部屋にこもる子も。それぞれが、自分の速度で息をできる場。その場では、それ以上大きな言い合いにはなりませんでした。
登華殿方も、定子様を否定されたわけではないので怒れない。むしろ、太陽として賛美された。ただ、同時に、藤壺の価値も別に置かれた。太陽と夜の明かり。勝ち負けではなく、役割の違い。
帝は、しばらく黙っていました。
そして、低く言いました。
「なるほど」
それだけです。
けれど、その「なるほど」は、私の中に長く残りました。
帝が何を思ったのかは分かりません。でも、何かが届いた気がしました。帰り道、藤壺の女房たちは少し静かでした。
いつもなら常盤がすぐに噂の分析を始めるところですが、今日は彼女も黙っています。
藤壺へ戻ってから、赤染衛門が口を開きました。
「姫様」
「何?」
「今日のお言葉、たいへんよろしゅうございました」
「そう?」
「はい。定子様を下げず、藤壺を下げず」
「できていたならよかった」
春枝が、おずおずと言いました。
「姫様。私は、藤壺は暗いのではないかと少し思ってしまいました」
「うん」
「でも、暗いのではなく、まぶしすぎないのですね」
私は少し笑いました。
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
有子も言いました。
「こちらでは、無理に明るい歌を詠まなくてもよい気がいたします」
小少将は、
「派手な色ではなくても、美しく見せる道があるように」
と呟きました。
澄子が静かに言います。
「明るい場では見えない顔色も、落ち着いた場では見えます」
常盤は少し考え込んでいました。
「笑いが多い場は、噂も早く流れます。ですが、静かな場では、相談が深くなることがあります」
菅原の君は、目を潤ませています。
「物語にも、太陽のような君だけでなく、夜に灯を置く人物がございます。そういう人がいるから、主人公は泣けるのです」
伊予の君が、ぽつりと言いました。
「地方の夜は、都より暗うございます。でも、灯が一つあると、本当にありがたいのです」
その言葉に、部屋が静かになりました。
地方の夜。都の夜より、もっと暗い夜。そこに灯る一つの明かり。それは、太陽ではない。でも、人を救う。
私は、伊予の君に頷きました。
「藤壺は、そういう灯を目指してもいいかもしれないわね」
翌日から、私は「笑顔を増やす」ことを目標にはしませんでした。
笑顔を目標にすると、危険です。無理に笑う人が出るから。前世でもありました。
職場で「明るく挨拶しよう」「笑顔で接客しよう」と掲げられると、必要なことではあるのですが、時にしんどい。
心が疲れている時まで笑顔を強制されると、笑顔が仕事になります。笑顔が仕事になると、心が離れます。
だから、藤壺では笑顔そのものを求めない。かわりに、笑いやすい環境を整える。
安心して働けること。役割が明確であること。休めること。相談できること。失敗してもすぐ笑いものにされないこと。得意なことを見てもらえること。食べられること。眠れること。いじめられないこと。物忌みでも責任が整理されること。地方出身を恥じなくていいこと。
物語好きも笑われないこと。
そうしたものが積み重なれば、自然な笑いは増えます。強制された笑顔ではなく、思わずこぼれる笑い。それを目指すことにしました。
赤染衛門が、また紙を用意しました。
「姫様。今度は何の覚でございましょう」
「笑顔の覚……と言うと誤解されるわね」
「強制の匂いがございます」
「では、安らぎの場を作る覚」
「よろしゅうございます」
内容は、こうです。
一、笑顔を強制しない。
二、無理に明るく振る舞うことを雅としない。
三、相談できる相手を明らかにする。
四、失敗をすぐ笑いものにしない。
五、役割と休みを整える。
六、笑いは成果ではなく、安心の結果と見る。
七、静けさを暗さと決めつけない。
八、太陽の場と灯の場は、価値が異なる。
九、藤壺は、息をつける御殿を目指す。
赤染衛門が最後まで書いて、静かに頷きました。
「たいへん姫様らしゅうございます」
「中宮らしくは?」
「中宮らしくも、ございます」
「本当?」
「本当です」
珍しく、からかいがありませんでした。藤壺では、少しずつ笑いが増えました。ただし、それは登華殿のような華やかな笑いではありません。
大声で場を沸かせる笑いではない。もっと小さな笑いです。春枝が、紙箱を増やしすぎて赤染衛門に止められ、皆がくすりと笑う。
「これ以上増やすと、紙箱のための部屋が必要になります」
「それは素敵ですね」
「春枝」
「冗談です」
有子が、筆写の途中で常盤の前世語メモを見つけて首を傾げる。
「ばいがえし、とは何でしょう」
「忘れて」
「姫様のお言葉だそうですが」
「忘れて」
菅原の君が物語の人物相関図を広げすぎて、若菜が香炉の置き場を失う。
「菅原の君、物語の人々が香炉を占領しております」
「申し訳ございません。この方々は関係が複雑で」
「一人、右へ移せませんか」
「移すと恋の誤解が」
「では香炉が誤解されます」
皆が笑いました。
伊予の君が地方の食べ物の話をして、少将の乳母が興味を示します。
「その粥には、何を入れるのですか」
「少し塩を強めに。海の近くでは」
「今度試しましょう」
「都風ではないかもしれません」
「体が温まるならよいのです」
伊予の君が、嬉しそうに笑う。
若菜が香炉の灰を整えすぎて、澄子に「今日は少し美しすぎます」と言われ、きょとんとする。
「美しすぎると、いけませんか」
「使うのが惜しくなります」
若菜が、照れて笑う。そういう笑いです。静かな、けれど本物の笑い。誰かを貶める笑いではない。誰かが無理に場を明るくする笑いでもない。
自分がここにいていいと思える時に、ふとこぼれる笑い。私は、それを見るのが好きでした。私自身がたくさん笑うわけではありません。でも、女房たちが自然に笑っているのを見ると、胸の奥が少し温かくなります。
もしかすると、后の笑顔は、后本人だけのものではないのかもしれません。后が笑うことも大切です。
でも、后の御殿で働く人々が笑えることも、大切です。場の笑顔は、一人の顔ではなく、環境に宿る。そんな気がしました。
数日後、帝が藤壺へお越しになりました。特別な用ではありません。少しお疲れの様子で、ふらりと立ち寄られたようでした。
藤壺では、ちょうど春枝と有子が紙の分類について小さく言い合い、菅原の君が物語の例えを出し、赤染衛門が「今は紙箱の話です」と止めているところでした。
帝がお見えになると、女房たちはすぐに整いました。けれど、空気は硬くなりすぎませんでした。
香は控えめ。灯は柔らかい。座は整っている。紙箱は、少し多いけれど整理されている。女房たちの顔色も悪くない。
帝は、しばらく部屋を見渡しました。そして、ふっと息を吐きました。
「藤壺は、静かだな」
一瞬、女房たちに緊張が走りました。
静か。
それはまた、暗いという意味でしょうか。しかし帝は続けました。
「だが、息がしやすい」
部屋が、ほんの少し温かくなりました。
「定子の御前は眩しかった」
帝は、遠くを見るように言いました。
「笑いがあり、言葉が走り、こちらまで明るくなるようであった」
私は黙って聞きました。
定子様の話を、遮るつもりはありません。
「彰子の御前は、違う」
帝は私を見ました。
「眩しくはない。だが、落ち着く」
私は静かに頭を下げました。
「ありがたきことにございます」
「褒めている」
「はい」
「そなたは、少し褒められ慣れよ」
「努力します」
帝が笑いました。女房たちも、御簾の内で小さく笑う気配がしました。
帝は、庭へ視線を向けました。
「ここでは、誰かが無理に笑っている感じが少ない」
私は少し驚きました。見えているのですね。帝は、明るい場に慣れています。華やかな言葉にも、よく笑う女房たちにも。だからこそ、無理な笑顔も見分けるのかもしれません。
「笑わせる才は、私にはあまりございませんので」
私が言うと、帝は首を振りました。
「笑わせずとも、笑える場を作る才はある」
その言葉に、赤染衛門が静かに目を伏せました。春枝は泣きそうな顔をしています。有子は、記録したそうですが我慢しています。常盤は、たぶん心の中で全力で記録しています。
私は、少しだけ笑いました。
「それなら、嬉しゅうございます」
「うむ」
帝は、藤壺でしばらく過ごされました。特に大きな話はありません。漢籍でも、贈答でも、物語でもない。
ただ、少し休まれた。それだけです。
でも、藤壺にとっては大きなことでした。帝が、ここを休む場として感じ始めた。眩しい場ではなく、落ち着く場として。その後、少納言の君から文が届きました。
『宮中の太陽には及ばずとも、藤壺には夜の灯ありとか。灯は近う寄らねば見えぬもの、近づく者の袖を静かに照らすのでしょう』
私は読んで、少し笑いました。
少納言の君らしい。褒めているのか、評しているのか、少しだけ試しているのか。
たぶん全部です。
返事を書きました。
『太陽の御光を仰ぐ者多く候へど、夜道には小さき灯も頼もしきものにて』
太陽を仰ぐ者は多い。けれど、夜道には小さな灯も頼もしい。赤染衛門が読んで、頷きました。
「よろしゅうございます」
「刺さる?」
「刺すというより、置く言葉にございます」
「置く言葉」
「はい。藤壺らしゅうございます」
置く言葉。それもいいかもしれません。清少納言の言葉は、走る。光る。刺す。笑わせる。それに対して、藤壺の言葉は置く。紙箱のように。香袋のように。灯のように。必要なところに、静かに置く。
夜、私は一人、庭を見ていました。月は細く、空は深い。太陽はありません。でも、藤壺の内には灯があります。小さな灯。
太陽のように、勝手に世界を照らしてはくれません。
だからこそ、手をかける必要があります。
灯台下暗し、という言葉が前世にはありましたが、今は少し違うことを思います。灯は、近くにいる人を照らす。遠くまで名を轟かせるものではないかもしれない。でも、近くで震えている人の手元を照らす。それで十分な夜があります。
定子様の笑顔は、きっと多くの人の記憶に残るでしょう。宮中の太陽。それは、まぎれもなく一つの理想です。でも、私はその理想を真似るのではなく、別の理想を作ります。
安心して働ける御殿。無理に笑わなくていい御殿。笑えない日にも居場所がある御殿。そして、いつの間にか自然な笑いが増える御殿。
后の笑顔は、后本人の口元だけにあるのではありません。后の場で働く人々の顔に宿る。女房たちが笑えるなら。怯えず、比べられすぎず、使い潰されず、自分の役目を持って笑えるなら。それもまた、后の笑顔なのだと思います。
赤染衛門が、今日の心得をまとめました。
題は、
灯の御殿を保つ覚
内容はこうです。
一、太陽のような明るさを、無理に真似ない。
二、定子様の価値を否定せず、藤壺の価値を別に立てる。
三、笑顔を強制しない。
四、安心して働ける環境を整える。
五、役割、休息、相談先を明らかにする。
六、自然な笑いは、安心の結果である。
七、静けさを暗さと決めつけない。
八、眩しい場に救われる人もいれば、落ち着く場に救われる人もいる。
九、后の笑顔は、御殿の人々の顔にも宿る。
十、藤壺は、夜道の灯でよい。
赤染衛門が最後の一文を書き終え、微笑みました。
「夜道の灯でよい」
「地味かしら」
「地味でございます」
「やっぱり」
「ですが、たいへん大切な灯です」
私は少し黙りました。その言葉が、思ったより嬉しかったのです。
石の中宮。夜道の灯。華やかではありません。でも、悪くない。むしろ、ようやく自分の立つ場所が見えた気がしました。
定子様の御殿は、太陽のように眩しかった。それは尊い。清少納言が賛美したくなるのも、よく分かります。でも、藤壺は同じ太陽を目指しません。
藤壺は、灯を置きます。小さな灯を置く。その灯の下で、誰かが少し息をつけるなら。誰かが無理なく笑えるなら。それが、藤壺の后の笑顔です。
太陽には太陽の価値がある。けれど、夜に灯る明かりもまた人を救う。今日、藤壺は自分の価値を少しだけ言葉にできました。
眩しくなくていい。暗くもない。静かに照らす。
そのために、明日も紙を整え、香を控え、仕事を分け、粥を用意し、物語を読み、記録を残し、灯を守ります。
宮中の空には、太陽も月もあります。そして人の手元には、小さな灯がある。
藤壺は、その灯でありたいのです。
〜 出典 〜
『枕草子』宮にはじめてまゐりたるころ/定子賛美
宮は、白き御衣どもに、紅の唐綾をぞ上に奉りたる。 御髪のかからせ給へるなど、絵にかきたるをこそ、かかることは見しに、うつつにはまだ知らぬを、夢の心地ぞする…
〜 舞台背景 〜
清少納言が主君・藤原定子の圧倒的ビジュアルをただ「お美しい」と書くのではなく「二次元(絵)でしか存在しえない」「伝説(夢)のようだ」と絶賛している試験頻出箇所です。
この部分なんで試験頻出かというと、文章の意味は単純なのですが高校古典必修文法が満載の文章で、逆に言えばこの部分の古典文法を完璧に理解出来れば大学入試は楽勝だそうです。なので、ご紹介します。愛読者様特典ですw
…唐綾を…ぞ(係助詞/強意/結びは連体形)…上(名詞)…に(格助詞)…奉り(ラ行四段「奉る」連用形※お召になる=尊敬語・申し上げる=謙譲語)…たる(完了助動詞「たり」連体形※前単語と体言接続だと断定)。
…御髪の…かから(ラ行四段未然形)…せ(尊敬助動詞「す」連用形※未然形接続)…給へ(ハ行四段動詞用言尊敬 「給ふ」の已然形)…る(完了助動詞「り」の連体形/サ変の未然形、四段の已然形接続)…など…
「せ/給ふ」の尊敬+尊敬コンビに特殊接続の完了の「り」が来ているという併せ技。「枕草子」解説サイトによると『テストで出す為に書かれた文章』だそうですw




