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転生皇后 藤原彰子 〜 欠けることのない望月の世は私が創る 〜  作者: 条文小説


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二十五 病弱マウントと健康管理

挿絵(By みてみん)


「か弱く病みがちな姫こそ雅」という空気があり、定子方の一部女房が体調不良を美徳のように語る。彰子は「健康は下品ではありません」と言い、睡眠・食事・換気・香の使いすぎ防止を指示する。最初は笑われるが、彰子方の女房たちは肌艶がよくなり、行事でも倒れにくくなる。病を風情にする文化に、彰子はセルフケアで対抗する。

 病弱は、時々ブランドになります。


 これは、あまり良くないことです。もちろん、本当に病に苦しむ人を責めるつもりはありません。


 体が弱い。すぐ熱を出す。季節の変わり目に寝込む。食が細い。気圧や寒暖差に振り回される。人混みで疲れる。


 そういう人はいます。前世にもいましたし、この時代にはもっといます。薬も限られています。医療知識も限られています。感染症への理解も十分ではありません。栄養状態も、衛生状態も、現代とは違います。だから病むこと自体を、軽く見てはいけないん。


 でも、問題はそこではありません。問題は、病弱であることを「みやび」として消費する空気です。


 青白い顔。細い手首。食の細さ。香にむせるほどの繊細さ。夜更けまで月を眺めて眠れない心。少しの風にも伏せるか弱さ。そういうものが、時に美徳のように語られる。


 ――まあ、なんて繊細な御方。


 ――あまりに御心が細やかで、御身に障るのでしょう。


 ――丈夫すぎる女房は、少し野暮ですものね。


 ――病みがちな袖こそ、色深く見えるもの。


 はい。


 危険です。大変危険です。前世でも、少し似た空気はありました。寝ていない自慢。食べていない自慢。忙しすぎて倒れそう自慢。「昨日三時間しか寝てなくて」と言いながら、なぜか誇らしげな人。


 あります。ありました。そして周囲も、なぜかそれを「頑張っている」「繊細」「すごい」と受け止めてしまう。


 しかし、はっきり言います。


 寝てください。食べてください。倒れないでください。倒れた人を責めるつもりはありません。でも、倒れることを美徳にしてはいけません。なぜなら、倒れれば周囲が動くからです。看病する人。予定を組み直す人。薬を用意する人。祈祷を手配する人。代わりに仕事をする人。


 病は本人だけの問題ではありません。御殿全体の運営に関わります。だから私は思います。健康は、下品ではありません。むしろ、健康は御殿を支える基盤です。


 その空気が藤壺に入り込んできたのは、ある行事の後でした。


 その日は、帝の御前で長く控える必要がありました。朝から支度。昼に移動。夕方まで座。夜になってようやく戻る。女房たちはよく働きました。


 春枝は記録用の紙を守り、有子は筆写を続け、小少将は装束の乱れを直し、澄子は香と灯の具合を見て、常盤は他御殿の動きを拾い、菅原の君は会話の筋を読み、伊予の君は地方から来た献上品の話を控えに取っていました。


 みんな、よくやりました。ただ、疲れていました。それは当然です。問題は、その帰り際です。登華殿方の一部女房が、わざと聞こえるように言ったのです。


「藤壺の方々は、たいそうお元気でいらっしゃるのね」


 褒め言葉に聞こえます。でも、違います。


 この場合の「お元気」は、少し野暮、少し鈍感、少し繊細さに欠ける、という意味を含んでいます。


 別の女房が、扇の陰で続けました。


「私など、あまりに御前の空気に胸が迫って、帰る頃にはもう足も立たぬほどで」


「分かりますわ。繊細な者には、長き御座は身にこたえますもの」


「藤壺の女房方は、さすが日頃から紙箱や車の支度で鍛えておいでなのでしょう」


 はい。


 来ました。病弱マウントです。つまり、


 ――私たちは繊細だから体調を崩す。


 ――あなたたちは丈夫で実務向きね。


 ――丈夫なのは結構だけど、みやびさに欠けるのでは?


 ということです。女房たちは黙りました。春枝は、少し傷ついた顔をしています。小少将も表情が硬い。有子は、筆を握る手をそっと隠しました。伊予の君は、自分が地方出身で丈夫そうに見られることを気にしているのか、うつむいてしまいました。


 私は、静かに扇を閉じました。


「元気であることは、恥ではありません」


 声は大きくありません。でも、周囲には届きました。登華殿方の女房たちが、こちらを見ます。私は続けました。


「健康は、下品ではありません」


 空気が止まりました。赤染衛門が、横でほんの少し目を伏せます。これは、始まった、という顔です。


「病みがちなことを責めるつもりはありません。けれど、病みがちなことを雅として誇るのは、少し違うと思います」


 相手の女房が、扇の陰で笑いました。


「まあ、姫様。病は誇るものではございませぬ。ただ、繊細な心は身に出るものかと」


「繊細な心は大切です」


 私は言いました。


「ですが、倒れれば周囲が働きます」


 相手の笑みが、少し止まりました。


「看病する人がいる。予定を変える人がいる。香を止める人がいる。薬を用意する人がいる。祈祷を手配する人がいる。代わりに記録を取る人がいる」


 私はゆっくり続けました。


「倒れるたびに周囲を働かせる雅など、ただの業務妨害です」


 完全に静まりました。赤染衛門が咳をしました。たぶん「言い方」という意味です。でも、言ってしまいました。


 業務妨害。


 もちろん、この時代の言葉としては少し浮きます。なので、すぐに言い直しました。


「……御殿の務めを妨げるものです」


 遅い。もう遅い。


 常盤が、完全に聞き逃さない顔をしています。広げないでほしい。広がるでしょうけど。


 藤壺へ戻ると、女房たちはどこかそわそわしていました。


 私が「健康は下品ではない」と言ったこと。そして「倒れる雅は業務妨害」と言ったこと。どちらも、彼女たちにかなり刺さったようです。赤染衛門が、静かに言いました。


「姫様」


「何?」


「本日は、少々お言葉が鋭うございました」


「反省はしているわ」


「本当でございますか」


「半分くらい」


「それは反省とは申せませぬ」


 赤染衛門はため息をつきました。


「ですが、仰せの筋は正しゅうございます」


「でしょう」


「病を雅にする空気は、確かに危うございます」


 彼女の顔は真面目でした。


「私も長く宮中におりますが、体調を崩すことを、どこか美しいもののように語る風はございます。特に若い女房は、食を細くし、夜更かしを重ね、香を強く焚きしめ、ふらつきながら『心細くて』などと申す」


「倒れるわね」


「倒れます」


「そして周囲が動く」


「はい」


 なら、やるべきことは決まっています。


「藤壺では、健康管理をします」


 赤染衛門は、予想していたように目を閉じました。


「やはり」


「やはり?」


「姫様なら、そう仰せになると思っておりました」


「反対?」


「いいえ」


 赤染衛門は、静かに首を振りました。


「むしろ必要かと」


 珍しく即答です。つまり、宮中の病弱美徳文化は、赤染衛門から見ても問題だったのでしょう。まず、女房たちの現状を確認しました。


 また聞き取りです。


 藤壺では、問題が起きるとだいたい聞き取りから始まります。春枝は、紙箱の管理に夢中になると食事を忘れがちでした。


「気づくと夕方で……」


「だめ」


「はい」


 有子は、筆写を夜遅くまで続ける癖がありました。


「途中で止めると、文字の調子が変わる気がして」


「分かるけど、目が死ぬわ」


「目が……」


「悪くなるということ」


「はい」


 小少将は、装束の確認で他の女房を優先し、自分の衣の重さや暑さを後回しにしていました。


「私が整っていないと示しがつきませぬので」


「あなたが倒れたらもっと示しがつかない」


「確かに」


 澄子は、場の空気を見すぎて、自分が疲れていることに気づくのが遅い。常盤は、噂を追いに出たまま食事の時間をずらす。菅原の君は、物語を読み始めると眠らない。伊予の君は、遠慮して休みたいと言わない。大輔の君は、新入り教育で喉を使いすぎる。弁の君は、儀礼準備で緊張が続く。三河の君は、記録確認で細かい字を見すぎる。少将の乳母は、皆の相談を受けすぎて自分の休みを削る。


 全員、問題ありです。私は頭を抱えました。


「藤壺、思ったより危ないわね」


 赤染衛門が頷きました。


「皆、役目を得たぶん、役目に身を入れすぎております」


 これは、私の責任でもあります。役割を与えた。才を活かした。その結果、皆が頑張りすぎている。頑張ることは美しい。でも、続かなければ意味がない。


「持続可能性」


「姫様?」


「何でもない」


 この時代には言いにくい言葉です。要するに、長く続けられる仕組みが必要です。私は、健康管理の心得を作ることにしました。


 題は、御身を保つ覚。赤染衛門が筆を取りました。春枝が紙を用意し、有子が控えを取ります。


「まず、睡眠」


 私が言うと、菅原の君が少し気まずそうに目を逸らしました。


「夜更けの読書、筆写、噂追いは禁止ではありません。ただし、翌日の務めに差し支えるほどはだめ」


「姫様」


 菅原の君が小さく言います。


「物語が佳境の場合は」


「佳境でも寝てください」


「しかし」


「物語は逃げません」


「……はい」


 非常に不満そうです。でも、寝てください。


「次に、食事」


 春枝が肩をすくめました。


「食が細いことを雅としない。食べられない時は無理に多く食べなくてよいけれど、食べないことを誇らない」


 少将の乳母が頷きました。


「粥、汁物、軽いものを用意しましょう。行事前後は特に」


「お願いします」


「三つ目、換気」


 女房たちが少し首を傾げました。


「香を焚くと、部屋を閉め切りがちになります。でも、空気が悪くなると頭が重くなります」


 澄子が頷きました。


「確かに、強い香と灯が続くと、女房たちの顔色が悪くなることがございます」


「香は大事。でも使いすぎは防いでください」


 小少将が言いました。


「衣に焚きしめる香も、強すぎると具合を悪くする方がおられます」


「そう。香は雅だけど、過剰なら毒です」


「四つ目、休憩」


 私は続けました。


「長い行事では、交代で休む。全員がずっと緊張し続けない」


 赤染衛門が書きながら言いました。


「交代制でございますね」


「ええ」


「また御殿が役所に近づきます」


「倒れるよりいいでしょう」


「その通りでございます」


「五つ目、体調申告」


 ここは重要です。


「具合が悪い時は、早めに言う。限界まで我慢して倒れるのは、偉くありません」


 女房たちが、少し気まずそうにしました。


「倒れる前に言うのが、責任です」


 私は強めに言いました。


「倒れてからでは、本人も周囲も大変になります」


 伊予の君が、小さく頷きました。


「休みたいと言っても、怠けと思われませぬか」


「藤壺では思いません」


 私は答えました。


「ただし、休むなら引き継ぎをする。自分の役目を誰に渡すか、分かるようにする」


 赤染衛門が頷きます。


「休むためにも記録が必要ですね」


「そう」


 記録は人を縛るだけではありません。休めるようにするためのものでもあります。


 健康管理は、すぐには受け入れられませんでした。藤壺の内では、皆が納得しました。けれど外では笑われました。常盤が報告します。


「姫様。登華殿方の一部では、藤壺はついに女房の寝る時刻まで帳面にかけるのか、と」


「まあ、そう言われるでしょうね」


「また、『丈夫を誇る御殿』とも」


「丈夫はいいことよ」


「はい」


 さらに別の女房は、


「藤壺では、香より空気を入れ替えるとか。まるで病人の部屋のよう」


 と言ったそうです。逆です。病人を出さないために換気するのです。しかし、説明してもすぐには伝わりません。


 こういう時は、結果で示すしかありません。とはいえ、健康管理は、始めてすぐ劇的に効果が出るものではありません。少しずつです。


 寝る。食べる。換気する。香を控える。疲れたら交代する。行事前後に休みを入れる。


 地味です。たいへん地味です。でも、地味なものほど効きます。


 一月ほど経つと、変化が出始めました。まず、春枝の顔色がよくなりました。以前は紙箱の前で青白くなっていることがありましたが、今は少し血色があります。


「紙も大事ですが、粥も大事だと分かりました」


「よろしい」


 有子は、目の疲れが減りました。


 夜更けの筆写を切り上げるようにしたため、文字の乱れも少なくなったのです。


「休んだ方が、翌日の字が整うのですね」


「そうよ」


 小少将は、自分の装束の重さも調整するようになりました。


「人の衣ばかり見て、自分を忘れておりました」


「よく気づいたわ」


 澄子は、香と灯の強さを細かく調整し、部屋の空気が重くなる前に御簾の扱いを変えるようになりました。


 常盤は、噂追いの途中でも戻って食事を取るようになりました。少し不満そうですが、倒れられては困ります。


 菅原の君は、物語を読む時間に区切りをつけるため、栞代わりの紙片を作りました。


「ここで止める、という印があると、少し諦めがつきます」


「素晴らしい」


 伊予の君は、遠慮せず体調を言うようになりました。


「今日は少し頭が重いので、聞き取りは午後に」


「それでいい」


 大輔の君は、教育の合間に喉を休める時間を作りました。少将の乳母は、相談を受ける日と休む日を分けました。藤壺全体の空気が、少し明るくなったのです。


 倒れそうな儚さではなく、続けられる落ち着き。これは、見た目にも出ました。肌艶がよくなった。目が澄んだ。声が安定した。行事の終盤でも、女房たちがふらつきにくくなった。


 それは、次の大きな行事で明らかになりました。その行事は長丁場でした。朝から準備し、昼過ぎまで控え、夕方にまた移動。以前なら、誰か一人は顔色を悪くしていたでしょう。しかし今回は違いました。


 藤壺の女房たちは、途中で交代して休みました。香は控えめにし、空気を入れ替え、軽い食事を用意しました。少将の乳母が、粥と温かい汁を手配しています。春枝は時間ごとに紙箱から離れました。有子は筆写を交代し、目を休めました。


 小少将は装束の乱れを見つつ、自分の衣も重くなりすぎないよう調整しています。澄子は、誰の顔色が悪くなりそうか早めに見つけます。赤染衛門は、全体を静かに回します。結果。藤壺からは誰も倒れませんでした。


 一方で、登華殿方の一部女房は、強い香と食事抜きのせいか、途中で気分を悪くしました。もちろん、病人を笑うつもりはありません。藤壺からも少将の乳母が手を貸し、澄子が香を弱めるよう助言しました。


 すると、その女房は少し楽になったようでした。けれど周囲は、見ていました。藤壺の女房たちは、長い行事でも崩れにくい。それは、ただ丈夫だからではない。準備しているからです。


 行事の後、少納言の君が私のそばへ来ました。


「姫様」


「何でしょう」


「藤壺の女房方、近頃たいそう御顔色がよろしゅうございますね」


「寝ていますから」


 少納言の君は扇の陰で笑いました。


「寝ていることを、御殿の強みにされるとは」


「起きて倒れるよりよいでしょう」


「まことに」


 彼女は少し真面目な顔になりました。


「本日、こちらの女房が一人、助けていただいたとか」


「大したことはしていません」


「香を弱め、温かきものを少し。あれで楽になったそうです」


「よかった」


「姫様の健康管理、笑っておりましたが」


 少納言の君は、軽く頭を下げました。


「少し、見習うべきかもしれませぬ」


「ぜひ」


「ただし、清少納言様は『寝ろと言われて寝られるなら苦労はない』と仰せになるでしょう」


「それは分かる」


 眠れない人に、寝なさいと言うだけでは解決しません。だからこそ、空気、香、食事、休憩、心配事の整理が必要です。睡眠は命令ではなく、環境で支えるもの。


 また一つ、心得に追加しなければなりません。その夜、藤壺では健康管理の心得を改訂しました。赤染衛門が筆を取り、私は項目を追加します。


 一、健康は下品ではない。

 二、病を責めない。ただし病を雅として誇らない。

 三、睡眠を削ることを美徳にしない。

 四、食が細いことを自慢しない。食べられる形で食べる。

 五、香は強ければよいものではない。頭痛や気分の悪さを招くことがある。

 六、部屋の空気を入れ替える。灯と香が続く場では特に。

 七、長い行事では交代で休む。

 八、具合が悪い時は早めに言う。倒れる前の申告は責任である。

 九、休めるように記録と引き継ぎを整える。

 十、眠れない人には、命じるだけでなく眠れる環境を作る。

 十一、倒れる雅より、続けられる雅を重んじる。


 赤染衛門が最後まで書き、静かに微笑みました。


「続けられる雅」


「いいでしょう」


「はい。たいへんよろしゅうございます」


 春枝が、少し嬉しそうに言いました。


「姫様。私、最近紙の色が前よりよく見える気がします」


「目が休めているからね」


 有子も頷きます。


「筆も、休んだ後の方が澄みます」


 菅原の君は少し恥ずかしそうに言いました。


「物語も、寝てから読むと、前より人物の気持ちが分かるような」


「睡眠は解釈力を上げるのよ」


「本当に?」


「たぶん」


 常盤が言います。


「噂も、空腹で聞くと悪く聞こえます」


「それはある」


 空腹は、人の判断を悪くします。疲労も、睡眠不足も、香の強すぎも。宮中の争いの何割かは、実は体調不良が原因ではないかと思うことがあります。もちろん、そんなことを言うと身も蓋もありませんが。


 深夜。私は一人、灯を少し弱めた部屋にいました。香も控えめ。御簾の向こうから、夜風が少し入っています。以前なら、宮中らしさを出そうとして、もっと香を強くしていたかもしれません。でも今は、これでいいと思えます。


 深く息ができる。それは大事です。赤染衛門が、そっと入ってきました。


「姫様。まだお休みでございませぬか」


「今から寝るわ」


「心得の第一実践ですね」


「ええ」


「姫様ご自身が守らねば、女房たちも守りませぬ」


「分かっている」


 赤染衛門は少し笑いました。


「本当に?」


「半分以上は」


「それは不足にございます」


 厳しい。でも、その通りです。私が夜更かしして記録ばかり見ていたら、女房たちも休めません。御殿の健康管理は、主から始まる。


 私は文箱を閉じました。


「今日はもう寝る」


「よろしゅうございます」


 赤染衛門は満足げでした。私は横になる前に、ふと思いました。この時代では、病は祈祷の対象でもあります。もちろん、祈りは大切です。病の不安を支え、心を落ち着かせる力があります。


 でも、祈る前にできることもあります。寝る。食べる。空気を入れる。香を控える。休む。早めに言う。


 それらを軽んじて、倒れてから大騒ぎするのは違う。祈祷と養生は、対立しません。


 祈りながら寝ればいい。


 冗談です。神仏も、寝不足の女房を無理やり働かせることは望まないでしょう。


 病は風情ではありません。病む人を責めない。でも、病むことを美徳にしない。か弱さを飾るより、倒れない仕組みを作る。


 藤壺が目指すのは、倒れそうな儚さではありません。


 長く続けられる雅です。


 そのためには、青白い顔で月を見るより、温かい粥を食べて早く寝る夜があっていい。強い香で胸を詰まらせるより、少し空気を入れて深呼吸する方がいい。


 細い手首を誇るより、筆を最後まで持てる手を大事にした方がいい。藤壺は、健康を恥じない御殿になります。


 さて。


 今日はもう寝ます。


 心得を書いた本人が寝不足では、示しがつきませんから。

〜 出典 〜

『病草紙』詞書


 おとこありけり。もとよりくちうちみなぎて、すこしも、こわものなどは、るるにおよばず。なまじゐにくることはなくて、ものときは、さわりてえがたかりけり……


〜 舞台背景 〜

 病草紙やまいのそうしは、平安時代末期から鎌倉時代初期頃に描かれた絵巻物。絵、詞書ともに作者は未詳。当初は巻子本だったが、現在は場面ごとに切り離されている。簡単な説話風詞書に一図の絵を添え構成された、当時の種々の奇病や治療法など風俗を集めたものである。1巻の巻物であった16段と、これとは別に伝来した断簡5段の計21段分が残り、現在は各段ごとに分断され、国宝9段など各地に分蔵。この他、別系統の模本も伝わる。出典:wikipedia

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