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転生皇后 藤原彰子 〜 欠けることのない望月の世は私が創る 〜  作者: 条文小説


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二十 清少納言、偵察に来る

挿絵(By みてみん)


 清少納言本人が、彰子サロンの評判を確かめるため、さりげなく訪れる。女房たちは緊張するが、彰子は平然と迎え、あえて彼女を褒める。「観察眼の鋭さは、宮中随一ですもの」。彰子はさらに「ただ、鋭い刃は鞘も美しくなくては」と微笑む。褒めながら刺す、上位者のマウンティング。清少納言は初めて、相手がただの無口な姫ではないと悟る。

 強い人が来る。それだけで、場の温度は変わります。


 前世の職場でもありました。普段はそこそこ和やかに回っている会議室に、急に本社の偉い人が来る。あるいは、社内で「切れ者」と噂される別部署の部長が来る。


 すると、空気が変わります。背筋が伸びる。言葉を選ぶ。机の上の資料を揃える。どうでもいい雑談が消える。別に怒られたわけではない。


 ただ、来ただけ。それでも、人は緊張します。宮中にも、そういう人がいます。


 清少納言。


 定子様の御前を明るく照らした才女。鋭い観察眼。即座に返す機知。美しいものを美しいと断じ、つまらないものをつまらないと笑い飛ばす言葉の刃。その名は、藤壺でも何度も出ていました。


 毒舌リスト。扇の絵解き。香合わせ。月見の宴。猫の歌。本人がいない場でも、彼女の影はありました。そして、本人が来る。それはもう、ちょっとした事件です。


 その知らせを持ってきたのは、常盤でした。


 昼下がり。春枝が紙箱の湿気を見て、小少将が衣の色を直し、有子が昨日の記録を写し、菅原の君が物語人心覚に何やら相関図を描き足していた時です。


 常盤が、いつもより少し早足で入ってきました。


「姫様」


「何かあったのね」


「はい。清少納言様が、こちらへお越しになるようです」


 部屋が止まりました。筆の音が消えます。春枝が、持っていた紙を落としかけました。小少将は、すぐに自分の袖口を確認しました。


 有子は筆を置き、背筋を伸ばします。澄子は、出入口と座の配置を確認する目になりました。


 菅原の君は、目を輝かせかけて、慌てて伏せました。赤染衛門は、静かに目を閉じました。


「ついに、でございますか」


「ついにね」


 私は扇を手に取りました。清少納言が来る。目的は、おそらく偵察です。藤壺が最近、妙な評判を立てています。


 紙箱を整え、歌会を批評会にし、衣を表にし、噂を記録で鎮め、涙を聞き取り、唐物自慢を依存リスクに変え、夢を心理分析し、猫の寝床を整え、恋文まで添削する。


 ……並べると、本当に妙な御殿です。


 定子方からすれば、気になるでしょう。しかも月見の宴で、私の沈黙が妙に評価されてしまった。無口なだけの若い中宮と思っていた相手が、何やら場を動かし始めている。


 なら、本人が見に来る。当然です。


「姫様」


 赤染衛門が言いました。


「どのようにお迎えいたしましょう」


「普通に」


「普通に、でございますか」


「ええ。過剰に飾らない。怯えない。張り合わない」


 女房たちが、少し困った顔をしました。怯えない。それが一番難しいのです。


「清少納言様は、怖い方なのでしょうか」


 春枝が小さく尋ねました。


「怖いわ」


 私は正直に答えました。春枝の顔が青くなります。


「ただし、怖いのは悪人だからではありません」


「では」


「見える人だから」


 清少納言は、見る人です。人の滑稽さ。場の綻び。言葉の甘さ。無理をしている部分。背伸び。見栄。退屈。そういうものを、おそろしく早く見抜く人。そして、それを言葉にできる人。だから怖い。


「見える人の前では、隠そうとするほど見られます」


 私は言いました。


「だから、無理に取り繕わない」


 小少将が頷きました。


「では、藤壺らしく」


「ええ」


「紙箱も、そのままで?」


 春枝が不安そうに尋ねます。


「そのまま。ただし、散らかしてはいけない」


「はい」


「記録も隠しすぎない。ただし、見せるべきでないものはしまう」


「承知しました」


 有子がすぐに動きます。澄子が静かに言いました。


「香は、強くしない方がよろしゅうございますね」


「そうね」


「清少納言様を迎えるからといって、香で圧を出すと、逆に笑われます」


「その通り」


 澄子も本当に頼もしくなりました。菅原の君は、少し緊張した声で言いました。


「物語係として、清少納言様の御心を読めるでしょうか」


「読もうとしすぎないで」


「はい」


「相手を物語の役に押し込めない。まず見る」


「心得ました」


 常盤が、少し楽しそうに言いました。


「姫様、清少納言様が何かおっしゃったら、記録しますか」


「します。ただし、毒舌観察記録などとは書かないこと」


「……はい」


 今、少し残念そうでした。この子は本当に危険です。

 

 清少納言は、思ったより静かにやって来ました。


 派手な登場ではありません。大勢を連れて威圧するでもなく、あからさまに見物に来たという顔でもない。


 ただ、ふらりと。まるで、通りがかりに梅の香に足を止めたように。しかし、その場にいる全員が分かっていました。これは通りがかりではない。彼女は見に来たのです。


 藤壺を。私を。


 清少納言は、御簾の前で丁寧に頭を下げました。


「藤壺の姫様には、御機嫌うるわしく」


 声は明るい。聞き取りやすく、少しだけ笑いを含んでいる。この声だけで、場を自分のものにする力があります。


「ようこそ」


 私は静かに答えました。


「お越しいただけて嬉しいわ」


「近頃、藤壺の御名を聞かぬ日はございませぬので」


 さっそく来ました。


 軽い一刺しです。――ずいぶん噂になっていますね。という意味。私は微笑みました。


「よい名であれば嬉しいのですが」


「よい名も、珍しき名も」


「珍しい方が多そうね」


「宮中では、珍しきものほど早く広がりますれば」


 うまい。


 こちらを褒めているのか、奇妙なもの扱いしているのか、判別しにくい。女房たちが固くなっています。


 私は清少納言を見ました。初めて、まともに対面します。思っていたより小柄です。けれど、存在が鋭い。目がよく動く。でも、きょろきょろしているわけではありません。一瞬で、紙箱、香炉、女房の配置、灯の高さ、私の袖、赤染衛門の表情、菅原の君の握る紙片まで見た。


 たぶん見ました。


 怖い。


 これは怖い。


 けれど、同時に少し感動しました。本当に、見える人です。私は先手を打つことにしました。


「清少納言」


「はい」


「あなたに一度、お礼を言いたかったの」


 清少納言の表情が、ほんの少し止まりました。


「お礼、でございますか」


「ええ」


 私は扇を少し下げました。


「あなたの観察眼の鋭さは、宮中随一ですもの」


 部屋の空気が、また止まりました。女房たちが息を呑みます。清少納言も、すぐには返さなかった。褒められるとは思っていたかもしれません。けれど、この角度ではなかったのでしょう。私は続けました。


「藤壺の紙箱、装束表、涙の聞き書き、猫の寝床まで、あなた方は実によく見ていました」


 赤染衛門が、横でほんの少し眉を動かしました。これは危険な言い方です。でも、必要です。


「笑われたこともありました。けれど、あれほど細かく見ていなければ、笑えません」


 私は清少納言を見ました。


「見られる価値があると教えていただいたようなものです」


 清少納言は、しばらく黙っていました。そして、ゆっくり笑いました。


「姫様は、毒を薬になさるのですね」


「薬も量を間違えれば毒になります」


「それは、香合わせでも似たことを仰せでしたとか」


「よくご存じね」


「噂は香より早く届きます」


 この人、本当に言葉が軽い。軽いのに、鋭い。菅原の君が、目を輝かせています。後で落ち着かせないと。


 清少納言は、部屋を一通り見ました。紙箱に目を止めます。


「こちらが、恋も公も分ける紙箱にございますか」


 春枝が、びくっとしました。私は答えました。


「ええ。春枝が管理しています」


「春枝殿」


 清少納言が春枝を見ると、春枝は緊張しながら頭を下げました。


「紙は、恋を分けられて怒りませぬか」


 軽い毒です。春枝は一瞬言葉に詰まりました。私は助けようかと思いましたが、その前に春枝が答えました。


「怒る紙もあるかもしれませぬ」


 え。


 春枝が?


「けれど、行く先を誤らぬ方が、紙も悲しまぬかと」


 部屋が静まりました。清少納言の目が、少し楽しそうに細くなりました。


「紙が悲しむ」


「はい。燃やされるべき下書きが、恋文として出されれば、紙も困ります」


 私は内心で拍手しました。春枝、強くなった。清少納言は笑いました。


「藤壺の紙は、たいそう心を持つのですね」


「春枝が持たせてくれています」


 私が言うと、春枝の顔が赤くなりました。清少納言は次に、小少将を見ました。


「装束表の御方でございますね」


 小少将が静かに頭を下げます。


「表にすれば、美しさは逃げませぬか」


 これも刺しです。小少将は少し考えました。


「逃げる美しさもございます。けれど、表にして初めて重なる美しさもございます」


「ほう」


「一人の袖ではなく、御殿全体の色を見る時には」


 清少納言は扇を口元に当てました。


「なるほど。藤壺では、袖も一人ではなく群れで美しくなるのですね」


「はい」


 小少将は落ち着いています。よい。次に清少納言の目は菅原の君へ向きました。


「あなたが物語係とか」


 菅原の君の肩が震えました。


「はい」


「物語を読みすぎると、現実の男は物足りなくなりませぬか」


 うわ。強い。


 菅原の君は一瞬赤くなりました。しかし、すぐに顔を上げました。


「物語を読めば、現実の男が物語ほど整っていないことも分かります」


 部屋に小さな衝撃が走りました。


「ですが、整っていないからこそ、よく見ねばならぬと思うようになりました」


 清少納言は、ついに声を出して笑いました。


「姫様。藤壺は本当に面白き御殿にございますね」


「ありがとう」


「褒めております」


「全部?」


「半分以上は」


 赤染衛門が、横で小さく肩を震わせました。半分以上。清少納言まで、その言い方をするのですね。清少納言は、ついに私へ向き直りました。


「姫様」


「何でしょう」


「私は、正直に申して、こちらを少し不思議な御殿と思っておりました」


「でしょうね」


「紙を分け、香を使い分け、夢を聞き取り、恋文を添削し、猫に心得を作る」


「並べると不思議ね」


「ええ。たいへん」


 彼女は笑います。


「けれど、今見れば、不思議というより、皆が役を得ております」


 その言葉に、私は少し驚きました。清少納言は続けます。


「紙を見る者、色を見る者、噂を追う者、物語を読む者、筆を整える者。どなたも、ただ姫様の陰に控えるのではなく、少しずつ前を向いている」


 部屋が静かになりました。彼女は本当に見ています。毒舌だけではない。見たものを、正しく言葉にする力がある。


「その目で見ていただけるなら、ありがたいことです」


 私は言いました。


「姫様は、私を先に褒めて、毒の刃を鈍らせようとなさいますね」


 清少納言が、にこりと笑いました。ばれています。


「効いた?」


「少し」


「それはよかった」


「ですが、私も刃をしまいっぱなしにはできませぬ」


「でしょうね」


 清少納言の声が、少しだけ鋭くなりました。


「姫様の御殿は、たいそう整っております。役もあり、心得もあり、記録もある。けれど、整いすぎた庭には、時に風が通りませぬ」


 来ました。


 本命の一刺しです。藤壺の弱点。管理しすぎ。整えすぎ。実務に寄りすぎ。余白がなくなる危険。私は黙りました。これは当たっています。清少納言は続けます。


「歌も、恋も、涙も、猫も、すべて心得にされては、いささか息苦しき折もありましょう」


 女房たちが少し緊張しました。赤染衛門も、私を見ています。ここで怒ると負けです。否定しても弱い。これは、受け取るべき指摘です。


「その通りです」


 私は言いました。清少納言の目が、ほんの少し動きました。


「認められるのですね」


「ええ。藤壺は、整えすぎる危険があります」


 私は女房たちを見ました。


「記録は人を守るためのものですが、記録されすぎれば人は動きにくくなる。心得は迷いを減らしますが、増えすぎれば息を詰まらせる」


 清少納言は黙って聞いています。


「だから、最近は余白も学んでいるところです」


「月見の御涙で?」


「事故です」


 思わず言ってしまいました。赤染衛門が小さく咳をしました。清少納言は一瞬きょとんとし、それから楽しそうに笑いました。


「事故」


「ええ。すべてが計算ではありません」


「それを申されるのは、少し惜しゅうございますね。黙っていれば、もっと神秘でいられたものを」


「神秘だけでは疲れます」


「なるほど」


 清少納言は扇を閉じました。


「姫様は、やはり妙なお方です」


「褒めていますか」


「半分以上は」


 また半分以上。ここで、私は本題に入りました。


「清少納言」


「はい」


「あなたの観察眼は、本当に見事です」


「先ほども伺いました」


「ええ。何度でも言います。あなたの目は、宮中の綻びを見つける。あなたの言葉は、人の眠気を吹き飛ばす」


 清少納言は静かに私を見ました。


「けれど」


 私は微笑みました。


「鋭い刃は、鞘も美しくなくては」


 部屋の空気が、ぴんと張りました。清少納言の表情が止まります。褒めながら刺す。今回の本当の一手です。


 毒舌は刃です。鋭い刃は価値がある。でも、剥き出しのまま振るえば、人を傷つけすぎる。持ち主の品位も問われる。だから、鞘。いつ抜き、いつ収めるか。どう見せ、どう隠すか。その鞘まで美しくなければ、刃の価値は下がります。私は続けました。


「あなたの言葉は、誰かを明るくする力があります。同時に、誰かの袖を切る力もある」


 清少納言は何も言いません。


「その刃を、どこで抜くか。誰に向けるか。どこで収めるか。それを決める鞘が美しければ、あなたの才はもっと高く見えるでしょう」


 これは、かなり上からの物言いです。自覚はあります。でも今の私は中宮です。


 そして清少納言は、定子様のサロンを象徴する才女。ここでただ憧れているだけでは、藤壺は飲まれます。相手を認める。その上で、評価する側に立つ。これは上位者のマウンティングです。前世なら、かなり嫌な上司の言い方かもしれません。でも宮中では、必要な時があります。


 清少納言は、しばらく黙っていました。やがて、ゆっくり息を吐きました。


「姫様」


「はい」


「私は、今日こちらへ来るまで、藤壺の姫様は、静かで、少し変わったことをなさる若い御方と思っておりました」


「今は?」


「静かなまま、人の立つ場所を変える御方と」


 私は黙りました。


「褒めております」


「全部?」


「今日は、全部」


 部屋に、小さな驚きが広がりました。清少納言は扇を開き、口元を隠しました。


「ただし、私の刃に鞘を、などと言われたのは初めてにございます」


「怒りましたか」


「少し」


「でしょうね」


「ですが、面白くもございます」


 彼女は、にやりと笑いました。


「鞘まで美しくせよとは、ずいぶん贅沢な注文です」


「才ある人への注文は、贅沢になるものです」


「姫様は、人を使うのが上手うございますね」


「使うだけではありません。育てます」


「それが怖いのです」


 清少納言の声は軽い。でも、その奥に、ほんの少し本音がありました。彼女は気づいたのです。藤壺は、ただ才女を集めて笑う場ではない。人の癖や弱みを、役割に変える場です。


 そして、その場の中心にいる若い中宮は、ただ黙って座るだけの姫ではない。


 清少納言が帰った後、藤壺はしばらく静かでした。誰もすぐには喋りません。嵐が通り過ぎたような空気です。最初に口を開いたのは、春枝でした。


「姫様……私、清少納言様とお話ししてしまいました」


「ええ」


「紙が悲しむなどと……」


「よかったわ」


「本当ですか」


「本当。あなたの言葉だった」


 春枝は、少し泣きそうに笑いました。小少将も言いました。


「私も、表にすると逃げる美しさがあると、思ったまま申し上げました」


「よかった」


「怖かったです」


「私も怖かった」


 女房たちが、少し笑いました。緊張が解けます。菅原の君は、興奮を抑えきれない顔でした。


「清少納言様は、やはり物語の登場人物のようでした」


「決めつけない」


「はい。ただ、とても強い場面を持つ方です」


「それは同意します」


 常盤が報告しました。


「姫様、今日のことは必ず噂になります」


「でしょうね」


「どのように流しましょうか」


「流しすぎない」


「はい」


「『清少納言様が藤壺を見て、女房たちが役を得ていると評した』程度でよいわ」


「鞘の件は?」


「広げない」


「なぜですか。とても刺さっておりましたのに」


「だからよ」


 刺さりすぎる言葉は、外へ出すと争いになる。本人に届けば十分です。これは公開処刑ではありません。相手との距離を測るための言葉です。赤染衛門が頷きました。


「姫様のお考えに賛成です。あれは、清少納言様の御前でだけ意味を持つ言葉にございます」


「そう」


 鞘の話を外へ流せば、


 ――彰子様が清少納言に説教した。


 ――藤壺が登華殿の才女を抑えつけた。


 という話になる。それは望まない。私は清少納言と全面戦争をしたいわけではありません。彼女は敵方の才女です。でも、ただ敵にしてしまうには惜しい。彼女の目は、藤壺にも必要な刺激です。


 その夜、私たちは赤染衛門と今日の記録をまとめました。題は、鋭き才を迎ふる覚、となりました。内容はこうです。


 一、強き才を恐れて過剰に飾らない。

 二、攻撃される前に、相手の強みを正しく評価する。

 三、褒める時は曖昧にせず、具体的に褒める。

 四、毒を否定するのではなく、毒を扱う技量を問う。

 五、鋭い刃には、美しい鞘が要る。

 六、刺す言葉は、必要な相手にだけ届けばよい。

 七、才ある者を敵に固定せず、距離を保って刺激とする。


 赤染衛門が最後まで書き、静かに筆を置きました。


「姫様」


「何?」


「本日は、たいへん中宮らしゅうございました」


「今までは?」


「たいへん姫様らしゅうございました」


「それは違うの?」


「少し」


 赤染衛門は微笑みました。


「今日は、相手を迎え、評価し、刺し、なお潰さず帰しました。御殿の主の振る舞いにございます」


 私は少し黙りました。御殿の主。そう言われると、少し照れます。でも、確かに今日はそうだったのかもしれません。


 清少納言という強い才を前に、私は逃げなかった。先に褒め、相手の刃を見せてもらい、最後に鞘の話をした。かなり緊張しました。正直、内心はずっと冷や汗でした。でも、それを顔に出さなかった。


 私は一人、今日の清少納言の姿を思い返しました。あの目。あの言葉。あの怖さ。紫式部は後に、清少納言を批評します。


 才をひけらかし、漢字を書き散らし、得意顔でいる、と。


 その批評には、きっと紫式部なりの真実があるのでしょう。けれど、私は今日、本人を見て思いました。清少納言は、ただの自慢屋ではありません。彼女は、世界が見えすぎる人です。


 見えすぎるから、つまらないものに耐えられない。見えすぎるから、言葉で切りたくなる。見えすぎるから、場を退屈させないために刃を抜く。


 偵察されたのは藤壺だけではありません。こちらもまた、清少納言という才を観察しました。そして分かりました。


 あの人は、敵にするには惜しい。味方にするには危険。遠ざけるには眩しく、近づけすぎるには鋭い。ならば、距離を置いて互いを磨く相手にする。


 刃と石。刃は石で研がれ、石は刃で削られる。どちらも傷つくかもしれません。でも、どちらも鈍らずに済む。


 石の中宮の御殿には、今日また一つ緊張が加わりました。清少納言という、鋭い刃の記憶。そして、その刃に言った言葉。


 鋭い刃は、鞘も美しくなくては。


 これは、彼女だけへの言葉ではありません。藤壺への戒めでもあります。刃はまた来るでしょう。


 その時までに、こちらの鞘も、もっと美しくしておかなければなりません。

〜 出典 〜

『紫式部日記』清少納言批評


 清少納言せいしょうなごんこそ、したりがおにいみじうはべりけるひと。さばかりかしこしだち真名まなきちらしてはべるほども、よくれば、まだいとへぬことおほかり。かくひとことならむとおもひこのめるひとは、かならず見劣みおとりし、行末ゆくすえうたてのみはべれば…


〜 舞台背景 〜

 清少納言せいしょうなごん(康保3年頃〈966年頃〉 - 万寿2年頃〈1025年頃〉)は、平安時代中期の女房、作家、歌人。随筆『枕草子』は平安文学の代表作の一つ。歌人としては中古三十六歌仙、そして女房三十六歌仙の一人でもある。出典:wikipedia

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