十七 恋文添削、地獄の赤入れ
若い女房が恋文の返事に悩み、定子方に相談したところ笑いものにされる。彰子はその文を読み、「感情は良い。でも要点が散らかっています」と冷静に添削。相手の男の自尊心をくすぐりつつ主導権を握る返文を作る。結果、男はますます夢中になり、女房は彰子を崇拝する。
恋文は、危険文書です。
これは冗談ではありません。この時代の恋文は、ただの甘い手紙ではありません。筆跡が残る。紙の色が残る。香が残る。文面が残る。誰が運んだかも残る。返事の早さも、遅さも、噂になる。つまり恋文とは、感情を紙に固定したものです。そして固定された感情は、証拠になります。
前世でも、似たようなものはありました。深夜テンションで送った長文メッセージ。既読がついたのに返ってこない通知。送信後に読み返して頭を抱える文章。「今の送信取り消せますか」と天を仰ぐやつ。
あります。ありました。
恋の文章は、人を狂わせます。なぜなら、書いている本人は本気だから。本気であるほど、自分の文章を客観視できない。
好き。寂しい。不安。怒り。もっと来てほしい。でも重いと思われたくない。軽く見られたくもない。相手には夢中になってほしい。でもこちらが夢中だとは思われたくない。
はい、地獄です。
しかも宮中の恋文は、ただ恋する二人だけの問題ではありません。文を運ぶ者がいる。相談する女房がいる。噂を聞く御殿がある。相手の男には家がある。こちらにも立場がある。
恋文一つで、女房の評判が上がることもあれば、人生が詰むこともある。だから私は、恋文を軽く見ません。恋文は、戦略文書です。
……などと言うと、赤染衛門にまた「姫様、恋を何だと」と言われそうなので、普段は黙っています。
でも本当です。恋文ほど、戦略コミュニケーション能力が問われる文書はありません。
その若い女房が泣きそうな顔で藤壺へ戻ってきたのは、夕暮れ時でした。
名は、葵。最近、藤壺に出入りするようになった若い女房です。家柄は高すぎず低すぎず。顔立ちは可愛らしい。歌はまだ拙いけれど、感情の動きが素直です。ただし、素直すぎる。恋に落ちたら、かなり危ないタイプです。私は前から少し気にしていました。
案の定、事件は恋文から始まりました。
「姫様……」
葵は御簾の前で、今にも泣きそうに座りました。赤染衛門がすぐに顔を曇らせます。
「葵殿、どうなさいました」
「私……私、もう、御前に顔向けできませぬ」
この言い方。かなり重い。春枝が紙箱の前で心配そうに顔を上げました。小少将はすぐに周囲の女房たちの視線を制します。澄子は葵の袖の乱れと足元の泥を見て、どこか外を歩いてきたと判断したようです。有子は筆を置きました。常盤は、すでに「これは噂案件」と察した顔です。
私は静かに言いました。
「葵。何があったの」
葵は袖から一通の文を出しました。
「ある殿方より……文をいただきまして」
「恋文ね」
葵の顔が一気に赤くなりました。
「はい……」
「それで?」
「返事をどうしたらよいか分からず、登華殿の方に近い女房に相談したのです。あちらは恋の文にも明るいと聞いて」
赤染衛門の眉が、ぴくりと動きました。嫌な予感がします。
「すると……」
葵の声が震えました。
「文を見て、笑われました」
部屋の空気が冷えました。
「何と?」
私が尋ねると、葵は唇を噛みました。
「『まあ、藤壺の女房は紙箱の扱いは上手でも、恋の扱いはまだおぼつかないのね』と。『この返事では、男は逃げるか、調子に乗るかのどちらかですわ』と」
常盤が、低く呟きました。
「性格が悪い」
「常盤」
赤染衛門がたしなめましたが、今回は同意です。葵は続けます。
「その場にいた方々も笑って……私、恥ずかしくて」
「返事は出したの?」
「まだです」
「よかった」
私は即答しました。葵が目を丸くします。
「よかった、でございますか」
「ええ。送る前なら、まだ直せる」
前世でもそうです。送信前なら救える。送信後は祈るしかありません。
「文を見せて」
葵は、おずおずと恋文と自分の下書きを差し出しました。春枝が、すぐに下書き用ではなく相談用の紙を用意します。有子が筆を取りました。赤染衛門が、少し嫌な予感を覚えた顔で私を見ます。
「姫様」
「何?」
「まさか、恋文まで添削なさるのですか」
「します」
「恋文でございますよ」
「だからこそ」
私はきっぱり言いました。
「恋文ほど添削が必要です」
赤染衛門は、天井を見るように目を上げました。
「宮中の雅が、また一つ実務に」
「恋文は実務よ」
「言い切らないでくださいませッ!」
まず、相手の男からの文を読みました。紙は悪くありません。薄い浅葱色。香は軽め。筆跡は流麗ですが、少し自意識が強い。文面はこうです。
『昨夜の月を見候ひしに、御簾の内にて一度のみ見えし御袖の色、思ひ出でられて、夜もすがら寝られず候。もし同じ月を御覧じ候はば、いかばかり同じ思ひにておはすらむと、心もとなく』
ふむ。
訳すと、
「昨夜の月を見ていたら、御簾の内で一度だけ見えたあなたの袖の色を思い出して、一晩中眠れませんでした。もしあなたも同じ月を見ていたなら、どれほど同じ思いでいらっしゃるだろうかと気になって仕方ありません」
悪くありません。むしろ上手い。
一度見えた袖。月。眠れない夜。同じ思いかどうか。押しつけすぎず、でもこちらの反応を求めている。相手は、そこそこ文慣れしています。そして自分が文慣れしていることも分かっています。危険です。
「相手は誰?」
私が尋ねると、葵は小さく答えました。
「右兵衛佐様にございます」
常盤が少し反応しました。
「右兵衛佐……あの方は、文を方々へお出しになると聞きます」
葵の顔が青くなりました。
「やはり、私など……」
「落ち着いて」
私は文を置きました。
「相手は恋文慣れしている。つまり、こちらが重すぎれば引く。軽すぎれば遊ばれる」
葵が震えました。
「では、どうすれば」
「主導権を取ります」
「主導権……?」
「相手の自尊心をくすぐりつつ、こちらの価値を下げない」
赤染衛門が、筆を構えたまま固まりました。
「姫様。恋文の会話に、そのような語が」
「必要でしょう」
「必要かもしれませぬが」
次に、葵の下書きを読みました。
『御文を賜り、身に余りて嬉しく候。私も昨夜は月を見て、あなた様のことを思ひ、眠れず候ひき。御袖を思ひ出してくださったとの御言葉、夢のように嬉しく、どうかまた御文を賜りたく……』
私は、そっと文を置きました。葵が不安そうにこちらを見ます。
「姫様……」
「感情は良い」
私は言いました。葵の顔が少し明るくなります。
「本当でございますか」
「ええ。素直で可愛い。相手への喜びも伝わる」
「では」
「でも、要点が散らかっています」
葵の顔が固まりました。赤染衛門が小さく咳払いします。
「姫様、もう少し柔らかく」
「柔らかく言っているわ」
「そうでございますか」
私は下書きを指で示しました。
「まず、『身に余りて嬉しく』で相手を上げすぎ。次に『私も眠れず』で、相手の期待にそのまま乗りすぎ。さらに『また御文を賜りたく』で、こちらから次の文を求めすぎ」
葵は、みるみる赤くなりました。
「私……そんなに」
「悪くはないの」
私は言いました。
「ただ、このままだと相手はこう思います。『この女房はもう落ちた』と」
葵が、ほとんど倒れそうになりました。小少将がそっと支えます。
「姫様、直球が過ぎます」
赤染衛門が言います。
「でも大事よ」
「大事ですが」
「恋文は一文で立場が決まる」
私は続けました。
「相手に好意を見せる。でも、全部渡さない。喜ぶ。でも、追わない。褒める。でも、崇めない」
葵は必死に聞いています。有子はもう真剣に書き取っています。常盤は面白がりすぎています。
「では、どう書けばよいのでしょう」
葵が尋ねました。私は考えました。相手の文には「月」と「袖」と「眠れない」があります。こちらはその素材を受けつつ、少しずらす。相手の「あなたも同じ思いだったのでは?」という問いには、直接「私もです」と返さない。でも、完全には否定しない。相手に想像の余地を残す。
「まず、相手の文を褒めるのではなく、相手の観察を褒める」
「観察?」
「御簾の内の袖を一度見ただけで覚えていた、というところ」
葵が頷きます。
「そこを褒めれば、相手の自尊心は満たされる。でも、こちらが完全に夢中とは言っていない」
私は筆を取りました。
『昨夜の月に、ただ一度の袖の色まで思ひ出で給ふ御心こそ、いと細やかに候へ』
「まず、こう」
葵が、ぽっと顔を赤くしました。
「細やか……」
「相手は喜ぶわ」
自分の感性を褒められる男は弱い。たぶん平安でも現代でも同じです。
「次に、自分も月を見たことは示す。でも、同じ思いだったとは言い切らない」
私は続けて書きました。
『同じ空の月を見候ひしことは、まことに不思議にて』
「これで、同じ月を見たことは認める」
「はい」
「でも、同じ思いだったとは書いていない」
「確かに」
「次に、眠れなかったと言わない。代わりに、月の光が袖に残ったと書く」
『明け方まで、月の光のみ袖に残りたる心地して』
葵が息を呑みました。
「姫様……」
「何?」
「それは、とても……」
「いいでしょう」
「はい……」
赤染衛門も、少し感心した顔をしています。
よし。
恋文添削でもまだ雅は死んでいません。
「最後に、次の文を求めない。代わりに、相手が次を書きたくなる余白を残す」
私は下の句を考えました。
『また同じ月の夜、何を思ひ出で給ふやと、少し心もとなく候』
「これでどう?」
葵は、文を見つめました。全体はこうです。
『昨夜の月に、ただ一度の袖の色まで思ひ出で給ふ御心こそ、いと細やかに候へ。同じ空の月を見候ひしことは、まことに不思議にて、明け方まで、月の光のみ袖に残りたる心地して。また同じ月の夜、何を思ひ出で給ふやと、少し心もとなく候』
私は説明しました。
「相手の感性を褒める。こちらも月を見たと示す。余韻を出す。でも『あなたを思って眠れませんでした』とは言わない。最後は、次の月夜に何を思うか相手に委ねる」
「つまり」
澄子が静かに言いました。
「相手に、次の文を書く理由を渡しているのですね」
「そう」
さすが澄子。
「でも、こちらから『また文をください』とは言っていない」
春枝が、感動した顔で言いました。
「紙の余白のようでございます」
「そうね」
私は頷きました。
「恋文にも余白が要る」
葵は、文を胸に抱きました。
「姫様……私、これを出します」
「待って」
「え?」
「清書は有子に見てもらって。字が震えると重く見える」
葵の顔がまた赤くなります。
「はい……」
「香は軽め。強い恋の香は使わない。紙は淡すぎないもの。相手が文慣れしているなら、こちらも整っていると思わせる」
春枝がすでに紙を選び始めています。
「これなどいかがでしょう。月の話なので白すぎると直球です。少し青みのあるものを」
「よいわ」
小少将が香を選びます。
「香は、先日の記憶覚でいうなら、軽く残るものを。甘すぎるものは避けましょう」
「完璧」
赤染衛門が、ついに小さく呟きました。
「恋文一通に、御殿総出でございますか」
「葵の人生がかかっているわ」
「確かに」
返文は、その夜のうちに出されました。そして翌朝。葵のもとに、すぐ返事が来ました。
早い。かなり早い。相手、完全に釣れています。
葵は震える手で文を持ってきました。
「姫様……」
「読んで」
文面は、前回より明らかに熱を帯びていました。
『御返り、いかでかかる御心ばへと、読み返すほどに夜も明け候ひぬ。月の光のみ袖に残りたるとは、まことにその袖を尋ねたくこそ。次の月を待つ心、今より苦しう候』
はい。落ちました。
翻訳します。
「返事を何度も読み返しているうちに夜が明けました。月の光が袖に残ったなんて、その袖を探したくなります。次の月が今から待ち遠しくて苦しいです」
右兵衛佐、かなり前のめりです。葵は、顔を真っ赤にしていました。
「姫様……!」
「よかったわね」
「姫様は、恋の神でございますか」
「違います」
即答しました。
「文の構造を整えただけです」
「それが神でございます!」
「違います」
葵の目が完全に崇拝のそれになっています。危険です。恋文添削で信仰を集めてはいけません。赤染衛門が横で、たいへん複雑な顔をしていました。
「姫様。成功してしまいましたね」
「してしまった、とは」
「これで終わらぬ気がいたします」
「私もそう思う」
嫌な予感ほど当たります。
三日後。
藤壺に、恋文相談が押し寄せました。最初は二人。次に三人。その翌日には、別の御殿に出入りする女房まで。
「姫様、返事をどうすれば」
「この文、脈はございますか」
「相手が三日返事を寄こしませぬ」
「一度会っただけの方から文が」
「前の男からまた文が来て」
「同じ香が別の女にも届いているようで」
地獄。恋文地獄です。赤染衛門が、完全に頭を抱えました。
「姫様。藤壺が恋愛相談所になっております」
「そうね」
「どうなさいますか」
「受付制にします」
「受付」
「恋文は緊急度と危険度で分ける」
「姫様」
「何?」
「本当に恋を何だと」
「事故防止対象」
「否定できませぬ」
私は、恋文相談の心得を作ることにしました。
恋文添削覚。
赤染衛門は、題を見た時点で深いため息をつきましたが、もう止めませんでした。内容は以下の通りです。
一、恋文は送る前に一度冷ます。
二、喜びすぎ、怒りすぎ、寂しがりすぎは危険。
三、相手を褒める時は、容姿より観察・言葉・心配りを褒める。
四、こちらの好意は見せるが、主導権を全部渡さない。
五、「また文をください」と直接書く前に、相手が書きたくなる余白を置く。
六、香・紙・筆跡も文の一部である。
七、送ってはいけない文は、燃やす用の紙に書いて燃やす。
八、相手が複数に同じ文を送っている可能性を忘れない。
最後の一項で、女房たちの間に静かな悲鳴が走りました。
「姫様、それは」
「現実よ」
「恋が冷めます」
「冷める恋なら早い方がいい」
赤染衛門が、また天を仰ぎました。でも大事です。相手の男が文慣れしている場合、同じような文を複数へ送っていることがあります。香も、紙も、歌も、使い回しの可能性がある。恋に落ちた女房は、自分だけに向けられた言葉だと思いたい。でも、そこで一度確認するのは、自衛です。
常盤はこの項目に大変興味を示しました。
「姫様、同じ文の使い回しを見抜くには」
「香、言い回し、紙の種類、運び手、返事の間隔」
「調べます」
「楽しそうにしない」
「はい」
本当に危険な子です。恋文相談が増えると、藤壺の女房たちは妙に活気づきました。春枝は紙を選ぶ。
「これは重すぎます。初回の返文には向きません」
小少将は香と衣の相性を見る。
「この香は、相手に会う予定がないなら少し濃うございます」
有子は筆跡を整える。
「震えた線も趣ではありますが、今回は落ち着いて見せた方が」
澄子は相手の行動を分析する。
「三日返事がないのに、同じ廊を二度通っているなら、迷っているのではなく様子を見ています」
常盤は情報を集める。
「その方、先週は別の女房にも月の文を」
「最低ね」
「姫様、顔が怖うございます」
大輔の君は、若い女房が暴走しないよう指導する。
「夜更けに長文を書いてはなりません。朝読み返しなさい」
弁の君は、立場上まずい相手との文を止める。
「その方への返文は、家同士の問題になります。慎重に」
三河の君は、言葉遣いの失礼を直す。少将の乳母は、失恋しそうな女房の話を聞く。気づけば、藤壺は本当に恋愛文書コンサルになっていました。
……また前世の言葉が出ました。赤染衛門には言いません。でも、実態としてはそうです。相談を受け、相手を分析し、文面を添削し、紙と香を選び、送信前チェックをする。完全にコンサルです。
雅な恋を、戦略コミュニケーションに変えている。これは、やりすぎると危険かもしれません。恋は、全部計算にすると味気ない。でも、無防備な女房が笑いものにされるよりはいい。私はそう判断しました。
噂は当然、登華殿にも届きました。少納言の君から、軽い文が来ました。
『藤壺では、恋の文まで赤き筆にて直されるとか。恋も添削を経れば、さぞ行儀よく燃え候ふらむ』
うまい。
つまり「恋文まで赤ペンで直しているそうですね。添削された恋は、さぞお行儀よく燃えるのでしょう」という皮肉です。私は笑いました。
「赤筆は使っていないのに」
赤染衛門が言います。
「使えばよろしいのでは」
「怖すぎるわ」
「既に十分怖うございます」
私は返事を書きました。
『燃ゆる火も、風向きを知らねば家を焼き候。文は火種に似たれば、少し囲ひを置くも悪しからず候』
燃える火も、風向きを知らなければ家を焼く。文は火種に似ているから、少し囲いを置くのも悪くない。
赤染衛門が読んで頷きました。
「よろしゅうございます」
「少し説教くさい?」
「いつものことにございます」
「褒めていないわね」
「半分は」
夜。葵が、そっと私のもとへ来ました。
「姫様」
「どうしたの」
「右兵衛佐様から、また文が」
「見せる?」
葵は少し迷って、首を振りました。
「今日は、自分で返事を書いてみます」
私は少し驚きました。
「大丈夫?」
「はい。まず下書きして、朝読み返します。重くなりすぎていないか、余白があるか、香が強すぎないか、見ます」
成長しています。恋に振り回されるだけだった葵が、自分の文を見る目を持ち始めている。
「困ったら相談して」
「はい」
葵は深く頭を下げました。
「姫様。私、文を直していただいた時、恋が計算になってしまうのかと思いました」
「うん」
「でも、違いました。自分の気持ちを雑に渡さないために、整えるのですね」
私は黙りました。その通りです。恋文添削は、相手を操るためだけではありません。自分の感情を守るためでもある。
好きだからといって、全部投げつけていいわけではない。寂しいからといって、相手にしがみつく文を書けば、自分が傷つく。怒っているからといって、そのまま送れば、後で戻れない。
感情を整えることは、感情を否定することではありません。大切に扱うことです。
「よい文を書いて」
「はい」
葵は、少し晴れやかな顔で去っていきました。私はそれを見送りながら、静かに息を吐きました。恋文添削。最初は、ただ笑いものにされた若い女房を助けるためでした。
でも、これは思ったより大きな意味を持つかもしれません。女房たちは、恋で傷つきます。待ち、迷い、期待し、裏切られ、噂になり、笑われる。その時、自分の文を整える技術があれば、少しだけ自分を守れます。
笑われた若い女房が、次は笑われずに文を返せるなら。恋に傷つく女房が、少しでも自分の足で立てるなら。それは十分、藤壺の仕事です。
石の中宮の御殿では、恋文も紙箱に入ります。ただし、閉じ込めるためではありません。大切な火種を、家を焼かずに灯すために。
今夜もどこかで、誰かが文を書いている。眠れない月を見ながら。その文が、相手へ届く前に、どうか一度だけ冷まされますように。
そして、冷めてもなお残る言葉だけが、相手の袖へ移りますように。
〜 出典 〜
『和泉式部日記』恋文往復
夢よりも果かなき世中を歎きつゝ、明し暮す程に、果かなくて〈長保五〉四月十日あまりにもなりぬれば、この下くらかりもていく…
〜 舞台背景 〜
和泉式部日記は、和泉式部によって記された日記であり、女流日記文学の代表的作品である。中古三十六歌仙の一人、小倉百人一首にもその歌が収められている、平安時代を代表する歌人である和泉式部にふさわしく、日記のなかに和歌の贈答の場面が頻出し、この作品を大きく特徴付けている。出典:wikipedia
敦道親王との恋愛が贈答歌を中心に描かれていますが、恋愛遍歴が多く、藤原道長からは「浮かれ女」と評された。紫式部には「恋文や和歌は素晴らしいが、素行には感心できない」と言われた。まぁモテる人はそういうもんかとw




