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転生皇后 藤原彰子 〜 欠けることのない望月の世は私が創る 〜  作者: 条文小説


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十二 夢占いを、心理分析に変える

挿絵(By みてみん)


 ある女房が「不吉な夢を見た」と言い、彰子の将来を暗示しているかのように語る。周囲が不安になる中、彰子は夢の内容を聞き取り、生活習慣・不安・願望の反映として読み解く。さらに「夢を利用して人を動かす者こそ不吉」と静かに告げる。

 夢は、面倒です。


 いえ、夢そのものが悪いわけではありません。


 眠っている時に見る、あの不思議な映像。意味がありそうで、なさそうで、目覚めた瞬間には妙に鮮やかなのに、しばらくすると霧のように消えていくもの。


 前世でも、夢占いはそれなりに人気でした。


 歯が抜ける夢。追いかけられる夢。空を飛ぶ夢。遅刻する夢。知らない場所で迷う夢。亡くなった人に会う夢。インターネットで検索すれば、いくらでも意味が出てきました。


「あなたは不安を抱えています」


「転機が近づいています」


「人間関係に注意」


 便利です。だいたい当たっているような気がします。なぜなら、人間はたいてい不安を抱えていて、たいてい何らかの転機の途中で、たいてい人間関係に注意が必要だからです。


 夢は、使い方次第で自分の心を知る手がかりになります。けれど、この時代の宮中では、夢はもっと重いのです。夢告。神仏のお知らせ。吉兆。凶兆。誰かの栄え。誰かの没落。恋の予兆。出家の導き。物語への憧れ。


 『更級日記』の少女のように、夢に導かれ、物語を求め、祈り、憧れ、その夢の意味を人生に重ねる人もいます。現実が苦しい時、夢だけが道を示してくれることもあります。だから、夢をすべて馬鹿にする気はありません。


 ありませんが。


 夢は、政治にも使われます。それが厄介です。誰かが言います。


「不吉な夢を見ました」


「これは、あの御方に災いが近づくしるしでは」


「御殿の空気が乱れているのでは」


 夢という、本人しか見ていないものを根拠に、周囲を不安にさせる。夢を盾にすれば、反論しにくい。だって、相手が本当に見たかどうか、こちらには分からないから。


 そして、不安は伝染します。噂より静かに。涙より柔らかく。香のように、御簾の内へ入り込む。だから、私は夢を軽く扱いません。けれど、夢に支配されるつもりもありません。


 その女房が「夢」を持ち込んできたのは、雨の朝でした。


 こういう日は、気分が沈みやすい。女房たちの声も、自然と低くなります。香は強くしすぎないよう、澄子が調整していました。春枝は紙箱を湿気から守るため、蓋の開閉をいつもより慎重にしています。


 小少将は、雨の日の衣の色が暗く見えすぎないよう、女房たちの袖口を確認していました。有子は、昨日の文の控えを静かに写しています。常盤は、いつものように廊の気配を拾っていました。


 平穏。


 そう思った時ほど、面倒事は来ます。


「姫様」


 赤染衛門が、少し硬い顔で現れました。


「何かあったのね」


「はい。女房の一人が、姫様に申し上げたいことがあると」


「誰?」


「左京の君にございます」


 左京の君。最近、梅壺へ出入りするようになった女房です。正式な女房というより、別の御殿との行き来が多い人。家柄はそこそこ。立ち居振る舞いも悪くない。ただ、少し人の不安を拾いすぎるところがあります。噂を広げるというより、空気を重くするタイプ。


 前世にもいました。


「私、嫌な予感がするんですよね」


「こういう時って、たいてい何か起こるんです」


「念のため言っておきますけど」


 本人は善意のつもり。でも周囲の体温を一度下げる。


「通して」


 赤染衛門が頷き、左京の君を招き入れました。彼女は、入ってくるなり深く頭を下げました。顔色が悪い。目元も少し赤い。これは本当に眠れていない顔です。しかし、本当に不安だからといって、その不安が正しいとは限りません。


「左京の君。どうしたの」


 私が尋ねると、彼女は袖を握りしめました。


「姫様……申し上げるべきか迷いましたが、どうしても胸が騒ぎまして」


 周囲の女房たちが、自然と耳を傾けます。


 こういう出だしは強い。


「言うべきか迷ったけれど」


「胸が騒ぐ」


「黙っていられない」


 不安を共有するには、非常に効果的です。私は静かに待ちました。左京の君は、震える声で言いました。


「昨夜、不吉な夢を見ました」


 部屋の空気が、すっと冷えました。雨音が、急に大きく聞こえます。


「夢?」


「はい」


「どのような」


 左京の君は、目を伏せました。


「梅壺の庭に、白い鳥が落ちておりました。羽は濡れ、声もなく、ただ梅の根元で震えておりました。姫様がそれを御覧になろうと御簾を上げられると、鳥は黒い影に変わり、空へ飛び去りました」


 女房たちの顔が強張ります。白い鳥。落ちる。濡れる。梅の根元。黒い影。飛び去る。不吉っぽい素材が揃いすぎています。左京の君は続けました。


「その後、庭の梅が急に散り、御簾が風もないのに落ちました。私は目覚めて、胸が潰れるかと思いました」


 誰かが小さく息を呑みました。梅壺。梅が散る。御簾が落ちる。象徴としては、かなり分かりやすい。つまり、梅壺の栄えが散り、彰子の御簾――中宮としての場が崩れる。そう読めます。左京の君は、恐る恐る私を見ました。


「これは、姫様の御身か、梅壺の行く末に関わるしるしではないかと……」


 はい。


 来ました。


 夢による不安マウント。


 あるいは、本当に不安に駆られているだけかもしれません。しかし、どちらにせよ危険です。周囲の女房たちはすでに動揺しています。


 春枝は紙箱の蓋を握ったまま固まっている。小少将は袖を引き寄せている。常盤は、興味と警戒が混じった目で左京の君を見ている。澄子は静かですが、表情が少し曇っています。有子の筆も止まりました。


 雨の日。不吉な夢。梅壺の象徴。場を沈ませる条件としては十分です。


 ここで私が、


「夢など気にすることはありません」


 と言えば、冷たい。


「それは不吉ですね」


 と言えば、負け。


「祈祷しましょう」


 と言えば、不安が正式に承認されます。ならば。夢を否定せず、夢の扱い方を変えます。


「衛門」


「はい」


「紙を」


 赤染衛門が、一瞬だけこちらを見ました。夢の話でも紙か、という顔です。でも、すぐに紙を用意しました。


 春枝が湿気に気をつけながら、聞き取り用の紙を出します。左京の君が、少し怯えたように言いました。


「記録、なさるのですか」


「ええ」


 私は頷きました。


「夢は、目覚めるほどに形を変えます。まず、見たままを残しましょう」


 左京の君は、戸惑った顔をしました。周囲も同じです。夢を「占う」のではなく、まず「記録する」。この時点で、場の意味が少しずれます。


「左京の君。順に聞きます」


「はい……」


「夢を見たのは、昨夜のいつ頃?」


「夜半過ぎかと」


「寝る前に、何をしていた?」


「……御文を少し読みました」


「どのような文?」


 左京の君は、少し口ごもりました。


「更級の君が、物語を恋うるような文章を……」


 なるほど。物語や夢告への憧れが入っている。


「食事は?」


「夕餉は、あまり」


「なぜ?」


「胸が重く、食が進みませなんだ」


「昨日、何か不安になることを聞いた?」


 左京の君は、少し黙りました。常盤の目が光りました。


「……登華殿の方で、近頃、梅壺の勢いを案じる声があると」


「案じる?」


「はい。姫様があまりに新しいことをなさるので、いつか反動があるのでは、と」


 部屋の空気が少し揺れました。私は赤染衛門に視線を向けます。彼女はすでに筆を走らせています。


「他には?」


「昨日、庭で白い鳥を見ました」


「本当に?」


「はい。雨宿りをしていたのか、梅の下に」


 澄子が小さく頷きました。


「私も見ました。白鷺ではなく、小さな鳥にございました」


「鳥は弱っていた?」


「いえ、少し濡れておりましたが、飛んでいきました」


 私は頷きました。


「では、夢の材料は揃っているわね」


 左京の君が顔を上げました。


「材料……でございますか」


「ええ」


 私は静かに言いました。


「昨日見た白い鳥。雨。梅の庭。寝る前に読んだ夢めいた文章。登華殿で聞いた不安な噂。食が進まないほどの胸の重さ。それらが、夢の中で混ざった可能性があります」


 部屋が静まりました。左京の君は、信じられないという顔をしています。


「つまり……神仏の御告げではないと?」


「そう断じるつもりはありません」


 私はすぐに言いました。ここで神仏を完全否定するのは危険です。この時代において、それは余計な反発を招きます。


「ただ、夢を見たからといって、すぐに外からの知らせと決める必要もありません」


「では、何と」


「心の中にあるものが、眠りの中で形を取ることもあるでしょう」


 左京の君は黙りました。


「人は、昼に見たものを夜に見る。言えなかった不安を夢で見る。願っていることも、恐れていることも、夢では同じように姿を変える」


 『更級日記』の少女は、物語を夢に見ます。仏の夢も見る。自分の憧れや不安を、夢に託す。それは、夢が嘘ということではありません。夢は、心の情報です。ただし、それをそのまま未来の証拠にしてはいけない。


「左京の君」


「はい」


「あなたは、梅壺が不安なのですね」


 彼女の目が揺れました。


「私は……」


「姫様が新しいことをしすぎて、どこかで罰が当たるのではないか。登華殿の方が案じていると聞き、自分も怖くなった。白い鳥を見て、その不安が夢になった」


 左京の君は、唇を噛みました。


「……そう、かもしれませぬ」


 初めて、彼女の声から夢告めいた響きが消えました。ただの不安な女房の声になった。それでいい。不安は、正体が分かれば少し弱くなります。


「姫様」


 小少将が、おずおずと尋ねました。


「では、梅が散ったことや御簾が落ちたことには、意味はないのでしょうか」


「意味はあるわ」


 私は答えました。女房たちがまた緊張します。


「ただし、未来の意味とは限らない」


「未来ではなく?」


「今の心の意味です」


 私は左京の君を見ました。


「梅は、この御殿の象徴。御簾は、私の立場や内と外を分けるもの。それが散る、落ちるという夢は、梅壺が崩れる不安を表しているのでしょう」


 春枝が、小さく息を吐きました。


「不安……」


「ええ。予言ではなく、不安の形」


 澄子が静かに言いました。


「形になると、見やすくなりますね」


「そう」


 私は頷きました。


「夢は、心の中にあるぼんやりしたものを、絵にして見せることがあります」


 だから、夢は無意味ではない。でも、夢を理由に人を動かすなら慎重でなければならない。左京の君は、少し落ち着いた顔になっていました。しかし、ここで終わらせるわけにはいきません。この夢には、もう一つの問題があります。


「左京の君」


「はい」


「この夢を、他の誰かに話しましたか」


 彼女の表情が、また少し強張りました。


「……少しだけ」


「誰に?」


「廊で、右衛門の内侍に」


「その方は?」


「登華殿にも出入りを」


 常盤が、さっと顔を上げました。


 赤染衛門の筆が止まりました。私は静かに息を吸いました。なるほど。夢の話は、すでに流れ始めている。そして、もしこのまま放っておけば、


 ――梅壺の女房が不吉な夢を見た。


 ――梅が散り、御簾が落ちた。


 ――彰子様に何かあるのでは。


 という噂になる。夢は、噂の燃料になります。しかも不吉な夢は、ただの噂より強い。


「左京の君」


 私は声を少し低くしました。


「夢を語る時は、扱いを誤ってはいけません」


「はい……」


「あなたが本当に不安で、助けを求めて誰かに話したなら、それは責めません」


 彼女は少しだけ顔を上げました。


「ですが」


 私は続けます。


「夢を使って人を動かそうとする者がいるなら、それこそ不吉です」


 部屋が静まり返りました。雨音だけが聞こえます。


「夢そのものより、不吉なのは、夢を武器にする人です」


 左京の君の顔色が変わりました。彼女が意図的に武器にしようとしたのか。それとも、誰かに誘導されたのか。今はまだ分かりません。でも、この言葉は必要でした。


 夢を語る自由はある。不安を訴えることもできる。しかし、それを利用して御殿を揺らすなら、こちらは見逃さない。


「あなたの夢は、ここに記録します」


 私は言いました。


「ただし、不吉な予言としてではなく、不安の記録として」


「不安の……記録」


「ええ。昨日見たもの、聞いたこと、食事、眠り、心配事。それらを合わせて残します」


 赤染衛門が筆を動かします。


「そして、もし外でこの夢が『梅壺の凶兆』として語られたなら、こちらには夢の経緯があります」


 左京の君は、完全にうつむきました。


「申し訳ございません……。私、ただ怖くて」


「怖かったことは責めない」


 私は静かに言いました。


「怖さに名前をつけず、誰かのところへ流すことを注意しているの」


 彼女は、深く頭を下げました。


「心得ました」


 その日の午後、私は女房たちを集めました。雨はまだ降っています。こういう日は、不安が室内にこもりやすい。だから、早めに言葉にしておく必要があります。


「今日の夢のことです」


 女房たちは静かに聞いています。


「夢を馬鹿にしてはいけません」


 最初に、私はそう言いました。


「夢に慰められる人もいます。夢で自分の心を知る人もいます。神仏の導きと感じる人もいるでしょう。それを、梅壺では笑いません」


 左京の君は、部屋の端で小さく肩を震わせました。


「ですが、夢を恐れだけで広げることはしません」


 私は続けました。


「夢を聞いた時は、まず内容を分けます。いつ見たか。寝る前に何を見聞きしたか。体調はどうだったか。昼に似たものを見たか。何を不安に思っていたか」


 春枝が、そっと頷きます。有子は筆を取っていました。


「夢は、未来を必ず示すものではありません。心の中の不安や願いが形を取ることもあります」


 常盤が言いました。


「では、夢も情報なのですね」


「そう」


 私は頷きました。


「夢は情報です。ただし、扱いに注意が要る情報です」


 澄子が静かに言いました。


「情報は、出所を確かめる」


「ええ」


 さすが澄子。短く本質を言ってくれます。


「そして、もう一つ」


 私は少し声を低めました。


「夢を利用して人を動かそうとする者には、注意しなさい」


 女房たちの顔が引き締まりました。


「『不吉な夢を見た』という言葉で、誰かを黙らせる。誰かの方針を止める。誰かを悪く思わせる。そういう使い方は、夢への不敬です」


 赤染衛門が静かに頷きました。


「夢への不敬……」


「ええ」


 夢は、心の奥から来るものです。それを人心操作の道具にするのは、夢を軽んじることでもある。


「怖い夢を見たら、まず休みなさい。食べなさい。信頼できる人に、夢ではなく不安を話しなさい」


 女房たちの中に、小さな笑いが起きました。


 食べなさい。


 我ながら急に生活指導です。


 でも大事です。寝不足と空腹は、人を不吉にします。これは古今東西変わりません。


「そして、どうしても心配なら、祈りもしましょう」


 私は付け加えました。神仏を無視する必要はありません。祈りは、不安を整える方法でもあります。


「ただし、祈る前に寝なさい」


 今度は、赤染衛門まで少し笑いました。


「姫様、それは心得に入れますか」


「入れて」


「本気でございますか」


「本気よ」


 その夜、私は赤染衛門と今日の記録をまとめていました。題は、少し悩みました。


「夢聞書」


「姫様、それでは少し怪談めいております」


「不吉夢対応覚」


「ますます不吉でございます」


「夢の扱いについて」


「それがよろしゅうございます」


 結局、題は、夢と言の葉の扱い覚となりました。


 内容は、以下の通りです。


 一、夢を笑ってはならない。

 二、夢をそのまま凶兆と決めつけてはならない。

 三、夢を見た時は、前日の出来事、体調、食事、眠り、不安を確認する。

 四、夢は心の情報であることがある。

 五、夢を利用して人を動かす者こそ不吉である。

 六、不安な夢を見た者は、まず休み、食べ、信頼できる者に不安を話す。

 七、必要なら祈る。ただし、祈りで人を脅してはならない。


 赤染衛門が最後の一文を書いて、少し笑いました。


「姫様らしゅうございます」


「祈りで脅す人、いるでしょう」


「おりますね」


「なら必要よ」


「はい」


 その時、常盤が入ってきました。


「姫様」


「何か分かった?」


「はい。左京の君が夢を話した右衛門の内侍ですが、その後、登華殿の下女に話しております。ただし、内容は少し変わっておりました」


「どう変わった?」


「白い鳥が、黒い鳥になっていたそうです」


 早い。


 変化が早すぎる。私は額に手を当てました。


「夢ですら、伝言ゲームで育つのね」


「でん……?」


「忘れて」


 常盤は続けました。


「さらに、『御簾が落ちた』が『御簾が裂けた』に変わっております」


「悪化しているわね」


「はい」


 夢の噂は、すでに変形しながら広がっている。しかし、こちらには記録があります。左京の君本人から聞き取った内容。前日の出来事。白い鳥を実際に見た者の証言。食事や体調。不安の出所。これがあれば、必要に応じて訂正できます。ただし、訂正の仕方も大事です。


「常盤」


「はい」


「外で『御簾が裂けた』と聞いたら、すぐ否定しないで。『左京の君の夢では、御簾が落ちたと聞いております。しかも前日に白い鳥を見ていたそうです』と事実だけ置いて」


「承知しました」


「不吉だとか、でたらめだとか言わない」


「はい」


「夢の中身を訂正するのは、夢を馬鹿にするためではなく、噂の変形を止めるため」


「心得ました」


 常盤は少し嬉しそうに頭を下げました。彼女は本当に、情報の流れを追うのが好きです。危険ですが、今は頼もしい。


 数日後、夢の噂は自然に弱まりました。完全に消えたわけではありません。しかし、


 ――梅壺に不吉な夢があったらしい。


 という話は、


 ――左京の君が、白い鳥を見た日に不安な夢を見たらしい。姫様は、それを夢の経緯として聞き取ったとか。に変わりました。


 不吉さが、薄まっています。夢告ではなく、不安の記録になったからです。左京の君自身も、少し落ち着きました。彼女は後日、私の前で深く頭を下げました。


「姫様。あの後、よく眠りました」


「食べた?」


「はい。赤染衛門様に、まず粥をと」


 私は赤染衛門を見ました。彼女は涼しい顔をしています。よい判断です。


「夢は?」


「見ました。けれど、今度は、梅の枝に鳥が止まっているだけでした」


「それはよかった」


「はい」


 左京の君は、少し恥ずかしそうに笑いました。


「私は、夢が怖かったのではなく、自分の不安が怖かったのかもしれません」


「そういうこともあるわ」


「不安に名をつけると、少し小さくなりますね」


 私は頷きました。それです。不安の正体を言語化する。それだけで、支配力は弱まる。夢占いを、心理分析に変えました。


 ……などと言うと、赤染衛門にまた「しんり?」と聞かれるので、口には出しません。


 でも、私の中ではそうです。夢を、ただ恐れない。夢を、ただ笑わない。夢を、心の情報として扱う。そして、夢を武器に人を動かそうとする者には、静かに言う。夢より不吉なのは、その夢で他人を縛る手です、と。


 石の中宮の御殿では、夢さえも紙の上に置かれます。


 冷たい?そうかもしれません。でも、紙の上に置くことで、夢は少しだけ安全になる。


 不安は名前を得て、噂は輪郭を失い、恐怖は小さくなる。人は、見えないものを恐れます。ならば、見えるようにすればいい。


 梅壺の夜に、雨上がりの香が静かに残っていました。白い鳥は、きっとどこかの枝で眠っている。夢ではなく、現実の鳥として。それだけで、今夜は十分でした。

〜 出典 〜

『更級日記』夢告


 彼岸のほどにて、いみじう騒がしうおそろしきまでおぼえて、うちまどろみ入りたるに、御帳みちゃうのかたの大防ぎのうちに、青き織物のころもを着て、錦をかしらにもかづき、足にもはいたる僧の、別当とおぼしきが寄り来て、「行くさきのあはれならむも知らず、さもよしなき事をのみ」と、うちむつかりて、御帳のうちに入りぬと見ても、うちおどろきても、「かくなむ見えつる」とも語らず、心にも思ひとどめてまかでぬ…


〜 舞台背景 〜

 昔の人にとっては夢は不思議だったでしょうね。

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