百九 夜の寝覚、すれ違い連絡網
女房同士の伝言ミスで、贈答の意味が逆に伝わり、派閥間の緊張が高まる。彰子は、伝言を口頭だけに頼る危険を指摘し、重要な文には控えを残す、伝達者を明記する、返答期限を付けるというルールを作る。雅なすれ違いは物語では美しいが、現場では事故である。彰子は「誤解で盛り上がるのは物語だけです」と言う。
王朝物語では、すれ違いは美しく書かれます。
届かなかった文。取り違えられた贈り物。言いそびれたひと言。
伝わったと思った心が、実は裏返って届いていた、というあの感じ。
『夜の寝覚』のような物語では、そういう誤解が人の心を深くし、読者の胸を締めつけ、歌の一首も生まれます。
でも。
現場で起きるすれ違いは、だいたい歌になりません。ただの事故です。前世でもそうでした。
「伝えたつもりだった」
「そういう意味だとは思わなかった」
「急ぎだとは聞いていない」
「返事は保留だと受け取った」
意味が逆に伝わる。誰が受けたか分からない。返答が来ないまま、相手だけが待っている。
そういうことが一度起きると、人は内容そのものより、どういう意図だったのかで勝手に不安を育て始めます。そして、不安はたいてい、事実より速く広がります。
平安の宮中では、そこに雅まで乗るのですから、なお面倒です。
言い切らない。ぼかす。含ませる。余白に読ませる。美しいです。歌ならば。
でも、贈答や取り次ぎの実務でそれをやると、だいたい人が揉めます。
その日の藤壺は、朝から妙に張った空気でした。
若菜が香炉の灰をならしながら、珍しく二度も手を止めた。有子は控えの文を見ているが、紙の端をそろえる指先がいつもより固い。
春枝は紙箱の前で、蓋を開けては閉め、閉めては開けている。あれは紙の機嫌ではなく、人間の機嫌が悪い時の手つきです。
小少将は、涼しい顔の下で完全に何かを見切っている。澄子は灯の具を磨きながら、部屋の音の流れを聞いていました。
つまり、伝言か文か贈り物です。
女房同士の空気がぴりついていて、でも直接喧嘩している感じではない。何かの意味が、途中で曲がった時の空気です。
「姫様」
赤染衛門が来た時点で、はい当たりでした。
「少し、面倒なことが起きております」
「誰と誰が」
「藤壺と、弘徽殿に近い側で」
ああ。それは放っておくとだいぶまずい。
後宮の緊張は、たいてい最初は小さな行き違いです。でもそれが、“あちらはこういうつもりらしい”という解釈に育つと、一気に派閥の話になる。
「何があったの」
赤染衛門は、静かに整理して答えました。
「先日、こちらから藤の枝に添えて、季節の贈答をお送りしました」
「ええ」
「その返りとして、向こうから扇が届いたのですが」
「はい」
「その意味が、取り次ぎの途中で逆に伝わったようで」
「逆」
「はい。本来は“礼を受け、改めて後日文を”という含みだったものが、こちらでは“この贈答をこれ以上続けぬように”と受け取られ」
「……」
「その受け取りを前提に、こちらの若い女房が少し冷えた返しを」
「はい」
「向こうは向こうで“こちらの誠意を突き返した”と取り」
「はい」
「いま、小さく険悪に」
だいぶ教科書どおりの事故ですね。
前世の職場でも、こういうのはありました。元の文面自体は曖昧。取り次ぎの口頭解釈が入り、その解釈が既成事実化し、次の返答がその前提で冷たくなり、
相手がそれを敵意とみなす。
もはや誰も、最初の紙だけでは会話していない。紙に解釈が乗り、その解釈にまた解釈が乗っている。
最悪です。
「誰が伝えたの」
「最初の意味づけを口にしたのは、向こうの取り次ぎ女房」
「それをこちらへ伝えたのは」
「常盤でございます」
私は黙って常盤を見ました。いつのまにか柱の近くで、たいへん気まずそうな顔をしています。
「常盤」
「はい……」
「あなた、自分で意味を足した?」
「少し……」
「どのくらい」
「その、扇の取り合わせと、言い添えられた一言から、“たぶんもうこの手の贈答は控えたいのであろう”と」
「たぶん」
「はい……」
私は扇を持ったまま、静かに息をつきました。
はい。たぶんで現場を回してはいけません。
「文そのものは残っている?」
「扇に添えられた短い紙はございます」
有子がすぐに答えました。
「控えは取っておりませぬ」
「やはり」
これです。雅な場では、短く済ませるのが美徳みたいな顔をします。でも短い文ほど、受け手が意味を足しやすい。そこへ控えもない、伝達者も曖昧、返答期限もないとなれば、事故の温床です。
私は立ち上がりました。
「まず紙を見ます」
件の扇と添え文が出されました。文は短い。たいへん短い。
季の心、たしかに受けたということ。いずれ、あらためて。
それだけです。
……これを「もう続けるな」と読むのは、だいぶ飛躍です。
ただし、「積極的に続けよう」とも読みきれない。つまり、曖昧なまま実務に使ってはいけない文です。
小少将が、横から一瞥して言いました。
「物語なら美しゅうございますわね」
「ええ」
私は答えました。
「現場では事故です」
若菜が、ほっとしたような、まだ不安なような顔でこちらを見る。若菜はこういう時、本当にすれ違いの空気に弱い。
「今、向こうはどこまで怒っているの」
「表立ってはおりませぬ」
赤染衛門が言う。
「ですが、“こちらは礼を軽んじる”という含みが、少し」
「そのくらいで止まっているなら、まだ戻せます」
よろしい。人間関係の事故は、早めが大事です。完全に物語化してからでは遅い。
私はまず、関係者を呼びました。常盤。有子。贈答を実際に整えた春枝。返しの文に関わった若い女房、藤子。そして紀伊の君にも座ってもらう。
「順に、何をどう受け取ったかを話して」
こういう時は、最初から解釈を争わせてはいけません。まず事実。誰が何を見て、何を足したか。
常盤が、だいぶしょんぼりしながら言います。
「向こうの女房が、“いずれ改めて”と申したあと、少し言いよどんで……」
「ええ」
「それで、あまりこちらとのやりとりを広げたくないのであろうかと」
「それはその人の言葉?」
「いえ、わたくしの受け取りにございます」
「はい、そこです」
私は紙の上に線を引きました。
事実。扇が届いた。添え文に「季の心、受けた」。「いずれ、あらためて」。向こうの女房が少し言いよどんだ。
解釈。贈答を控えたいのではないか。これ以上続けるなという含みではないか。
「混ぜない」
私がそう言うと、常盤が縮こまる。
「はい……」
「あなたを責めるためではありません」
私は続けました。
「でも、事実と解釈を混ぜると、次の人が“それが事実だった”と思って返してしまう」
藤子が、いたたまれなさそうに目を伏せる。
「わたくしが、まさに」
「ええ」
「そうでした……」
彼女は、常盤の受け取りをほぼ確定情報として扱い、その前提で少し冷えた返しを書いたのです。
責める気にはなれません。実務が曖昧なら、真面目な人ほど空気で埋めてしまう。
紀伊の君が、しみじみ言いました。
「昔から、取り次ぎ女房が歌の意を一つ足しすぎて、だいぶ揉めることはございます」
「ええ」
私は答えます。
「だから昔から防がれていないのです」
「手厳しゅうございます」
「事実です」
前世でもそうでした。“昔からある”は、改善しなくてよい理由にはなりません。
では、どうするか。
答えは簡単です。重要なやりとりを、口頭だけに頼らない。これに尽きます。
雅は好きにしてください。でも、実務は残しなさい。私はその場で決めました。
「衛門」
「はい」
「伝言と贈答について、覚を作ります」
赤染衛門が、やはり来ましたね、という顔をする。
ええ、来ますとも。こういう時こそ来ないでどうするのです。
「題は」
「……“御文伝えのほど覚”」
「やわらかく包みましたね」
“連絡網事故防止”では雅が死にます。私は紙の上に、必要なことを書き出しました。
御文伝えのほど覚
一、重要な文や贈答には、控えを残す
一、口頭で意味を添える時は、それが事実か解釈かを分けて言う
一、誰が受け、誰が伝えたか、伝達者を明記する
一、曖昧な返答は、次の返しを急がず、再確認を入れる
一、後日返答とする場合は、返答の目安を添える
一、派閥間・御殿間のやりとりほど、口頭だけで決めない
若い女房たちが、ぽかんとしながら見ています。たぶん、「そんなに実務にしてしまうのか」という顔です。
ええ、します。すれ違いが歌になるのは本の中だけで十分です。
「姫様」
若菜が、おそるおそる言いました。
「返答の目安、とは」
「たとえば、“二、三日のうちに改めて”と添えるのです」
私は答えました。
「“いずれ”だけでは、人によって一日にも十日にもなるでしょう」
「……たしかに」
「待つ側は、そのあいだずっと意味を考えます」
若菜は、はっとしたように頷いた。
「それは……心が疲れます」
「ええ。無駄にね」
有子が、静かな声で言いました。
「控えを残すのも大きゅうございます」
「ええ」
私は答えます。
「後で“そういう意味だったはず”を争うより、紙を見た方が早い」
「記録係としては、大変にありがたいことにございます」
常盤が、気まずそうに手を挙げました。
「その……わたくしのような者は」
「ええ」
「もう意味を足しては」
「足すなとは言いません」
私は言いました。
「足すなら、“これはわたくしの受け取りですが”と前置きなさい」
「……はい」
「あなたは気が利きます」
常盤が少しだけ顔を上げる。
「でも、気が利く人ほど、気を利かせた解釈を事実に見せやすい」
「……耳が痛うございます」
「聞こえるように言っています」
場に、少しだけ笑いが戻る。よろしい。常盤はしょげすぎると役に立たなくなるので、このくらいでよいでしょう。
次に私は、今回の件そのものを戻しにかかりました。
「まず向こうへ、こちらの返しが冷たくなったのは、受け取り違いがあったためだと伝えます」
赤染衛門が頷く。
「過剰に謝る必要は」
「ありません」
私は答えた。
「でも、意図しない冷えが生じたことは認めます」
「はい」
「その上で、先の扇のお心はありがたく、あらためて御意を待つと整える」
要するに、誤解の熱を下げつつ、相手の顔も立てる。前世でいうなら、誤送信の火消しメールですね。ただし、平安なので紙と香付きです。
春枝が、すっと口を挟みました。
「紙は、今回はやややわらかいものがよろしゅうございますね」
「理由は」
「最初の冷えをやわらげるなら、手ざわりから棘を抜いた方が」
「採用します」
春枝が少し嬉しそうだ。あなたは本当にそこでは頼りになります。
小少将は、
「文言も、責めずに整えるべきですわ」
と言う。
「“行き違いにて、心ばかりの冷えを見せ申したること”くらいで」
「ええ」
私は頷いた。
「誰が悪いかより、温度を戻す」
紀伊の君が、静かに補います。
「そして次の文には、“三日ほどにて改めて”と添えた方がよろしゅうございます。向こうも待ちやすい」
「よいですね」
「昔から、“いずれ”で待ち疲れる方が出ますので」
「でしょうね」
もう本当に、それは昔から何も学んでいないやつです。
その日のうちに、文は整えられました。控えも残し、伝達者も明記し、誰が見て、誰が持ち出し、誰が受けたかまで書く。
有子が、たいへん満足そうな顔をしていました。記録係が生き生きしますね、これは。
数日後、向こうからの返りは穏やかでした。こちらの取り違いを面と向かって責めることもなく、先の扇はたしかに礼の意であり、後日にとしたのは行事が立て込んでいたためだと、簡潔に添えられていました。
はい。最初からそう書いておけばよかったのでは、という話ですね。
でも、人は往々にして、そこを「分かるでしょう」で済ませます。そして事故る。
その返りを見て、藤子がしみじみ言いました。
「本当に、ただ行事が詰まっておられただけで……」
「ええ」
私は答えました。
「誤解で盛り上がるのは物語だけです」
「……はい」
常盤が、柱の陰で肩を震わせている。
「あなたは笑う前に反省しなさい」
「はい、いたします」
けれど、この件で一番大きかったのは、若い女房たちの動きが変わったことでした。
その後、何か少し込み入った伝言があると、彼女たちは自分から言うようになったのです。
「これは、お言葉どおりでよろしゅうございますか」
「わたくしの受け取りも申した方がよろしいですか」
「控えを残してからお持ちします」
すばらしい。人は一度、痛い目を見ると学びます。ただし、学びを仕組みに変えた時だけ続く。
若菜が、とある小さな贈答の折に、おずおずと私に訊ねました。
「姫様」
「はい」
「“近いうちに”とございますが、これは近いうち、とそのまま伝えてよろしゅうございますか」
私は少し笑いました。
「よい問いですね」
若菜が赤くなる。
「では……」
「“三日ほどにて”と直していただけるか、やんわり確認しましょう」
「はい」
「やさしい言葉と、分かる言葉は、できれば両立させるのです」
「……はい」
若菜は、その答えを大事そうに持っていった。若菜は本当に、言葉を手のひらで運ぶように覚えます。
一方、常盤はというと、別の方向で成長していました。
「わたくし、最近は意味を足したくなりますと、心の中で“それは事実か、常盤の詩心か”と問うております」
「よろしい」
私は言いました。
「詩心で現場を回さないでください」
「肝に銘じます」
「本当に?」
「七割ほど」
「足りません」
場に笑いが起きる。
小少将が、扇の先で紙を示しながら言いました。
「でも、雅を損なわずに実務を強くするのは、なかなか難しゅうございますわね」
「ええ」
私は頷く。
「だから、全部を堅くする必要はありません」
「と申しますと」
「歌は歌のままでよい。けれど、運びだけは明らかにする」
「なるほど」
「余白で美しくするのは文面まで。期限や伝達者まで余白にしてはいけません」
「それは名言めいております」
「前世の苦い知恵です」
「また知らぬ言葉が」
「気にしないでください」
その夜、薄く灯を落とした部屋で、赤染衛門と控えを見返しながら、私はしみじみ思いました。
王朝物語は、美しいです。すれ違いも、思い違いも、届かなかった気持ちも、全部が歌になるように整えられています。
でも、実際の場で同じことをやられたら、だいたい誰かが消耗します。
「夜の寝覚のようなことは、読むぶんには胸が詰まります」
赤染衛門が言う。
「ええ」
私は答える。
「でも、こちらで起きると帳面が増えます」
「夢がございません」
「夢の裏で誰が走るかを知っていると、そうも言っていられません」
「それはそうでございます」
少しして、赤染衛門はやわらかく笑いました。
「でも、今日のこと、皆にはだいぶ効きました」
「ええ」
「雅な言いよどみを、そのまま実務へ流してはならぬ、と」
「はい」
「物語と現場は、分けて考えよ、と」
「それです」
すれ違いは、物語では美しい。届かなかった心も、誤解も、あとから振り返れば一幅の絵になるのかもしれません。
でも現場では、意味が逆に届き、人が勝手に不安を育て、関係のない者まで疲れます。
だから必要なのは、感じよくぼかすことだけではなく、大事なことほど控えを残し、誰が運び、いつ返すかを明るい場所へ出すこと。
誤解で盛り上がるのは物語だけです。働く側は、ちゃんと通じるようにしてよい。
藤壺にはその日、また一つ新しいものが増えました。
灯でもなく、棚でもなく、橋でもない。
雅な余白に飲みこまれず、大事な言葉だけは確かに相手まで渡すための、静かな控えが一つ。
〜 出典 〜
『夜の寝覚』
人の世のさまざまなるを見聞きつもるに、なほ寝覚めの御仲らひばかり、浅からぬ契りながら、よに心づくしなる例は、ありがたくもありけるかな。…
(訳)男と女の間の様々な関わりを、これまで見聞きしてきたが、この寝覚の二人の場合ほど、悩みの限りを尽くす例は、めったにない。…
〜 舞台背景 〜
『夜半の寝覚』(よわのねざめ)は、平安時代後期(後冷泉朝、11世紀後半ごろか)に成立した王朝物語である。『夜の寝覚』『寝覚物語』『寝覚』などとも称する。作者については現在のところ確定的な説がないが、『更級日記』や『浜松中納言物語』の菅原孝標女であるとする説が有力である。いわゆる源氏亜流小説のひとつに数えられ、中間と末尾に本文の大きな欠落があるなどの理由から、従来はあまり重視されてこなかったが、戦後、研究の進展や中村真一郎などによる王朝物語の再評価の機運にのって、広く注目を集めるようになった。登場人物たちの心理を克明に観察し、精緻な描写によって定着させてゆく独特な手法が特徴的であり、現在では中古後期を代表する作り物語として評価されている。なお、中間と末尾の欠落部分(それぞれ中間欠巻部・末尾欠巻部と呼ばれる)は近年になってその一部とみられるものが発見され、また改作本や複数の資料を併用して、推測・考察が試みられている状況にある。出典:wikipedia




