百十 玉藻前、魅力的な新人ほど身元確認
美しく博識な新人女房が現れ、周囲は一気に魅了される。定子方は「中宮様も霞みますわね」と煽る。しかし彰子は嫉妬せず、身元・紹介者・過去の奉公先を静かに確認する。やがて彼女が複数派閥に情報を流していたことが判明。玉藻前のような妖しさを、退魔ではなく採用審査で暴く。彰子は言う。「美人を疑うのではありません。美人だけ確認を免除する愚かさを疑うのです」
美しい人は、それだけで周りの判断を鈍らせます。
前世でもそうでした。顔立ちがいい。話し方がやわらかい。受け答えが気が利いている。しかも仕事までそれなりにできる――となると、人は驚くほど簡単に警戒を解きます。
「感じのいい人だから大丈夫」
「こんなに賢くて上品な人が、妙なことをするはずがない」
「紹介もあるし、問題ないでしょう」
でも問題のある人ほど、最初から問題のある顔では来ません。
むしろ逆です。
警戒されにくい顔、疑われにくい物腰、話を通しやすい魅力を持って来ます。
だから必要なのは、美しい人を妬むことでも、才ある人を遠ざけることでもありません。
魅力があるからこそ、手順を飛ばさないこと。
それだけです。
けれど人は、この「それだけ」が苦手です。気に入った相手ほど、確認を省きたがるから。
その春の終わり、藤壺にひとりの新しい女房が入ることになりました。
名を、瑠璃といいました。
最初に見た時の印象を率直に言えば、なるほど、これは場がざわつく、といったところです。
顔立ちは整いすぎるほど整い、目元は涼しく、声はよく通るのに耳に刺さらない。しかも、ただ美しいだけではない。受け答えがうまい。
言葉を選ぶ勘がある。教養もある。歌にも古典にも通じていて、香の話を振れば香で返し、装束の話を振れば色目で返し、公卿や蔵人が少し気の利いたことを言えば、それを半歩上から柔らかく拾う。
要するに、完璧に近い。
完璧に近い新人は、だいたい現場をざわつかせます。
若菜は最初、きれいな方ですねえ、と素直に見とれていたし、春枝は「あのお方、薄い青の紙が似合いそう」とよく分からない方向から評価していました。
小少将でさえ、「……悔しいですが、姿だけでなく立ち方にも乱れがございませんわね」と認めていた。
男たちはもっと露骨でした。文の受け渡しに来る者も、用もないのに近くを通る者も、妙に声がやさしい。
普段は控えの位置でしか物を言わぬような堅物まで、「新人のお方は、もうお勤めにも慣れられましたかな」などと言い出す始末です。
慣れていません。まだ三日目です。
そして、こういう時に必ず湧くのが、余計なひとことを添える人たちです。
定子様の御方に近い人々――完全に敵というほどでもなく、しかしこちらを素直には見ない人々――が、例によって控えめな声で、しかし控えめではない内容を囁き始めました。
「まあ、なんという美しさ」
「学もあるとか」
「藤壺も、あのような方が入ればずいぶん華やぎますわね」
「中宮様も、少し霞んでおしまいではなくて?」
聞こえています。
しかも、聞こえるように言っているでしょう、それは。
常盤が、すっと私のそばへ寄ってきました。
「姫様、だいぶ露骨でございますね」
「ええ」
「追い返しますか?」
「追い返しません」
「まあ。てっきり」
「その程度の煽りで動いたら、相手の思うつぼでしょう」
常盤は、なるほど、という顔をしたあと、小声で続けました。
「では、嫉妬なさらないのですね」
「何に」
「美しさとか、賢さとか」
「美しい人が来たからといって、こちらの顔が変わるわけでもありません」
「たいへんお強い」
「事実です」
とはいえ、私は別の意味で少し気になっていました。
瑠璃は、整いすぎていたのです。
美しいこと自体が問題なのではありません。賢いことも、気が利くことも問題ではない。でも、どこへ投げてもきれいに返りすぎる人は、私は少しだけ立ち止まります。
前世でもいました。面接では完璧。受け答えも、経歴も、感じのよさも申し分ない。
なのに入れてみると、なぜかあちこちに話が漏れる。妙に顔が広い。誰にでも合わせる。そして、一番厄介なところだけには責任を残さない。
そういう人は、たいてい「能力が高い」のではなく、「印象操作がうまい」のです。
もちろん、瑠璃がそうだと決めつけるつもりはありません。決めつけは愚かです。でも、確認を飛ばすのも愚かです。
だから私は、いつも通りにやることにしました。
つまり、静かに確認です。
その日の夕方、私は赤染衛門を呼びました。
「衛門」
「はい」
「瑠璃について、入った時の筋を見せて」
赤染衛門は、一拍だけ私を見た。それから、案の定という顔でうなずく。
「やはり、お気になりましたか」
「少し」
「美しすぎますものね」
「違います」
「違いますか」
「美しいから疑うのではありません」
私は言いました。
「美しいと確認を免除したくなる空気が嫌なのです」
赤染衛門は、口元だけで笑いました。
「それは、まことに藤壺らしい考え方にございます」
まったく褒めていないようで、半分は褒めているのでしょう。
差し出された記録を見ると、紹介者は女房筋の遠縁をたどった人物で、以前はある宮家に短く奉公していたことになっている。その前は父の任地に近い邸で育ち、学は家で仕込まれた、と。
紙の上では、整っています。整いすぎています。
「短く、というのはどのくらい」
「半年ほど」
「やめた理由は」
「家の事情、と」
「便利な言葉ですね」
「ええ。だいぶ便利です」
私は記録を指でなぞりました。紹介そのものは不自然ではありません。でも、奉公先が短い。理由が曖昧。
しかも本人は、その空白を補うだけの教養と作法を持っている。
できすぎている時は、一度は裏を見ます。
「衛門」
「はい」
「紹介者に、さりげなく確かめを」
「どのあたりまで」
「いつから知っているか。どこで見たか。前の奉公先で何をしていたか」
「はい」
「それから、その宮家に本当にいたのかも」
「分かりました」
常盤が、話の途中でぬるりと入ってきました。
「面白くなってまいりましたね」
「面白がるのをやめなさい」
「申し訳ございません。では、実務的に気になります」
「何が」
「美人で博識、紹介筋もある、でも経歴に薄い霞がかかっている」
「……」
「だいぶ物語じみております」
「現実はたいてい、物語ほど親切ではありません」
そう言いつつ、私は若菜たちの方も見ておくことにしました。
瑠璃はすでに女房たちの輪の中へ、驚くほど自然に入り始めていたからです。
たとえば若菜には、香の話をする。
「灰のならし方が、とても静かでいらっしゃいますのね」
などと、若菜が一番うれしく、かつ警戒を解きやすい褒め方をする。
有子には、
「控えのまとめ方が無駄なくて、見ていて気持ちがよろしゅうございます」
と、働きをきちんと見ていますよという顔をする。
春枝には言うまでもありません。
「紙の選びに、こんなに心を配る御殿は初めてでございます」
これで春枝が落ちないわけがない。
小少将に対しては、むしろ少し引いてみせる。
「装束の見立ては、わたくしなど到底及びませぬ」
これがまたうまい。張り合わず、相手を立てて、でも自分の格は落とさない。
上手いです。上手い人を見ると、私はたいてい二つ思います。すごいと、こわいです。
もちろん、上手さが即悪いわけではありません。でも、誰に何を言えば、その人の心が開くかを瞬時に読む人は、同時にどこを押せば場が揺れるかも読めます。
数日後、最初の違和感が来ました。
違和感というほど大きなものではありません。だからこそ厄介です。
有子が、控えの位置について、
「なぜそれを瑠璃が知っているのかしら」
と、ほんの少し首をかしげたのです。
「何を」
私が尋ねると、有子は控えめに答えました。
「昨日の文の差し替えのことです」
「ええ」
「表には出なかった調整なのですが、瑠璃が“昨日はあちらの順を先に直されたのでしょう”と申しました」
「……」
「その場には、おりませんでしたはずです」
ああ。そういうことですか。
偶然知ることも、もちろんあります。人の出入りがある場ですから。でも、表に出さなかった内輪の差し替えを、入ったばかりの新人が、自然な顔で把握している。それは一つ、印をつけておくべき事柄です。
その翌日には、もっと分かりやすいことが起きました。蔵人のひとりが、こちらの準備の進み具合を、妙に詳しく知っていたのです。
しかも、その知り方が「誰それから聞いた」ではなく、「何となく耳にした」ふうの、出所をぼかす知り方だった。
私は、その瞬間にほぼ確信しました。
瑠璃は、情報を持ち歩いています。
問題は、どの程度か。そして、どこへ流しているか。
その夜、赤染衛門が戻ってきました。
「紹介者の話、少し変でございます」
「聞きましょう」
「瑠璃を知ったのは、ほんの一年ほど前だそうです」
「遠縁にしては浅いですね」
「ええ。そして前の宮家に奉公していたのは本当。ただし、半年ではなく、三月ほど」
「短くなりましたね」
「しかも、家の事情で辞したというより、“そちらが落ち着かぬうちに別へ移った”と」
「……」
「言い方が曖昧でございます」
はい。
曖昧なところは、たいていそのままにしておくと後で増えます。
「他には」
「同じ頃、別の筋にも出入りしていたようで」
「別の筋」
「定子様の御方に近い女房のところへ、文の取り次ぎで顔を見せていた、という話が」
「なるほど」
常盤が、隣で目を輝かせました。
「だんだん、絶世の美女に化けた妖狐めいてまいりましたね」
「あなたはすぐ物の怪にしたがる」
私はあしらいつつ、内心で(百年後に『玉藻前』という妖狐が本当にそれをごっそりやるんですけどね)と密かに呟きました。前世の知識がある私しか知らない、未来の伝説です。
「では今ふうに申せば」
「申さなくてよろしい」
でも、たしかにそうです。
姿は美しく、学はあり、人の心をほどくのがうまく、しかも複数の場へ、ふわりと顔を出す。
妖しさというのは、別に狐の尻尾が見えることではありません。輪郭がつかみにくいまま、誰にでも好かれることです。
私は決めました。
泳がせて、線を見る。
翌日から、瑠璃の立ち位置を少し変えました。表向きは昇格です。少しだけ、内側の話が聞こえる位置へ寄せる。ただし、本当に中核のことは渡さない。
同時に、こちらでも小さな試しを置きました。
若菜には、ある香の持ち出し順をわざと一案だけ変えて伝える。有子には、控えの文の置き場を一か所だけ変えたと伝える。春枝には、次の宴で使う紙の候補を二つだけ見せて、本命は言わない。それぞれ、別々の人に、別々の情報です。
前世ふうに言えば、リーク確認用の目印です。誰から何が漏れるか、出所を切り分ける。
もちろん、女房たちを疑っているのではありません。むしろ逆です。誰かを濡れ衣で責めないために、線を明確にするのです。
赤染衛門は、私の意図をすぐ理解しました。
「それぞれ違う餌を置くのですね」
「ええ」
「だいぶ嫌なお仕事がお上手です」
「褒めていません」
「半分は褒めております」
小少将にも、必要な分だけ知らせました。彼女はこういう時、感情で顔を動かさないので助かります。
「瑠璃を嫌う必要はありません」
私は言った。
「ただ、近くに置く時ほど確認を」
「ええ。美しいから近づけるのではなく、近づけるならなおのこと、でございますね」
「その通りです」
結果は、三日で出ました。
まず、若菜にだけ伝えた香の持ち出し順が、別の御殿で妙に話題になった。
次に、有子にだけ言った控えの置き場の変更を、定子方に近い筋の女房が、探るように口にした。
春枝の紙の候補については、なぜか外の邸から「今回は青味の紙を多く使われるとか」と探りが入った。
全部、瑠璃が一度は接した相手に流れている。
確定ですね。
しかも、おそらく彼女は、悪意で「裏切っている」と思っているわけではない。こういう人はたいてい、自分を情報の通る場所に置くことで価値を作っています。
あちらにもこちらにも少しずつ恩を売る。そうして、どこにいても必要とされる人間であろうとする。
ある意味では、とても現代的です。情報を握る人は、居場所を失いにくい。でも、組織の内側に置くには、だいぶ危うい。
さて、問題は扱い方です。
ここで感情的に「やはり美しすぎる女は信用ならぬ」などと言い出すのは、最悪です。それでは本質を取り違える。美しさは問題ではありません。確認を飛ばした空気が問題なのです。
その日の夕刻、私は瑠璃を呼びました。
部屋には赤染衛門、有子、小少将、そして控えに常盤。若菜は入れませんでした。あの子には少し生々しすぎます。
瑠璃は、いつも通り完璧な姿で現れました。歩き方にも、袖の扱いにも、乱れがありません。
「お呼びにてございますか」
「ええ」
私はごく穏やかに答えました。
「少し確認したいことがあります」
瑠璃のまつげが、ほんのわずかに動く。でも笑みは崩れない。このあたりが、なかなかです。
「どのような」
「あなた、香の持ち出し順について、誰かに話しましたか」
「……いいえ、特には」
「控えの置き場は」
「存じませぬ」
「紙の候補は」
「さあ……そのようなことまで、わたくし」
全部、きれいにかわします。
私は頷いて、机上の紙を一枚ずつ示しました。
「では申し上げます」
「……」
「若菜にだけ伝えた順が、別の御殿で知られていました」
「有子にだけ伝えた置き場の変更が、外へ漏れました」
「春枝にだけ見せた紙の候補が、邸外で話題になりました」
瑠璃の目が、そこで初めて少しだけ止まりました。
「これらに共通して接していたのは、あなたです」
沈黙。
常盤が、後ろで息をひそめているのが分かる。たぶん今、内心で「怖いですねえ」と言っています。
瑠璃は、数拍おいてから言いました。
「……それは、わたくしをお疑いなのですか」
「ええ」
私はあっさり答えました。こういう時に変に情緒を混ぜる必要はありません。
「ただし、姿かたちや評判で疑っているのではありません」
「……」
「接点と情報の流れで見ています」
瑠璃の表情が、初めてほんの少し冷えた。完璧な新人の仮面の下に、計算する人の顔がのぞく。
「わたくしは、ただ皆さまと親しく……」
「親しくすることと、内の話を外へ流すことは違います」
「外、とは」
「定子方に近い筋。他の御殿。外の邸」
「……」
「あなたは、どこに恩を売れば、自分の居場所が増えるかをよく知っているのでしょう」
そこまで言うと、瑠璃はついに少しだけ笑みを失いました。
「……それは、悪いことでございましょうか」
ああ。そこへ来ましたか。
「悪いですね」
私は答えました。
「少なくとも、御殿の内へ置くには向きません」
「わたくしは、ただ世を渡っているだけにございます」
「そうでしょうね」
「どこか一つに身を預けきれば、捨てられた時に終わります」
「ええ」
その言葉には、少しだけ本音が混じっていました。
この人もまた、たぶん何かを学んでこうなったのです。美貌も才も、守ってはくれない。だから情報と人脈で、自分の足場を増やしてきた。
分かります。
分かるけれど、それと置いてよいかは別です。
「瑠璃」
私は声を和らげました。
「あなたの賢さを否定するつもりはありません」
「……」
「でも、その賢さは、場の境目を守る形では使われていない」
「……」
「こちらに置けば、いずれ誰も安心して話せなくなります」
有子が、静かに目を伏せる。たぶん、最初に自分の違和感を拾ってよかったと少し思っています。
瑠璃は、しばらく黙っていました。
やがて、すっと背筋を正して言いました。
「では、わたくしはお下がりいたします」
「ええ」
「弁明は」
「いりません」
「……ずいぶん、あっさりしておいでですね」
私は少しだけ首をかしげました。
「あなたを罰したいのではありません」
「……」
「向かぬ場所に、向かぬ人を置かないだけです」
瑠璃はその言葉を聞いて、初めてほんの少しだけ、読みきれない顔をしました。
傷ついたのか、感心したのか、あるいは拍子抜けしたのか。たぶん全部でしょう。
彼女が去ったあと、部屋にはしばらく沈黙が残りました。
最初に口を開いたのは、やはり常盤です。
「……怖いですねえ」
「何が」
「退魔ではなく採用で落とすところが」
小少将が、袖口を整えながら言いました。
「でも、見事でございましたわ。もし嫉妬に見える形で遠ざけておりましたら、逆に瑠璃の勝ちでございました」
「ええ」
私は頷きます。
「“美しいから疎まれた”という物語を、相手に渡してはいけません」
赤染衛門が、深く息をつきました。
「若い者どもには、よく言っておかねばなりません」
「ええ。変な教訓にしないように」
「『美人は危ない』ではなく」
「『美人だけ確認を免除するな』です」
私はきっぱりと言いました。
「美人を疑うのではありません」
皆の方を見て、続けます。
「美人だけ確認を免除する愚かさを疑うのです」
有子が、小さくうなずきました。
「……それなら、働きのよい方も、口のうまい方も、皆同じでございますね」
「その通り」
「好ましい人ほど、手順を飛ばさない」
「ええ」
若菜には、その夜やわらかく説明しました。さすがに全部は言いません。でも、「人に好かれること」と「内側を守れること」は別なのだと、できるだけ分かるように。
若菜は、しょんぼりした顔で言いました。
「瑠璃さま、よい方だと思っておりました」
「よいところも、あったのでしょう」
私は答えます。
「でも、よいところがあることと、ここで任せてよいことは同じではありません」
「……難しゅうございます」
「ええ。難しいです」
若菜は少し考えてから、ぽつりと言いました。
「香も、香りがよいだけではだめでございますものね」
「ほう」
「場に合わねば、よい香でも人を疲れさせます」
私は少しだけ笑いました。
「そうですね」
「では、人も同じでございましょうか」
「たぶん」
若菜は納得したような、まだ少し寂しいような顔をしました。その寂しさは悪くありません。人を見る目が一段深くなる時、少しの寂しさはたいてい伴います。
その後、藤壺では小さな取り決めができました。
新たに出仕する者についての覚
一、紹介者、以前の奉公先、離れた理由は必ず確かめる
一、才や姿の印象がよい者ほど、手順を省かない
一、内の話に近づける前に、しばらく外縁の働きで様子を見る
一、違和感は、小さくても握りつぶさず記す
一、疑いは印象でなく、接点と事実で扱う
春枝がその覚を書き写しながら、しみじみ言いました。
「なんだか、帝をたぶらかす妖狐も今ここへ来れば引っかかりそうでございます」
「そのたとえはどうかと思います」
と有子。
「でも少し分かります」
と常盤。
小少将が肩をすくめる。
「美貌も教養も罪ではないのに、それだけで周りが勝手に判断をゆるめるのが問題、ということです」
「ええ」
私は答えました。
「才能や魅力は歓迎していい。でも境目を越える時は、皆同じだけ確認する」
「それが公平」
「それが安全です」
夕暮れ、皆が落ち着いたころ、赤染衛門が静かに言いました。
「姫様は、本当に嫉妬で動かれませんね」
「嫉妬しないわけではありませんよ」
と私は言いました。
「人が褒められていれば、すごいなとは思います」
「それは嫉妬とは少し違うような」
「でも、その感情で場を歪めるのが嫌なのです」
赤染衛門は、やわらかく笑いました。
「それで藤壺は回っているのでございましょうね」
「回っているといいですが」
「ええ。だいぶ」
私は扇を閉じます。
ぱちり。
人を惑わせるのは、美しさそのものではありません。美しさの前で、確認を飛ばしてしまう人の甘さです。
妖しさは、たいてい角や牙の形では来ません。
「この人だけは大丈夫」と、皆が勝手に思い込んだ時に生まれます。
魅力ある人を遠ざける必要はありません。
でも、魅力があるからこそ、紹介も、経歴も、立ち位置も、静かに確かめます。
〜 出典 〜
『今昔画図続百鬼』玉藻前
瑯邪代酔に古今事物考を引て云、殷の妲己は狐の精なりと云々。その精本朝にわたりて玉藻前となり、帝王のおそばをけがせしとなん。すべて淫声美色の人を惑わす事、狐狸よりもはなはだし。
(訳)『瑯邪代酔』という書物の中で『古今事物考』を引用して、「殷の時代の妲己は狐の妖怪である」といったことが書かれています。その狐の妖怪が我が国(日本)へと渡ってきて玉藻前となり、天皇の御側を穢したということです。そもそも、みだらな声や美しい色香といったものが人を惑わす力は、狐や狸の妖怪よりもはるかに恐ろしいものなのです。
〜 舞台背景 〜
玉藻前は、平安時代末期に鳥羽上皇の寵姫であったとされる伝説上の人物。妖狐の化身であり、正体を見破られた後、下野国那須野原で殺生石になったという。玉藻前のモデルは、鳥羽上皇に寵愛された皇后美福門院(藤原得子)ともいわれる。摂関家などの名門出身でもない彼女が皇后にまで成り上がり、自分の子や猶子を帝位につけるよう画策し中宮待賢門院(藤原璋子)を失脚させ、崇徳上皇や藤原忠実・藤原頼長親子と対立し保元の乱や平治の乱を引き起こし、更には武家政権樹立のきっかけを作った史実が下敷きになっているという(ただし、美福門院が実際にどの程度まで皇位継承に関与していたかについては諸説ある)。出典:wikipedia




