十 女房採用面接、始めます
人を増やすのは、難しい。
前世の職場でも、何度もそう思いました。人手が足りない。だから採用する。
でも、採用したのに、なぜか現場が余計に混乱する。教える人が疲れる。新人も疲れる。既存メンバーが不満を持つ。そして最後に誰かが言うのです。
――即戦力がほしかったんだけどね。
即戦力。便利な言葉です。けれど、そんなものはめったにいません。どれほど才があっても、その場のやり方を知らなければ動けない。どれほど家柄がよくても、秘密を守れなければ危ない。どれほど歌が上手くても、他人の心を折るようなら場を壊す。どれほど美しくても、必要な時に紙一枚探せないなら実務では困ります。
人を入れるとは、ただ人数を増やすことではありません。場に、新しい癖と、新しい欲と、新しい弱点と、新しい可能性を入れることです。だから、採用には基準が要ります。
ところが。平安宮中の女房採用基準は、私から見ると、かなりふわっとしていました。家柄。容姿。歌の才。書の上手さ。親の縁。誰かの推薦。あの御方の姪。この殿上人の娘。どこそこの姫君の乳母子。
もちろん、それらは重要です。宮中は人脈の塊です。身元が分からない者を入れるわけにはいきません。家の格も、立ち居振る舞いも、教養も必要です。しかし、それだけで決めるのは危ない。特に、今の梅壺には。紙を管理し、歌を育て、衣を整え、噂の流れを見て、涙と言葉を分け、毒舌を分解する御殿です。
……自分で言っていて、だいぶ妙な御殿になってきたと思います。
でも、だからこそ普通の基準だけでは足りない。梅壺には、華やかな才女だけでなく、機能する女房が必要なのです。
その話が持ち込まれたのは、朝のうちでした。赤染衛門が、少し困った顔で私の前に座っています。この顔も、最近では見慣れました。
「姫様」
「何かあったのね」
「はい。新しく出仕を望む女房候補について、いくつか御相談が」
「候補?」
「左大臣様のお声がかりの者もおりますし、女房たちの縁者もおります。梅壺の評判が少しずつ広がり、こちらへ仕えたいという者が増えております」
なるほど。梅壺が観察される価値を持ち始めた。観察されるということは、噂になるということです。噂になるということは、人が寄ってくるということです。ありがたい。ありがたいのですが、危険です。
人が増える時、場は揺れます。特に、今の梅壺には、春枝、小少将、常盤のように、少しずつ役割を得て立ち上がってきた女房たちがいます。そこへ、家柄も容姿も才もある新入りが突然入ってきて、主の目を奪えばどうなるか。嫉妬。不安。比較。派閥。
はい、地獄です。
「候補の評価は?」
私が尋ねると、赤染衛門は紙を出しました。
「こちらに」
私は目を通しました。
一人目。父は受領。母方に歌人の縁あり。容姿優美。声よし。和歌をよく詠む。
二人目。某中納言家の縁者。筆跡美麗。幼少より宮中作法を学ぶ。琴に優れる。
三人目。家柄はやや劣るが、読み書きに堪能。目立たず。気配りあり。ただし歌は平凡。
四人目。若く美しい。衣の趣味よし。父が道長派に近い。本人はやや軽率との噂。
私は、しばらく無言で紙を見ました。
うん。ふわっとしています。
たいへん、ふわっとしています。家柄。容姿。歌。楽器。筆跡。もちろん大事です。でも、梅壺で本当に必要なことが抜けています。
「衛門」
「はい」
「この評価表、仕事の話がほとんどないわ」
「仕事、でございますか」
「ええ。守秘義務、観察力、筆写の速さ、記録の正確さ、噂への耐性、場の空気を読む力、失敗時の報告、他の女房との協調」
赤染衛門が、少し目を瞬かせました。
「姫様。女房の評価として、いささか……」
「雅ではない?」
「はい」
「でも必要でしょう」
私は候補者一覧を置きました。
「この組織、採用基準がふわっとしすぎ」
「そしき……」
「御殿」
「はい」
「梅壺には、歌が上手いだけの人はいらない。もちろん歌の才は歓迎するけれど、それだけでは困る」
赤染衛門は、少し考えるように黙りました。
「確かに、近頃の梅壺では、紙や記録、御装束、噂の聞き取りなど、以前より役目が増えております」
「ええ」
「才ある者が入っても、秘密を漏らせば危うい。場を乱せば、かえって害になる」
「そう」
「では、何を基準になさいますか」
私は少し笑いました。
「面接をします」
赤染衛門の顔が固まりました。
「めん……?」
「会って、課題を出して、適性を見る」
「姫様」
「何?」
「新しく仕える女房に、課題を?」
「ええ」
「雅ではございませぬ」
「便利よ」
「便利でございますか」
「とても」
赤染衛門は、しばらく私を見ていました。そして、深いため息をつきます。
「分かりました。姫様がそうおっしゃる時は、止めても半分しか止まりませぬ」
「半分は止めてくれるのね」
「胃のために」
候補者たちが梅壺へ来たのは、その二日後でした。四人。それぞれに、付き添いの女房や紹介者がいます。
今日は部屋の雰囲気も少し硬いように感じます。古参の女房たちが、新入り候補を観察していました。春枝は紙箱のそばで、少し不安そう。小少将は衣の色目を冷静に見ている。常盤は、すでに誰が誰と目配せしたかを見ている顔です。赤染衛門は、私の隣で控えています。
候補者たちは、順に挨拶しました。
一人目、藤原の実子。歌人の家に連なるらしく、声がよい。挨拶にも和歌のような調べがあります。
二人目、橘の有子。筆跡が美しいと評判の娘。姿勢が正しく、いかにも育ちがよい。
三人目、紀の澄子。家柄は高くありません。衣も控えめ。しかし目が落ち着いています。部屋に入った瞬間、紙箱、火鉢、出入口、女房の配置を一度見ました。
四人目、源の麗子。たいへん美しい。衣の合わせも華やか。ただ、少し視線が動きすぎる。誰が自分を見ているかを、常に確認しているようです。
私は四人を見渡しました。
「今日は、来てくれてありがとう」
皆、深く頭を下げます。
「梅壺では、歌や装束の才も大切にします。けれど、それだけで女房を選ぶことはしません」
部屋が少しざわつきました。付き添いの古参女房の一人が、眉をひそめます。
「姫様。女房に歌や装束の才を求めぬと?」
「求めます」
私は即答しました。
「ただし、それだけではないと言っているの」
私は赤染衛門に合図しました。彼女が紙を配ります。候補者たちが、少し驚いた顔をしました。
「今から、いくつか見ます」
赤染衛門が横で小さく咳払いしました。
「姫様。せめて『お試し』などと」
「では、お試しをします」
余計に採用試験っぽくなってしまいした。まあいいでしょう。第一の課題は、観察力です。私は候補者たちを庭に面した場所へ案内しました。庭には、いつも通りの梅。火鉢の位置。御簾。紙箱。衣を整えた女房たち。私は言いました。
「しばらく、この部屋を見てください。その後、気づいたことを三つ言って」
候補者たちは戸惑いました。歌を詠めと言われると思っていたのでしょう。しかし、観察です。藤原の実子は、庭を見て言いました。
「梅の枝ぶりが美しゅうございます。春霞のように、御簾越しに見える様がいと優しゅう」
悪くありません。言葉は綺麗です。橘の有子は、紙箱の札に気づきました。
「紙箱が用途別に分けられております。公の御文と内々の御文を分けておいでかと」
よい。実務に目が行っています。紀の澄子は、少し間を置いて言いました。
「火鉢の位置が、御簾近くの女房には少し遠くございます。けれど紙箱に近づけると乾きすぎましょうから、この位置なのだと思いました」
赤染衛門が、わずかに目を上げました。私は内心で頷きます。よく見ている。源の麗子は、微笑みながら言いました。
「皆様のお召し物が、たいそう落ち着いておりまして、梅壺の御趣向がよく表れております」
悪くはない。ただ、誰にでも言える感想です。観察というより、褒め言葉。第一課題の時点で、少し差が見えました。
第二の課題は、守秘義務です。これは重要です。宮中では、秘密を守れない女房は危険物です。私は、あえて四人に同じ話をしました。
「先日、ある御方より文がありました。内容はここでは明かしませんが、梅壺にとって少し扱いの難しいものです。もし、あなたがその文を取り次ぐ役なら、誰に話しますか」
藤原の実子は答えました。
「まず姫様、または赤染衛門様に」
「他には?」
「親しい女房に相談することもあるやもしれませぬ」
危ない。悪気はないのでしょう。でも「親しい女房に相談」が一番漏れる。橘の有子は言いました。
「取り次ぎの順に従い、姫様か赤染衛門様のみへ。私の判断では他言いたしません」
模範的です。紀の澄子は少し考えました。
「文の内容を知らずとも、文が来た事実だけで噂になることがございます。ですから、誰からの文かも、必要な者以外には申しませぬ」
私は扇の陰で笑いそうになりました。
いい。非常にいい。
内容だけでなく、存在そのものが情報であると分かっている。源の麗子は、少し艶やかに笑いました。
「文のことは、もちろん軽々しくは申しませぬ。ただ、もし他の御殿から尋ねられた時には、失礼のないよう、やわらかく」
「やわらかく?」
「知らぬ存ぜぬでは角が立ちますゆえ」
うん。危ない。角が立たないように、余計なことを言うタイプです。本人は社交的で悪気はない。だからこそ危ない。
第三の課題は、筆写能力です。ただ美しい字を書くだけではありません。速く、正確に、内容を落とさず写せるか。赤染衛門が短い文を読み上げます。候補者たちには、それを聞いて書き取ってもらう。内容は、わざと少し実務的にしました。
『明後日の夕刻、主上御幸の可能性あり。香は薄く、菓子は軽きもの。春枝は紙箱を整え、小少将は柳の色目を控えめに。常盤は出入りを記すこと』
候補者たちが筆を走らせます。藤原の実子は、字は美しいのですが、途中で言葉を雅に整えてしまいました。『出入りを記すこと』が『人の往き来を心に留むべし』になっています。詩的ですが、実務では困ります。
橘の有子は、たいへん美しい字で、ほぼ正確に写しました。少し遅いですが、十分です。紀の澄子は、字はそこまで華やかではありませんが、要点が正確です。『御幸の可能性』を『未確定』と小さく添えています。
強い。
源の麗子は、字は綺麗ですが、菓子のところを抜かしました。本人は気づいていません。美しいが、抜ける。これも危ない。
第四の課題は、空気を読む力です。これが一番難しい。私は赤染衛門と事前に打ち合わせていました。小さな芝居です。
春枝が、わざと紙箱の札を一つ取り違える小少将が、それに気づくが黙っている。赤染衛門が、少し困った顔をする。候補者たちがどう反応するかを見ます。
藤原の実子は、気づきませんでした。橘の有子は気づきましたが、黙っていました。場を乱さない判断かもしれません。
紀の澄子は、少しだけ春枝のそばへ寄り、声を低くして言いました。
「こちら、札が入れ替わっているようです。今なら目立たず直せます」
春枝が、演技なのに本当に少しほっとした顔をしました。源の麗子は、気づくと大きめの声で言いました。
「あら、札が違っておりますわ。梅壺では紙を大切になさると聞きましたのに」
部屋の空気が、一瞬で硬くなりました。本人は笑顔です。悪意があるのかないのか、判断しにくい。ただ、場を助けるより、自分が気づいたことを見せる方を優先しました。これは、梅壺には合わない。
課題が終わると、候補者たちは別室で待機となりました。私は赤染衛門、春枝、小少将、常盤を呼びました。
「どう思った?」
まず、赤染衛門が言いました。
「橘の有子殿は、筆が美しく、守秘も心得ておられます。安定しております」
「ええ」
小少将が続きます。
「藤原の実子殿は、歌や言葉は美しい。ただ、実務の文を雅に変えてしまうのは、少し困ります」
「そうね」
春枝は、おずおずと言いました。
「紀の澄子殿は……紙札の時、助け方が優しゅうございました。声を小さくしてくださって」
「そこを見たのね」
「はい。間違いを見つけても、人前で恥をかかせない方かと」
重要です。梅壺では、失敗を場の改善につなげます。つまり、失敗した人を公開処刑する女房はいりません。常盤が、少し鋭い顔で言いました。
「源の麗子殿は、他所の御殿では重宝されるやもしれませぬ。美しく、目立ち、褒め言葉も上手い。ただ、こちらの秘密は漏れそうです」
「同感」
私は頷きました。源の麗子は華があります。定子方のようなスター軍団なら、活きるかもしれません。でも梅壺では、火種になりやすい。
「では、誰を?」
赤染衛門が尋ねます。
「紀の澄子を採ります」
春枝の顔が明るくなりました。
「それから、橘の有子も」
「二人でございますか」
「ええ。澄子は観察と実務。有子は筆写と守秘に向きます」
「藤原の実子殿と源の麗子殿は?」
「今回は見送ります。ただし、藤原の実子は歌会には招きます。梅壺の外部協力者として関係を保つ」
赤染衛門が頷きました。
「麗子殿は」
「丁寧に断る。美しさと社交性は認める。でも、今の梅壺の役目には合わない」
「角が立ちませぬか」
「立つでしょうね」
「姫様」
「でも、合わない人を入れて全員が苦しむよりはいいでしょう」
採用で一番大事なのは、優秀な人を全員入れることではありません。その場に合う人を入れることです。これは前世でも痛いほど学びました。能力が高くても、文化が合わないと互いに不幸になります。古参女房の中には、反発もありました。
「家柄の高い藤原の実子殿を選ばず、紀の澄子殿を?」
「歌も平凡で、衣も地味ですのに」
「女房とは、御前を華やかにするものではございませぬか」
当然です。従来の価値観からすれば、私の選び方は奇妙でしょう。私は彼女たちを集めて、静かに言いました。
「華やかさは大切です」
女房たちは少し安心した顔をしました。
「しかし、華やかなだけの御殿は、火に弱い」
「火?」
「噂、文の漏れ、取り違え、嫉妬、失敗。そういうものです」
私は続けました。
「梅壺には、場を明るくする人も必要です。歌の上手い人も、美しい人も、機知に富む人も。けれど同じくらい、場を支える人が必要です」
春枝が紙を守る。小少将が色を見る。常盤が噂の流れを見る。赤染衛門が全体を調整する。そこに、澄子の観察力と、有子の筆写能力を加える。これは地味です。
でも強い。
「定子方がスター軍団なら」
私は思わず言いました。赤染衛門が、また「すたー?」という顔をしました。
「……輝く才の集まりなら」
「はい」
「梅壺は、機能するチームになります」
「ちーむ」
「御殿」
「はい」
私は咳払いしました。
「一人一人が目立たなくても、全体で動ける場にします」
古参女房たちは、まだ完全には納得していないようでした。でも、春枝や小少将の顔を見て、少しずつ黙りました。彼女たちは知っているのです。自分たちが、役割を与えられて変わったことを。
こうして、紀の澄子と橘の有子が正式に梅壺へ入った後、新しい二人は、梅壺に少しずつ馴染み始めました。派手な加入ではありません。でも、確実に場が動きやすくなった。これでいいのです。
数日後、登華殿の方から、また軽い嫌味が届きました。
『梅壺では、女房を歌より帳にて選ぶとか。いと珍しき御採用に候ふ』
清少納言本人か、周辺かは分かりません。意味は簡単です。
――梅壺では、女房まで帳面で選ぶのね。珍しいこと。
赤染衛門が文を見て、少しだけ肩をすくめました。
「姫様。返されますか」
「短くね」
私は紙を取りました。
『歌は心を映し、帳は働きを映し候ふ。どちらも見ずば、人を見たとは申しがたく候』
歌は心を映す。帳は働きを映す。どちらも見なければ、人を見たことにはならない。赤染衛門が読み、頷きました。
「よろしゅうございます」
「少し硬い?」
「姫様にしては、いつも通りでございます」
「褒めている?」
「もちろん、半分は」
私は笑いました。
夜。私は梅壺の女房たちを見ていました。春枝が紙を整える。小少将が衣の色を相談する。常盤が噂の流れを報告する。澄子がさりげなく火鉢をずらす。有子が赤染衛門の文を写す。赤染衛門が、全体を見てため息をつく。
地味です。でも、美しい。派手な一輪の花ではない。よく手入れされた庭のような美しさ。
そして私は、ふと思いました。いつか、ここへさらに大きな筆を持つ女が来る。まだ見ぬ、物語を書く女。その人は、おそらく扱いやすくはありません。華やかな場で笑い続けるタイプでもないでしょう。深く見て、深く考え、時に周囲を刺すほど鋭い筆を持つ人です。
そんな人を迎えるには、ただ華やかな御殿では足りない。守秘があり、筆写があり、紙があり、観察があり、失敗を潰さない空気があり、才を見世物にしない場が必要です。今日の採用面接は、そのための土台になります。
私はまだ、その人の名を知りません。いえ、本当は知っています。知っているけれど、今はまだ口にしません。今は、梅壺という場を整える時です。
紫の筆が来る前に。その筆が折れない机を用意するために。
〜 出典史料 〜
『紫式部日記』女房批評
清少納言こそ、したり顔にいみじう侍りける人。さばかり賢だち、真名書き散らして侍るほども、よく見れば、まだいと足らぬこと多かり…
〜 舞台背景 〜
「インテリぶりあがって」と紫式部が清少納言をディスっている、そこそこ有名な話が元ネタです。紫式部は清少納言のこと相当気に入らなかったっぽいw




