九 悪口文学、開幕
清少納言風の「すさまじきもの」「にくきもの」になぞらえ、彰子方を小馬鹿にしたリストが出回る。彰子は怒る女房たちを制し、その文を現代的に分類する。「これは悪口ではなく、観察芸です。つまり、こちらも観察される価値が出てきたということ」。そして返礼として――
悪口には、二種類あります。
一つは、ただの悪意。相手を傷つけたい。自分より下に置きたい。周囲に笑わせたい。誰かを踏むことで、自分の立ち位置を確認したい。これは、つまらない悪口です。
もう一つは、観察です。相手の癖を見抜く。場の滑稽さを切り取る。誰もが薄々感じていたことに、ぴたりと言葉を与える。聞いた者が思わず笑ってしまい、笑った後で少し胸が痛くなる。
こちらは厄介です。なぜなら、面白いから。面白い悪口は、ただ怒って否定しても勝てません。むしろ怒った方が負けです。
――まあ、図星だったのね。そう言われて終わります。
現代でもそうでした。会議中の何気ない一言。社内チャットに流れる皮肉。飲み会で誰かが言った「あの部署ってさ」という雑な比喩。
言われた側は腹が立ちます。でも、周囲が笑っている以上、完全には潰せません。しかも、少し当たっていると最悪です。否定しきれない。だから、人は一番嫌な悪口ほど腹を立てます。そして宮中には、その二つ目の悪口を芸術にまで高めた女がいます。
清少納言。
まったく、厄介な人です。その文が梅壺に回ってきたのは、道長父上との「支援の使い方」会議から、数日後のことでした。
先日、父上に「投資してください」と言ってしまったあの後、梅壺は少し慌ただしくなっていました。紙。衣。香。菓子。文箱。女房たちの役割。
父上から届いた物資を、ただ並べるのではなく、用途別に分け、担当を決め、場を育てるために使う。女房たちは忙しく動いています。でも、その忙しさの中に、少し誇りもありました。
梅壺は、ただの若い中宮の御殿ではなくなりつつあります。何かが始まっている。そんな空気がありました。だからこそ、狙われたのでしょう。
「姫様……」
赤染衛門が、たいそう渋い顔で文を持ってきました。
ここ最近で、私は彼女の表情を読む力がかなり上がりました。青ざめている時は危機。眉間に皺が寄っている時は面倒事。目が遠い時は、私がまた何か雅でないことをした時。今日の顔は、怒り七割、呆れ二割、胃痛一割。つまり…悪口文です。
「登華殿から?」
「直接の御文ではございません。女房たちの間に回っているものにございます」
「回覧文ね」
「そのような雅でない名をつけないでくださいませ」
私は文を受け取りました。紙は悪くありません。むしろ、かなり上質です。薄く、軽く、香もよい。そして筆跡は、あえて名を伏せていますが、相当手慣れた人のものです。中身を読み始めて、私は思わず目を細めました。
『すさまじきもの。雪を蔵めて春を待つ御殿。歌を詠まずして歌を量る人。紙に札をつけて恋を分けたる箱。梅重ねを表にして眺むる女房。主上の短き御幸を長き帳に記すこと。にくきもの。雅を申して帳を出す人。紙屋にも劣らぬほど紙を数ふる人。歌の心を種と申して、花を咲かす前に畑を測る人。石の中宮と呼ばれて、石垣を築き始むる人。』
……。
うわあ。
うまい。
これはうまい。悔しいほど、うまい。完全に梅壺のここ最近の出来事を拾っています。雪山。和歌批評会。紙分類。装束表。帝の来訪記録。そして、石の中宮。しかも、それを『枕草子』的な「ものづくし」にしている。すさまじきもの。にくきもの。
清少納言の得意分野です。
名はありません。本人が書いたとは限りません。でも、彼女の文体を意識しているのは明らかです。あるいは、彼女本人が軽く口にしたことを、周囲が書き留めて回しているのかもしれません。
どちらにせよ、これは攻撃です。そして面白い。面白い攻撃は、強い。私が黙って読み終える頃には、梅壺の女房たちはすでに怒りで震えていました。
「ひどい……!」
「私どもの努力を、このように」
「小少将様の装束表まで笑いものに」
「春枝の紙箱も……」
春枝は、紙箱の前でうつむいています。小少将は唇を引き結び、常盤は目をぎらぎらさせていました。赤染衛門が低い声で言います。
「姫様。これは、放っておけませぬ」
「そうね」
「返しましょう。梅壺を愚弄するものにございます」
「ええ」
「ならば」
「まず、分析します」
部屋が止まりました。赤染衛門が、ゆっくりこちらを見ます。
「分析」
「ええ」
「姫様」
「何?」
「女房たちが怒っている時に、まず分析とおっしゃるのは、たいへん姫様らしゅうございます」
「褒めている?」
「半分は」
「なら半分だけ受け取ります」
私は文をもう一度広げました。
「皆、落ち着いて。これは、ただの悪口ではありません」
「悪口ではないのですか?」
春枝が、少し傷ついた顔で尋ねます。
「悪口ではあるわ」
「姫様」
「でも、ただの悪口ではない。観察芸です」
「観察芸……」
女房たちが不思議そうな顔をします。私は文を指で軽く叩きました。
「見て。こちらの出来事を正確に拾っている。雪、歌、紙、衣、御幸、石。全部、梅壺で実際に起きたことです」
「だからこそ腹立たしいのです」
「そう。でも、これはつまり、私たちが観察される価値を持ち始めたということでもあります」
女房たちが黙りました。
「本当に取るに足りない御殿なら、こんなに細かく見られません」
相手は、こちらを見ている。しかも、かなりよく見ている。これは侮辱であると同時に、認知です。前世で言えば、競合会社がこちらの施策をSNSで皮肉っている状態です。腹は立つ。でも、無視できない存在になったということでもあります。
「それに」
私は続けました。
「この文は、こちらの弱点も示しています」
「弱点?」
「ええ。私たちのやっていることは、雅から見ると帳面臭い。紙、記録、表、分類、聞き書き。そこを笑われている」
赤染衛門が、少し気まずそうに頷きました。
「確かに……梅壺の姫様は、雅の皮を被った役所をお作りになると、私も時々」
「衛門」
「失礼いたしました」
「でも、間違っていないわ」
私は苦笑しました。私のやり方は、地味です。合理的。実務的。分類好き。記録好き。手順化好き。それは強みですが、同時に笑われやすい。清少納言のような才から見れば、いくらでもネタになるでしょう。
「だから、怒る前に受け取りましょう」
「受け取るのですか」
「ええ。これは無料の外部評価です」
「無料の……?」
赤染衛門が、また頭痛をこらえる顔をしました。
「後で説明するわ」
「できれば、しなくてよろしゅうございます」
私は文を、現代語訳することにしました。もちろん、現代語などこの時代にはありません。しかし、私の頭の中で意味を整理するのです。
「まず、『雪を蔵めて春を待つ御殿』」
私は言いました。
「現代語訳すると、『イベントの風情を倉庫管理にした御殿』」
女房たちは困惑しました。
「くら……?」
「忘れて。要するに、雪を風流ではなく管理対象にした、と笑っている」
「ひどい」
「でも当たっている」
雪を残したのは事実です。藁を敷き、日陰を選び、保存した。風流というより、保冷管理です。
「次、『歌を詠まずして歌を量る人』」
「それは、春霞の会のことですね」
「ええ。現代語訳すると、『自分では歌わないのに審査員ぶる人』」
何人かの女房が、思わず笑いそうになって、慌てて口を押さえました。分かる。これは、少し面白い。
「笑っていいわ」
「よろしいのですか」
「ええ。面白いものを面白いと認められないと、こちらが小さく見える」
女房たちは、恐る恐る小さく笑いました。春枝も少しだけ表情を緩めます。
「次、『紙に札をつけて恋を分けたる箱』」
私は春枝を見ました。
「これは、あなたの紙箱ね」
春枝がまた少し落ち込みました。
「やはり、笑われますよね……」
「現代語訳すると、『恋まで分類する管理厨』」
「管理……?」
「忘れて」
私は咳払いしました。
「つまり、恋文用、公文書用、燃やす用と紙を分けたことを笑っている」
「やはり、恥ずかしいことでしょうか」
「いいえ」
私は首を振りました。
「むしろ、よく見ている。恋を分ける箱という表現は、悪くない」
春枝が目を丸くしました。
「悪く、ないのですか」
「ええ。こちらのやっていることを、一言で言い当てている。腹立たしいけど、言葉としては上手い」
春枝は複雑そうな顔をしました。でも、ただ傷ついていた時よりは、少し楽になったようです。悪口を分解すると、毒が薄まることがあります。
「次、『梅重ねを表にして眺むる女房』」
小少将が顔を上げました。
「私のことでございますね」
「ええ。現代語訳すると、『ファッションセンスまで表計算する人たち』」
「ひょう……?」
「忘れて」
「姫様の忘れては、忘れにくうございます」
「とにかく、装束表を笑っている」
小少将は、少し考えてから言いました。
「しかし、表にしたことで、主上は『春が内にもある』と仰せくださいました」
「その通り」
「なら、笑われても構いませぬ」
強い。小少将、成長しています。
「最後、『主上の短き御幸を長き帳に記すこと』」
私は少しだけ苦笑しました。
「現代語訳すると、『短い訪問を長文レポートにして存在感を盛る人』」
赤染衛門が、とうとう小さく笑いました。女房たちも笑いました。悔しい。でも、笑える。そして笑えた瞬間、文の毒はかなり薄まりました。
「では、どう返しますか」
常盤が、少し身を乗り出して尋ねました。彼女はこういう応酬が好きそうです。危ない。でも、使いどころはあります。
「同じように、悪口リストを作りましょう」
私が言うと、女房たちの目が輝きました。
「定子方の『にくきもの』を?」
「清少納言様の毒舌を刺すのですね」
「登華殿の華やかすぎるところも」
「即興で人を斬る才など」
「待って」
私は手を上げました。女房たちが止まります。
「直接、相手を貶めるリストは作りません」
「なぜですか」
「同じ土俵に乗るから」
清少納言風の「ものづくし」でこちらが相手を罵れば、それはただの模倣です。しかも、相手の方が本家です。勝てるわけがない。悪口の強さで清少納言に挑むのは、和歌即興バトル以上に危険です。
では、どうするか。品位を変える。
「向こうが『すさまじきもの』『にくきもの』で来たなら、こちらは『ありがたきもの』で返します」
「ありがたきもの」
赤染衛門が繰り返しました。
「ええ。めったにない、尊いもの。あってほしいもの」
「清少納言様を名指しせず、刺すのですね」
赤染衛門が言いました。私は微笑みました。
「衛門、分かってきたわね」
「姫様にお仕えしておりますので」
「悪い影響かしら」
「半分は」
私は紙を取りました。春枝が、すぐに適した紙を出します。公的な返礼ではない。しかし外へ出る可能性がある文。ならば、上質すぎず、軽すぎず、後で写しやすい紙。さすが春枝。私は筆を取り、まず題を書きました。
『ありがたきもの』
女房たちが息を呑みます。私は一つ目を口にしました。
「人を貶さずして、場を明るくする才」
赤染衛門が筆を止めました。
「姫様、それは」
「名指しはしていないわ」
「しておりませんが、たいそう刺さります」
「そうね」
清少納言の才は、場を明るくします。しかし同時に、人を刺すこともある。ならば、それを名指しせずに問う。人を貶さずに場を明るくできる才は、尊い。つまり、貶さないと明るくできない才はどうなのか。そういう返しです。
「次」
私は続けました。
「己が機知の鋭さを知りながら、弱き者の袖を切らぬ人」
小少将が、静かに息を呑みました。
「袖を切らぬ」
「言葉の刃で、弱い者を傷つけないという意味よ」
「なるほど」
赤染衛門が書きます。
「次。人の失敗を笑う前に、その失敗から場を整える人」
これは、梅壺の姿勢でもあります。春枝や小少将が、少し嬉しそうな顔をしました。
「次。美しき紙を得て、ただ誇らず、誰かの言葉を乗せる道を作る人」
春枝が、そっと紙箱に手を置きました。
「次。歌の花を誇るだけでなく、まだ芽の出ぬ種を踏まぬ人」
春霞の会。歌を詠めない者、遅い者、まだ下手な者。そういう人を笑わない場。
「次。主の光を頼みに他所を暗しと言わぬ人」
部屋が静まりました。これは少し強い。定子様その人ではなく、定子様の光を利用して他所を見下す女房たちへの刺しです。
「姫様」
赤染衛門が慎重に言いました。
「これは、やや危ううございます」
「分かっています」
「書き換えますか」
「少し柔らかくしましょう」
私は考えました。
「主の光をいただきながら、他所の小さき灯を吹き消さぬ人」
赤染衛門が頷きました。
「こちらの方がよろしゅうございます」
「では、それで」
さらに続けます。
「次。すぐれた人を見て、似ようと焦らず、己の場を作る人」
これは、私自身への戒めでもあります。清少納言のようにはなれない。定子様のようにもなれない。なら、自分の場を作るしかない。
「最後」
私は少し考えて、筆を置きました。
「石を笑はず、そこに腰かけて星を見る人」
女房たちが、静かになりました。赤染衛門が、ゆっくり筆を動かします。書き終えると、紙にはこう並びました。
『ありがたきもの。人を貶さずして、場を明るくする才。己が機知の鋭さを知りながら、弱き者の袖を切らぬ人。人の失敗を笑ふ前に、その失敗より場を整ふる人。美しき紙を得て、ただ誇らず、誰かの言葉を乗せる道を作る人。歌の花を誇るだけでなく、まだ芽の出ぬ種を踏まぬ人。主の光をいただきながら、他所の小さき灯を吹き消さぬ人。すぐれた人を見て、似ようと焦らず、己の場を作る人。石を笑はず、そこに腰かけて星を見る人。』
部屋はしばらく無言でした。誰も笑いません。でも、沈んでもいない。怒りが、少し別のものに変わっていました。誇り、でしょうか。いいえ、まだそこまで大きくはない。でも、少なくとも、――私たちにも返せる。そう思えた空気でした。
「これを、登華殿へ送るのですか」
春枝が尋ねました。
「直接は送らないわ」
「では?」
「回るように置きます」
赤染衛門が、ため息をつきました。
「また、噂の流れをお使いになるのですね」
「ええ」
直接送りつければ、挑戦状になります。それは危険です。こちらは清少納言本人を敵に回したいわけではありません。ただ、出回った悪口リストに対して、梅壺側の価値観を示したい。ならば、同じように女房たちの間を流せばいい。ただし、相手のように「にくきもの」として貶さない。「ありがたきもの」として、品位を上げる。直接攻撃ではなく、上位概念で返す。
「でも、姫様」
常盤が言いました。
「これでは、少し綺麗すぎませんか」
「綺麗すぎる?」
「はい。もっと、こう……相手にぎゃふんと言わせるような」
「ぎゃふんとは言わないでしょう、この時代の女房は」
「言葉の綾にございます」
常盤、なかなか言うようになりました。
「相手をぎゃふんと言わせることが目的ではないわ」
「では、何が目的ですか」
「こちらの基準を見せること」
私は言いました。
「清少納言の毒舌は鋭い。面白い。だから人が読む。でも、毒舌だけでは古くなる」
「古く?」
「ええ。誰かを斬る笑いは、一瞬強い。でも、斬られた人が増えるほど、場は疲れる」
前世でもそうでした。毒舌で人気を取る人は、最初は面白い。でも、ずっと誰かを馬鹿にしていると、やがて見る側が疲れてくる。笑っている自分まで、少し嫌になる。それでも強い人は、毒の中に愛や洞察がある。清少納言は、その域にいるから厄介です。ただ、こちらはそこに挑まない。
これからの梅壺が目指すのは、誰かを笑って場を明るくするのではなく、誰かの役割を見つけて場を明るくすること。毒舌ではなく、発見。刺すのではなく、照らす。
「相手の毒舌を、古いものに見せるのですか」
赤染衛門が静かに言いました。
「そう」
私は頷きました。
「直接『古い』とは言わない。でも、こちらの返しを読んだ人が、少しだけ思えばいい。誰かを貶さずに場を明るくする方が、今は素敵かもしれない、と」
これは、かなり高度な勝負です。勝てる保証はありません。清少納言の毒舌は強い。宮中の女房たちは、綺麗事より面白い悪口の方を喜ぶかもしれません。でも、梅壺の方向性を示すには十分です。
文は、写しを一部だけ作りました。春枝が丁寧に写し、小少将が香を選び、赤染衛門が流す相手を選びました。
あからさまに登華殿へ送らない。けれど、登華殿へ届く道筋を知っている女房に、何気なく見せる。常盤がその流れを追います。私は、その様子を見て思いました。
(組織っぽくなってきたわね)
紙役。装束役。記録役。噂の流れを見る者。場を整える赤染衛門。少し前まで、梅壺はただ若い中宮の静かな御殿でした。今は違います。何かが動いている。そして、動いているからこそ観察され、笑われ、刺される。
それは怖い。
でも、進んでいる証拠でもある。夕方には、早くも反応が戻ってきました。常盤が報告します。
「姫様。御文は、東の渡殿で三人ほどが読み、うち一人が登華殿へ」
「反応は?」
「最初は、『梅壺もずいぶん綺麗ごとを』と笑っておりました」
「でしょうね」
「ですが、『人を貶さずして場を明るくする才』のところで、少し黙りました」
「そう」
「それから、『弱き者の袖を切らぬ人』のところで、一人が、これは誰のことかしら、と」
常盤が少し楽しそうに言いました。
「楽しみすぎないで」
「はい」
「噂は毒にも薬にもなるわ」
「心得ております」
本当に心得ているかは、少し怪しいです。でも今はよしとしましょう。その夜、登華殿から直接の返事はありませんでした。ただ、翌朝。短い一文が、どこからともなく梅壺へ届きました。紙は白。香はほとんどなし。筆跡は、見覚えがあります。清少納言。
『ありがたきもの、まことにありがたし。されど世には、少しにくきものなくば、いと眠たき夜も侍るべし』
私はそれを読んで、思わず笑いました。翻訳すると、
「『ありがたきもの』は、確かに尊いですね。でも世の中には、少し嫌味なものがないと、たいそう眠たい夜もありますでしょう?」
つまり。――綺麗事だけでは退屈でしょう?という返しです。
さすがです。
即座に、こちらの品位返しの弱点を突いてきました。毒のない場は、退屈になる。それは事実です。私は文を赤染衛門に見せました。彼女は読んで、苦笑しました。
「清少納言様は、やはり手強うございますね」
「ええ」
「返されますか」
「今回は返さない」
「よろしいのですか」
「ええ。あちらの言い分にも一理あるから」
毒が少しもない場は、確かに眠い。人は、綺麗なだけの言葉に飽きます。だから、梅壺にも機知は必要です。ただし、誰かを切り捨てる機知ではなく、場を動かす機知。
その日の夜。私は最初に回ってきた「すさまじきもの」「にくきもの」の文と、こちらの「ありがたきもの」を並べて見ていました。
どちらも紙の上にあります。一方は、刺す言葉。一方は、照らそうとする言葉。どちらが強いのでしょうか。今は、まだ分かりません。清少納言の言葉は、眩しい刃です。私の言葉は、たぶん少し硬い石です。刃は一瞬で人の目を引く。石は地味で、重く、動かしにくい。
でも、こちらもただ刺されるだけの石ではありません。石は、刃を受けることができる。時には、刃を鈍らせることもできる。そして磨かれれば、少しは光も返せる。
私は文箱に二つの紙を収めました。
『すさまじきもの』。『ありがたきもの』。
どちらも、梅壺に必要な記録です。人は、悪口からも学べます。ただし、悪口に住んではいけない。そこから出て、次の場を作る。
それが、石の中宮のやり方です。
〜 出典 〜
『枕草子』ものづくし章段(第百三十一段うれしきもの)
うれしきもの。まだ見ぬ物語の一を見て、いみじうゆかしとのみ思ふがのこり見出でたる。さて、心おとりするやうもありかし。人の破りすてたる文をつぎて見るに、同じ続きをあまたくだり見続けたる。いかならむと思ふ夢を見て、おそろしと胸つぶるるに、ことにもあらずあはせなしたる、いとうれし。
〜 舞台背景 〜
愛好家の方は暗唱できるんだろうなと思います。「ものずくし」は平安文学界隈では常識的な章段です。私も般若心なら暗唱できるんですけどw




