百四 虞美人、敗者の女にも尊厳はある
宮中で、失脚した家の女房が「負け筋の女」と陰口を叩かれる。彰子は、勝者側に取り入ることだけが賢さではなく、敗者に最後まで寄り添う者の品格もあると語る。ただし、破滅に殉じる必要はないとも示す。忠義と自己犠牲を混同する女房たちに、「情は美しい。でも生き残らなければ、次の物語は書けません」と告げる。
人は、勝っている側の話を、ずいぶん上手に正しさへ見せかけます。
前世でもそうでした。勢いのある会社。失速した部署。次の上司になりそうな人。もう長くないと噂される人。そういう空気を、人はびっくりするほど早く嗅ぎ分けます。そして、勝ちそうな方へ寄る。
それ自体は、まあ、分かります。生きるために、人は風向きを見る。沈みそうな船から離れようとする。
それを全部、薄情だ愚かだと言ってしまうのも、また違うでしょう。
でも。負けそうな側にいる人間の尊厳まで、一緒に踏んでいいわけではありません。そこを混同する人が多いのです。
「まだあちらに付いているなんて」
「見る目がない」
「負け筋の女」
「早く降りればよいのに」
「情に流されて愚か」
勝者に取り入ることだけが賢さではありません。負けると分かってからの振る舞いにも、品格は出ます。
『史記』の項羽垓下の話など、まさにそうでしょう。勝つ道は細り、四面楚歌、もはや大勢は決している。その中で、虞美人との別れが語られる。
あれを、ただ「敗者のロマン」と読むのは浅い。あそこには、敗北の気配が濃くなった時に、人が何を守ろうとするかが出ています。
ただし。だからといって、破滅に殉じることだけが美しい、という話でもありません。そこをうっとり混ぜると、人は簡単に自分の命や未来を軽くします。
情は美しい。でも、生き残らなければ、次の物語は書けません。その日の藤壺は、朝から妙に声がひそやかでした。
静か、というより、人の不幸を少し遠くから眺めている時の、あの湿った静けさです。
若菜が香炉の灰をならしながら、何度も手を止めている。有子は控えの紙を整えているが、紙の端を揃える指先が少し固い。春枝は紙箱を抱えたまま、「今日は紙より、人の口の方がすれております」
と、だいぶ的確なことを言った。
小少将は露骨に嫌そうでした。あの人は、華やかな競い合いは嫌いではないけれど、人の落ち目を安全圏からつつく下品さは嫌います。澄子は灯台の金具を磨きながら、部屋の端に溜まる冷たい空気を拾っていた。
つまり、誰かが「もうだめそうな側」にいる人を笑っています。
「姫様」
赤染衛門が来た時点で、ええ、そのとおりでしょうとも、となりました。
「少し、聞き捨てならぬ陰口が」
「誰が、誰を」
「志乃を、でございます」
ああ。
志乃。もとは、ある有力な家に近い筋の女房でした。その家はいま、政の風向きが悪い。急に家そのものが潰れたわけではない。でも、出入りの顔ぶれが減り、文の勢いが落ち、名前を出される頻度が変わってきた。
つまり、まだ完全には落ちていないけれど、皆が「先は暗い」と思い始める時期です。
そういう時が一番、人は残酷です。完全に滅びた後なら、かえって同情も出る。でも、沈みかけている最中は、「私はちゃんと見抜いています」という顔で距離を取りたがる人が多い。
「何を言われているの」
赤染衛門が少し眉を寄せます。
「“まだあちらへ義理立てしておいでなのね”と」
「ええ」
「“ああいうのは忠義というより判断の遅さでは”とも」
「はい」
「“負け筋の女房は、顔つきまで暗くなるものですわね”と」
「下品ですね」
「ええ」
「誰が」
「明子、佐江、それから新しく入った若い者が二、三人」
なるほど。いつもの顔ぶれに、少し世間知ったつもりの新人が混ざると、こういう薄い残酷さはだいたい増えます。
「志乃は」
「表向きは静かにしております」
「ええ」
「ですが、明らかに肩を狭くしております」
「でしょうね」
常盤が、柱の陰からひょいと顔を出しました。
「虞美人めいてまいりました」
「嬉しそうに言わない」
「申し訳ございません。でも、“敗者の女”はかなり好きな題で」
私も好きです。ただし、本人が踏まれている時は、まず止める方が先です。
「志乃を呼びましょう」
しばらくして来た志乃は、たいへんきれいに座りました。でも、そのきれいさが少し痛々しい。人は、自分の立場が揺らぐと、せめて姿勢だけでも乱すまいとします。
「志乃」
「はい、姫様」
「近ごろ、何か言われていますか」
志乃は、少し黙りました。そして、ほんのわずか笑った。
「皆さま、お耳がようございます」
ああ。そういう返ししかできぬ程度には、露骨なのですね。
「つらいですか」
志乃は、目を伏せたまま答えました。
「……つらくない、と申せば嘘にございます」
「ええ」
「ですが、仕えるべき方の家が苦しい折に」
「うん」
「わたくしまで先に顔色を変えるのも、あまりに浅ましい気がいたしまして」
「……」
「それで、ただ静かにしております」
私は頷きました。
「その方を、まだお慕いしているの」
「はい」
「恩がある?」
「ございます」
「では、まだそばにいたい」
志乃は、少しだけ困ったように笑いました。
「いても、何が出来るわけでもございませぬ」
「ええ」
「でも、何もなくなる前に先に離れるのは」
「うん」
「わたくしには、あまり上手にできませぬ」
よろしい。そこは、とても大事です。情に流されている、と簡単に言う人もいるでしょう。でも、恩を受けた相手が苦しい時に、まだ去れぬ人の心を、全部愚かで片づけるのは乱暴です。
ただし、ここで一緒に破滅しろとも言いたくない。そこが難しい。
「志乃」
私は穏やかに言いました。
「あなたが残っていること自体を、私は愚かとは思いません」
志乃が少し顔を上げる。
「……」
「勝ちそうな方へすぐ寄ることだけが賢さではありません」
「はい」
「ただし」
「……」
「あなたまで一緒に沈む必要はありません」
「……」
そこで志乃の目が、少し揺れました。
ええ。
たぶんそこが、まだ自分でも整理できていないのでしょう。
恩を忘れたくない。でも、どこまで付き合うべきか。忠義と自己犠牲は、似て見えて境目が難しい。
前世でもありました。もう苦しい組織。立て直しの見込みが薄い上司。恩はある。でも、そこへ自分の全部を埋めてよいのか。答えは、簡単ではありません。
「まず、話を分けましょう」
私は言いました。
「情」
「……はい」
「恩」
「はい」
「実際に出来ること」
「……はい」
「そして、自分のこれから」
「……」
志乃は静かに頷きました。
では次です。笑った側。
明子、佐江、ほか若い女房たちを呼ぶと、皆、たいへん気まずそうな顔をしました。
よろしい。少なくとも、自分たちの言葉が上品ではない自覚はあるらしい。
「志乃のことを“負け筋の女”と言いましたね」
沈黙。
「正しいことを言えばよいのです」
明子が、おずおずと口を開きました。
「……少し」
「何を」
「その、もう先のない方へ、そこまで」
「ええ」
「残るのは、賢いとは言えぬのではと」
「なるほど」
私は少し首をかしげました。
「では聞きます」
皆が固くなる。
「人が苦しい時に離れる方が、いつでも賢いのですか」
「……」
「恩を受けた相手が落ちる気配を見せた瞬間、さっと別の勝者へ寄る方が、常によいのですか」
「……」
「それは“上手”かもしれません」
「……」
「でも、品がよいとは限りません」
場がしんと静まりました。佐江が、小さく言いました。
「けれど……一緒に沈むのも、また愚かでは」
「その通りです」
私はあっさり頷きました。皆が少し驚く。
「殉じる必要はありません」
「……」
「だから私は、志乃に破滅まで付き合えとは言いません」
「……」
「ただ」
私は続けます。
「敗者に最後まで寄り添う者の品格、というものもあります」
「……」
「それを、勝者側へ乗り換えぬから愚か、と笑うのは浅い」
若い女房の一人が、おそるおそる言いました。
「では、忠義とは」
「何でも一緒に死ぬことではありません」
私は答えました。
「情は美しい」
「……」
「でも、生き残らなければ、次の物語は書けません」
「……」
若菜が、そこで小さく息をつきました。若菜はこういう言葉を、胸の真ん中で受ける顔をします。
「虞美人の話を知っていますか」
私は続けます。皆が頷く。
「項羽に寄り添い、垓下の果てに消える」
「……」
「美しい話です」
「はい」
「でも、あれを読んで、“だから女は皆、好きな相手と一緒に滅ぶのがよい”などと思ってはいけません」
「……」
「物語が美しいことと、現実にそれを選ぶべきことは別です」
小少将が、そこで涼しい声で口を挟みました。
「悲劇は、眺める分には美しゅうございますけれど、自分で入るものではございませんわね」
「ええ」
私は頷きます。
「だいたいそういうことです」
よろしい。かなり分かりやすい。
「忠義と自己犠牲を混同しないこと」
私は言いました。
「残るなら、何のために残るのか」
「離れるなら、どこで線を引くのか」
「それを考えず、ただ“最後まで一緒なら美しい”と思うのも危ない」
「……」
「逆に、“さっさと勝者へ乗る方が賢い”としか考えないのも、だいぶ貧しい」
「……はい」
ここまで来たら、志乃の位置をちゃんと守りながら、本人にも整理を促す必要があります。
私はその場で決めました。
「衛門」
「はい」
「志乃のために、少し整理の紙を作りましょう」
赤染衛門が、やはりそうなりますか、という顔をする。ええ、なります。情の話ほど、紙に分けないと混ざります。
「題は」
「……“寄り添ひのほど覚”」
「やわらこうございます」
“殉死防止チェック”では雅が死にます。なぜか常盤が後ろで肩を震わせています。私は紙に項目を書きました。
寄り添ひのほど覚
一、その相手に、どのような恩があるか
一、いま自分に出来る具体的な支えは何か
一、それは自分の身を潰さずに出来る範囲か
一、相手が本当に望んでいるのは、共倒れか、見届けか、次へつなぐことか
一、自分が生き残ることで、後に出来ることは何か
一、情と自己犠牲を混同しない
志乃は、その紙をじっと見ていました。きっと、心の中でずっと塊になっていたものが、初めて項目に分かれたのでしょう。
「志乃」
「はい」
「あなたは、いまの家の方へ何が出来ますか」
志乃は少し考えました。
「文のこと、細かな取り次ぎ、昔からのご縁のつなぎ」
「ええ」
「それは、まだ出来そう?」
「はい」
「自分の身を壊さずに?」
「……いまのところは」
「よろしい」
「では、そこまではしてよいでしょう」
志乃の目が少し動く。
「ただし」
「はい」
「先が完全に閉じた時、自分まで沈む義理があるかは、また別に考えなさい」
「……はい」
「その方が、あなたに生きていてほしいと思っている可能性もあります」
「……」
「忠義とは、相手と同時に滅ぶことばかりではありません」
「はい」
ここは、本当に大事です。
前世でも、恩義のある人や場と共倒れしようとする人がいました。でも、それで何が残るのか。次に語る人、次につなぐ人、次に立て直す人まで消えたら、物語はそこで切れます。
情は美しい。でも、生き残ることもまた、責任です。
その日の午後、私は若い女房たちにも小さな役を与えました。志乃を“負け筋”として眺めるのではなく、彼女の知る古い縁や家筋の動きを記録から学ばせる。
有子が控えを出し、志乃が説明する。
「この家とは、昔こういうやりとりがありました」
「この方は、勢いが落ちても筋を違えぬ方です」
「この文は、表向き冷たく見えても縁は切っておりませぬ」
おや、よいですね。ただ沈みかけた家の女房ではなく、移ろいを知る人として場へ戻ってきています。
明子など、最初は気まずそうでしたが、やがて本気で聞き始めました。
そりゃそうでしょう。勝っている側の話だけでは見えないことが、そこにはある。
数日後、現実がもう一段、志乃の立場を試しました。志乃が近しくしていた家から、少し弱気な文が届いたのです。
かなり苦しい。人も減った。先の見通しも明るくない。それでも、まだ完全に断ち切るのではなく、「迷惑をかけるかもしれぬが」と細い糸を保とうとする文。
若い女房たちは、そこでまたざわつきました。
「まだ続けるの」
「もう無理では」
その顔が見えたので、私は志乃を呼びました。
「どうしますか」
志乃は、その文を前にしばらく黙っていました。
そして、静かに言いました。
「……すぐに背を向けることは、まだいたしませぬ」
「ええ」
「ですが、これまでのように何もかも抱えることも、いたしませぬ」
「うん」
「出来ることだけ、いたします」
「それは」
「文の筋をつなぐこと。礼を失わぬこと。無用な恥を外へ出さぬこと」
「ええ」
「それ以上は、わたくし一人の身で背負えることではございませぬ」
「よろしい」
たいへんよろしい。殉じない。でも、切り捨てもしない。これが一番難しくて、一番品のあるところです。
「志乃」
私は言いました。
「それでよいのです」
「……」
「最後まで寄り添うことと、一緒に滅びることは違います」
「はい」
「あなたは、前者を選びなさい」
「……はい」
その場にいた若い女房たちも、だいぶ顔が変わっていました。おそらく初めて見たのでしょう。忠義とは、劇的に散ることではなく、冷えてきた場所で礼を失わないことでもあるのだと。
夕方、明子がそっと言いました。
「わたくし……勝ちそうな方へ寄るのが、いちばん賢いのだと思っておりました」
「上手ではありますね」
私は答えます。
「でも」
「はい」
「それだけでは、人の薄さが出ることがあります」
「……はい」
佐江も、小さく続けました。
「情に流されるのは愚か、と思っておりましたが」
「ええ」
「情をまったく持たぬのも、また寒うございますね」
「その通りです」
よろしい。そのくらいの温度が分かれば十分です。
その夜、志乃が私のところへ来ました。
「姫様」
「はい」
「わたくし……少し前までは」
「ええ」
「残るか去るかの二つしか見えておりませなんだ」
「うん」
「ですが今は、その間にも出来ることがあるのだと分かりました」
「はい」
「共に沈まぬことが、不実とは限らぬのですね」
「ええ」
私は頷きました。
「むしろ、生きている方が出来る忠義もあります」
「……はい」
志乃は、その言葉に少しだけ笑いました。前より息のしやすい笑いでした。
「次の物語は、生きている者しか書けませぬものね」
おや。自分でそこまで言えるなら、かなり戻っています。
「その通りです」
私は答えます。
「情は美しい」
「はい」
「でも、生き残らなければ、次の物語は書けません」
「……はい」
少し離れたところで、常盤がしみじみ言いました。
「虞美人に酔いすぎると、自分まで物語の中で死にたくなります」
「そうです」
私は答えます。
「読む美しさと、生きる知恵は分けなさい」
「たいへん分かりやすうございます」
春枝は紙箱を抱えたまま、ぽつりと言いました。
「紙も、燃えるときは一瞬でございますが、残しておけば次の文が書けます」
「また紙ですか」
と有子。
小少将は扇を揺らしながら、静かに言いました。
「敗者の女、という言い方そのものが下品でございます」
「ええ」
私は答えます。
「勝ち負けに寄りすぎると、人の心の筋が見えなくなります」
「そして、筋が見えぬ者ほど、風見鶏を賢さと呼ぶ」
「その通りです」
若菜がそっと志乃へ言いました。
「志乃さま、近ごろ、お顔が少しやわらぎました」
志乃が驚く。
「そうでございましょうか」
「はい。前は、残るか沈むか、どちらかしかないようなお顔でしたけれど」
「……」
「今は、残りながらも立っておいでのような」
志乃は、その言葉を受けて、しばらく黙っていました。やがて静かに答える。
「……それなら、ようございました」
よいです。人は、極端な二択から降りられると、顔が変わります。
赤染衛門が控えを見ながら言いました。
「虞美人の話も、扱いを誤ると危のうございますね」
「ええ」
私は答えます。
「美しい悲劇ほど、人は現実でも真似したくなります」
「はい」
「でも、現実で必要なのは、散り方ばかりではありません」
「ええ」
「残り方、支え方、線の引き方」
「仰せのとおりです」
赤染衛門はやわらかく笑いました。
「若い者どもにも、だいぶ効きました」
「そうでしょうね」
「勝者側へ寄ることだけが賢さではない」
「ええ」
「敗者に最後まで寄り添う者の品格もある」
「はい」
「けれど、破滅に殉じる必要はない」
「その通りです」
私は扇を閉じました。
勝ちそうな方へ寄ることは、たしかに上手かもしれません。生きる知恵として、完全に否定はできません。でも、それだけが賢さではありません。
落ち目の人を見て、すぐに笑わないこと。恩を受けた相手が苦しい時、すぐには切れない心を持つこと。
ただし、その情を自己犠牲と混同せず、どこまで支え、どこで自分は生き残るかを考えること。
その全部に、品格は出ます。
敗者の女にも尊厳はある。そして、尊厳を守るとは、必ずしも一緒に滅ぶことではありません。
情は美しい。
でも、生き残らなければ、次の物語は書けません。
〜 出典 〜
『史記』項羽本紀/垓下の歌
力拔山兮氣蓋世
時不利兮騅不逝
騅不逝兮可奈何
虞兮虞兮奈若何
(訳)私の力は山を引き抜くほど強く、気迫は世の中を覆い尽くすほどであった。しかし、今は時勢が私に味方せず、愛馬の騅も前に進もうとしない。騅が進まないのは、もうどうしようもない。虞よ、虞よ、お前をいったいどうしてやればよいのだろうか。
※漢の劉邦軍に追い詰められ、四方を敵に囲まれた項羽が、自分の命運が尽きたことを悟り、愛する虞姫と、長年苦楽を共にした愛馬の騅との別れを悲しんで歌った超有名な詩です。英雄の力強さと、愛する者を守れない悲哀が対比されている超名文す。
〜 舞台背景 〜
虞美人(ぐびじん、生年不詳 - 紀元前202年)は、秦末から楚漢戦争期にかけての女性。項籍(項羽)の愛人。正確な名前ははっきりしておらず、「有美人姓虞氏(『漢書』巻31陳勝項羽傳第1)」とも「有美人名虞(『史記』巻7項羽本紀 第7)」ともいわれ、「美人」も後宮での役職名(中國古代後宮制度#秦朝)であるともその容姿を表現したものであるともいわれる。小説やテレビドラマでは項羽の妻として描かれ、虞を姓とし「虞姫」と紹介されているものが多い。項羽との馴れ初めについては『史記』にも『漢書』にも一切記載されておらず、垓下の戦いで初めて「有美人姓虞氏 常幸從」「有美人名虞 常幸從 駿馬名騅 常騎之」(劉邦率いる漢軍に敗れた傷心の項羽の傍にはいつも虞美人がおり、項羽は片時も彼女を放すことがなかった)と紹介されている。『覇王別姫』は、明代の沈采が書いた歌劇(伝奇)である『千金記』に依拠して、京劇『楚漢争』を参考にして、創作された京劇である。項羽が主人公となる作品であり、虞美人もまた登場する。斉如山の脚本により、初演は1922年に行われている。『覇王別姫』は主役である項羽を際立たせ、舞台をより良くするために改編されたが、意外なことに、虞美人が自殺する場面の方が見せ場である項羽の大立ち回りよりも印象深いものになるという結果となった。観客は虞美人に魅了され、虞美人は項羽を人気で凌駕してしまい、虞美人が自殺する場面が終わると、項羽の烏江での最後の大立ち回りが残っているのに、観客が続々と席を立ったという。出典:wikipedia




