邂逅④ 空軍
沈黙が、応接室を支配する。
陸軍の統率感ではない。
海軍の威圧感でもない。
そこにあるのは、光を孕むことを拒絶した瞳だった。
「……対面に伺いました、空軍代表件海軍機指揮を務めております。試製双発特殊戦闘機 氷花と申します」
「旧大龍帝國十三代元国家元首 龍造暁翠だ。貴重な時間を割いてくれたこと、感謝する」
「いえ、問題ありません。私たち空軍は、もう何もできません。あり余った時間を、ただ無意味に消費するだけですから」
嫌な予感は当たってしまった。
神龍が言おうとした言葉の続き、龍城の言ったボーキサイトの枯渇。これらから、空軍の現状はある程度察していた。
しかし、それらは俺の想定を遥かに超えていた。彼女たち空軍には、温度が感じられない。まるで、無機物が喋っているように感じる。
決して、彼女たちの過去のことを言っているわけではない。本当に、そうとしか思えないのだ。
「……申し訳ないが、現状について聞いても問題ないだろうか?」
「問題ありません。現状は至って単純です。燃料及び修復資材が底をつき、空軍はもう戦える状況にありません」
……もう、何も言うまい。この言葉で、全貌がわかってしまうのだ。
「……今まで、どうやって軍を維持してきたんだ?」
「修理につきましては、陸海軍、陸海共同軍よりボーキサイトの援助を受けていました。燃料はガスを薄めて……飛行時間は短くなる一方でしたが。今まではそれでどうにか繋いできました」
「そうか……」
何も、返す言葉が見つからない。今すぐに言葉を返さなければならないのに、それが見当たらないのだ。
例えるなら、檻に囚われた竜のようだ。
彼女たちは本来、戦争末期に開発されたこともあり能力は高水準で設計されている。その気になれば、氷花だけで局地的な制空権を奪取することも可能だろう。
だが、彼女たちには今、燃料やボーキサイトがない。その事実が檻と化し、空で猛威を振るっていた竜を閉じ込めてしまった。
それも、鎮守府という名の巣に帰ってきて、自然とそうなってしまったのだから、空に拒絶されたも等しいものだろう。
しかしだ。妙に引っかかるところがある。
なぜ、空軍がこのような窮地に陥ってしまったのかについて。
本来、空軍とは消耗前提。しかし、彼女たちは兵器時代の自己機体の魂を複数取り込み、一つの魂となってこの場に存在している。
簡潔に言うならば、彼女たちは消耗前提の戦いができないのだ。
そうなってくると、今度は足りない分の航空戦力をどうするか、という壁にぶつかるのは必然。
そこで、陸海軍航空隊の出番だ。消耗前提で作られたそれらは、多少なりとも効力を持っている。敵も同じものを使用しているため、同等の相手ならば難なく戦えるだろう。
一方で、氷花のような人型に対しての効力は薄い。弾丸は多少なりと皮膚を傷つけることができるが、致命傷にはほど遠い。ましてや、装甲を備える敵に対しては無力となる。
まあ、爆弾や魚雷はダメージを与えられるし、無くても機銃での嫌がらせくらいはできるので存在面での無力という部分はない。
それでも損耗率は高めなので、修理や生産に多くのボーキサイトが必要になる。必要不可欠な金食い虫とでもいうべきだろうか。
……しかし、彼女たち正規空軍は代えが利かない。
重要な臓器を穿たれれば死ぬ。
怪我をすれば治癒に時間を要する。
戦闘能力こそ一級品だが、航空艤装に装甲板などは入っていない。推進力を上げ、殺される前に殺す。
それが、今の空軍とでも言おうか。
では、その彼女たちの損耗率を低下させるためには、航空艤装の質向上、予備部品の供給、演習による練度向上が必須。それを成り立たせているものこそが―――
「お前たちには、有り余るくらいの予算が下りているはずだ。それですら、回復できないほどの消耗なのか?」
そう、空軍に下りる予算は、陸海軍よりも多い。そのため、修理も部品の供給も行いやすいはずだ。
それでなお、空軍は空へ飛び立てない。相当な要因が重なって、こうなってしまったのだろう。
「……足りませんよ、あんな予算では」
「どういうことだ?」
「整備費三〇〇万、補給費七〇〇万、見込み修理費一〇五〇万、研究費一五〇〇万。これでは、空軍全体の航空艤装を常時稼働状態にすることは不可能です」
「……氷花、何か勘違いしてないか? お前の提示したすべての数字に、〇が一つ足りない」
「……え?」
突如、応接室に沈黙に近い空気が満ちる。
しかし、それは完全な沈黙ではない。唖然や半信半疑、耳を疑うなど、それぞれが別々のことを考え、空気として放出しているからだ。
俺も、京華も、水月も、空軍所属の者たちも。
俺が知っている前提として、空軍には最低でも三億前後の予算が下りているはずだ。
整備費、補給費は固定。
装備品の新調は申告制。
修理費は装備の先月の消費費用を一.五倍したもの。
そして、これらはやつらが正式に取り決めたもの。手厚い支援を約束すると、言質や署名も取っている。
つまり、これはそういうことだ。
だが、まだ判断材料が足りない。ここで下手に出れば、破滅の道を辿るのは間違いなく俺たちだ。
絶対的な証拠を持ち、戦えるところまで戦おう。
「京華、今すぐに予算報告書と出資金管理帳を持ってこい」
「了解しました」
京華は指示に従い、それらを取るために動く。
それと同時に、京華の耳やや上から、特徴的な突起物が出現する。
龍角だ。
俺たち龍族の中には、魔力を行使する際、極稀ながら龍角が出現する者が存在する。
京華は元人間ゆえ、これは後天的なもの。体質と龍血との相性が、やや悪かったのだと俺は考えている。
しかし、結果はどうあれ京華は龍族の能力を一通り使える。たった今使っている“霧煙門”もその一つだ。
現地点と対象先に同等の霧を発生させ、その間を往来することのできる霧。これを生み出した四代目国家元首は、間違いなく有能であっただろう。
そうこう考える内に、京華は二冊の帳簿を手に霧の中から姿を現す。それに従って、霧煙門も消えてしまう。
「私も、氷花が提示した金額だと伺っています。暁翠さんが提示された金額と違うか一応ご確認ください」
京華は帳簿を手渡す。
俺はそれらを受け取ると、極小さな霧煙門を出現させ、その中から一枚の紙を取り出す。
実際に俺が取ってきた署名書だ。
それと帳簿に記された数字を比較する。
やはり、〇が一桁足りていない。
そして、これは空軍だけではない。陸軍も、海軍も、あの軍も、そして鎮守府の維持費すら〇が一桁足りていない。
(よく、今まで持ちこたえられたものだ。まあ、借金をしたところで―――)
「元帥、大変申し上げにくいのですが……。帳簿を破壊するのは……。その……。」
「ん?」
水月の言葉に、思わず間抜けな声を上げてしまう。
手元を見ると、革で作られた帳簿の表紙、紙ともに木に断面が入っような亀裂が走っている。
京華も、氷花たちもドン引きしたような顔をしている。
「す、すまない。昔から抜けない癖でな」
「いえ、問題はないのですが……」
皆、本当に申し訳なかった。だから、頼むからその哀れむような目を向けないでくれと、心から思う。
現実問題、俺が未熟なのが元凶だ。数千年生きてきた身として情けない。
だが、これで証拠は揃った。
これは明確な違反だ。俺たち龍族の性質が、ここにきて追風を生む。
しかし、その前に……
「京華、俺の個人宅の合鍵は持ってるよな?」
「はい」
「地下三階に、一六〇年前のオークションで競り落としたF-104C、F-4Bのスクラップが転がってる。それを溶かして空軍の修理資材に充ててやれ」
「よろしいのですか? 前は修理して保存すると……」
「いや、こういうのは必要なやつが持っているべきだ。ついでに貯蔵していた液化天然ガスも持っていけ。修理しようが燃料がなければ飛べない」
「……了解しました。暁翠さんがそう言うのであれば」
京華は複雑な心境を抱いていたようだが、何とか承諾してくれた。
無理もない。F-104Cも、F-4Bも、原型を保っている機体はほぼいない。博物館のものですら、腐食によってそのほとんどが撤去されたと聞く。
その点、俺の所有していたそれらは比較的保存状態が良い。分解し、部品別に処理を施していたのが功を奏した。それこそ、博物館が欲しがる代物だ。
「上官、歴史的遺産を溶かす必要などありません!」
「私たちは所詮、現代の空戦についていけません。どうかおやめください!」
氷花たちは反発した。おそらく、それらの価値を理解していたのだろう。
だが、彼女たちは一つ、重大な間違いを犯している。俺にとって重大なそれを。
「氷花、お前たちの意見は最もだ。だが、俺はお前たちを殺すなら、全資産を対価にしてもいい」
「しかし……」
「技術推移がMe262やMe163と同様だろうが関係ない。お前たちは今、一人の意思ある存在としてこの場にいることを忘れるな」
氷花たちは、それ以上反発しなかった。
俺が威圧してしまったようになるので、少し訂正させてもらおう。
「いいか、お前たちは何も悪くない。悪いのは、祖国を滅ぼし、今もなお、お前たちをここに縛るやつらだ。そして、それを防げなかった俺の責任でもある」
「いえ、そんなことは……」
「お前たち黎明ジェット、ロケット戦闘機はレシプロ世代と比べて整備性も消耗率も桁違いだ。今まで、まだ飛べるレシプロ機たちに燃料を回していたのだろう?」
「……お見通しですか」
……やはり、俺の仮説は正しかった。
彼女たち五人は自らの燃料消費率が悪いことを理解し、残存部品で整備可能なレシプロ機たちに燃料を回していたようだ。
「これは、契約違反だ。龍族との契約を違反すれば、待っているのはそれ相応の代償だ。やつらは今、それを支払うことになる」
「それは……」
氷花は言葉の続きを言おうとする。
だが、俺はそれをあえて止めさせる。それ以上は、言わなくてもわかる未来だからだ。
「もう一度言う。お前たちは悪くない。それに、上官である俺が、お前たちのために金を使うのは当然だ。だから、下のことは気にしないで、お前たちが背負った使命を果たせ。もう一度、胸を張って空を守れ」
静寂が、その場を包みこんだ。
自分で言っておきながら何だが、俺は精神論を述べてしまった気がする。できることならば、先の言葉を撤回してしまいたい。
眼前には、唖然とする表情を浮かべた氷花たちがいる。とても気まずい。できるなら、今すぐにこの場から逃げ出したいくらいだ。
しかし、そんなことで管理者など務まるはずもない。後で京華か水月に相談しよう。
「……そう、ですか」
突如、氷花の声が聞こえた。
しかし、その声は無機質的なものではない。その言葉は、強化ガラスを破っていた。
氷花の表情を見て思わず目を広くする。
先ほどまで能面のような表情だったそれは、小さな微笑みを浮かべていた。
「上官、この度は誠にありがとうございま―――」
氷花がそこまで言いかけたときだ。
誰もが予想していなかったことが起こった。
壁に取り付けられたモニターは、赤く荒ぶる電子の海を映し出していた。
そこに刻まれていたのは―――
「Emergency……まさか……」




