邂逅③ 海軍
【大龍帝國海軍】
その名の通り、旧大龍帝國海軍のことを指す言葉だ。
これは一般的に知られる用語であるが、実際は英国がつけた名称であり、本国では大龍帝國海軍が正式名称だ。
実際、海軍は冷戦期でも余裕を持って戦うことが可能な戦力を保持していた。
設計思想こそ第二次世界大戦の水準だ。現代戦には適応することができない。が、当時の米海軍と艦隊決戦をしようものなら、こちらの圧勝に終わるという確証性は備えている。
そんな彼女たちは、今は人の姿を得て俺の前に立っている。懐かしさと警戒が入り乱れ、俺自身、どんな感情なのかわからない。
しかし、確実なことが一つだけある。俺は海軍代表を前にして、明確で僅かな恐怖を抱いていた。
「―――改めまして、龍造型戦艦一番艦 龍造と申します。現在は旧大龍帝國海軍の代表を務めています。私の隣りにいるのが……」
「龍城型戦艦一番艦 龍城。副代表件艦隊指南を務めております。それ以上話すことはありません」
……俺の眼前にいるのは、旧大龍帝國海軍最強の称号を持つ者たち。そして、海軍代表の名を聞いて気づかない者はいないだろう。
代表者―――龍造の名は、大龍帝國の国家元首家を務めてきた、俺たち“龍造一族”の姓を受け継いだ戦艦だ。
「旧大龍帝國十三代元国家元首 龍造暁翠だ。龍造含め、海軍には一定数、俺のことを知っている者もいると思う」
「ええ、私を含め、一定の者たちは把握しています。よく、私たちの甲板掃除をしていらっしゃったことを覚えています」
「ああ、今となっては懐かしいことだが、部下には迷惑をかけてしまったな」
龍造は、何気なく昔のことを口にする。決して悪いことではない。だが、こうやって言われてしまうと恥ずかしくなる。
確かに、俺は国家元首を務めていたが、同時に兵器の整備を個人的に行っていた。弾薬運搬だったり、部品の交換だったり、甲板掃除だったり、さまざまなことをしていた。
まあ、そのたびに重臣が揃って止めに来たが。
龍造も、俺が担当した艦の内の一隻……いや、今は一人と数えたほうがいいだろう。
超大和型戦艦を超える彼女は、旧大龍帝國の誇りであると同時に、出撃回数などの関係で維持が大変であった。
「さて、私から話しかけて何ですが、時間も限られています。早く本題に移りましょう」
「ああ、そうしてくれるとありがたい」
龍造は自ら話題を切り替える。瞳は、友人と話すときの温度感ではなくなっていた。
今の私は軍人だと、紺碧の瞳が訴えかけていた。
◆
「まず、私たち海軍の現状について説明させていただきます。結論から言うと、全面的な制海権の維持が困難であり、負傷者が多発しています」
「全面的というと、局所的ならば可能なのか?」
「はい、沿岸部などは維持することができるでしょう。ですが、それでも全ての沿岸部を維持することは不可能です」
龍造は、はっきりと口にする。
しかし、事実だ。今の彼女たちは人の姿。艦艇の姿ではない。
例えるなら、人間を水上で走らせ、敵と銃撃戦を行うことに等しい。それも、一五〇人ちょっとの人数で、ほぼ無尽蔵に沸いてくる敵を相手にしなければならない。
現状、人類は制海権を損失している。地球の約七〇パーセントを占める海の領域を、彼女たちだけで解放するのは不可能だ。
「……わかった。明日、制海権奪還の件についての嘆願書を送る。結果はどうなるかわからないが、お前たちの苦労のない範囲に留めるよう尽力しよう」
「お心遣い、感謝します」
「いや、これは周囲の環境が悪い。お前たち海軍の責任ではない。それに、燃料や弾薬もほとんど残っていないんだろう?」
「……はい」
龍造は、気まずそうに言う。隣に座る龍城も、二人の背後に立つ海軍所属の八人の女も、似たような表情をした。
わかってはいたが、やはり資源不足の問題かわ深刻化している。負傷者も増え、戦線離脱者が増加する現状では、制海権の維持などできるはずもない。
(それもこれも、やつらが原因だな。こっちの財政が圧迫していることをいいことに……)
「……意見、よろしいでしょうか?」
突如として、二人の背後に立つ八人の女の内一人が挙手する。
見たところ、一八かそのあたりの肉体年齢をしている。着用する軍服がセーラー服に近しいデザインをしているのも相まって、龍造たちと比較すると幼く見える。
しかし、若緑色の瞳は龍造たちと同じ空気を放っていた。その鋭さは、龍城にも負けないほどに。
「問題ない。お前は確か……」
「風龍型駆逐艦一番艦 風龍です。隣にいる神龍とともに、”神風”の風の字の方だと覚えていただければ」
彼女は自らを風龍と名乗った。若緑色の瞳は鋭く、幼く見えるその姿とは対象的に、歴戦の猛者の風格が滲み出ている。
「それで、言いたいことは何だ?」
「……私たち海軍の通信暗号が、敵に解読されている可能性があります」
「何だと? そんな話、聞いたことがないぞ」
「無理もないじゃろう。諜報活動のため近海に潜んだ潜水艦どもは、儂ら姉妹が沈めておる」
突如、風龍の傍らにいる巫女服と金色の模様が特徴的な赤い袴を身に特徴的な、カロン色の髪の女が言った。間違いなく、彼女が神龍だ。
その容姿に、少なからず既視感を覚える。しかし、それはもう、何千年も前の話。今はもう、手の届かない場所にある。
「神龍だったか。報告書を読んだかぎり、妹たちと毎夜敵潜水艦の駆除を担当しているそうだな」
「そうじゃ。儂らは旧式の身。風龍たちと同じ前線に立つことはもう叶わん」
「いや、お前たちが夜間海上警備、対潜哨戒を担当しているから主力が動いている。それだけで十分すぎる働きだ」
「……そうだと良いのだがのう」
神龍の瞳は、どこか安堵したように見えた。
おそらく、彼女自身は前線に立てないことに何らかの感情を抱いている。詮索はしないが、その感情はある程度わかってしまう。
「……毎夜、敵潜水艦が近海に侵入し、無線に干渉されています。証拠として、私たちの使用する周波とは違う規格の周波による干渉記録が何度も見つかっています」
「儂らの対潜哨戒も限界を迎えておる。空軍より哨戒機の者を飛ばしてもらってはいるが、それもいつまで持つことやら」
……どうやら、事態は予想よりも深刻らしい。一瞬ではなく継続的。神龍の言葉に、嘘偽りはないのだろう。
そして、神龍の言葉。たったそれだけで、何が起こっているのか理解してしまい、信じられない俺がいる。
確定だろうが、その言葉の先は―――
「……補足するなら」
突如として、黙ったままだった龍城が口を開く。オパラン色の瞳が、鋭くこちらを睨見つけていた。
「海軍航空隊も限界が近いです。ボーキサイトが足りないし、質も悪い。近ごろは、アルミニウム箔を溶かして材料を賄っていますから」
「……そうか」
冷徹に放たれた言葉は、冷徹の意味よりも冷たいものに感じた。冷徹の最上級とでも言うべきなのだろうか。
理解しているつもりだった。しかし、海軍の抱える現状は、想像を軽々と凌駕していた。
おそらく、もう技術力では戦力差を補えない。
「……幻滅、されましたか? 旧大龍帝國の象徴たる海軍が地に落ちる姿は」
「いや、幻滅なんてしないさ。言っただろう。お前たちは悪くない。これは、周囲の環境が牙を剥いた結果だ」
「……理解できません。人間も、私の知る龍族も、たった一つの出来事で手のひらを返しました。提督はそれに該当しない」
龍城の瞳に込められた力がさらに強くなる。しかし、本質的なものは僅かに変化する。敵対から、疑いへと。
「なんだろうな……。知ってるんだよ、俺は。期待を背負いすぎた者の末路を」
「……そうですか」
龍城がそれ以上問いかけることはなかった。また、黙り込んでしまったからだ。
しかし、彼女の纏う空気は確かに変化していた。その関係か、部屋を満たす空気は僅かに軽くなっていた。
決して、嘘ではない。俺が言ったあの言葉は。
将棋と同じだ。徐々に重要な駒は消え、最後は王が討ち取られる。歴史という海に、失敗を示すブイが投げ込まれる。
それは、永久に変化することのない事実となる。資料が消え、忘却の時までその場に浮かび続けるのだろう。
「……龍造、続きを教えてくれ」
◆
「―――以上が、海軍の現状となります。何か懸念点があれば遠慮なく教えてください」
「いや、これだけで十分だ。後は俺が何とかする」
「感謝します」
「期待はするな。無論、可能な範囲は抑える」
海軍との対面が終わりを告げた。
空気が、一気に和らいでいくのを感じる。
龍造の表情は、再び穏やかなものへと戻る。
だが、何よりも龍城の表情も僅かに和らいだことが気になった。気高い風格を連想させた風格は、銀髪の一女性へと変化している。
突如、龍造が龍城の髪に触れる。
手のひらに集められた銀色の髪の一本一本は、砂が溢れるように重力に沿って手のひらから落ちていく。
「綺麗だと思いませんか? 龍城の銀髪は」
「ああ、とても」
「これで執務から家事までできるんですよ。感情はは乏しいですが」
龍造は、龍城を遠い目で見つめる。
一方、龍城は龍造や俺に目を合わそうとせず、壁の方へ視線を逸らしている。心なしか、不機嫌に見える。
「提督、私たち海軍は、戦場で以外ならば人として生きているつもりです。ですが、中には透明な装甲板で身を固めている者もいます」
「ああ、わかっている」
「最終的に、龍城の髪に触れられるようにしてみてください。それが、提督が本当の意味で海軍に認められた証になります」
「……わかった。心に留めておこう」
「では、私たちはこれで。次回はプライベートでお尋ねください。私や一部の者は歓迎しています」
龍造は穏やかな微笑みを浮かべる。
しかし、それも一瞬の出来事。龍城と共に立ち上がったかと思うと、背後に控える八人の女と共に去っていく。
それは、ごく自然で流動的なものであり、気づけばそこに、彼女たちの姿はなかった。
彼女たちと話していたときとは違い、別れはあまりにも一瞬だった。僅かな寂しさが、俺の心に巣食う。
が、しかし。これで終わりではない。まだ、四軍の内二軍との対面、二分の一が過ぎただけだ。
残りは空軍。そして、圧倒的存在を誇るあの軍がある。
思い出にふけるのは過去を見つめ直すのに必要だろう。だが、それは今ではないという話だ。
次の対面に備え、水分を補給し、硬くなった腰を伸ばす。
再び舞台に立つ準備ができたと同時に、応接室の扉が叩かれた。




