邂逅② 陸軍
京華に水月を紹介された後、俺たちが足を運んだのは応接室だった。
応接室と言うくらいだから、来客時に使用するのが一般的な考えになるのだろう。ここに軍人同士の会話を持ち込むなど、よっぽどのことがない限りは起こり得ない。
本来、上官と部下の対面とは、上官が広間などに部下を集め、台の上で上官が名乗りや部下への激励の言葉をかけると相場が決まっている。
実際、旧大龍帝國ではそうだったし、俺も演説や軍の出撃のたびに台に登っては激励の言葉をかけてきた。
……だが、やはり台の上に登るというのは慣れない。緊張とかそういうものではなく、もっと現実的な問題だ。
そう考えると、応接室で対面する方が、何十、何百倍も気を楽にすることができた。
◆
やがて、応接室の扉が叩かれる。それに気づいた京華が扉を開け、応接室にやってきた者たちを中に招き入れた。
応接室に入ってきたのは、五人の女だった。
予定として、予定では、最初は陸軍の代表者と対面することになっている。おそらくは、最初に入ってきた女が代表者で、他四人は付き添いだろう。
その予想どおりに、最初に入ってきた女が対の椅子に座る。その他四人は、女の背後で待機の体勢を取る。
全員、隙や無駄のない規律正しい姿。その姿に、思わず視線を奪われてしまう。
しかし、俺や彼女たちがここに来たのは互いのことを知るためであり、彼女たちにとって俺が京華の後継人として相応しい者なのか見極めるものでもある。
彼女たちからすれば、きっと俺は家に入り込んできたよそ者だろう。ゆえに、ミスは許されない。
「……旧大龍帝國一三代元国家元首 龍造暁翠だ」
「旧大龍帝國陸軍所属、主力戦車の晩月と申します。指揮官の人物像を見極めるべく、この場に参上いたしました。短い時間ではありますが、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
陸軍代表は、晩月と名乗った。
彼女は、俺に向かってはっきりと言葉をぶつけてくれる。表面上で偽られるのではないかと疑っていた俺が恥ずかしくなってくる。
まあ、これで不安要素は一定軽減された。心置きなく話ができるだろう。
「初対面早々申し訳ないが、現状、陸軍全体が俺をどう見ているのかについて教えてはもらえないだろうか?」
「出現期、そして晩期の子たちはあなたのことをある程度信頼しています。前期から後期までの子は……かなり個人差があります」
晩月の瞳は、嘘をついていない。澄んだネイビーの瞳は、俺の瞳を捉えたままびくともしない。
だからこそ、現状というものが肌身で感じられる気がする。
「……まあ、問題はないかと。陸軍には筋肉馬鹿と頑固者が多いので。元々の設計コンセプトがアレだったので仕方ありませんが」
「そうか……それは、申し訳ないことをしたな」
「なぜ、指揮官が謝る必要が? 空白の一三代では、兵器開発は行われていなかったと耳にしましたが」
「……よく、知っているな」
晩月の鋭い問いに、思わず苦笑してしまう。まあ、事実として俺が国家元首を務めていた頃、兵器開発は禁じていた。正確には、そんな余裕がなかった。
俺が国家元首を務めていたのは、旧大龍帝國後期。それも、晩期に片足を踏み込んでいるという、なんとも微妙な時期だ。
この頃は本土空襲が激しくなり、軍や民間を問わず多くの同胞が死んでいった。攻めるための手段はなく、むしろ防戦一方だった。
おそらく、陸軍もこのことは知っているだろう。主に、自走対空砲は必ずそう答えるはずだ。
「……俺は、無駄だとわかって防衛戦を指示していた。そして、お前たちに予算を割いてやれなかった」
「……そう、ですか」
「今でも考えるんだ。もしあの時、生存率を上げる対策に予算をつぎ込んでいたならば、被害は少なく済んだのではないかとな」
……感傷に浸ってしまった。また、悪い癖が自然と言葉になって出てしまったようだ。
先ほどまで軽かった空気は、いつの間にか重苦しいものになっている。十中八九、俺のせいだ。
晩月も、その背後に立つ者たちも、水月も、皆揃って慎重な表情をしていた。
「すまないな、俺の招いた結果だ。後悔してもどうにもならないとわかっているのに……」
「いえ、それは違います」
食い気味に、晩月が言葉を否定した。その言葉には、僅かな怒気が孕まれていた。
「あの頃配備されていた子たちは、民間に被害を出さないため命を賭して戦いました。無駄弾だろうと、当てるつもりで撃ち続けました。それは、紛れもなく祖国を守るための行動です」
「……しかし」
「しかしもへったくれもありません。私たち陸軍は、祖国の土地を守り、敵を殲滅することが生業です。それとも、私たちが、保身のために戦ったとお思いですか?」
「いや、違う」
「……なら、いいんですけどね」
どうやら、晩月の逆鱗に触れてしまったらしい。やはり、この癖は早く直さねばならない。また、同様のことを招きかねない。
……にしても、不思議なのは晩月の言動だ。嘘をついているようには見えないのだが、どうにも言葉の裏がわかりにくい。
普通、言葉には何かしらの感情が乗せられている。ほんの僅かでも、喜怒哀楽などの基本的感情は感じられるものだ。
しかし、晩月の言葉にはそれらが感じられない。先ほどの怒気を孕んだ声も、今はまた、平坦なものに戻ってしまった。
(何か裏があるな。だが、踏み込むこともできん。隠し事の一つや二つ、別に問題ないが……)
「……お話中すいません。発言許可を求めます」
突如として、晩月の背後に立つ者の内の一人が言った。
髪色や長さこそ晩月と同じなのだが、対象的に瞳の色ネイビーではなく、コバルトブルーだった。
同系色ではなくとも、深みのある色合いであることに代わりはない。それが原因なのか、二人は共通して似たような風格をしている。
「問題ない。お前の名前は?」
「海月と申します。晩月と同じ主力戦車で、旧大龍帝國陸軍最後の戦車です」
「……そうか、お前が海月か。苦労をかけた」
俺は知っている。海月という戦車を。
彼女の兵器時代の姿は見たことはない。が、新聞で一時期話題に上がっていたことがある。
『大龍帝國最新戦車、強奪された旧式に撃破される』という見出しで、日本国内で大きな反響を生んでいた。
だが、今はそれに触れるべきではない。彼女の発言を、しっかりと聞かなければならない。
「晩月は、指揮官のことを案じておられるだけです。空白の一三代と呼ばれたあなたのことを」
海月の言葉に、耳を疑った。まさか、ちかにも冷静沈着そうな晩月が、素性の知らない男を信用するなど、にわかには信じられない。
しかし、海月とて生半端な腕で晩月の近くまで上り詰めているわけではない。おそらく、彼女の言うことは本当だ。
「ここに来るまでに「新しい指揮官、壊れない人だったらいいけれど」と、自滅することを懸念していました。他にも……」
「海月、それ以上言ったら今日の夕飯はCレーションよ」
「……私からは以上です」
……底なしの食に対する圧力を感じた。海月や他の者の反応を見る限り、Cレーションとやらは不味い戦闘食料なのだろう。
まあ、戦闘食料に味の良し悪しの境界線など、あってないようなものだ。そのなかで酷いかマシかの差だろう。
「……隠す必要も無いのでいいますが、実際、私は指揮官のことを心配しています。信用していない点もありますが、何よりも指揮官の顔色が悪い」
「いや、そんなことはないと思うが……」
「その顔色はサプリメントのみ摂取しているときの顔です。後ろに控えている瀧月がそうなったことがあるのでわかります」
……悔しいかな、全て図星だ。ここ数週間、食事に使う時間が惜しくてサプリメントばかり摂取していた。
だが、生きていたのだから問題あるまい。足りない分は適当な店で買ったインスタント食品で代用していたんだしな。
だが、現実は違うようだ。瀧月と呼ばれた女は、俺の方から目を背け、明後日の方向を向いてしまっている。
僅かに口元に力が入っていることから、相当晩月にしごかれたのだろう。
「……わかったよ。今度からはしっかりと食事をとるから、スパルタトレーニングだけは勘弁してくれ」
「それで大丈夫です。贅沢品は望みませんが、生きることを工業化しないようお願いします」
晩月の言葉に、どこか釘を打たれたような感覚を覚える。
よく、哲学者や心理学者は“幸福とは肉体精神ともに苦痛雨を感じないこと”だとか言っていたが、本当にそのとおりなのだろう。三〇〇年前、友人の哲学者もそう言っていた。
「では、無駄話はこのあたりで切りましょう。そろそろ本題に入らなければ」
「ああ、そうだな―――」
◆
晩月曰く、現状の陸軍は敵との均衡状態を維持できているそう。不規則に発生する前線にも、難なく対処できているそう。
その一方で、消耗や損害が拡大しつつあるのも事実。ここ最近では、肩を撃ち抜かれて戦線を離脱した者も出たそうだ。
しかし、気になる点が一つだけ存在した。それは―――
「空対地が陸軍航空隊しか出撃していないな。これだと火力不足だ。装備品であるこれらの損耗率も高い」
それは、空からの支援が足りていないこと。
陸軍航空隊と言うが、それは小型の航空機……いわば、旧大龍帝國の陸軍機の可動スケールモデルに近いものだ。
これらは自立意思があるため、晩月らの無線で要請を受けることで、命令されたことを実行する。陸軍の頭上は、これらが守っている。
しかし、この鎮守府には正規の空軍が存在している。本来、装備品であるこれらを使用するより、空軍に制空権を取らせることが必要だ。
それに、空軍は晩月と同じく人の体を得ている。ゆえに、即座に会話や航空隊に不可能なことを実行可能であり、軍内部での優先度も自然と高くなるはず。
それを晩月は理解しているはずだ。
だが、彼女は答えづらそうに黙り込んでいる。
よほどのことがあったらしい。
「……俺は現状を知らないから、これ以上何も言うことはできない。だが、何か問題がたるなら報告してくれ」
「もちろんです。何かあった場合はすぐに報告いたします」
ふと、時計の針を確認する。
時刻は一三時三〇分を指していた。もう、対面を終わらなければならない。
「交代時間だ。貴重な時間を割いてくれたこと、感謝する」
「こちらこそ、有意義な時間をありがとうございました。指揮官の人柄をおおよそ把握することができましたので」
そう言う晩月の顔は、どこか満足気であった。出会ったときとは、大きく変化している。
海月たちも、警戒を解いているようだった。しかし、規律を崩すことはなく、晩月や俺から発言を求められたときのみ発言するだけだった。
だが、何事もなく対面を終えられた。それだけで、十分すぎるほどの結果だった。
晩月は立ち上がり、海月たちを引き連れて応接室を去るべく歩き始めた。
しかし、扉の前で足を止め、数秒固まってから振り返る。
彼女は、再び軍人としての視線で俺を見つめた。
「指揮官、一つだけご忠告を」
「どうした?」
「海軍との対面にはお気をつけください」
至って単純な忠告。
しかし、その裏には何かが潜んでいる。
「……わかった。忠告、感謝する」
「では、私たちはこれで失礼します」
そして、今度こそ晩月は海月たちとともに応接室を去った。
それは一瞬のようで、時間が掛かったように感じた。
しかし、これで終わりではない。この鎮守府に存在する四軍の内の一角との対面を終えたのみ。残り三軍が残っている。
「さて、次は海軍か。何事もなければいいんだが」
そんな希望的観測をして、海軍との対面に臨む。
その瞬間に、扉は開かれた。
彼女は、応接室に足を踏み入れた。
「お久しぶりです。まさか、このような形で再びお会いすることになるとは―――」




