邂逅① 水月
再び道なき道を進む。しかし、今回の道のりは比較的短いものであり、視界を塞いでいた林海は国道線と言う名の境界線によって終わりを告げる。
同時に、目の前にはあの赤煉瓦造りの建造物【鎮守府】がそびえ立っていた。
ちょうど、時刻は昼頃。太陽が南に昇り、北側にいる俺たちには建造物の影が落ちる。
その影に、かつて見たことのあるケルン大聖堂を重ねる。あれほどではないが、この影は近しいものを感じた。
最も、当時の背景を踏まえての話なのだが。
◆
京華についていき、正面門の前まで案内される。
意外にも、そこには一人の女が立っていた。
彼女は俺たちに気づいたようで、四五度の敬礼を行う。伝統的な、海軍の敬礼方式であった。
俺もすかさず敬礼を返し、おそらくこの鎮守府の関係者であろう彼女に敬意を示す。もっとも、それが正しいのかは不明であるが。
ふと、気づいたときには京華は彼女の前まで行っていた。
やはり、彼女は鎮守府の関係者だったようだ。京華が近づき、話しかけたからこそ確信できる。
「待たせてしまってごめんなさい。疲れたでしょう?」
「いえ、問題ありません。指示に従っただけですから」
「ったく、相変わらず硬いわね。暁翠さんとなら気が合うと思ったりするのは私だけかしらね」
京華はそう言い、俺に視線を向けた。彼女の視線も、自然と俺に向けられる。
しかし、彼女の瞳は俺への憎悪でもなければ呆れでもない。はっきり言ってしまえば、無警戒に等しい状態だった。
俺が言うのも何だが、初対面の者には気をつけたほうがいい。何をされるかわからないし、下手をすれば犯罪に巻き込まれかねない。
まったく、誰に似たのやら……。
だが、京華は俺の心情を整理する時間を与えてくれない。予定が詰まっているからと、強引に話を始める。
「暁翠さん、伝えていませんでしたが、あなたには補佐役をつけます。理由はお察しのとおり、彼女たちがあなたのことを信用していないからです」
「だろうな。俺が単独で強引に入ったとて、数日もしないうちに排除されるだろう」
「だからこその補佐役です」
京華は彼女の肩を軽く叩いた。
彼女は一瞬、ビクッと体を震わせた。目は泳いでおり、京華と俺を行ったり来たりしている。
しかし、何かを諦めたかのようにため息をつくと、瞬時に風格が変わる。
「お初にお目にかかります。旧大龍帝國陸海共同軍に所属しておりました、紫桜型超戦車三号車 水月と申します。以後、元帥の補佐としてお側におります。何卒よろしくお願いいたします」
……なんと、礼儀正しいのか。
敬礼こそ海軍式ながら、その言葉は上官に使う強く力のある言葉ではなく、穏やかで心地よいものだった。彼女の容姿も相まって、よりそう感じる。
海を連想させるアズールの瞳。
空を連想させるスカイブルーの長髪。
重厚感のある軍艦色の重ね着された軍服ながら、動作や仕草はとても柔らかく繊細な動きをしている。
完全な軍人ではない何か別の要素が、水月という存在を輝かせていた。
「旧大龍帝國一三代元国家元首 龍造暁翠だ。京華に代わり、鎮守府の管理及びお前たちの統括を任されることになった。お前には迷惑をかけてしまうかもしれないが、どうかよろしく頼む」
「お任せください。どんな命令でも、必ず遂行してみせます」
……正直、不安だった。
「どんな命令でも」
そう言って、死んでいったやつらはごまんと見てきた。
だからこそ、水月の返事は、とても危険なものに思えた。
「元帥……?」
「いや、何でもない。少し、考え事をな」
どうやら、俺の心情は顔に出ていたようだ。まだまだ修行が足りないな。
それと同時に、今後の関係性も区切りをつけなければならない。俺も、彼女たちも後悔しないように。
その時だった。京華が水月の頭を撫で始めたのは。
軍帽越しのため、ついさっきまで整えられていた軍帽がくしゃくしゃになってしまう。
「ちょっと、京華さん! 何をするんですか!?」
「あ、ごめんなさい。つい」
「そう言って何度目ですか!」
京華は無自覚に、水月の頭を撫でていたらしい。
本当に、何をやっているんだか。無条件だとしても、こいつがそんなミスを何度も繰り返すとは思えない。
きっと、何か裏があるはずだ。
しかし、京華がそう簡単に話すはずはない。
その証拠に、水月の頭から手を離した京華は、一呼吸置いて、急いで作った笑みを被った。この癖は、昔から変わらない。
「何はともあれ、水月は書類仕事も家事もこなせます。なので、暁翠さんの支えになってくれますよ」
「……まあ、わかった。だが、俺はなるべく仕事を課さないようにしたい。そこのところは理解してくれるとありがたい」
「わかりました。では、軽く面識も合わせたので行きましょう。そろそろ時間ですので」
京華が時間を告げた。
太陽を見てみると、僅かながら西に傾いている。誤差の範囲内だが、現状を考えるとあまり喜ばしいことではない。
時が訪れた。
「水月、これからお前には迷惑をかける」
「問題ありません。私はあなたの補佐ですから」
「……そうか。なら、これだけは心に留めておいてくれ」
「おうかがいします」
「……辛いことがあったら言え。お前も、この鎮守府にいる者たちも、駒ではない」
彼女の表情はわからない。彼女は俺の背後に立っているからだ。
だが、僅かに聞こえた呼吸の音が、答えを示していた。が、その答えがどちらなのか、俺には知る由もない。
ただ、己の予想に従って、何の変哲もないが、戻ってはこれぬ境界線の向こう側へと足を踏み込んだ。
大きく伸びていた影は、もうそこになかった。




