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第4話 / 揺らぐ制海

 時は少し遡り、斬龍率いる第二艦隊が本艦隊から離脱して少しした頃に戻る。鎮守府の発する明かりを頼りに進む艦隊は、輪形陣をとりなが進んでいた。

 駆逐艦たちは旗艦を守るようにして、気を鋭く尖らせている。僅かな風の動きさえ、敵の襲来と感じてしまうほどに。


 「そんなに気を詰めなくても良いんじゃない?」

 旗艦である女が、先頭の少女にそう言った。

 しかし、少女は周囲を警戒しながらも首を横に振る。

 「気は抜けません。下手をすれば全滅しますので」

 どこか重圧のある言葉。それは、旗艦である女の表情を僅かに歪める。苦笑でも嫌悪でもないそれは、どういうものなのか非常に理解しがたい。


 そんな良くも悪くもない空気が一帯を支配していた時、旗艦の後方についていた巡洋艦の女が何かを察知する。己の感覚を信じて後方を向いた。

 後方に広がるのは、どこを向いても現れる闇の世界だ。波の音だけが残る、全てを包み込む現在の世界。

 しかし、女はそこに何かがあると感じた。心臓の鼓動が速くなり、血管の中の血液が速度を上げるのを感じる。

 反射的に刀を引き抜く。敵艦ではない何かがそこにいる。確信などどこにもない。ただ、死線をくぐり抜けてきた兵器時代の感覚が何かを伝えて―――


 闇の中から風を斬り裂く音が聞こえた。それと同時に、海面よりわずか上、ほんの数センチのところに、気配の状態は姿を現した。


 「敵襲!! 後方より敵機!!」

 女は叫んだ。その言葉は瞬時に旗艦と駆逐艦に伝わる。それぞれが各方向に散り、敵機の射線から逃れる。

 それと同時に、敵機が魚雷を投下する。魚雷は散開した艦隊の間を抜けるようにして、夜闇の海を泳いでいった。


 少女たちに魚雷の行く先を追いかけている暇はない。即座に対空火器から全力の射撃を行い、主砲に近接信管弾を装填する。

 一方、旗艦を務める女は安全だと思われる場所で停止し、腰に取り付けられた艤装より、二機のヘリコプターを飛行甲板らしき箇所に出す。

 折りたたまれていたブレードが展開され、飛行甲板の両端に一機づつ箇所を移す。

 すると、ヘリコプターのローターが回転を始め、ブレードが幾度にも渡って風を切り始める。それから生み出される風圧は、女の髪を揺らしていた。


 女は理解していた。レシプロ機に制空権を奪われている中、ヘリコプターで制空権を奪い返そうとするのは無謀だと。

 だが、女はそれでもやらなければならない理由がある。何もできないまま、守られているだけでは超戦車の立場にいる資格はないと、己の中でそう定義していた。

 だから、女は責務を果たすように、発艦準備の整ったヘリコプターに指示を出す。

 「行け、敵機を撃墜しなさい」


 冷淡ながら、殺意を込めた言葉。それを受け取った機械仕掛けの鳥は鳥籠より解き放たれる。明確な繊維を持ったそれらは、艦隊をついばむ鋼鉄の鳥へ鉛玉を吐き出す。

 それらの吐き出す鉛玉は、俊敏に動く鋼鉄の鳥に当たることはない。それどころか、反撃を受けそうになり、皮一枚のところで躱しているほどだ。


 しかし、海上から放たれる対空砲火もあってか、鋼鉄の鳥は吐き出される鉛玉をもろに受けてしまった。

 翼が炎を上げ、鋼鉄の鳥を蝕む。それはやがて、翼を胴体から切り離し、命の終わりを告げさせた。


 これならばと、旗艦の女は小さく拳を握りしめる。次の標的を定め、思念で機械仕掛けの鳥に指令を送る。

 事が運べさえすれば、随伴艦隊が離脱しているこの状況下で、生き残ることができると確信した。

 そう、この時までは―――


 ※


 あれから十分ほどが経過した。艦隊は、海上、海中、空中と、全方向から包囲された。

 あの状況からこのような劣勢になるなど、誰も考えなどしなかった。少なくとも、予想できたのは海中に潜む潜水艦が攻撃を仕掛けてくることくらいだった。その読みは、完全に外れてしまった。


 敵機と交戦して数分後、どこからか魚雷の群れが襲いかかってきた。それは旗艦の女の背後から迫っていた。

 それを守る為、一人の少女は旗艦を押しのけて、魚雷を複数本被雷してしまう。被雷による損傷は大きく、左舷のプロペラシャフトが切断、艤装の浸水を招いた。


 護衛の指揮を執る女は、対空電探と同時に作動させていた探信儀の反応を掴み、敵潜水艦が周囲に潜伏していることを確認した。


 旗艦である女は、機械仕掛けの鳥を本来の任務、対潜哨戒を行わせるべく、それらを飛行甲板へと戻した。

 甲板に着艦した機械仕掛けの鳥を手に取ると、機体下部に爆雷を装備させ、一機づつ飛行甲板に戻して対潜哨戒の準備を整える。


 この間も、少女たちは奮戦し、対空と対潜を同時に行っていた。機銃の目標を確認しながら、探信儀で敵潜水艦の方向を確認し、爆雷をそな方向へ向かって蹴り飛ばす。爆雷は弧を描くようにして空を飛び、やがて漆黒の海に飲み込まれた。


 爆雷が爆発すると、女性の悲鳴のような声が聞こえた。これが、旧吸血共和帝國の潜水艦に見られる特徴だ。自らの命が尽きる際、その数秒で周囲の味方に危険を知らせる。

 これが非常に厄介で、これを聞きつけた他の潜水艦が増援として駆けつけ、自動的に潜水艦のローテーションが完成してしまう。

 実際、これが原因で敵潜水艦が一向に減らない。


 それだけならば、まだ逆転は可能だったと思われる。敵機の数も減ってきていたし、何よりも爆雷ならば予備を含め、五十以上あるのは確実だ。どこかの隙をついて逃げることも可能だった。

 その道を塞いだのが、どこからともなく現れた敵の水上打撃部隊だった。構成する艦艇旧式のものの、敵には旗艦はデラグ級戦艦が確認できる。その火力は、旧式と言えども侮ることはできない。


 それらが重なった結果がこれだ。随伴艦隊が戻って来る気配はないし、駆逐艦たちも傷を負いすぎている。そして、制空権を維持するためのヘリコプターは全て撃墜された。

 これが世に言う、絶体絶命の状況なのだろうと駆逐艦を束ねる女は確信する。これまで生きてきた中で経験したことのないこれを、全員守りながら切り抜ける方法が見当たらない。


 するとその時だ。隣に立つ血まみれの少女が、肘で女を叩いた。女は敵から視線を離さず、少女に近づく。

 「風龍、どうかしたの?」

 「私が突破口を開きます。鎮守府からの増援と合流して、華月さんを安全圏に」

 少女、風龍の言葉に女は絶句する。それは、風龍を見捨てることに等しいものだった。

 敵の戦力は旧式艦のみだ。本来の風龍の実力なら倒しきれるはずだった。しかし、手負いの彼女にとって、突撃は自殺行為に等しいものだ。


 「認めないわよ。あなたを死なせるわけにはいかない」

 女は風龍の提案を否定する。

 しかし、風龍は首を横に振った。

 「全滅するか、私一人の命か。重さは一目瞭然でしょう」

 風龍はそう言いながら、腰に掛けてあった忍者刀を引き抜く。空いた手には爆雷を握りしめ、戦闘の意思を明確にする。


 「……分かった。ただし、私も残るわ。それなら問題ないでしょう」

 女の言葉に、風龍は一瞬目を丸くする。それは残りの四人も同じことで、一瞬、女の言葉を嘘だと考えた。

 しかし、彼女の瞳は本気のようで、手は刀を強く握りしめて離さない。

 「……分かりました。慚龍さん、背中は任せましたよ」

 「ええ、いくらでも頼りなさい」


 二人の会話を聞いた四人は、退路など残されていないと確信した。そして覚悟を決めた。二人が時間を稼ぐ間に、数センチでも鎮守府へ近づくと。

 「それじゃあ、また、鎮守府で会いましょう」

 「皆、華月さんに傷一つつけないようにね」

 二人はそう言った。四人は黙って頷く。そして、二人は突破口を作るため、行く手を阻む敵に向かって突撃を始めた。


 しかし、次の瞬間だった。どこからともなく、甲高い女の悲鳴が聞こえた。それは、聞き慣れた敵潜水艦の発するものだ。

 それは、一つだけでは留まらなかった。二つ、三つと立て続けに発生し、数多くの敵潜水艦がなぜか撃沈されたことを意味していた。


 吸血鬼側は、潜水艦が撃沈される事態を異常だと捉えた。近くに旧大龍帝國の艦艇など存在しない。そんなことができるとすれば―――

 艦隊の一番後方に立つ旗艦、デラグ3の背筋に悪寒が走る。血液の循環が速くなるのが分かり、呼吸が荒くなる。


 「全艦、撤退を―――」

 デラグ3が撤退を指示しようとした。しかし、その言葉は言い終わることができなかった。

 デラグ3の胸、もとい心臓のある位置から突き出たのは、光を纏わない剣だった。貫かれた箇所から、口から血が溢れ出す。死は、一瞬の内に訪れた。


 デラグ3を殺した女は、骸から剣を引き抜き、血を振り払いながら言葉を発する。

 「遅くなったわね。巡回中の鳳龍より事態を把握し、参上した。重巡紀龍、この戦闘に参加する」

 紀龍と名乗った女は、血を振り払い終えた剣を握り、その切っ先を敵艦隊に向けた。


 ラグナ3を殺された恨みを胸に、駆逐艦が紀龍に襲いかかる。ダガーナイフを強く握り、頸動脈を切り裂きにくる。

 しかし、紀龍は襲いかかってきた駆逐艦を、軽々と一刀両断する。何の小細工もない、物理的なもの。それは、吸血鬼たちには信じがたいものだった。


 直後、紀龍に向かい合っていた方とは反対側から断末魔が聞こえた。数人が紀龍から目を離し、背後を向くと、そこにはどこから現れたのか分からない敵の増援があった。

 そして、その中に立つ一人の女。暗闇で見えにくいが、その髪色は満月色をしている。海軍ならほとんどが知る絶望がそこにきていた。

 「冥月、遠慮はいらない。血祭りにあげてやりなさいな」

 紀龍の言葉に、敵にとっての死神は頷く。そして、死を告げる金は、死神の手によって鳴らされた。


 ※


 敵艦隊は、血肉となって海に消えた。駆けつけた増援と、本艦隊を追尾していた敵艦隊を撃破した随伴艦隊が合流したことにより、戦況は旧大龍帝國側が優位に傾いた。

 これらの戦力があったことで、増援が駆けつけた後の負傷者は、幸いにも存在しなかった。


 しかし、それ以前に負傷した者。主に風龍であるが、その怪我は重傷だった。本艦隊の旗艦、華月を守るために身を挺した結果、砲弾を体中に受けていた。失血死していても、決しておかしくはなかった。


 紀龍は風龍に近づき、血まみれになったその顔に手を添える。手袋越しでも分かる風龍の体温が、彼女が生存しているという事実を示していた。

 「護衛任務、お疲れさま。鎮守府に戻って、療養生活の準備をしましょうか」

 「ええ、そうですね。後は、慚龍さんの肩から砲弾を抜くことも忘れないでくださいね」

 風龍の言葉で、紀龍は慚龍の方を見る。紀龍と目が合った慚龍は苦笑しながら、止血用の布を肩に巻いていた。


 一方で、華月は数人の護衛を連れ、冥月と話していた。

 「冥月、助けてくれてありがとう」

 「何も問題ないわ。それより、そっちはどうだったの?」

 「ちょっと厄介ね。偵察機を飛ばしたところ、ミサイル巡洋艦、それも重巡級の存在を確認したわ」

 華月の言葉に、冥月はため息をつく。予想していたことだったが、やはり確定の言葉となると気が重くなるものだ。


 華月が言う巡洋艦は、鎮守府の存在を脅かすものだ。かつて、今はまだ復活していない航空母艦が命を危険に晒してやっと沈められた。

 そのことに関する戦闘詳報も存在していたが、大龍帝國が滅ぶと同時に、人間の手によって焼却処分されてしまったため、現段階での対抗策が存在しないのだ。


 「……ひとまず、鎮守府に帰りましょう。元帥に報告して、今後どう動くか決めないと」

 「ええ、もちろん。かれこれ三日ほど海に出ていたものだから、しっかり休まないとね」

 艦隊は動き出した。これ以上の損害を出さなきため、そして、唯一無二の家に帰るため。鎮守府から放たれる光を目指し、微速前進する。

 いつの間にか暗雲は消え去り、夜空が美しいほどに輝いていた。碧の美しい海を、月明かりが照らしていた。

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