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第3話 / 月下の海で

 日が暮れ、瀬戸内海の海は闇に包まれる。夜が姿を現したのだ。分厚い雲が広がり、いつもは優しく微笑む月は姿を見せることができない。

 その漆黒の闇の中、海上にはいくつかの白い線が走る。複数のモーターの音を発しながら海上を航行するのは、鎮守府所属の少女達だ。

 彼女たちは第三警戒航行序列を組み、周囲を警戒しながら漆黒の瀬戸内海に線を引いていた。


 制海権の損失。それは、艤装に必要な資源を確保するための補給路の安全が保証できないことに等しい。実際、彼女たちの艤装には所々傷がついている。

 だが、移動を制限される身であるがゆえ、この危険な橋を渡る他ないのだ。必要なプロセスだと割り切って、感情を殺して。




         *   *   *




 やがて、鎮守府の発する明かりが見えてくる。暗闇の中にある点滅する光こそが、我が家への道しるべだ。

 しかし、彼女たちの表情は芳しくない。常に背後を気にしているようで、駆逐艦級の少女たちは主砲を握っている。


 彼女たちの警戒する理由。それは、敵艦隊が尾行してきていることだった。軽巡級の女が気配でそれを察し、無線を使って背後に敵艦隊が存在することを伝えていた。

 気配は六つ。その内の一つだけに違和感があることから、巡洋艦級一隻、駆逐艦級五隻で構成された水雷戦隊と予想している。

 随伴艦隊の戦力は軽巡一、駆逐五の編制だ。本艦隊から切り離せば、三分以内に敵を殲滅させることが可能だと、随伴艦隊の旗艦は予想する。


 しかし、彼女は決断を下せないでいた。護衛対象の速度に合わせては敵艦隊に追いつかれる。かと言って艦隊から離脱すれば、周囲に潜んでいるであろう敵潜水艦が本艦隊を襲うかもしれない。

 どっちに転がっても危険が付き纏う。それが随伴艦隊か、本艦隊のどちらに及ぶかの違いだ。

 制海権の損失さえなければ、このようなことは無かったかもしれないと、随伴艦隊の指揮を任された女は心の底から考える。


 『斬龍、私たちのことはいいから敵艦隊を潰しなさい』

 突然、随伴艦隊の旗艦を任された女、もとい斬龍の元に無線が入る。その声は、間違いなく本艦隊の護衛対象である少女の声だ。

 『それはできない。敵潜水艦に見つかれば、本艦隊だけでは対応が……』

 斬龍はそこまで無線で言いかけ、突如として言うのを拒んだ。出てきそうな言葉を喉の奥に押し込み、一度冷静になって考えてみる。


 考えてみれば、どちらに転がっても危険が付き纏うのだ。ならば、ここは行動に出る他ないのかもしれない。そして、これは紛れもない護衛対象のリクエストだ。その判断を、無下にすることはできない。

 覚悟は決まった。

 『第二艦隊に告ぐ、これより我が艦隊を追跡する敵艦隊を叩く。私に続け!!』

 『『了解!!』』


 随伴艦隊は斬龍指揮のもと、艦隊を追跡する敵艦隊を叩くべく動き出した。彼女たちの姿は闇に溶け、やがて同化するようにして消える。

 本艦隊は陣形を輪形陣に移し、警戒を厳とする。

 随伴艦隊がいなくなったとは言え、艦隊に所属するのは戦闘のエキスパートである駆逐艦姉妹と斬龍の妹。艦隊の中心で護られる旗艦は、この状況を安堵して瞳に捉えていた。




         *   *   *




 暗闇に溶けた随伴艦隊は、なるべく気配を悟られぬよう、モーターが発する音を抑えつつ、敵艦隊の背後に忍び寄ろうとした。

 無論、敵艦隊の背後に忍び寄ることには相当の危険が伴う。もしここで見つかってしまえば、こちらが不利な状況の丁字戦に持ち込まれる。それが意味することは、戦闘の泥沼化だった。

 しかし、敵艦隊の背後を取ることができたのならばどうだろう。その場合は、敵艦隊を一分以内に壊滅させることができるだろう。ここの駆逐艦は、そのように訓練を施されているのだから。

 多少の危険を冒してでも自らが有利な立場に持ち運ぼうとする。まさに一か八かの賭けだ。艦隊の命を天秤にかけた。


 斬龍は無線に手を当てようとする。その直前で一瞬止まった後、やはり無線に手を伸ばすのを止めた。代わりに手を上げ、後続の少女たちにこちらに来るよう手招きをした。

 後続の駆逐艦が斬龍を取り囲むようにしながら微速前進する。先ほどまでとは違い、それは防御陣形に近いものだ。


 「斬龍さん、どうかされましたか?」

 少女の一人がそう問う。

 斬龍は少女の方を向かず、闇が広がる空間を見ながら口を開く。

 「あなた達に作戦を与える。少し危険かもしれないけど、やってくれる?」

 斬龍の問いに、少女たちは目を合わせた。互いの心を読み取ろうとする瞳が、斬龍の周囲を交差する。姉妹を信じ合う瞳が。そこから少女たちが分かったことは、一つだけだった。


 「それが危険であっても、私たちは指示に従うだけです。仲間の命をを守るためならば」

 五人の内の一人がそう言った。それに合わせるようにして、残りの者も首を縦に振る。

 艦隊は動き出す。一か八かの賭博に。それに勝つことこそが、己に課せられた任務を終えることができる一つの手段だと再認識する。

 「そう、ならば作戦は―――」




         *   *   *




 闇の中、常に動き続ける水上電探には六つの反応がある。僅かに甲高く、そして静かな反応は、単縦陣で旧大龍帝國の艦隊を追尾する艦隊全体に共有されていた。


 斬龍が言ったように、この艦隊の構成の大半は駆逐艦だった。唯一誤算があるとすれば、敵の旗艦は巡洋艦級のものではなく、戦艦のものであった。

 それは俗に言う、ドイツが建造したポケット戦艦に近しいものだ。旧式ではあるものの、20.3糎連装砲から繰り出される砲弾は、巡洋艦以下の艦艇にとっては脅威となる。


 戦艦一隻、駆逐艦五隻で構成されたこの艦隊は、とにかく周囲の海域を警戒する。十二あった敵艦の反応が六に減ったことから、敵の随伴艦隊が奇襲攻撃を仕掛けてくる可能性を考慮して。

 どこから急襲されるかなど分からない。旧式の水上電探では、夜闇に消えた敵艦隊の正確な情報を得ることなど不可能。ましてや、その本隊ですら索敵が怪しくなりつつある。


 そんな中、運命の歯車は回り始めていた。旗艦を務める戦艦が、闇の中から現れる人影をその目に捉えた。しかし、それは実態がないようで敵であるかどうかの確証を持てない。

 しかし次の瞬間、その判断は運命の歯車を加速させた。

 人影がゆっくりと動いたかと思うと、既にそこに人影はない。代わりに、懐に潜り込んだ敵の姿があった。その手には、漆黒の刀が握られている。

 戦艦は腰元に携えたサーベルを瞬時に引き抜く。防御が間に合うことを祈り、それを刀の向かってくる方へ振った。


 夜闇に響く鉄の衝突する音。甲高い音が耳を劈く。

 敵が放ったのは、電撃と見紛うような横薙ぎ。戦艦は、血管の中に微粒子ほどの恐怖が無数に走るのを感じる。そして、眼前の敵を、殺意を孕んだ目で捉え、言葉を発する。

 「貴様、斬龍か!!」


 戦艦の懐に潜り込んだのは、斬龍だった。夜闇に紛れ、単艦での奇襲攻撃を仕掛けた、あまりにも無防備なもの。援護を受けることはできない。

 無論、戦艦の背後にいた駆逐艦は、旗艦に襲い掛かった斬龍の息の根を止めるべく、二本のダガーナイフを手に取る。そして、そのまま斬龍へと襲い掛かった。

 しかし、斬龍は真剣な眼差しながらも、わずかに口角を上げて不気味な笑みを戦艦に見せた。


 次の刹那、斬龍はそこにいなかった。そして、その代用と言わんばかりに、背後から苦痛に満ちた叫び声を聞き、どこからか飛び散った生暖かい液体が髪をぬらした。

 背後を振り向くと、そこには右手を斬り落とされた駆逐艦がいた。ダガーナイフを手放し、止血しようと必死でワイヤーを傷口に巻きつける。


 「ラグナ1、私は過去にも言ったはずだ。部下の教育は徹底するべきだと」

 斬龍はそう言い、赤黒く染まった刀を一振する。

 名を呼ばれた戦艦は、思わず一歩後ずさる。兵器時代、恨みによって生まれた魂が刻んだ言葉をもう一度聞くことになるなど、考えたくもない。


 しかし、ラグナ1は恐怖に飲まれてもなお、その表情から余裕を消さなかった。そして、宿敵に向かって声を張り上げる。

 「今回の私は一味違う。舐めていると沈むぞ」

 「それは、後続に控えたあなたの姉妹のことか?」

 斬龍の放った一言。それは、ラグナ1の表情から余裕を消した。隠密行動をさせていた姉妹艦の存在が、既に把握されいたのだ。そして、それが指すことはただ一つだ。


 「貴様、まさか」

 「そのまさかよ。優秀な子たちのおかげで、私は楽をさせてもらった」

 斬龍の言葉で、ラグナ1から余裕の表情が消え、絶望と憤怒が混ざった何かに染まっていく。

 ラグナ1が余裕を保つため、そして、敵艦隊を撃滅させるための策が、後方で密かに動く姉妹艦の艦隊だった。だが、斬龍の口調からして、壊滅させられたことは間違いないようだ。

 その予想図は脳内に留まらず、表情となって溢れ出る。


 「黙れ!! 貴様に何ができるというのだ!!」

 ラグナ1は斬龍にサーベルを向け、吠えるように怒声を上げる。頭には血管が浮き出ており、僅かながら筋肉が隆起しているのが分かる。

 しかし、斬龍は冷徹に、嘲るようにして言葉を返した。

 「ラグナ2からラグナ7。今頃、お前の全ての姉妹は海底で眠っているだろうな」

 「黙れと言っているだろうが!!」

 ラグナ1は怒声を上げ、斬龍を斬り捨てるべく飛び掛かる。血が頭に上っているのか、生気を失ったような肌の色は、僅かに赤く染まっている。


 ラグナ1は、斬撃との斬撃戦に持ち込んだ。鉄がぶつかり、擦れ合う音が静寂の闇へ響く。

 斬撃は攻撃を受け流し、傷一つ負わぬようにしながら、ラグナ1の肉を少しづつ削る。その過程で発生した血が、部分的に取り付けられた鎧を赤く染めた。


 正直なところ、斬撃はラグナ1を簡単に殺すことができた。攻撃の動作が見て分かるし、サーベルを振り終わった時の隙が大きい。目を瞑っていても殺せるだろう。

 だが、斬撃はラグナ1を殺さず、虎視眈々と時が訪れるのを待っていた。

 そう、駆逐艦がラグナ1を援護するため、飛び掛かってくるその瞬間を―――


 鮮血が散った。演舞を踊るように、美しくもあり、数多くの命を吸った汚らわしいものでもある。それは、夜闇に溶け、刹那に満たない間に海へ散る。

 たった一振り。それだけで、五隻存在した駆逐艦が上と下を両断されて死んだ。目は開いたままだった。


 両腕を失ったものの、辛うじて生きているラグナ1は、周囲を見て絶句する。あの一撃で、率いていた仲間、彼女にとっては部下である存在を失ったからだ。

 (私も、レッド2たちでも殺せない。これが、旧大龍帝國で唯一の……)


 ラグナ1の首元に、刀の切先が突きつけられる。部下の血が、胸元に一滴、また一滴と落ちては服に染み込んだ。

 「これで終わり。最期の言葉くらい、聞いてやらんこともないが、お前はどうする?」

 宿敵の言葉。最期に変わりはないが、せめて言葉は聞こうとする姿勢。それが、とにかく気に入らない。だから、ラグナ1は言う。「貴様たちの絶望する顔を、あの世から見ていてやるよ」と―――




         *   *   *




 後方に潜む敵艦隊を殲滅した駆逐艦たちは、もう片方の敵艦隊を殲滅したであろう旗艦の元へ向かい、夜闇の中を進んでいた。

 別に、心配とかそういうことではない。ただ、下手に艦隊を離脱して行動することは、現時点では自殺行為に等しい。それゆえ、斬龍との合流が必須だった。


 やがて、少女たちは旗艦の元へたどり着く。

 斬龍は黙ったまま、刀を鞘に収納した。そして、戻ってきた少女たちを見て、僅かに微笑んだ。

 「任務、ご苦労さま。大変だったでしょう?」

 斬龍は労いの言葉を発した。

 「いえ、決してそんなことは。風龍姉さんに鍛えてもらっているので」

 五人の内の少女の一人がそう言う。それに合わせるようにして、他の四人も首を縦に振った。それを見て、斬龍は僅かに苦笑し、肩を上下させる。


 戦場にも関わらずそこを包む空気は穏やかなものだ。僅かに緊張こそ残るものの、戦場とは僅かに離れたどこか遠い場所の空気を彷彿とさせる。


 その時だった。どこからか、ローターの音が聞こえてきた。空気を裂く音は、上空から聞こえるらしい。

 全員が音のする方を見ると、そこには一機のヘリコプターがこちらに向かい、飛んできていた。


 スケールモデルほどの大きさのそれは、本艦隊の旗艦が装備している唯一の対潜哨戒機だ。艦載機を離着艦させるための飛行甲板が短すぎるゆえ、ヘリコプターを装備している。


 斬龍は疑問を抱いた。なぜ、本艦隊の旗艦がこれをこっちへよこしたのかと。敵潜水艦が現れたと仮定しても、遠く離れたここにそれを飛ばす必要性は感じられないからだ。

 そう考えると、何か嫌な予感がしてならない。それは、斬龍の周囲を取り囲む少女たちも同じだった。


 その次の刹那、突如としてヘリコプターが爆散した。機体後部と胴体が分離し、炎上しながら漆黒の海へ消えてゆく。

 あまりにも突然のことに、艦隊は唖然とした。だが、警告を告げる対空電探がそれを打ち消した。

 「全艦、対空射撃始め!!」

 斬龍がそう叫び、少女たちは肩に取り付けられた噴進砲を掃射する。砲身内に装填していた徹甲弾を投棄し、近接信管の弾に切り替える。


 それらを駆使した必死の対空戦闘により、ついに砲弾が命中する。敵機は爆散し、箇所事に燃えながら、漆黒の海へ消えていった。

 それを確認した艦隊は、安堵するかのように思われた。が、どう見てもそのような空気ではない。空気が張り詰めたような、どこか焦っているような、そんな感じだ。


 「全艦、早急に本艦隊の元へ戻る!! 急げ!!」

 斬龍はそう叫び、少女たちを率いて本艦隊の元へ急ぐ。プロペラシャフトが焼き切れるギリギリで、燃料の残量も気にせず、ただ、本艦隊が無事であることを祈る。

 暗雲は、雨を落とし始めた。

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