揃いすぎた歩幅
倉庫の屋根に誰かがいた気がする――そのミラの一言が、翌日には確信に変わった。
昼過ぎ、ハルとミラは表通りでリードの後ろ姿を見かけた。声をかけようとした矢先、ハルは足を止めた。
リードの数十歩後ろ、雑踏に紛れるにしては動きが硬すぎる二人組がいた。商人でも冒険者でもない、姿勢の良すぎる歩き方。目立たないように装っているのに、目立たなさすぎて逆に浮いていた。
「……おい」ハルは声を落として、ミラの袖を引いた。「あれ、見えるか。リードの後ろ」
ミラも視線をやり、すぐに顔を強張らせた。「気のせいって言ってくれよ、あたし」
「気のせいなら苦労しねえよ」
二人組は距離を詰めることもなく、ただリードの歩調に合わせて付いていった。追う気配すら消そうとしなかった、というより――堂々と見せつけているようだった。
ハルとミラは人混みを縫ってリードに追いつき、路地の陰に引っ張り込んだ。
「あんたの後ろ、ずっと付いてきてる奴らがいるぞ」
リードは振り返らなかった。ただ短く息を吐いた。「気づいていた」
「気づいてて、何でいつも通り歩いてんだよ」
「ここで撒けば、次はもっと分かりにくい人間を寄越すだけだ」リードの声は平坦だったが、いつもより速く言葉が出た。「泳がせておいた方が、まだ動きが読める」
「泳がせて何になる。あんた、コルドーに知られるわけにはいかねえって言ってたばっかりだろうが」
「――だから、急いでいる」
その時だった。路地の入り口に、ギルドの伝令服を着た若い男が駆け込んできた。息を切らし、リードの名を呼んだ。
「監査官リード様。至急、中央よりお呼び出しです」
リードの顔から、初めて分かりやすく色が消えた。ほんの一瞬、視線がハルへ流れた。
(――何だよ、その顔)ハルは胸の内で毒づいた。柄にもなく心配してやる義理はねえはずなのに、視線がリードの背中から離せなかった。
「行かないと拙いんじゃねえのか、それ」
「――行かなければ、もっと拙い」
リードは短くそれだけ言うと、伝令の後を追って足早に路地を出ていった。振り返らなかった。その後ろ姿へ、ハルは声を投げる暇もなかった。
「……おい」
答えは返ってこなかった。人混みの向こうへ、リードの姿はあっという間に紛れて消えた。
「……嫌な感じだな」ミラが呟いた。「呼び出したの、本当にただの上役かよ」
ハルは答えなかった。(――あいつがいねえと、今日はどうにも締まりが悪いってだけの話だ)そう思う端から、路地の両端に人影が現れていた。
私兵の粗野な物腰でも、刺客の殺気立った気配でもなかった。統一された黒い上着、揃った歩幅、揃った無表情。上着の合わせ目には、小さな鋳鉄の紋章が一つずつ縫い付けられていた。数は六人。誰一人として喋らなかった。得物を抜くでもなく、ただ音もなく間合いを詰めてきた。
ハルは握れない右手を握ろうとして、動かないことを思い出した。ミラの手が、無言でハルの右手の上に重なった。
「……こいつら、私兵とも違うな」ハルは低く言った。「動きが揃いすぎてる」
「ギルドの、紋章か」ミラの声が硬くなった。胸元の鋳鉄の紋に目を細めていた。
先頭の男が、初めて口を開いた。抑揚のない、事務的な声だった。
「掴み屋、それに連れの女――ご同行願います」
礼儀正しいのに、選ぶ余地の欠片も感じさせない声だった。ハルは奥歯を噛み、逃げ場を探して視線を走らせたが、六方向すべてが既に塞がれていた。




