寄せ集めの信頼
灰塚の入り口に近い集合場所――崩れた石壁の下に、その男は先に来て待っていた。
「へえ、こりゃまた」
大柄な体を革鎧で固めた男は、ハルとミラを上から下まで舐めるように見て、片頬を歪めた。腰の剣も、着古された装備も、それなりの場数を踏んでいるのが分かる。
「ガロだ。中堅で通ってる。……で、こっちが今回の護衛要員? 冗談だろ」
「悪いか」
「悪いも何も。掴み屋なんて雑用崩れ二人組と、この面子で灰塚の深部行くのか。俺が今まで何人の若造を守ってきたと思ってる。文句あるなら実力で示してみろよ」
ハルは奥歯を噛んだ。腫れの引ききらない右手を、わざと見せつけるように握って開いてみせる。
「あんたの後ろについて金だけ拾えってんなら、そうしてやるよ。文句はねえだろ」
「はっ、口だけは達者だ」
「坊やの口の悪さは持病だから気にしないで」
ミラが横から割って入り、両手をひらつかせて笑ってみせる。だが目の奥は笑っていない。ハルにはそれが分かった。
「依頼主の名も、前金もなし。守る対象が人か荷かすら聞かされてねえ仕事だ。土壇場で誰が誰を切り捨てるか――そのくらいは、先に決めとくべきじゃねえのか」
ハルが言うと、ガロは肩をすくめた。
「そりゃお前次第だろ。俺は俺の命が一番惜しい。お前らだって同じだろうが。それを今更、綺麗事で縛ろうってのか?」
「――上等だ。はっきりしてて助かるぜ」
ハルは短く笑った。信用できるわけがねえ。だが、腹の探り合いをする手間が省けるってんなら、そいつは安いもんだ。
三人は言葉少なに歩き出した。瓦礫と枯れた低木の間を抜け、地面が徐々に黒ずんでいく。灰塚――その名の通り、周囲一帯には焼け跡のような灰色の土が広がっていた。
途中、崩れた瓦礫が幾重にも積み重なり、道を塞いでいる箇所に差し掛かった。踏み外せばどこまで沈むか分からない、崩落跡特有の危うさがある。
「ここは先頭、代わってもらうぜ」
ガロが顎をしゃくった先は、ハルではなくミラだった。
「はあ? なんであたし」
「探索は数がものを言う。捨て駒は多い方がいい――お前ら二人のうち、どっちが先に瓦礫の下に沈んでも、俺には痛くも痒くもねえ話だ」
悪びれもせず、ガロは言い切った。
沈黙が落ちる。ハルは右手を握り、開いた。腫れはまだ引いていないが、これしきなら動く。
「――俺が行く」
ハルが瓦礫の縁に足をかけようとした時、ミラがその袖をそっと引いた。
「待てよ、坊や。その手、あたしより先にへばってんじゃないの」
「なら他にどうしろってんだ。お前を先に行かせる理由にはならねえだろ」
「理由ならあるでしょうが。あたしが掴めるもんはハルほど重くない代わりに、こういう崩れ方をした場所は前にも見たことがある。勘だけは効くのよ」
ハルは一瞬言葉に詰まった。悪態の一つも返してやりたかったが、事実だと言うなら、ここは黙って譲るしかない。
「……なら任せた。妙な音がしたら、すぐ止まれ。そっちは平気か」
「わかってるっての、坊やに言われるまでもなく」
ミラは肩をすくめて先に立った。瓦礫の一つ一つを踏み確かめながら進むその背に、ハルは短く付け足す。
「――何かあったら、すぐ引っ張り出す」
ミラは振り返らずに、片手だけ小さく振ってみせた。
ガロはその一部始終を、興味なさそうに眺めていた。
「勝手にやってろ。……まあ、無事に渡れたなら、俺もついて行ってやるよ」
先には立たない、後ろからついていくだけ――その一言に、ハルは今更ながら、この男に命を預けるつもりなど微塵もないことを思い知らされた。三人分の足並みは揃っていても、腹の中はてんでばらばらだ。
やがて瓦礫を越えた先、崩れた石造りの遺構に穿たれた、黒々とした入り口が見えてきた。迷宮への入り口だ。
その瞬間、饐えたような臭いが鼻をついた。腐った肉と、それとは違う何か酸っぱい臭いが混じり合っている。そして――静かすぎた。虫の音も、風のうねりも、迷宮特有の微かな地鳴りすらも聞こえない。
「……おい」
先頭を歩いていたガロの足が止まった。ハルは初めて、この男の顔から余裕が消えるのを見た。数え切れないほどの修羅場を潜ってきたはずの中堅冒険者の頬が、強張っている。
「何人も灰塚には潜ったことがある。だが、こんな臭いは――」
ガロはそこで言葉を切った。剣の柄に置いた指先が、微かに震えているのにハルは気づいた。
ミラがハルの袖をそっと引く。何も言わなかったが、その指先の冷たさが、ハルの背筋に嫌な予感を這わせた。
饐えた闇の奥から、何かがこちらを見ている――そんな気がしてならなかった。




