傷跡が、生きている
灰塚深部――かつて灰塚の主と死闘を演じた広間に、二人は戻ってきた。
床の抉れは覚えている。ハルの渾身の一撃が地面ごと叩き割った跡だ。壁の削れも、爪撃が幾筋も刻んだ焼け跡も、記憶にあるままの位置にあった。
だが、そこにあるはずのないものが、そこにあった。
抉れた床の縁――本来なら乾いた岩肌が覗いているだけのはずの場所に、赤黒い肉のようなものが盛り上がっている。まだ新しい、脈打つ柔らかさを湛えた塊が、傷口を塞ぐようにせり出していた。
「……傷が、治ってる?」ミラの声が硬くなった。「岩なのに?」
「岩じゃねえよ、こいつは」ハルは痺れて握り込めない右手をそっと自分の胸元に引き寄せながら、左手だけで距離を測るように前へ出た。「傷口が、勝手にくっつこうとしてやがる。まるで――」
「まるで、これ全部が一つの生き物だとでも言うのかよ」ミラが先に言葉を継いだ。乾いた声だった。
ハルは答えなかった。答える代わりに、床の肉塊にちらりと目をやり、それ以上近づくのをやめた。触れる気にはならなかった。触れれば分かってしまう気がしたからだ――これが本当に、灰塚の主の一部なのかどうかが。
「……大丈夫かよ、お前」力の入らない右手の分まで気を張っているのか、ミラの顔がいつもより強張って見えた。ハルは素っ気なく声をかけた。柄にもないと分かっていたが、黙っているより据わりが悪かった。
「大丈夫なわけあるかよ、こんなの」ミラは笑おうとして、途中でやめた。「けど、退く気はないっつの。ここまで来て、確かめずに帰れるかよ」
「……だな」
奥へ進むほど、空気が重くなった。ここから先は、もう後戻りできる場所ではない。灰塚の主が本当に死んだのかどうかを確かめるということは、もし死んでいなかった場合の答えまで引き受けるということだ。ハルはそれを分かった上で、痺れの抜けない右手を胸に抱えたまま、足を止めなかった。
広間の奥、闇が最も深く澱んだ一角に、光があった。
小さな塊がいくつも、地面と壁の境目に埋まるように点在している。握り拳ほどの大きさの、半透明の膜に包まれたそれらは、内側から淡く発光しながら、ゆっくりと脈打っていた。灰塚の主の体表を這っていたのと同じ、あの明滅する紋様と寸分違わぬ光だった。
「……嘘だろ」ミラが息を呑む音が聞こえた。
「……おい、大丈夫かよ」ハルは痺れの残る右手を握り込もうとして、震えるだけでうまく力が入らないのに顔をしかめながらも、掠れたミラの声に短く声をかけた。
「大丈夫なわけあるかよ、こんなの」ミラは強張った声のまま、それでも軽口を絞り出そうとして、うまくいかなかった。
それでも視線は、脈打つ光の塊から離せなかった。
一つ、二つ、三つ――闇の奥に、まだいくつも続いていた。




