半分このパンと胡散臭い話
安宿の看板が並ぶ通りを、ハルは素通りした。財布の中身は、今夜の宿代にすら足りない。仕方なく足を向けたのは、スラムの外れに何家族分もの荷物と一緒に積み上げられた、あばら家というより廃材の塊としか呼びようのない小屋だった。
戸代わりの布をめくると、隅で膝を抱えていた女がこちらを見上げた。ミラだ。同じ「掴み屋」の一人で、今日は荷運びの依頼にでも当たったのか、頬に土埃がこびりついている。
「よお、掴み屋の坊や。今日も瓦礫まみれの顔してるじゃないの」
「うるせえ。そっちこそ埃かぶって出直してきたみたいな面してんぞ」
「褒め言葉として受け取っとくわ」
ミラは懐から欠けた壷を取り出し、蓋を開けて中を覗き込んだ。硬くなりかけたパンが二切れと、干し肉のかけらがひとつ。豪華とは程遠い、それでも今の二人にとっては貴重な晩飯だった。
「まさかとは思うが、それ全部お前のじゃねえだろうな」
「ハルのぶんもあるっての。半分こ。恩に着なさいよ」
差し出されたパンを受け取り、ハルは黙って口へ運んだ。硬い。だが腹には効く。ミラは干し肉を歯で千切りながら、ハルの右手にちらりと目をやった。指の付け根が赤黒く腫れている。
「その手、また相当こき使ったみたいね」
「格上の変異獣とやり合った。デカい顎の、脚の節がやたら多い奴だ」
「へえ、で、稼ぎは」
「……訊くな」
ミラは一瞬黙り、それから盛大に噴き出した。
「訊くなって顔じゃないわよ、それ。査定でグレタにでも絞られた?」
「原形なしで買い叩かれた。おまけに掴み屋風情がとか説教までされた」
「ああ、あの女ね。数字にならないものは値段もつかないってやつでしょ。あたしも耳にタコができるくらい聞かされたわ」
軽口の応酬のはずが、ふと二人とも黙り込む。壁の隙間から夜風が入り込み、蝋燭代わりの燃えさしが揺れた。
「……本気で心配してんだよ、こっちは」
ミラの声から、いつもの軽さがすっと抜けた。ハルは何も答えず、痺れの残る右手を握って開いてを繰り返した。それだけで、ミラには十分伝わったらしい。
沈黙を破るように、ミラがぱんと手を叩いた。
「暗い話はもう終わり。それより坊や、耳寄りな話があるのよ」
「どっちでもいいから早く言え」
「聞いて驚くなよ。稼ぎのいい依頼が回ってきてるの。護衛の仕事」
「護衛? 俺たちにか」
「ギルドの掲示板にも出てない、裏の伝手経由の話。報酬は今日の査定の十倍以上」
十倍。その数字だけで、ハルの喉が一瞬鳴った。だが同時に、腹の奥で何かが引っかかる。
「……で、その依頼、誰の何を護るんだよ」
「そこがね……ちょっとだけ、詳しく話すと嫌な顔されそうなのよねえ」
「もう十分嫌な顔してるっつの。さっさと言え」
ミラはパンの最後のひとかけらを口に放り込み、にやりと笑ってみせた。だがその目の奥は、笑っていなかった。
「護衛先、迷宮の深部よ。しかも依頼主の顔、誰も見たことないんだって」




