壊れる手でいなす
先頭の男が抜刀した。
ランプの灯りが刃を舐め、鞘の紋――灰塚の荷を包んでいた蝋封と同じ意匠――が浮かび上がる。男はそれを見せつけるように切っ先をハルへ向けたまま、じり、と間合いを詰めてきた。
路地の両端は塞がれている。四人、いや、影を数え直せばもう一人増えていた。
「……荷は、もう手元にねえよ」ハルは低く言った。「疾うにライグの手を離れた。それとも、それすら知らねえで来たのかよ」
先頭の男は答えなかった。表情も変えない。ただ間合いを詰める足だけが、確実にハルたちとの距離を削っていく。
「返事もしねえのかよ、行儀のいいことで」ハルは奥歯を噛んだ。答えを聞く気で言ったんじゃない。時間が欲しかっただけだ。
答えの代わりに、男の足が地を蹴った。
反応するより先に、刃が横薙ぎに来る。ハルは咄嗟に右手で自分の二の腕を掴んだ。焼けた鉄を押し当てられたような痛みが手のひらから肘まで走り抜ける――灰塚の主で酷使したままの右手だ。まだ癒えていない。だが構ってはいられない。軽くなった体が勝手に流れるように沈み、刃は空を裂いた。
「――っ」
着地の瞬間、掴んだ自分の腕に重さを戻す。地面を蹴る足に慣性が戻り、間合いの内側へ滑り込む。狙うのは得物を持つ利き腕――ではなく、体幹だ。左の拳を、軽くしたままの体に叩き込んでも意味がない。当たる寸前、右手で己の左半身を掴んで重さを乗せる。切り替えの一瞬。
鈍い音がして、雑兵の一人が地面に崩れた。
乱れた足音と怒声が交錯する隙間を縫って、ミラの気配が横へ滑るように動いた。倒れた男の陰から積み上げられた木箱の影へ――視界の端でそれを捉えたが、追う余裕はない。こっちも、それどころじゃなかった。
だが息をつく暇はない。先頭の男――他とは明らかに纏う気配が違う――が、崩れた仲間を跨ぐようにして踏み込んできた。速い。今までの雑兵とは比べ物にならない太刀筋が、袈裟懸けに落ちてくる。
痺れ切った右手だ。普通なら、もう一度掴み直す余裕なんてありはしない。躱すにはもう遅い――頭のどこかが、冷静にそう告げていた。
だが体は理屈より先に動いていた。なにくそ、という一言だけが腹の底から突き上げてくる。
「――上等だ」
歯を食いしばり、右手で己の胸元を掴んだ。焼けるような激痛が脳天まで突き抜ける。構わず限界まで軽くする。無重力に近い体に、刃が触れる寸前――
ヒュン、と風を切る音。
暗がりから投じられた小刀が、男の頬をかすめて宙へ弾かれた。狙いは殺すためじゃない。意識を、ほんの一瞬だけ逸らすためだ。
男の視線がわずかに逸れる。切っ先が数寸、逸れる。
「――今だ、ハル!」
物陰からミラの声が飛んだ。ハルは軽くなったままの体で紙一重に刃をいなし、崩れた男の懐へ、まだ痺れの引かない右手を伸ばした。




