壊れる手、賭ける命
左手の中で、ミラの体温がやけに希薄に感じられた。
呼吸はある。だが浅い。爪撃の傷から流れた血が、瓦礫の隙間にじわりと広がっていく。
――退路はねえ。相棒は動かねえ。残った手は、握るだけで悲鳴を上げてやがる。
上等な状況だ、と皮肉る余裕すらもう出てこなかった。
紋様を光らせた怪物が、ゆっくりと間合いを詰めてくる。継ぎ接ぎの顎が、粘つく音を立てて開いた。
ハルは自分の右手を見た。指の腹はとうに感覚がなく、握り込めば骨の芯まで焼けるような痛みが走る。これ以上使えば、たぶん今夜どころか、この先何日も――いや、二度と満足に握れなくなるかもしれない。オルグの忠告が今更頭の隅を掠めた。連発すれば手が使い物にならなくなる、と。もう、その一線はとっくに越えている。
――知るかよ。
考えるまでもなかった。
腹一杯より安い命はねえ。だが、それ以上に安い命なんざ、今この場にはねえ。ミラを背負ったまま逃げられる道もない。ならば残ってるのは、壊れる前提でこの手を使い切ることだけだ。
ハルは奥歯を噛み、震える右手を握って開いてを一度だけ繰り返した。痺れが電流のように肘まで駆け上がる。それでも指は、まだ動いた。
「上等だ……壊れんなら、壊れろ」
吐き捨てて、地を蹴った。
怪物の前脚が振り上げられる寸前、懐に飛び込む。左手でミラを支えたまま、右手だけで前脚の付け根――関節の継ぎ目に触れた。
掴んだ。
今度は、浅くも何も伝わらなかった前回とは違う。指先に確かな抵抗が返ってくる。全体重を乗せる勢いで、ハルは掴んだ箇所を極限まで軽くしようと力を込めた。手のひらから前腕、肘まで、焼けた鉄を押し当てられたような激痛が突き抜ける。視界の端が白く点滅する。
――効いてる。効いてるぞ、これは。
だが同時に、掌越しに伝わる感触に違和感があった。
軽くなっていくはずの重さの奥に、何か硬い芯のようなものが引っかかる。まるで重さそのものが二重になっているような、層になった手応え。生き物の質量ではない、もっと別の何かがそこに埋め込まれている――そんな気配だった。
意識が飛びかけた。激痛と引き換えに、確かにそれを感じ取った。
だが、それを確かめている暇はどこにもなかった。




