王弟の甥
ルーカディアスと決別を果たしたセイラン。
彼か彼女なのかわからないその存在に、いつどこで娘が狙われるかわからなかった。
ライカには外出を制限させ、自衛するよりほかなかった。
焦燥が募る中で、転機が訪れる。
それは皮肉にも幸運とは言い難い出来事ではあったが。
「――人を探して欲しい」
ハンザス・バーケムと名乗る男は、焦った顔でライカに頼んだ。
「名前はアリアス。アリアス・メリクトだ」
メザーニャの使節団である彼は、夜更けにクラシェイドの屋敷にやって来て、なぜかライカに捜索を求めた。
使節団に随行していた少年が、宿泊していた王宮の迎賓館から抜け出したのだと言う。
どうも、メザーニャの故郷で問題を抱えていたらしい。
セイランはライカを書斎へと誘導した。
「"伝達網"を使いましょう」
「"伝達網"ですか?」
セイランはここで初めて、ライカに"マシェル伝達網"の存在を明かした。
彼らにアリアスを捜索させるためだ。
――少し早かったでしょうか……。
娘がクラシェイド伯爵である限り、いつかは伝えなくてはならなかったことだ。
それでも、母として後ろめたい気持ちは確かにあった。
――危ない集団なのは間違いないのですから……。
実感のない娘は、ただアリアスの捜索にだけ注意を払っている。
彼女は真剣な面持ちで思案していた。
セイランはライカを書斎に残し、客間にいるハンザスの元へと向かった。
「バーケム卿、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「何ですかな、ご夫人?」
だらりと座っていたハンザスは表情を引き締めると、姿勢を正して紳士らしい態度を示した。
「アリアス・メリクトさんは、何者なのでしょうか?」
「……」
重い沈黙が部屋を包む。
彼は言いたくないのだ。
事情を明かさず、アリアスという少年を見つけさせようとしている。
セイランは、そんなハンザスに感情を排した目を向けた。
「私が一言撤回すれば、捜索は終わります」
「な……!」
信じられないほど冷たい声がセイランから放たれる。
ハンザスは自分の耳を疑い、そして目を大きく見開いた。
とても目の前の美しい女性が言ったとは思えない言葉だったのだ。
「いまだクラシェイドの実権は私の手にあります」
ハンザスは知らなかった。
彼女こそがライカの後見人であることを。
女性だからと初めからみくびっていたのだ。
そのことに気づき、ハンザスは目を伏せた。
「無礼を……」
そうして、頭を大きく下げた。
セイランは納得したように頷くと、表情を和らげ、元の優しい口調で尋ねた。
「もう一度お聞きしてもよろしいでしょうか? アリアス・メリクトさんは何者ですか?」
「アリアスは……」
ハンザスは一拍だけ間を開けると、覚悟を決めたように口を開く。
「ルーカディアスの甥だ」
「なんですって……!?」
ルーカディアス。
その名を聞いて、今度はセイランが目を広げる番だった。
「あの方の……甥……?」
話が見えず、セイランはハンザスに尋ねた。
甥ということなら、アリアスの父はルーカディアスの兄であるナザリウスなのだろうか。
けれどハンザスは首を横に振る。
「あいつの父親はナザリウス国王陛下じゃない。ルーカディアスには双子の妹がいるんだ」
「妹……?」
その説明を聞いて、セイランはようやく長年の疑問が解消された。
どこか惑わすような視線を送ってくるルーカディアス。
けれど時折、真っ直ぐな目でセイランを見つめる日があった。
――もう一人いらっしゃったのですね……。
セイランは忘れられなかったのだ。その純真な目が。
だからこそ、心の奥底でルーカディアスを切り捨てられないでいたのかもしれない。
――年末祭で踊ったのは……。
しかし、無理やり思考を止める。
すでにルーカディアスを拒絶してしまった後だ。
今更、どうにもならない話だった。
セイランは表情を正すと、ハンザスに尋ねた。
「それで、上の方の性別はどちらなのです?」
「女だ」
ルーカディアスが女性ではないかという、ライカの推測は正しかったのだ。
セイランは驚きながらも、冷静に話を進める。
「アリアスさんをこちらに連れて来たのは……」
「マルリックの野郎がな、ルーカディアスに心酔していやがる。やつはアリアスをルーカディアスに引き渡すために連れ出したんだ」
ノンターク伯爵マルリック・ケイル。
彼はメザーニャ王国の使節団代表だ。彼が王宮からアリアスを連れ出したとなると、今回の捜索は事情が変わってくる。
「おおよそわかりました。メザーニャにいらっしゃるはずのルーカディアス王弟殿下がなぜ、エルドガールに戻っておられるのかも」
そもそも二人いたのなら、一人はメザーニャに母と共に帰り、もう一人はエルドガールに残っただけなのだ。
姉はずっとエルドガールに身を潜め、仲間を増やし、計画を進めていた。
「なぜ、ノンターク伯爵はアリアスさんを引き渡そうとお考えになっているのでしょう?」
「碌な考えじゃねぇよ」
ハンザスは答えなかった。だがそれが答えだった。
頭の良いセイランはその態度から、全てを察した。
――だったら逆に……。
それは、最低の考えだった。
自分の顔が青ざめていくのがわかった。
――それでも……。
セイランが口を開きかけた時だった。
客間の扉が勢いよく開く。
「バーケム卿!」
ライカが怒った顔をして扉をくぐり抜けた。
「あなた、言ってないことがありますね?」
どうやらライカは、ハンザスが捜索に必要な情報を意図的に黙っていたことに自力で気がついたようだ。
彼の困ったような目がセイランに向けられたが、彼女はさらりと受け流した。




