襲撃の裏側
「ライカが一人で出かけただと?」
その一報を受けたロウザは、すぐさま道を引き返した。
"マシェル伝達網"。
それは、クラシェイドが持つ裏の組織だ。
各地にある裁判所は召喚状や告知書を送る役割があった。足を運ぶうちに集めた情報が、法曹の総本山であるクラシェイドへと届けられるのだ。
張り巡らされた網のような組織の頂点にいるのはセイラン・クラシェイド。
そして、彼女を補佐し、伝達網を実質動かしているのがロウザだった。
――この中にライカが……。
ロウザは細い路地裏から、その店を見上げた。
ルーフ・シェリス宝石店。
できたばかりの宝石店だが、さっそく人で賑わっているという噂だ。
だが、どういうわけか、その宝石店の扉は閉まっている。
こんな明るい真昼にだ。
「営業しているのか?」
ロウザは待機していた部下に尋ねた。
「先ほど急に閉店の案内がありました。――妙です」
彼はマシェル伝達網に属する男だった。
街に馴染む小綺麗な平民の格好をして、ライカを見守っていたのだ。
「大変です」
店の方から静かに近づく影。
それは別の部下だった。
「強盗のようです」
「何だと……!?」
部下の報告にロウザは声を漏らす。
ここは王都の中でも比較的安全な場所なのだ。
強盗など滅多に現れない。
「シルヴィス騎士団の王都訓練場に救援を呼ぶんだ」
そう、彼らが近くにいるからだ。
シルヴィス騎士団は王都にも訓練場を持っており、他の騎士団が駐在していることもある。
何かあれば彼らがすぐさま駆けつけてくれるため、警備隊よりも安心だと言われていた。
――中に入って助けに行ってあげたいが……。
ロウザは唇を噛み締めた。
彼は影の存在として動いている。シルヴィスの騎士のように決して表で活躍できなかった。
――昔からそうだ。
フォルスの駒だった。
彼が<王国の天秤>を継げなかった理由は明白だ。
フォルスの手下として働き、セイランを見張っていた。
あまつさえラウドニウドに"銀杯"を運ぶ役さえも担った。
そんな彼を、ケオニールは決して許さなかった。
――それでも……。
構わないと思った。
セイランの夫になり、可愛い娘を手にできた。
これ以上、何を望むというのか。
――愛する家族のために動くんだ。
ロウザは固く心に誓った。
◇
目の前には渋い顔をした男が四人。
中央に立ったまとめ役の男は、落ち着いた態度を見せつけるように腕を組んでロウザに向き合っている。
だが、目線は上下に揺れ、苛立ちが隠しきれていない。
「何の用だ、貴様ら」
「急なお声がけで申し訳ありません、アレシオンの護衛の皆様」
「っ……!」
自分達が何者なのかを当てられ、男達は動揺する。
宝石店にはウェンセム・アレシオンの養女、カティスが来ており、その護衛が外で待機していたのだ。
だが、彼らはそうとばれないように人混みに紛れていた。
それをマシェル伝達網は見破り、ロウザの前に連れてきたのである。
「ご安心を。我々はクラシェイドの者です。私はロウザ・クラシェイドと申します」
「ああ……」
その名を聞いた途端、男達は顔の表情を緩める。
それだけで、世間に伝わるロウザの評価がわかるというものだ。
「どうも宝石店の中に強盗が入ったようです」
「それは本当か!?」
ロウザの言葉に、アレシオンの護衛達は驚いて前に出る。
彼らを宥めながら、ロウザは一つの提案を述べた。
「中がどうなっているのかわかりません。しばらくは様子を見ることにいたしませんか?」
「馬鹿を言うな」
男たちは鼻で笑う。
「中に入って交渉するに決まっているだろう」
男の言葉にロウザは聞こえないような小さな声でため息を吐いた。
――護衛なら主人が大事か。
この場合、主人はウェンセム・アレシオンだが。
彼らは公女であるカティスだけは助かるよう交渉をするだろう。
他の人質の命などお構いなしに。
――正直、この状況ですら、公爵からは大目玉だろうけど。
だから男達は焦っている。
少しでも挽回しようと。
本来なら慎重に動くべき場面で冷静さを失っている。しかし、そのことに気づいていない。
ロウザはここで情報を開示することにした。
「どうやら喉に手を回され、ナイフで脅されているのは、アレシオン公女のようですよ」
「何……!?」
護衛達の顔がみるみる青ざめていく。
当然だ。ウェンセムの養女が傷の一つでも負おうものなら、彼らの未来はないに等しい。
「おい……その情報はいったいどこから入ってきている……?」
まるで店の中を見透かしているようだ。
男達にはわからない。
伝達網の存在が。
目の前にいる彼らが、どれほどの脅威を持つのかが理解できないのだ。
「もういい! そこをどけ!」
護衛達は腰に携えていた剣を抜くと、ロウザに切っ先を向けた。
「俺達は公女様を……」
しかし、言い切る前に剣は男達の手から一斉に弾け飛んだ。
高い音を立て、地面に男達の剣が転がる。
そして、同じ数だけガードのない細い短剣が地面に突き刺さっていた。
「な……」
男達は呆然とした顔で自分の手と、地面に転がる剣を交互に見つめる。
だが、何度往復しても結果は変わらなかった。
ロウザの元に彼の部下らしき男が駆け寄り、何かを耳打ちする。
「今し方、新しい情報が入ってきました」
淡々とした口調でロウザは告げる。
右手は何かを投げた後のように持ち上がっていた。
「私の息子――ライカネルに対してだけは殺意がなかったようです」
「どういう……ことだ……?」
まとめ役の男が呆けた顔で尋ねる。腰が引けて今にも逃げ出しそうだ。
「初めから私の息子を狙ったのでしょうね」
「ますますわからんぞ……?」
男がさらに問いかけようとした時、裏口の方で騒ぎが起こる。
どうやら、反対側から強盗犯達が逃げ出したようだ。
しかし、そこはすでに伝達網が呼んだシルヴィスの騎士達が張っている。
強盗犯も、逃走経路を押さえられているとは思わなかったのだろう。
「こ、公女様を救出するんだ!」
アレシオンの護衛達は玄関に向かって走り出す。
残されたロウザとマシェル伝達網の部下達は路地裏の影に身を隠したままだ。
「――ロウザ様」
ルーフ・シェリス宝石店から現れた伝達網の部下がゆっくりとロウザに近づく。
彼は強盗に囚われていた人質に紛れており、ずっとライカの側にいたのだ。
「すみません。ライカネル様が強盗犯に暴行を受けていたのに止めませんでした」
「殺意がなかったのだろう? それでいい」
「ライカネル様、どうもセイラン様の誕生日プレゼントにブレスレットを買ってあげたかったみたいです」
「そうだったのか」
ロウザの心に二つの感情が浮かび上がった。
それは必ず伝えなくてはならない。例え、娘と気まずい関係だとしても。
――すまなかった。
ロウザは心の中で謝った。
助けに行ってあげられなかった、と。
――父親として失格だ。
けれどこの役目は手放すことはできなかった。
それは誰のためか。
問うべくもない。




