双子の彼女たち
月のない夜、暗い部屋には蝋燭が一つ。
影が不気味に伸びている。
「何故……」
自分の処遇が決まった時、ルカは深い絶望に飲まれた。
ベッドに座ったアスの目は、深く淀んで何も映さない。
誰よりも愛していたはずのルカさえも。
あの夜、マーティアと共に閉じ込められたのは、ルカではなくアスだった。
「何故、母上はそんなことを……」
王室規範は決してマーティアとの出来事を許さなかった。
たとえ彼女たちの間に何もなかったとしても。
ルーカディアスは母・メリオールと共にメザーニャ王国に追放されることが決定された。
玉座への道は遠ざかるどころか、絶たれたも同然だ。
積み上げてきたものは全て崩れ落ちた。
あとは、この屋敷から出ていくだけだった。
「もう、いいんじゃないかな」
アスが小さな声で呟いた。
「何故だ?」
ルカは怒ったような口調でアスに問いかける。
このような態度を取られたのは初めてかもしれない。
「大嫌いなエルドガールの王位なんて本当に欲しいの?」
アスがそう尋ねると、ルカは声の大きさを一段上げる。
「他にどうすればいい?」
ルカからすると、そのような問いは無意味だった。
エルドガールを憎み、掌握することが"ルーカディアス"の存在意義だ。
それはアスもわかっている――そう思っていた。
ルカは暗い部屋に声を響かせる。
「エルドガールに、メザーニャの血を引く私たちの居場所なんてない。だから、王位を継がなければ……」
継がなければなんだろうか。
その先の言葉が続けられず、ルカは口を噤んだ。
黙ったルカを見てもアスの表情は動かず、小さな唇で静かに告げる。
「ただ、憎かっただけだろう?」
名前もなく、偽物の王子として過ごし、親には我が子と認識されない。
誰を憎んでよいのかわからず、誰をも憎んだ。
そんな心の内を見透かすように、アスは淀んだ瞳のままルカを見た。
その目の奥に、歪んだルカの姿が揺れている。
「"アルカディスの赤い涙"」
その言葉に、ルカはぴくりと反応する。
「マーティアと閉じ込められた時、飲んだんだ」
ルカの目が見開かれ、体が硬直する。
いつも微笑みを湛えている顔は、今や狼狽の色が浮かび、泣き出しそうだった。
「どうして……!」
信じられないと言うように、アスを見つめる。
アスはじっと見返すだけだ。
二人が閉じ込められた夜、アスがマーティアに差し出したワイン。
彼女は毒がないかグラスを入念に確認した。
けれど、マーティアがどれだけ手を尽くしても最初から無駄だった。
二つのグラス、その両方に毒が入っていたのだから。
「あれは一度飲んだら体に残り続ける毒だ。何故……」
何度目かになる何故を口にした時、アスはベッドから立ち上がり、ルカの前に立った。
ルカよりも少し小さな体は、それでも昔よりは肉付きが良くなっていた。
「何故なのか聞きたいのはこっちだ」
アスは冷たい声をルカに突き立てた。
聞いたことのない声だ。
ルカは何も言えず肩を小刻みに揺らした。
「双子の姉に王子役を演じてもらっている体の弱い弟。そんな者はいないんだ」
「アス……?」
今度はアスが声を張り上げる。
いつも冷静で、怒るという行為を知らないのではないかとさえ思えるアスが。
「私は女だよ、ルカ」
アスは悲痛な顔で訴えた。
今になってようやく、二人は鏡を合わせたように同じ表情をしている。
「弟なんかじゃない。妹なんだ」
「そんな、馬鹿な……」
ルカは広げた視界の中にアスを収める。
成長期を迎えたはずなのに、自分と変わらない背をした細い体がそこにある。
「男だと認識されていても構わなかった。
それがルカと母上の救いになるのなら。そう思っていた。でも――」
けれど、とアスは絞るように続けた。
「"彼女"と出会ってしまった」
彼女、とルカが反芻する。
それが誰かすぐにわかった。
美しい声が頭に響く。
楽器の音のような、あの澄んだ声が。
「"彼女"に惹かれた。もっと話がしたくなった」
アスは床に膝をつけ、嗚咽をもらす。
「"彼女"と友人になりたい。そう思った」
けれど、アスの純真な願いは叶わない。
アスがルーカディアスである限り。
「マーティア・アレシオンが憎かった。
なんの障壁もなく"彼女"と友人であるあの令嬢が」
暗い部屋の中、ルカが持ち帰る"彼女"の話が、アスにとってどれだけの灯火となったか。
けれど、そんなアスのことなど知らず、"彼女"は他の令嬢と笑っている。
灯火は自分のものではなかった。
「何故って言ったけどね、本当は二人の気持ちがわかるんだ」
アスは虚な瞳でルカを見た。しかし、その焦点はどこか合わない。
蝋燭の灯りだけではこの無駄に広い部屋は照らしきれず、二人は深い闇に包まれていた。
アスの表情さえも暗く沈んでいる。
「どんな手を使っても、壊してしまいたいその気持ちが」
ああ、とルカは嘆いた。
最初に壊れるとしたら自分からだと思っていた。
けれど、そう思っていたのはただの願望だ。目の前のアスを見てようやくわかった。
ルカは震える手を伸ばした。
「メザーニャにルーカディアスとして母上と共に帰るといい」
アスの細い体を優しく抱きしめた。
蝋燭が終わりへと近づき、灯火が頼りなく揺れる。
それに合わせるように、二人の影が大きく歪んだ。
「私はまだ、やることがあるから」
ルカの目に涙が浮かんだ。しかし、その大粒の雫は決して溢れ落ちなかった。
――全てが終わったら自分も壊れよう。
蝋燭の火が消えると、部屋には完全なる闇が訪れる。
二人の息遣いだけが微かに響く。




