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双子の片割れ

 薄暗い部屋の中で何かが弾けるような音が響く。

 それは、"彼女"の頬が打たれる音。


「この役立たず!」


 豪奢なドレスを身に纏った女性、メリオールはルカに向かって声を張り上げた。


「あれだけ学習するようにと言い含めておいたのに、首席になれないとは何事ですか!?」

「弁明の余地もございません、母上」


 ルカは大きく頭を下げた。母というにはどこか幼いその女性に向かって。

 メザーニャ王国の元王女・メリオール。現在はエルドガール王国の第二王妃で、ルーカディアスの母親。

 彼女に打たれた頬をルーカディアスは軽く触れる。赤みが残れば大学の皆に何と思われるだろうか。けれど、小柄なメリオールの腕力では、たいした腫れにはならないだろう。


「あなたはルーカディアスのためにあるのです。あの子の名声を損なうことは、この私が許しません」

「はい」


 メリオールの言葉にはルカの存在など抜け落ちていた。双子でありながら、可愛がられているのは弟のアスだけであり、メリオールにとって、ルカはただアスを成り立たせるための一片に過ぎない。


「ルーカディアスが玉座に就けば、この地獄から私はようやく解放される」


 メリオールとその夫・ラウドニウドの仲は冷え切ったものだ。ラウドニウドに問題はない。彼はなんとか妻との関係を改善しようと試みているのだから。

 ただ、メリオールが彼を心の底から嫌悪していた。


 十数年前、エルドガール王国は周辺諸国と戦争をしていた。その中でも激しく争っていたのがメザーニャ王国である。エルドガールは軍備も経済も潤沢な王国であり、次第にメザーニャを後退させることに成功する。

 シルヴィス騎士団の活躍もあり、エルドガールの勝利が決定的となった時、エルドガールはメザーニャと和平条約を締結した。その際、メザーニャの第二王女・メリオールは国王・ラウドニウドの元に嫁ぐことになったのである。


 その結果に誰よりも納得していなかったのが彼女、メリオールだった。


「ルーカディアスが国王となればこの王国は私の物。私を追いやったメザーニャの姉上もこれで……」


 不気味な色をその瞳に湛え、メリオールは虚な顔で宙を見ていた。


 ――どこまで耐え切れるのか。


 所詮、凡人なのだとルカは思う。


 ――深窓の姫をしておくべき女性を追い詰め過ぎた。


 メザーニャは女系であり、メリオールは王位継承権第二位だった。

 第一位は腹違いの姉・リシエール。

 年長者が優先されるとはいえ、一つしか歳に差がなく、母親の身分も同等だった。

 それなのに権力争いに負け、エルドガールに追いやられたことを恨み過ぎ、精神を病んでいるのだ。


「必ず挽回するのです。わかりましたね?」

「はい」


 結局、ルカのことを一度もルーカディアスとは呼ばずにメリオールは部屋を出ていった。いつものことだ。ルカは特段、気にしなかった。


「大丈夫、ルカ?」


 ベッドを覆うカーテンを横に引き、アスが顔を覗かせる。


「うん? どれのこと?」


 ルカはわざとらしく頬を手で押さえた。アスはくすくすと笑いカーテンを戻した。


「ロッシュ」


 扉を開けて部屋の外に出ると、少年がすでに冷やした布を持って待機していた。頬に布を当てながら、少年のくしゃくしゃした頭を撫でてやる。


「ありがとう、ロッシュ」


 少年はこくりと頷いた。

 頬の痛みはほとんど消えていたが、後から腫れが出てくるかもしれない。明日、そんな顔で大学に行くわけにはいかなかった。


 ――外に出よう。


 夜風で冷えれば、少しは良くなるかもしれないから。

 ルカたちがいるのは、王宮から離れた場所にある別邸だった。

 アイシアン王立大学に通うために移り住んだのだ。

 兄であるナザリウスも同じように、王宮ではなく別邸で過ごしている。


「これ、どうしますか?」


 ロッシュが取り出したのは、白鳥の羽でできたペンだった。

 羽軸に金細工が施されている。そこに刻まれた家紋は――……。


「ああ、それ。埋めるなり燃やすなり好きにして構わないよ」


 道で拾った石ころでも捨てるかのようにルカは言った。

 興味などまるでなさそうに。


「あの時のセイランは素晴らしかった……!」


 夜空を見上げ、ルカはうっとりとした表情を浮かべる。

 こんな主を前にしても、ロッシュは顔色一つ変えなかった。


「まるで裁判官だ。証拠が揃っていないことを理解させ、落とし所を示した」


 ケイビンが頭を下げたのは、あの場で最良の結末だったのだ。

 もし、アルトを盗人扱いしたなどと教師陣の耳に入れば、処分されていたのは間違いなく赤毛の彼なのだから。


「見つからないように盗ってくれてありがとう、ロッシュ」

「ご命令とあらば」


 ぶっきらぼうな返答だったが、けれどルカにはわかった。彼が内心では喜んでいることに。


 ――だって、そういう風にしたんだもの。


 他でもないルカ自身が。

 ルカの望みを叶えることが、ロッシュにとっての最上の喜びである。そう教え込んだ。そしてそれは、ちゃんと刷り込まれている。


「ふふっ……」


 乾いた布をルカは、ルーカディアスは放り投げた。

 ただの布切れだ。

 拾う者はいない。


「明日も楽しみだな」


 "彼女"のことを思い浮かべながら空を仰いだ。

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