彼女たちの入学式
講堂に声が響く。
高く凛とした声だ。
「本日は私たちの新たな門出にお集まりくださり、心より感謝を申し上げます」
講堂の中央から放たれるのは、いやに形式ばった少女の挨拶だった。けれど、誰もがその声に聞き惚れていた。
――その魅力が枠に収まりきっていないのだ。
新入生が座る席に腰を下ろした彼――否、"彼女"は目を閉じ、その美しい声を耳に入れていた。
音楽でも聴くかのように。
「皆様のご指導を仰ぎながら、日々精進してまいりたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします」
中央で挨拶が終わると、周囲から一斉に拍手が巻き起こる。
その大きさに少女は少し驚いた様子を見せたが、すぐに姿勢を正し、元いた席に戻った。
「新入生代表、セイラン・クラシェイドさんでした」
紹介されたその名に、"彼女"は目を細める。
――セイラン・クラシェイド。
"彼女"は小さく反芻した。
宝物を見つけた子どものように。
◇
アイシアン王立大学。
エルドガール王国の王都にある大学で、その評判により諸領からも身分を問わず学生が集まり、優秀な人材を輩出している。
今年の入学式はいつもに増して話題となっていた。なにせ女性の首席入学は大学史上初めてのことだったからだ。それもあの裁判官として有名な伯爵、ケオニール・クラシェイドの次女だ。
――図書室に行ってみましょう。
その少女こと、セイラン・クラシェイドは図書室を目指して長い廊下を歩いていた。すれ違う生徒はちらちらと彼女を見ている。そもそも女子学生自体少ないのだ。
男子学生とは違い、広がるように伸びた長いスカート。歩くたびにふわりと揺れるそれは、十六歳の少女にとてもよく似合っていた。
――ここですね。
図書室というより図書館といっても過言ではない広さだった。塔のひとつが丸々使われているのだ。螺旋階段を使えば上下にも部屋があり、まだまだ本が所蔵されている。
――さすがはアイシアン王立大学です。
セイランはこっそりと、誰にも見られないように口の端を持ち上げた。家にも本はたくさんあったが、別の場所で読む本も格別だ。
まだまだ知らない本もたくさんある。少女は期待に胸を高鳴らせた。
「おや、セイランじゃないか」
そんな気持ちも、その男の声によって台無しにされる。
「お久しぶりです、ウェンセム――アレシオン先輩」
スカートの裾を掴むと、セイランは頭を下げた。
ちょうど苦々しい顔が隠れるように。
「先輩だなんてよそよそしいな」
「ここは大学なので」
ウェンセムはアレシオン公爵の次男だった。
背の高い男で、端正な顔が目を引く。実際、この場の二人は周囲から浮いていた。
彼は法学に関心があり、セイランの父・ケオニールの元で指導を受けていたことがあった。
そのため、セイランとは幼馴染のような関係なのだが、実情は少し違う。
――頭はずば抜けて良いけれど、人として何かが欠落している。
それがウェンセムに対するセイランの評価だった。
いつも斜に構えたような物言いで周囲を馬鹿にし、邪魔者は容赦なく切り捨てる。そんなウェンセムを彼女は心底軽蔑していた。
とても幼馴染と呼べるような仲の良い関係ではないのだ。
「新入生代表の挨拶。あれはなかなか退屈だったな」
「そうですか? 評判は良かったと思いますけど?」
セイランは少しムッとして言い返した。
実際、式が終わると多くの人に賞賛の声をもらっている。教師陣からも上手くいったと喜ばれた。
「あれは……」
ウェンセムが呆れた顔で何かを言いかけた。
「図書室ではお静かに」
けれど、別の学生によって嗜められてしまう。
灰色の髪に糸のような細い目。口に指を当てながら優しく微笑んでいる。
けれど、なぜだか冷たい印象をセイランは受けた。
「はじめまして、クラシェイドさん」
「えっと……?」
「フォルスです。ロゼスタ・フォルス」
「まぁ……」
セイランは少し驚いた顔をしてロゼスタを見た。
エルドガール王国には国王より分配された特権があり、五つの家門が代々受け継いでいる。
<王国の長剣>シルヴィス。
<王国の車輪>アレシオン。
<王国の薬杯>フォルス。
<王国の甲冑>ヴェイン。
そして、<王国の天秤>クラシェイド。
慣習的な権威はこの王国を独自に動かし、支えてきた。
そのうちの一つ、<王国の薬杯>フォルス家の長男・ロゼスタであると彼は言うのだ。
「あなたほどの方が法学の書籍を読むのでしたら、一年生の権限で行くことができる階では物足りないでしょうね。
申請書を提出すれば取り寄せられると思いますので、こちらに記入してください」
そう言って一枚の紙をセイランに手渡した。
室長殿へと始まるその紙は、書庫本の貸出申請書だった。
「それは二年生にならないとできないんじゃなかったかい?」
ウェンセムの疑問にロゼスタが笑う。
「指代生権限ですよ?
ご存知ありませんでしたか?」
指代生とは指導代表生の略で、組ごとに一人が指名される。
学生のまとめ役であり、規範となることが求められた。
「なんだい。そんなものがあったのか」
「他にも色々ありますよ。あなたも目指せば良かったのに。
成績だって、学年一位になれるのではありませんか?」
やれやれ、とウェンセムは両手を振った。
「柄じゃないね。一位はまぁ、あいつに譲るよ」
頑張っているみたいだし、と彼は嘲った。
「不敬です」
ウェンセムの――二年生の一位が誰かをセイランは知っていたため、嗜めずにはいられなかった。
「そうですよ。一度くらい順位を追い抜いてからおっしゃるべきです」
ロゼスタもセイランを支持した。
ウェンセムの言う"あいつ"とは、王国の第一王子・ナザリウスのことである。
言動に冷たさはあるが努力家で、成績も常に先頭を維持していた。
けれどこの公爵家の次男・ウェンセムが本気を出せば、その牙城も崩れるのではないかと噂されている。彼がやる気を出していないのは誰の目にも明らかで、けれど試験を受ければいつも順位は五番以内。それこそ真面目に受ければ、誰にも結果は予想できないのだ。
「面倒な話になってきたなぁ。そろそろお暇するよ」
ウェンセムは持っていた本を棚に戻し、二人に背を向けた。
どうやら彼が本気を出すことはないらしい。
――それで構わないのだけど。
学年一位になる姿を見たいかと言えばそんなこともない。どちらにせよ鼻に付く。
小さくなっていくウェンセムの背を見つめながら、セイランはため息を漏らした。
「大学生になっても相変わらずなんですね」
その言葉に、ロゼスタはきょとんとした顔を返した。
「いつもより大人しかったですよ?」
セイランはますます大きくため息をついた。




