ずっと描いてたもんねえ。
【前回のあらすじ】
朝の信号待ちで、知らない男が佐保に「読まれない文章の墓地」の名を告げ、あれを本にしたい、と言った。書き手かどうかは、一度も聞かなかった。名刺を渡して男は去り、その日、佐保は一語も声に出せなかった。名刺には梶亮太とあった。佐保は、それを捨てなかった。
◇ ◇ ◇
母の話には、順番がある。
近所のこと、親戚のこと、体のこと、テレビのこと。この順で来る。何年も前から、この順で来る。月に一度、日曜に実家へ行くたび、私は同じ順番の中に座る。あいだが空いても、次の項目がある。
六月の日曜だった。電車で小一時間。日曜の電車は、平日と違う乗り方をされている。急いでいる人が、いない。私は、窓の外を見て過ごす。仕事のない日は、返す言葉がない。返す言葉のない日の私は、自分でも、少し、輪郭が薄い。今日の返信が、なし、になることは、乗る前から分かっている。分かっている数字は、退屈で、安全だ。退屈で安全な数字だけの日が、月に何日かある。そういう日のことを、私は、嫌いではない。
合鍵は持っているけれど、呼び鈴を押す。合鍵で開けるのは、住んでいる人のやることだ。私は、もう、住んでいる人ではない。押すと、家の奥で、古い音がする。この音だけは、私が住んでいたころから、変わらない。
母が出てくるときは、いつも、話がもう始まっている。おかえり、から始まらない。
「もう、すごいのよ。金曜からずっと、お隣の、外壁の工事で。がんがん、がんがん」
ドアが開いた瞬間から、私は話の途中に入る。母は、私より頭ひとつ低いところでしゃべっている。私が家を出たころは、目の高さが同じだったはずだ。縮んだのか、私が忘れているだけなのか、確かめたことはない。
「うん」
会社では、はい、と言う。実家では、うん、になる。誰が決めたのでもない。玄関をまたぐと、切り替わる。声の少ない人間にも、場所ごとの言葉がある。数だけが、どこでも同じに少ない。
廊下を歩くとき、昔の私の部屋のふすまの前を通った。閉まっていた。開ける理由も、なかった。
居間のテレビは、ついたままだった。誰も見ていない画面の中で、知らない人たちが笑っていた。台所の水切りかごに、湯のみが一つ、伏せてあった。私が来る日は、二つになる。工事の音は、していなかった。日曜だからだ。母の言う工事の音を、私は、一度も聞いたことがない。私の知っている隣の工事は、母の話の中にだけ、ある。この家のことの多くを、私は、そういうふうに知っている。
昼は、そうめんだった。つゆの味が、実家の味だった。この味の作り方を、私は聞いたことがない。聞かなくても出てくるものは、聞かないままになる。
「おかわり、あるからね」
「うん」
食べているあいだも、母の話は、順番どおりに進んだ。近所の項目は、工事の音から、ごみ置き場の網の話へ移った。
「カラスがね、すぐ網を破るのよ。だから町内で、新しいのに買い替えるんですって。ほんと、困ったものよね」
「そう」
相槌のあいだ、私は母の話の作りを見ていた。一つの話題は、だいたい同じ長さで、終わりの形も決まっている。ほんとうに困っているのではない話は、困った、という言葉で終わる。それが、次の項目への合図になる。
マクロを十年書いてきた人間には、分かる。母の話は、定型なのだ。私が来た日のための、母の手順書。悪いものではない。何も決めずに人と長く一緒にいる方法を、母はこれで作ってきたのだと思う。いつ、どうやって作ったのかは、知らない。たぶん、母も知らない。私が、指でそうなったのと、同じことが、母には、声で起きただけだ。
親戚の項目に入った。
「めぐみちゃんとこの上の子がね、絵で賞を取ったんですって。学校の代表になって、市のどこかに飾られるのよ。上手なのよ、写真で見せてもらったけど」
めぐみちゃんは、私のいとこだ。上の子のほうには、会ったことがない。
「うん」
「あんたも、小さいころ、ずっと描いてたもんねえ」
懐かしそうな、声だった。
私は、相槌を打ちそこねた。
うん、が、出なかった。打とうとして、打つ場所が、見つからなかった。母の言葉のどこにも、引っかかるところはない。事実だからだ。私は、小さいころ、ずっと描いていた。図鑑を作るのだと言って、庭の虫や、道の草を、名前と一緒に、ノートに描いていた。
あれは、終わらされたものだ、と私は覚えている。才能がないから、と。やめたのではなく、やめることになった。覚えている形と、いま聞いた声の形が、合わなかった。どこが合わないのか、指させなかった。温度、としか言えない。
母は、私の相槌を待たずに、続きを話していた。
「あそこの学校も、いまは生徒が減ってねえ」
賞を取った子の、学校の話になっていた。手順書は、先へ進んでいた。
いま、と思った。
絵の話が出ている、いまなら、聞ける形が来ている。図鑑のこと。あのとき、どうして。何と聞くのかは決まっていないまま、息だけ、吸った。
「膝がね。雨の前の日に、分かるのよ。病院は混むから、まだいいけど。ほんと、困っちゃうのよ」
困った、で、その項目は終わった。困った、は、直したい、と同じではない。それは、仕事で覚えたことの一つだ。直したい人は、困った、の後ろに、続きを書く。母の、困った、に、続きはなかった。
体の項目に、入っていた。枠は、閉じていた。吸った息は、そのまま、ゆっくり吐いた。
「そう」
膝の話への、そう、だった。吸った息の行き先は、なくなっていた。
テレビの項目は、短かった。
「最近つまらないのよ」
それで終わった。
それから母はお茶をいれ直して、賞を取った子の絵の話に、もう一度だけ戻った。
「飾られたら見にいこうかしら」
二度目の枠だった。一度目より、広い枠だった。母のほうから、戻ってきてくれた枠だった。分かっていた。分かっていて、私は、何も言わなかった。一度逃した枠は、二度目のほうが、重い。一度目は、間に合わなかっただけで済む。二度目は、選んだことになる。選ばない、を選ばないために、息を吸った。吸ったところで、湯のみが、テーブルに置かれた。
「見にいくなら、涼しくなってからね」
枠は、母の予定の話になって、閉じた。二度目も、私は、息を吸っただけだった。
夕方の前に、席を立った。駅まで送る、と母は言わない。言わないのが、いつもの形だ。玄関の脇で、紫陽花が、色をつけはじめていた。誰がいつ植えたのか、私は知らない。
玄関で、母は言った。
「また来月ね」
「うん」
ドアが閉まる前に、母の話は、もう工事の音のことに戻っていた。
「ほんと、うるさいのよ、朝から」
電車に乗って、窓の外を見ていた。
数えると、六つだった。七つ目になるはずだった一つが、出なかった。なぜ出なかったのかは、温度、より先へ、言葉にならなかった。
私の相槌は、得心の合図ではなく、時間の合図だ。工事の音の話は、今日、二回来た。
それは、会社の通達の、一つ目の決定と、同じ形だった。私は、あの決定を、待たない、ということだと思った。思って、静かに、腹を立てた。その私が、月に一度の日曜に、同じことをしている。仕事では、うまく言えない人が、あ、そういえば、と思い出すまで、閉じずに待つ。実家の居間で、実の母の前で、私は、いちばん待たない応対者だった。それで、図鑑の話だけが、十年、どの枠にも入らない。
聞けなかった質問を、どこかに書いておこう、と思った。墓地は、送れなかった返信の置き場だ。これは、返信ではない。質問だ。私は、十年、返す言葉ばかり書いてきた。先に出す言葉の置き場を、私は、一つも持っていない。
電車を降りて、部屋に帰った。明かりをつける。机の上の名刺は、五月から、そのままにしてある。手帳も、開かなかった。
寝る前に、帳簿だけ、つけた。
『うん、四回。そう、二回』
書きながら、四回のうちのどれが、どの話への相槌だったか、ぜんぶ思い出せた。玄関の工事の音。おかわり。いとこの子。また来月。出なかった一つは、どの欄にも、載らない。
◇ ◇ ◇
今日の返信、なし。
今日の発話、「うん」四回。「そう」二回。




