誰が書いたのかしらね。
【前回のあらすじ】
午前二時、佐保は、昼に送れなかった返信を匿名のサイトに埋めた。名は、読まれない文章の墓地。その日の打ち合わせで、同僚がその名前を声に出した。業界で、いちばん読まれているという。書き手が佐保だと知る者は、いなかった。
◇ ◇ ◇
空のフォームの中で、カーソルだけが、点滅している。
うちの会社の、意見箱だ。いまは、フォームになっている。名前を書かなくても、誰でも出せる。私のような立場の人間が、正式に反対を上げる様式は、ない。そういうものは、主任か、その上が出す。けれど、これなら、私でも出せる。
昼休みに、私はそれを開いた。書きたいことは、決まっていた。今朝の、あの通達のことだ。
通達は、朝のうちに、全員あてに届いた。
件名に、『効率化』とあった。
本文は、三つの決定を、箇条書きにしていた。
一つ目。応対の自動クローズ。一定の時間、返事のない件は、システムが自動で閉じる。待たせない、というより、待たない、ということだった。
私は、待つ。うまく言葉の出ない人が、あ、そういえば、と一つ思い出すのを、待つ。待って、遅い、と言われてきた。自動クローズは、その、待つ、を、機械が、やめさせる。時間が来たら、閉じる。閉じられた人がまた来るかもしれないし、黒岩さんなら、その二度目の数字を見て、また開いている、と言うかもしれない。
二つ目。ナレッジベースの刷新。旧マクロは、一括で削除し、新しいものに入れ替える。フロアがざわついたのは、ここだった。
「えー、ぜんぶ消えるの」
「また一から」
旧マクロ。その多くを、書いたのは、私だ。
十年かけて、少しずつ、書いてきた。困った客への返し方を、一つずつ、言葉にして、置いてきた。マクロに、書いた人の名前は、残らない。だから、それが誰のものかを、フロアの誰も知らない。知らないまま、みんなが、消えることを、ざわついている。自分の書いたものが、目の前で、旧、と分類されるのを、私は黙って見ていた。旧、というのは、間違っている、という意味ではない。ただ、古い、というだけだ。古いものは、消される。それだけのことだ。
あのマクロの中には、手順の下に、こっそり、一行だけ、人の言葉を混ぜたものが、いくつもある。
『急がなくて、大丈夫です』とか。
監督の目には、たぶん、留まらなかった。手順の一部に見えたのだろう。留まらなかったから、十年、残った。それも刷新のときに、手順ごと、その下の一行ごと、片づけられる。
三つ目は、いちばん下に、小さく書いてあった。
『紙の受付は、十月末をもって終了します』
その一行だけだった。理由も、経緯も、ない。フロアの誰も読んでいないようだった。読んでも、何のことか、分からないだろう。宛名のない紙を受けるために、会社が社外に借りている箱がある。私書箱という。その契約を、十月末で切る。ただ、それだけの、片づけだった。
その私書箱に、十年、中津さんの手紙が届いていたことを、知っているのは、私だけだった。もう、その手紙は来ない。困る人は、いない。数字の上では、そうだ。
けれど、窓口が閉じれば、また誰かが紙で書いてきても、それは、どこにも、落ちてこない。いつか、中津さんが、また書くかもしれない。まだ書かれていない手紙のために、怒ることは、できない。
十時半に、いつもの飴が机の端に置かれた。
「はい」
昼休みの残りは、二十分ほどだった。
自動クローズのことなら、書けた。待たない、というのは、切られた側が、また来る、ということだ。それは、書ける。マクロの削除のことも、書けた。惜しい、とだけなら、書ける。けれど、私が本当に書きたいのは、いちばん下の、あの一行のことだった。紙の受付を、閉じないでください、と。
そう書こうとして、手が、止まった。
なぜ閉じてほしくないのかを、書かなければ、ただの、わがままになる。理由を書くには、あの私書箱に、十年、誰の手紙が来ていたのかを、書かなければならない。それを、私が、規則の外で、受けていたことを、書かなければならない。書けば、それは、私の話になる。名前を書かなくても、その話は、私にしか書けない。匿名の意見が、匿名でなくなる。
一行目は、書けなかった。しばらくして、私はフォームを閉じた。何も、出さなかった。出せることと、出したいことが、こんなに違うのは、はじめてだった。
午後の応対は、いつもどおりだった。
夕方、日野さんが、私の席まで来た。
「刷新、大変になるね」
「はい」
日野さんは、すぐには戻らなかった。私の画面のほうを見て、それから、言った。
「ひとつだけ、消えたら困るのがあるのよ」
どれですか、とは聞けない。聞かなくても、日野さんは続けた。
「お客さんに、これ試してみてください、って送るときの、あれ。手順の下に、一行だけ入ってるでしょう。うまくいかなくても、あなたのせいではありません、って」
そらで言った。探しもせずに。
「あれ、ずるいのよね。あれを付けて送ると、怒ってた人が、急に、こちらこそすみません、とか言うの。新しいのにも、入ってるかしら」
分からない、と思った。旧マクロを消して新しいものに入れ替える、と通達にはあった。入れ替えたあとに何が入っているのかは、通達には書いていない。
「これ書いた人、よっぽど話すのが上手な人よね。でも、うちの現場じゃないわ。こんなの書いてる暇、ないもの」
日野さんは、少し笑った。
「誰が書いたのかしらね」
私の手は、キーの上で止まっていた。
日野さんは、削除されるマクロの多くが私のものだとは、知らない。知らないから、いつもどおり、私に話しかけてくれる。誰が書いたのかしらね、と聞かれても、答えなくていい。知られていない、というのは、こういうときは、少し、楽だった。
その日も、私は、いつものマクロを、いくつか使った。刷新で消えるマクロだ。それでも、いまは、まだ、使える。手順の下の、あの一行も、まだ、残っている。
『急がなくて、大丈夫です』
その一行が、今日も、誰かの画面に、届いていく。消えると分かっているものを、消える前に、あと何回、使えるだろう。数えるのは、やめておいた。数えると、それは、期限になる。期限のあるものを、私は、うまく、扱えない。
その日の返信は、二十七件だった。
退勤の前に、私は言った。
「お先に失礼します」
近くの何人かが、うなずいた。
夜、部屋に帰った。
壁の写真は、暗い。明かりをつけずに、私は机の前に座った。昼に閉じたフォームのことが、まだ、指の先に残っていた。書けなかった一行。あれを、墓地に埋めてもよかった。けれど、今夜、私が書きたかったのは、それではなかった。
私は、新しいものを、書きはじめた。
ある人の、取扱説明書だった。品物ではない。人の、だ。この人には、こう接するといい。この一言は、こういう意味で言っている。機嫌がいいときは、こう。よくないときは、こう。――マクロと、同じ形だった。困ったときに、開くもの。違うのは、相手が、品物ではなく、人だ、ということだけ。
名前の欄は、空けておいた。自分でも、どうして、その人のを書きはじめたのか、うまくは言えなかった。ただ、書けた。フォームの一行は書けなかったのに、この取扱説明書は、いくらでも書けた。
空けたままにしたのは、まだ、その人のためだと、認めたくなかったからかもしれない。私の書くものは、たいてい、宛先がない。墓地の返信も、この取扱説明書も。宛先をつけた瞬間に、私は、たぶん、書けなくなる。
品物のマクロは、刷新で消される。けれど、人の取扱説明書は、どのシステムにも、載っていない。消せない。消せないものを、私は、一つ、書いていた。反撃のつもりは、なかった。ただ、それしか、やり方を、知らなかった。
書いて、閉じた。いつか、そこに、名前を入れる日が、来るだろうか。来ないでほしい、と思った。名前を入れてしまえば、これは、いつか、渡さなければならないものに、なる気がした。
◇ ◇ ◇
今日の返信、二十七件。
今日の発話、「はい」二回。「お先に失礼します」一回。




