名前と、逆じゃないですか。
【前回のあらすじ】
一月の回想。十年、係として返事を書いてきた中津タエの手紙が途絶え、佐保は土曜、施設のロビーに座った。目が合った中津さんは、佐保が誰かを知らないまま、ひとつ頼みごとをした。佐保は、はい、と答えたのに、それを書き留めなかった。翌週、通報された。
◇ ◇ ◇
午前二時の画面は、明るすぎる。
部屋の明かりは消してある。壁の写真は、暗くて見えない。見えているのは、手元の画面だけだ。私はそこに、今日送れなかった返信を書いていた。
昼のうちは、書けない。昼は、送る言葉を書く場所だ。送れない言葉は、昼のあいだ、指の奥にたまっていく。家に帰って、明かりを消して、画面だけになったころ、それが、ようやく出てくる。だから、私の一日は、いつも、二度ある。みんなが眠っている、二度目のほうが、たぶん、長い。
仕事では、送れない返信がある。マニュアルにない言葉。長すぎる言葉。品物のことでない言葉。昼間、指の先まで来ていたのに、送信のボタンの手前で消したもの。どこにも行けなかった言葉は、夜になると、また戻ってくる。私は、それを、ここに書く。
置き場所には、名前をつけてある。読まれない文章の墓地。十年前、はじめてここを作った夜に、そう打った。誰も来ないところだと思っていた。
十年で、どれだけ埋めたのかは、数えていない。私は、書いたら、閉じる。読み返さない。埋めたものを掘り返す人は、いない。私自身も、掘り返さない。ただ、そこにある、という状態にしておく。それだけで、次の朝、また昼の言葉を打てる。
今日のぶんを、一つ、書いた。
昼の客に、送れなかった返信だった。その人は、動かなくなった古いラジオのことを聞いてきた。
私は、書いた。
『お調べしましたが、補修用の部品の保有期間が過ぎておりまして、修理をお受けできません』
書いてから、その人の前の文を、もう一度読んだ。
『これは父が使っていたものです』
一行だけ、混じっていた。
私は、その返信の下に、こう書いていた。
『直せなくて、すみません。でも、そのラジオは、お父さまのところで、ずいぶん働いたのだと思います』
それは、送れなかった。
品物の相談に、そんな返事はいらない。私は、その一行を消して、部品のことだけを送った。消した一行が、いま、墓地に埋まっている。
どうして、そのまま送らないのか。答えは、分かっている。送れば、査定に響く。長い返信は、遅い。品物と関係のない一行は、余計だ。監督する人が読めば、よけいなこと、と言うだろう。そういう場所だ。送れない言葉のほうが、多い。そして、送れない言葉のほうが、たぶん、本当だ。本当のほうを、私は、夜、ここに埋めにくる。
書き終えて、画面を閉じる。閉じる前に、隅に、小さな数字が見えた。見えたけれど、見なかった。何人が来たとか、何回読まれたとか、そういう数字だ。はじめたときに、通知をぜんぶ切った。切り方は覚えているのに、戻し方は、調べたことがない。困っていないから、調べない。ここが読まれているのかどうかを、私は、知らないままにしている。置き場所も、そのとき決めた。
埋めてしまうと、その言葉は、朝まで戻ってこない。おかげで、眠れる。四時間ほど、眠った。
噂の朝から、二週間がたっていた。朝、いつもどおり、出社した。
日野さんが、机の端に飴を置いた。
「はい」
午前の返信を、私はいつもどおりに打った。夜のことは、指のどこにも残っていない。昼の指は、昼の言葉だけを打つ。
午前の三件目に、また、送れない返信が生まれた。冷蔵庫の中で、音が鳴る、という相談だった。私は、考えられる原因を、いくつか書いた。
書きながら、その人の文の終わりで、目が止まった。『ひとりなので夜は静かで』と、一言。
夜が静かだから、小さな音が気になる。そういうことだった。私は、音のことだけを送った。夜が静かなことについては、何も送らなかった。送れなかった一行が、また一つ今夜のぶんになった。
午後、社内の定例の打ち合わせがあった。満足度会議とは、別のものだ。フロアの持ち回りで、私はその日の議事録係だった。
主任が言った。
「議事録、お願いします」
「はい」
会議で私が声に出すのは、たいてい、それだけだ。あとは、みんなの言葉を、聞いて、打つ。
打ち合わせの終わりのほうで、話が、ずれた。
同僚の一人が、切り出した。
「この前見つけたんですけど。業界で、ちょっと有名なサイトがあって。返信の書き方を集めたやつで。困った客への返し方が、ぜんぶ載ってる。あれ、絶対、どこかの現場の人間が書いてますよ。ああいうのは、記録を見てる人間にしか書けない」
「うちの会社にも、いたりして」
誰かが言って、笑った。
「まさか。こんなところに、そんな物好きが、いるわけない」
別の誰かが返して、みんなが、また笑った。
私は、笑えなかった。
あれは、私のことだろうか。分からなかった。返信を集めた場所なら、私にもある。けれど、私のとはかぎらない。似たことを考える人は、どこにでもいる。同じようなものが、いくつもあるのかもしれない。その、かもしれない、が、いちばん落ち着かなかった。はっきり自分のことだと分かってしまうより、分からないまま、話だけが近づいてくるほうが、こわい。
私は、その言葉を、議事録に打った。〈業界で話題のサイトの件〉。〈現場の人間が書いているのでは、との意見〉。打ちながら、手は、少しも乱れなかった。
別の一人が、笑った。
「名前がいいんですよ。読まれない文章の墓地、っていうんです。読まれない、なんて名前つけといて、うちの業界じゃ、いちばん読まれてる。名前と、逆じゃないですか」
読まれない文章の墓地。その名前が、部屋の中で、声に出された。私が、十年前の夜に、つけた名前だ。もう、かもしれない、ではなかった。あれは、私のだ。逆ではない、と心の中でだけ答えた。あれは、読まれないところとして、作った。だから、書けた。
みんなが、笑っていた。私も、口の形だけ、少し動かした。手は、議事録を打っていた。〈名称についてのやりとり〉と、それだけ書いた。書きながら、胸のあたりが、少し速くなっていた。この人たちは、いま、私のつけたものを、笑っている。もし誰かが、ふと思いついたら。いちばんしゃべらない人間が、いちばん書いているのかもしれない、と。――けれど、誰も、私を見なかった。見る理由が、なかった。思いつく理由も、なかった。私は、うつむいて、手だけを動かしていた。
心の中で答えたことは、書かなかった。議事録に書くのは、この部屋で声に出されたことだけだ。自分のことが話されている会議の記録を、自分の手で正確に取った。
この十年で、何万人ぶんもの困りごとを読んで、返してきた。その多くが、どこかに記録されている。そのどこにも、私はいない。
打ち合わせは、それで終わった。同僚たちは、次の話に移っていた。もう、サイトのことは、忘れていた。忘れられるくらいの、雑談だった。
私にとっては、雑談ではなかった。私だけが、違う重さで聞いている。それは、いつものことだ。ただ、今日は、重く読まれる側に、私がいた。読む人が、読まれる側に回ると、こんなに何も、できないものなのか、と思った。
私は、議事録を清書して、共有の場所に上げた。作成者、宇津木佐保。この会社で私の名前が残るのは、ここと、返信の担当者番号だけだ。
退勤の前に、日野さんが言った。
「おつかれさま」
「はい」
帰り道、いつものところで立ち止まって、一枚撮った。さびた、小さな郵便受けだった。もう使われていない。差し込み口に、蜘蛛の糸が張っていた。中に、手紙は、たぶん入っていない。入っていても、誰も、取りにこない。なぜ撮ったのかは、分からない。手が、勝手に選ぶ。撮ってから、少しのあいだ見ていた。誰も開けない口が、それでも、何かが入るのを待っているような形をしていた。
部屋に帰ったら、今夜のぶんを、埋めなければならない。冷蔵庫の、夜が静かな人に、送れなかった一行。ほかにも、いくつか。昼のあいだに送れずに消した言葉が、夜になると、順番に戻ってくる。
私は、それを、また墓地に埋める。けれど、今日、あそこは、もう、誰も来ない場所ではなくなった。私は、それを、知ってしまった。今夜、私は、まだ書けるだろうか。
◇ ◇ ◇
今日の返信、三十三件。
今日の発話、「はい」三回。




