表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
好きな人が義理の姉になった日から、距離感がバグり続けて毎日心臓が持ちません。  作者: あ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/22

第十八話 親たちが来た夜に、見られた話

 木曜日の夕方に、メッセージが来た。

 父さんからだった。

「今週の土曜日、詩織ちゃんのお母さんと一緒に顔を見に行っていいか。夕ごはん食べながら」

 俺は少しの間、スマートフォンを見た。

 定期的にお食事会がある、とは同居を始めたときに言われていた。でも実際に来るのは今日の連絡が初めてだった。

 返信を打つ前に、詩織に知らせるべきだと思って廊下に出た。

 ちょうど詩織の部屋の扉が開いて、詩織が出てきた。鉢合わせた。

「お母さんから連絡が来て」

「父さんからも来ました」

 二人が同時に言った。

 少しの間、顔を見合わせた。

「土曜日、ですね」

「ですね」

「……準備します」

「手伝います」

 それだけ話して、それぞれ部屋に戻った。

 返信を打ちながら、俺は土曜日のことを考えた。

 父さんが来る。詩織のお母さんも来る。

 二人に、俺と詩織が一緒に暮らしているところを見られる。

 その事実が、昨夜受け取った言葉と一緒になって、少しだけ複雑な重さを持った。


 土曜日の午前中、詩織が台所に立った。

 俺は手伝いを申し出た。今日は断られなかった。

「野菜を切ってもらえますか。大きさはこのくらいで」

 詩織が手で大きさを示した。

「わかりました」

 俺はまな板の前に立って、包丁を持った。

 隣で詩織が別の料理を進めていた。

 台所に二人でいるのはいつものことだった。でも今日は夕ごはんの支度を一緒にしていて、いつもより手数が多かった。動くたびに肩が近くなった。どちらかが移動するたびに、「すみません」「いえ」という短いやり取りがあった。

 その繰り返しが、俺には悪くなかった。

 昨夜受け取った言葉が、今日はちゃんとそこにあった。悪くない、と思うのも、その言葉の重さがあるからだと、今日の俺には少しわかった。

「悠馬さん、その人参、少し大きいです」

「これくらいですか」

「もう少し薄く」

「これで?」

「それで大丈夫です」

 短いやり取りをして、手を動かした。

 窓から午前中の光が入ってきて、台所が明るかった。

 詩織の横顔が、今日は光の中にあった。


 両親が来たのは、十七時過ぎだった。

 インターホンが鳴って、俺が扉を開けた。

 父さんが立っていた。隣に、詩織のお母さんがいた。

 父さんは俺の顔を見て「元気そうだな」と言った。詩織のお母さん、末永さんは「悠馬くん、邪魔するね」と言った。穏やかな声だった。詩織の声と少し似ていた。

「どうぞ」

 二人を中に招き入れた。

 台所から詩織が出てきた。「お母さん」と言って、末永さんが「詩織」と言った。二人が短く会話した。父さんが「詩織ちゃん、いつもありがとうね」と言って、詩織が「いいえ」と答えた。

 四人でリビングに移動した。


 夕ごはんの支度が整うまで、リビングで話した。

 父さんが「仕事が落ち着いてきた」と言った。末永さんが「この前行ったレストランがよかった」と言った。他愛のない話だった。俺は相槌を打ちながら、詩織が台所に戻っているのが気配でわかった。

「悠馬、学校はどうだ」

「普通にやってます」

「友達はいるか」

「います」

「そうか」

 父さんとの会話は、昔からこういう感じだった。短くて、でも嫌ではない。

 末永さんが「詩織、手伝おうか」と台所に声をかけた。詩織が「大丈夫です」と返した。末永さんが少し笑って「そっか」と言った。

「詩織、昔から台所に入らせてくれないのよ」

 末永さんが言った。

「そうなんですか」

「自分でやりたい子だから。でも最近、悠馬くんには手伝わせてるって聞いたわよ」

「ああ、まあ」

「詩織には珍しいわね」

 末永さんは何でもない顔で言ったが、その言葉が俺の中に少し残った。

 珍しい、と言った。

 詩織が人に台所を手伝わせるのが珍しい、と。


 夕ごはんは、詩織が作ったものが並んだ。

 煮物と、焼き魚と、サラダと、味噌汁と、ご飯。品数が多かった。いつもより手が込んでいた。

「詩織、これ全部作ったの?」

 末永さんが言った。

「はい」

「すごい。悠馬くんはいつもこれを食べてるの?」

「まあ」

 父さんが「贅沢だな」と言った。

「ほんとうにそうですね」

 俺が答えたら、詩織が一瞬だけこちらを見た。目が合った瞬間、詩織の耳が赤くなった。俺も少し顔が熱くなった。

 父さんと末永さんが、そのやり取りを見ていた。

 二人とも、特に何も言わなかった。

 ただ、父さんが末永さんに視線を向けて、末永さんが父さんの方を見て、二人の間で何かが通り過ぎた。

 その視線が、俺の目の端に入った。


 食事が進んで、会話が続いた。

 学校の話、近況の話、家の話。

 途中で、俺が味噌汁のお椀に手を伸ばしたとき、同時に詩織もお椀に手を伸ばした。

 理由はわからなかった。俺のお椀が空になっているのに、詩織が気づいて動いたのかもしれなかった。タイミングが重なった。

 二人の手が、お椀の上でほぼ同時に止まった。

「あ」

「すみません」

「いえ、俺が取ります」

「注いできます」

「大丈夫です」

「取ってきます」

 詩織がお椀を持って台所に行った。

 リビングが少し静かになった。

 父さんが箸を置いて、静かに言った。

「悠馬」

「はい」

「仲良くやれてるか」

「……まあ」

「そうか」

 それだけだった。

 でも父さんの声のトーンが、「仲良くやれてるか」という言葉の意味より少し広いところを指していた気がした。

 末永さんがお茶を飲みながら言った。

「詩織ね、小さい頃から何でも一人でやる子で。頼むのが下手で、頼まれるのも上手じゃなかったの」

「そうなんですか」

「でも悠馬くんのお椀に気づいてたのよ、さっき。食べながら、ちゃんと見てた」

 俺は末永さんを見た。

「詩織がそういうことをするのは、珍しいの。誰かをそういう風に見ていることが」

 末永さんはそれだけ言って、また箸を取った。

 詩織が台所から戻ってきた。お椀を俺の前に置いた。

「ありがとうございます」

 言ったら、詩織は「いいえ」と言って席に戻った。

 末永さんが詩織を見て、また少し笑った。何も言わなかった。


 食事が終わって、片づけをした。

 俺と詩織が片づけて、父さんと末永さんがリビングで話していた。

 台所で、詩織が洗い物をしながら小声で言った。

「お母さん、何か言ってましたか」

「少し」

「何を」

 俺は少し考えた。

「詩織さんが誰かをそういう風に見るのは珍しいって」

 詩織の手が、一瞬止まった。

「……そんなことを」

「はい」

「余計なことを」

 小声で言って、また手を動かした。

 俺は布巾で皿を拭きながら、今の詩織の耳が赤いのを視界の端で見た。

 余計なことを、と言ったが、否定はしなかった。

 皿を受け取るたびに、今日は短い間があった。渡すときの指が、今日は少しだけ重なる時間が長かった。

 二人ともそれに触れなかった。


 両親が帰ったのは二十時過ぎだった。

 玄関で見送って、扉が閉まった。

 リビングに戻ると、静かになっていた。

 さっきまで四人分の声があったところに、二人分の静けさが残っていた。

 詩織がソファーに座った。俺も椅子に座った。

 しばらく何も言わなかった。

「お疲れ様でした」

 詩織が言った。

「詩織さんこそ。全部作ってもらって」

「いつものことなので」

「でも今日は品数が多かった」

「……少し、張り切りました」

 詩織はそう言って、ソファーの肘掛けの方を見た。

 俺は詩織を見た。

「今日のごはん、おいしかったです。いつも以上に」

「ありがとうございます」

「父さんも、末永さんも、喜んでました」

「そうですか」

 詩織はまだ肘掛けの方を見たままだった。

「末永さん、詩織さんのこと、よく見てますね」

「……昔からそうです。多くは言わないけど、見てます」

「今日も、何か見てた気がしました」

 詩織が俺の方を向いた。

「何を、ですか」

「俺たちを」

 詩織は少しの間、俺を見た。

 それから視線を外して、「そうですね」と言った。

「見られましたね」

「はい」

「外から見ると、私たちはどう見えるんでしょう」

 俺は少し考えた。

「わかりませんが」

「はい」

「悪くない見え方だったと思います」

 詩織はそれを聞いて、また俺の方を見た。

 目が合った。

 今日の詩織の目に、今夜も例の名前のつかない何かがあった。

 でも今夜の俺には、少しだけ、その名前がわかってきていた。


 夜、布団に入って天井を見た。

 今夜の食卓の光景を、順番に思い返した。

 父さんと末永さんが来て、詩織が作ったものを四人で食べた。

 お椀のタイミングが重なったとき、父さんと末永さんが視線を交わした。

 末永さんが「詩織がそういう風に見るのは珍しい」と言った。

 詩織が「余計なことを」と言って、否定しなかった。

 悪くない見え方だったと思います、と俺が言ったら、詩織が俺の方を見た。

 全部を並べて、見た。

 外から見た俺たちが、今夜少しだけわかった気がした。

 外から見ると、俺たちは「二人でここにいることが自然になっている」ように見えるらしかった。

 自然になっている、というのは、本当だった。

 詩織がいることが、この家の普通になっていた。

 朝ごはんがあって、手を繋いで歩いて、屋上で弁当を食べて、夕ごはんを一緒に食べて、片づけをして、おやすみを言う。

 全部が普通になっていた。

 普通になっているのに、毎日胸がうるさい。

 普通なのに、好きだと思っている。

 両方が、今夜の俺の中にあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ