動き出した大人たち
セレスティーナは数日、誰にも会うことなく過ごした。
食事や身の回りの世話は申し分なく、立場にあった手厚いものだ。
(一度も会いにすら来ないなんて、いったいどうなっているというの)
侍女に問うも、決まって同じ答えが返ってくる。
「申し訳ございません、殿下のご予定については存じません」
(本当に知らないの?それとも──隠しているの?)
鏡越しに、髪を結う侍女の顔をじっと見つめる。
侍女は視線に気づくと微かに肩を震わせ、仕事に集中し直した。
(これは──アイテムを使ってでも情報収集するべきなの?)
指先がじりじりと疼く。
けれどセレスティーナは、深く息を吸い込んで自分を落ち着かせた。
(いいえ、この状況はあきらかにおかしい。ここでアイテムを使えば……ええ、使うのは最後の切り札に取っておくべき)
完璧な笑顔を保ちながらも、胸の奥では不安と苛立ちが渦を巻く。
時間だけが過ぎていくのが、耐えがたい。
「……散歩にでも行こうかしら」
「いいえ、妃殿下はお部屋から出られません」
侍女が目を伏せたまま、告げた。
(どういうこと? わたくし、軟禁されているの? だとしたら、何故?)
不意に力が抜け、ソファーに倒れ込む。
緊張のせいか指先が冷え、震えが広がっていく。
(いったい、何故? ハッピーエンドでクリアしているはずよ)
「あ」
ゲームの後。
その後の情報は?
セレスティーナは、呆然と指先を見つめた。
(……どうして?わたくしは勝ったのに)
胸の奥が冷たくなる。
完璧だったパレード、完璧だった式典、完璧な笑顔──
それらが一つひとつ脳裏に蘇るたび、セレスティーナを拒否しているかのようなエドワールを思い出して嘲笑われている気がした。
(エンディング後に面倒が起きぬよう、時間を惜しまずうまくやったはずなのに……)
指先がドレスをぎゅっと掴む。
(どこで……なにがいけなかった?)
頭の中に、あの夜会で見た光景が蘇る。
緑の蛍石と三曲連続のダンス……リリィ・アーヴェルンが王太子と並んだ姿。
(いいえ、そんなはずない。わたくしが勝ったのだから──)
致命的なミスをしていれば、成婚はなかった。
だから失敗はしていないはず。
セレスティーナは唇を噛み、血の味を感じながら微笑んだ。
(……だって、成婚のパレードがエンドなのよ)
◆
「え、すぐにファピンに帰るつもりだったのだけど」
私はお義父様に、自分の予定を伝えてあったと思うんだけど?と首をかしげた。
「うん、そう聞いていたんだけどね」
ジルベールは少し困ったように、肩をすくめた。
「登城命令が出ている。リリィにも」
「え?私もですか」
「うん、おそらく事情聴取だと思うよ。セレスティーナ妃殿下絡みの」
私は溜め息をついて、椅子に座り込んだ。
「カーティス様のところに行ってくるわ」
「ミアと行きなさい。一人ではいけないよ」
この国では貴族ですもの、もちろん侍女と行かせていただきます。
ユリはカーティスのところに戻っているし、育休明けのミアと行くわ。
「はい、お義父様」
久しぶりに会ったミアは、ちょっとふっくらして元気そうだった。
元々痩せぎすだったから、ちょうどいいかもしれない。
とても幸せそうで、私もミアを見てると幸せな気持ちになる。
屋敷につくと、カーティスの屋敷はいつもより忙しそうで、人も多かった。
「証人の移送とか、最終提出書類のチェックとかでてんてこ舞いなのよ」
「あ、だから知らない護衛みたいな人がいっぱいいるの?」
「そう。王宮からの騎士たちよ」
私は出されたハーブティーを飲みながら、カーティスの話を聞いた。
「あなたがファピンにいってから、もう何度も密談が行われたわ。パレード前に全部……外に向けたシナリオは完成してるの」
「ああ、外国と国民に向けた?」
「ううん、他の貴族にもよ? つまり当事者と関係者以外に向ける物語ね。それが正史になるの」
「こわ。こうなってみると、乙女ゲームは所詮子供のゲームね。ご都合主義の」
カーティスは真面目な顔で、そうねぇと呟いた。
「どんなお話も、政治を絡めなければきれいにまとまるものよ。ましてや架空の物語なら、特にね」
私は同意しつつ、忙しそうな使用人たちを眺めた。
その一人一人の動きが、嵐の前の波のように整然としているのがかえって不気味だ。
(いよいよ──なのね)




