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ヒロインに転生したのはいいけれど、悪役令嬢が廃課金勢だったので開始前から命の危機です。  作者: 藤 野乃


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訪れぬ朝


 午前中は婚姻の儀、午後はパレード。


「セレスティーナ様、今日は秋晴れで少々日差しが強うございます」


「ありがとう、大丈夫ですわ。日よけもありますから」


 普段より遥かに重いウエディングドレスにティアラ。

 贅を尽くした素晴らしいものだ。


(完璧なゴールよ。これでゲームクリア)


 セレスティーナは満面の笑顔で国民に手を振る。

 夫であるエドワール王太子も、穏やかな笑顔を浮かべ手を振っている。

 多くの人々が王太子夫妻を祝い、王国は沸き立っている。


 ふふ、わたくしの完全勝利。

 リリィを側妃に、という話さえなかった。

 ファピンに行ったようだけれど、戻ってきても社交界に居場所なんて作らせないわ。


(いいえ、戻ってこられない方がスマートね? さいわい、アイテムはまだ残ってるもの)


 完璧なゴールだわ。

 セレスティーナルートのエンディングと同じ。

 ドレスもティアラもゲームと同じもの。


(ふふ、ここでエンドロールが流れるのよ)


 すべてを手に入れた、完璧なハッピーエンド。

 ちょっとした雑音は、ゆっくりお掃除すればいいだけ。


 セレスティーナは笑みを深め、手を振り続けた。



──ぴちょん。


 大きな大理石の浴槽。

 バラの花びらを浮かべ、セレスティーナは湯浴みをしている。

 パレードの疲れを癒し、完璧に磨き上げる。

 王太子妃となったセレスティーナには、王家側からベテランの侍女たちが配されている。


(サラを連れて来られなかったのが誤算だったけれど)


 サラは実家──養い親の身分が足りなかったのだ。

 それをセレスティーナが知ったのは、パレードの二週間前だった。

 その日、セレスティーナはサラを使いに出し有名店の焼き菓子を買ってこさせた。

 贈答用ではなく、自宅用のものをと指示して。

 数日後、休暇で騎士爵の養家に帰る予定だったサラにその焼き菓子を持たせた。


 もちろん課金アイテムの毒物は検出不可能。

 孤児だったサラを引き取った一家は、本人含め原因不明で亡くなっている。


 なので、今セレスティーナに付いている侍女たちは、王宮の者たちだけ。


(時間はあるわ。どれが手駒に最適か、よく見極めなきゃ)


 侍女たちは口数が少なかったが、愛想が悪いわけでもない。

 もちろん、仕事は完璧だった。

 丁寧なマッサージを受けながら、セレスティーナは満足して深い息を吐いた。


 バラの香油でしっとりと輝く肌。

 丁寧にブラッシングされた銀の髪も、髪自体が光り輝いているかのよう。

 侍女たちに命じ、夜着に着替える。


 だが、記念すべきこの日の夜──皇太子の訪れは、無かった。


 空が白み始めたころ、セレスティーナは立ち上がり窓の外を窺った。


(……来なかった)


 指先が痛いほど冷えているが、この震えは寒さではなく純粋な怒りだった。


(どうして。どうして来なかったの。完璧なパレード、完璧な儀式、完璧なドレス──全て完璧だったのに!)


 胸の奥で、怒りと不安と屈辱が渦を巻く。

 吐き気がするほどの敗北感が、喉の奥まで込み上げる。


(私が王太子妃よ? 王妃になる女よ? 私を抱かずに、何をしているというの、エドワール……!)


 真っ赤に塗られた爪先で、寝台のシーツをぎゅっと握りしめる。

 枕元に飾られたバラが振り払われた枕にぶつかり、はらはらと散った。


 それでも、声は出さない。

 誰にも聞かせてなるものか。


(これはトラブルがあっただけ。明日になれば、殿下は必ず来る)


 そう言い聞かせるたびに、胸の奥のざわめきが強くなる。


 じきに朝食が出され、何事もなかったように優雅に過ごす。

 まだ重たい目をしているセレスティーナのもとに、王宮付きの侍女頭と小姓が揃って入室してきた。


「セレスティーナ殿下、本日以降しばらく──殿下は執務が立て込んでおられます。お部屋へのご訪問は当面控えられる、との仰せです」


 セレスティーナは、優雅な微笑みを浮かべたまま頷いた。


「ええ、承りましたわ」


 声は完璧に落ち着いている。

 握りしめた手に、爪先がじわりと食い込んだ。


(執務? 冗談でしょう……)


 胸の奥に、昨夜よりもずっと冷たい焦燥感が広がる。


(初夜を飛ばして執務? 私を後回しにして?──そんなはずない、そんなはず……!)


 鏡台の前に座ると、笑顔は崩れていないのに頬が強張っているのがわかった。


(これは、侮辱よ。ヴァレフォールへの侮辱。わたくしへの、最大の侮辱!)


 ブラシを取った侍女の手が震えている。

 セレスティーナはそれを見て、やっと小さく息を吐いた。


「……失礼、少し強く結ってくださる?」


 声はとろけるように甘く、柔らかい。

 けれど鏡の奥で笑っている瞳は、氷のように冷たかった。




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