第5話 二百体なら、前から行く
屋根から広場へ降りた瞬間、槍が飛んできた。
「迅!」
ひよりの声より先に、迅が大剣を振った。
槍が弾かれ、石畳を跳ねる。
一本ではない。
二本。
三本。
広場の奥から、次々と飛んでくる。
迅はひよりの前へ出た。
「後ろ、お願いします」
「言われなくても!」
ひよりが屋根へ向かって矢を放つ。
石造りの建物の上に、弓を持った兵士が並んでいた。
矢が一体の肩へ刺さる。
兵士が屋根から落ちた。
「上に二十くらい!」
「分かりました!」
迅の正面には、盾を並べた兵士たちが迫っている。
五十体ほど。
隙間なく盾を重ね、その後ろから槍を突き出していた。
ひよりがちらりと見る。
「右から回る?」
迅も見た。
右へ行けば建物との間に細い道がある。
通れなくはない。
「このままでいいです」
「はいはい!」
盾の壁が近づく。
先頭の兵士が槍を突き出した。
迅は体を半歩ずらした。
槍が脇を通る。
大剣を低く振る。
盾ではなく、その下。
兵士たちの足へ刃が入った。
先頭の三体がまとめて倒れる。
後ろの兵士がつまずいた。
列が崩れた。
迅はそこへ踏み込んだ。
盾の一枚を大剣の腹で殴る。
兵士が後ろへ飛ぶ。
後続を巻き込んで倒れた。
「うわ」
ひよりが思わず声を漏らした。
「盾って、そう使うんだ」
「向こうが持ってくれてるので」
「そういう話じゃない!」
迅はもう次へ行っていた。
大剣が横へ走る。
二体。
返して一体。
盾ごとたたき倒す。
槍が背中へ迫る。
ひよりの矢が飛んだ。
槍を持った兵士の顔が跳ね上がる。
「後ろ!」
「助かります!」
迅が振り返る。
大剣を振り下ろした。
兵士の兜が潰れ、そのまま石畳へ倒れる。
左右から新しい列が寄ってきた。
「増えた!」
「最初からいましたよ」
「そうだけど!」
ひよりは矢を放ちながら後ろへ下がる。
迅を中心に、兵士たちが半円を作り始めていた。
囲もうとしている。
だが迅は止まらない。
むしろ、兵士が集まっている場所へ向かっていく。
「迅、そっちは多い!」
「分かってます!」
「じゃあなんで行くの!」
「散らばるより楽なので!」
ひよりは一瞬だけ口を閉じた。
「それは迅だけ!」
兵士が一斉に槍を突き出す。
迅は大剣を縦に立てた。
一本を受ける。
その槍ごと押し込み、隣の槍へぶつける。
穂先が絡んだ。
迅はそのまま前へ出た。
兵士たちが押し戻される。
大剣を横へ倒す。
まとめて四体が崩れた。
開いたところへ肩から入る。
一体を吹き飛ばす。
倒れた兵士の盾を踏み、さらに前へ。
広場の中央へ向かって、一直線に道ができていく。
ひよりはその後ろを走った。
左右から来る兵士だけを矢で止める。
一体を倒す必要はない。
迅の背中へ届かなければいい。
「左、弓!」
ひよりが叫ぶ。
迅が大剣を立てた。
矢が刃と背中の金具に当たり、何本か弾ける。
「全部は止められません!」
「分かってる!」
ひよりが屋根の弓兵へ三本続けて撃つ。
一体。
二体。
三体目は外れた。
「ちっ」
次の矢を取る。
弓兵がこちらへ狙いをつける。
先にひよりが放った。
今度は当たった。
「よし!」
振り向く。
迅の姿が見えない。
「え?」
兵士の群れだけが見える。
「迅!」
「こっちです!」
少し離れた場所から声がした。
もう広場の中央近くまで進んでいた。
「速い!」
「すみません!」
「謝りながら行かないで!」
ひよりも走った。
◇
広場の中央にいた黒い騎士が動いた。
それまで一歩も動いていなかった。
周囲の兵士より頭一つ大きい。
黒い甲冑。
長さ三メートル近い槍。
兜の左右から、角のような飾りが伸びている。
騎士が槍の石突きを地面へ打ちつけた。
音が広場へ響く。
兵士たちが動きを止めた。
「止まった?」
ひよりも足を止める。
迅の周囲にいた兵士たちが、左右へ分かれていく。
道ができた。
その先を、黒い騎士が歩いてくる。
「一対一ってこと?」
「たぶん」
「律儀だね」
迅は大剣を肩へ置いた。
黒い騎士が止まる。
槍を構えた。
迅も大剣を下ろした。
「ひよりさん」
「何?」
「周り、見てもらっていいですか」
「任せて」
呼び方がいつの間にか名字から名前になっていることに気づいたが、今は言わなかった。
黒い騎士が動く。
速い。
長い槍が一直線に伸びた。
迅は大剣で受ける。
金属音が響いた。
足が石畳を滑る。
一歩。
そこで止まる。
「黒鉄牛より軽いですね」
「比較がおかしい!」
黒い騎士が槍を引いた。
すぐに二撃目。
横薙ぎ。
迅はしゃがんだ。
槍が頭上を通る。
そのまま距離を詰める。
黒い騎士が槍を短く持ち直す。
石突きが迅の胸へ来た。
迅は左腕で受けた。
胸当てへ当たる。
鈍い音。
体が少し揺れた。
迅の右手が大剣を振る。
黒い騎士が槍の柄で受けた。
大剣と槍がぶつかる。
槍の柄が曲がった。
「え」
ひよりが声を漏らす。
黒い騎士も一瞬止まったように見えた。
迅がもう一度振った。
槍が折れた。
半分になった穂先が石畳へ落ちる。
黒い騎士は残った柄を捨て、腰の剣を抜いた。
「まだあるんだ」
ひよりが矢を構えたまま言う。
迅は大剣を持ち直した。
黒い騎士が踏み込む。
剣が迅の肩へ振り下ろされた。
迅も前へ出た。
大剣を横から振る。
二つの刃がぶつかった。
黒い騎士の剣が根元から折れた。
そのまま大剣が止まらない。
黒い甲冑の胸へ入る。
騎士の体が宙へ浮いた。
十メートル近く飛び、広場の石像へ背中からぶつかった。
石像が崩れる。
黒い騎士は、その下から起き上がらなかった。
静かになった。
「終わった?」
ひよりが聞く。
「たぶん」
迅が周囲を見る。
残っていた兵士たちは、動かない。
武器を構えたまま立っている。
数秒後。
一体が武器を下ろした。
続いて隣。
また隣。
広場中の兵士が、次々と武器を下ろしていく。
「え?」
ひよりが弓を向けたまま固まった。
兵士たちは迅へ襲いかからない。
左右へ分かれた。
中央塔へ続く大通りが開く。
「通っていいってことかな」
迅が言った。
「そう見えるけど……」
ひよりは少し待った。
誰も動かない。
「行ってみる?」
「はい」
「普通に?」
「ほかに何かします?」
「ないけど」
二人は歩きだした。
武装した兵士たちの間を通る。
距離は二メートルもない。
ひよりはずっと弓から手を離さなかった。
「これ、急に来ないよね」
「来たら倒します」
「頼もしいけど雑!」
迅は兵士の一体を見た。
兵士も迅を見る。
何もしない。
「大丈夫そうです」
「何をもって?」
「さっきから一体も動いてないので」
「それは私にも分かる」
広場を抜けた。
そこでひよりが振り返る。
兵士たちは、まだ同じ場所に立っていた。
「もしかして、あの黒いのが隊長だったのかな」
「そうかもしれません」
「倒したら戦わなくなった」
「楽でいいですね」
「そこは同意する」
ひよりは配信端末を確認した。
「八百四十万」
「増えましたね」
「日本だけじゃない。海外からも来てる」
「何を見てるんですかね」
「二百体の軍勢に二人で入って、隊長みたいなのを武器ごと折った人を見てるの」
「ああ」
「納得した?」
「少し」
「少しなんだ……」
◇
中央塔は、近くで見るとさらに大きかった。
四角い石造り。
高さは百メートルを軽く超えている。
入口には扉がなかった。
幅十メートルほどの開口部が、そのまま内部へ続いている。
迅が先に入った。
ひよりも続く。
中は広い。
円形の床。
中央に巨大な石柱。
壁には上へ続く階段が沿うように作られていた。
「また登るの?」
ひよりが上を見る。
「上まで行きます?」
「行く」
「疲れてません?」
「誰のせいだと思ってる?」
「俺ですか?」
「半分くらい」
「すみません」
「残り半分は自分で来たからいいけど」
二人は階段を上った。
途中に魔物はいない。
上へ。
さらに上へ。
ひよりの足が重くなる。
「迅」
「はい」
「ちょっと待って」
迅がすぐ止まった。
「休みます?」
「一分」
「分かりました」
ひよりは階段へ座った。
水を飲む。
「迅は疲れないの?」
「疲れてますよ」
「嘘」
「ほんとです」
「息切れてない」
「まだそこまでは」
「それを疲れてないって言うんだよ」
迅は壁へ背中を預けた。
「救助だと、もっと長いこと歩くので」
「どのくらい?」
「一番長かったときは、二日くらい」
「寝ないで?」
「交代で少し寝ました」
「救助員って大変だね」
「攻略者も大変じゃないですか」
「今日、急に大変になった気がする」
「帰ります?」
ひよりが迅を見る。
「行く」
「ですよね」
「なんで聞いたの」
「確認です」
一分経つ前に、ひよりは立ち上がった。
「行こう」
「はい」
◇
塔の最上部へ出た。
風が強かった。
ひよりの髪が横へ流れる。
「うわ……」
森。
街。
川。
遠くの山。
四十階の景色が、すべて見渡せた。
入口の門がある岩山は、かなり遠い。
森の中には小さく、後続の攻略団らしき光がいくつも動いている。
ひよりが撮影ドローンを飛ばす。
「これ、すごい」
迅は街の反対側を見ていた。
「ひよりさん」
「なに?」
「あれ」
迅が指す。
街のさらに向こう。
森が途切れた場所に、巨大な湖があった。
その中央。
島が一つ浮かんでいる。
島の上に、白い建物が見えた。
「また何かある」
「ですね」
「まさか、今日行くとか言わないよね」
迅は空を見る。
太陽はだいぶ傾いていた。
「今日はやめます」
「よかった」
「装備も減ってきたので」
「そういう判断できるんだ」
「できますよ」
「今日一番安心した」
ひよりは笑った。
迅が塔の縁へ近づく。
街を見下ろした。
「入口からここまで、結構ありますね」
「私たちが変な道で来ただけだけどね」
「帰りは普通の道にします?」
「絶対そうして」
ひよりは配信端末を見る。
同時視聴者数は九百万人を超えていた。
「迅」
「はい」
「今日だけで、いろいろ見つけたね」
迅も振り返る。
四十階。
最初の森。
魔物の群れ。
石の街。
二百体の兵士。
中央塔。
そして、さらに先にある湖。
「まだ入口の近くかもしれませんけど」
「それ、今言う?」
「広そうなので」
ひよりは少し黙った。
「……確かに」
そのとき、塔の床が光った。
二人が同時に下を見る。
床の中央に、文字が浮かび上がる。
『四十階中央都市 到達者を確認』
『都市転移地点を開放します』
ひよりが目を見開いた。
「転移地点?」
迅も文字を見る。
「次から、ここまで飛べるってことですかね」
「たぶん」
二人は顔を見合わせた。
「迅」
「はい」
「私たち、森を全部歩かなくてよくなった?」
「たぶん」
「やった!」
ひよりが両手を上げた。
今日一番大きな声だった。
迅も笑った。
「それは助かりますね」
「ほんとに!」
床の光が強くなる。
同時に、配信画面にも通知が表示された。
『四十階中央都市 初到達』
『到達者 鳴海迅/榊ひより』
二人の名前が並んだ。
ひよりは画面を見た。
「私も入ってる」
「一緒に来ましたから」
「うん」
ひよりはしばらく、その表示を消さなかった。
四十階が解禁されてから、まだ数時間。
二年間閉ざされていた先で。
誰よりも早く街を見つけ。
二百を超える敵を抜き。
二人は、その日のうちに中央都市まで到達した。
そして今。
ほかの攻略団は、まだ森の中にいた。




