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最前線は救助員が奪う ~世界最難関ダンジョン、救助に入った俺がそのまま攻略します~  作者: 空乃 カナタ


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第3話 四十階、一番乗り

 四十階への立ち入りが解禁されるまで、あと五分。


 三十九階の最奥は、二日前とは別の場所みたいになっていた。


 崩れた石橋の横には、金属製の仮設橋が二本架けられている。


 円形岩盤の上には救難局の臨時詰所。


 四十階への門の前には、攻略者たちが集まっていた。


 ざっと二百人。


 国内でも名前の知られた攻略団ばかりだ。


 新しい階層が開いた場合、迷宮管理庁が入口の安全を確認するまで四十八時間、立ち入りが止められる。


 その期限が切れるのが今日の午後一時だった。


「人、多いね」


 榊ひよりは、新しい弓を背負い直した。


「もっと少ないと思ってました」


「二年間止まってたんだよ。そりゃ来るって」


「榊さんもですか」


「私はあなたが来るから来たの」


 ひよりが迅の背中を見る。


 二日前と同じ大剣があった。


「それ、救難局から借りてるんじゃないよね?」


「俺のです」


「個人の?」


「はい。仕事でも使ってますけど」


 迅は柄を軽くたたいた。


「前の剣が何本も折れたので、武器屋に厚くしてもらいました」


「どのくらい?」


「普通の三倍くらい」


「剣っていうか鉄板じゃない?」


「切れますよ」


「それは見た」


 ひよりは端末を開いた。


「じゃ、始めるね」


「お願いします」


「もう始まってるけど」


「え?」


 迅が画面をのぞく。


 配信待機画面の横に、数字が並んでいた。


 同時視聴者、二百八十三万人。


「まだ何もしてないですよ」


「みんな待ってたの」


「何をです?」


「あなたが四十階に入るところ」


 迅は数字をもう一度見た。


「二百万人以上、暇なんですかね」


「今それ言わないで」


 ひよりが配信を本放送へ切り替えた。


「こんにちは、榊ひよりです。今日は予定通り、東京湾大迷宮《天楼》四十階へ入ります」


 撮影ドローンが二人の周囲を回る。


「一緒に行くのは、この二日でたぶん日本一顔が売れた救助員、鳴海迅さんです」


「どうも」


「何か一言」


「今日は勤務じゃないです」


「そこ?」


「勝手に仕事を抜けてきたと思われると困るので」


 ひよりは笑いをこらえながら、コメント欄を閉じた。


「もう流れるの速すぎて読めない」


「読まなくてもいいんじゃないですか」


「配信者に何を言ってるの」


 門の前で警報音が鳴った。


 話していた攻略者たちが、一斉に前を見る。


『四十階の安全確認を終了しました』


 管理庁の放送が流れた。


『午後一時をもって、一般攻略を解禁します』


 巨大な門の中央に光が走る。


 扉が左右へ開いた。


 向こう側は明るかった。


「行くよ」


「はい」


 ひよりが一歩踏み出す。


 その横を迅が通り過ぎた。


「あ、ちょっと!」


 各攻略団も一斉に動き始める。


 迅は走ってはいない。


 普通に歩いている。


 それでも迷いなく門をくぐった。


 四十階へ最初に足を踏み入れたのは、鳴海迅だった。


     ◇


 風が吹いた。


 迅は思わず足を止めた。


「広いですね」


 四十階には森が広がっていた。


 一本一本の木が大きい。


 太い幹は、人が五人で手をつないでも囲めそうにない。


 緑の葉の隙間から、青空が見える。


 入口の門は、岩山の斜面に埋まっていた。


 そこから先へ、古い石畳の道が森の奥まで続いている。


 鳥の声。


 木の葉がこすれる音。


 遠くでは、水が流れている。


 ひよりも門を抜けてきた。


「うわ……」


 しばらく言葉が出なかった。


 撮影ドローンを高く飛ばす。


 木々の上まで上がったところで映像が切り替わった。


 森は、どこまでも続いていた。


「端が見えない」


「次の門も?」


「見えない。森しかない」


 後ろから、ほかの攻略団が入ってくる。


 門を出た者たちは、その場で隊列を整え始めた。


「周囲を確認!」


「ドローンを東西へ!」


「入口を基準点にする!」


「先行班は勝手に離れるな!」


 迅はその声を聞きながら、石畳の先を見る。


「鳴海さん」


「はい」


「先に言っとくけど、私も戦うから」


「分かってます」


「カメラ係だから守ってもらうだけ、とかじゃないからね」


「昨日、弓の動画見ました」


「見たの?」


「上手かったです」


「……そういうの急に言うのやめて」


「駄目でした?」


「駄目じゃないけど」


 ひよりが顔をそらした。


 そのとき、迅が右手を上げた。


「榊さん」


「何?」


「上」


 ひよりが顔を上げる。


 枝が揺れていた。


 一つではない。


 十。


 二十。


 木々の間を、灰色の影が移動している。


「敵!」


 後方でも声が上がった。


 最初の一体が飛び降りてきた。


 猿に似ていた。


 人間より一回り大きい。


 両腕が異様に太く、灰色の毛の間から岩のような皮膚が見えている。


 迅へ向かって拳を振り下ろす。


 迅は大剣を抜いた。


 横から一度振る。


 灰色の魔物が、飛んできた勢いのまま横へ吹き飛んだ。


 木の幹へぶつかり、動かなくなる。


「硬っ」


 ひよりが声を上げた。


「今ので?」


「手が痺れました」


「そっち?」


 次々と枝が揺れる。


 灰色の猿が降ってきた。


「来るよ!」


「はい」


「多い!」


「多いですね」


「感想じゃなくて!」


 迅は前へ出た。


 三体が同時に飛びかかる。


 一体目の腕を大剣で受け、そのまま押し返す。


 二体目へぶつけた。


 重なった二体へ、迅が大剣を振り下ろす。


 まとめて地面へ沈んだ。


 三体目が横から腕を伸ばす。


 弦が鳴った。


 矢が魔物の目へ刺さる。


 猿がのけぞった。


 迅の大剣が、その胴へ入った。


「ありがとうございます」


「どういたしまして!」


 ひよりは次の矢をつがえる。


「右、二!」


「見えてます!」


 迅が走る。


 低い姿勢から大剣を振る。


 一体の脚が払われた。


 倒れたところへ刃を落とす。


 もう一体が迅の背中へ跳びかかった。


 ひよりの矢が肩へ刺さる。


 軌道がずれた。


 迅は振り向かず、大剣を肩越しに振った。


 魔物が地面を転がる。


 さらに来る。


 迅は大剣を持ったまま、群れの中へ入った。


 囲まれる。


 その瞬間。


 迅が一回転した。


 大剣が大きな円を描く。


 周囲にいた魔物が、まとめて吹き飛んだ。


 幹へぶつかる。


 地面へ転がる。


 後ろから四十階へ入ってきた攻略者たちが、足を止めていた。


「なんだ、あれ……」


「囲まれたんじゃないのか?」


「自分から入った」


「何体いる?」


「分からん。三十以上だ」


 灰色の猿が木から木へ移動する。


 迅はその下を走った。


 一体が枝から飛んだところへ、刃を合わせる。


 落ちてくる力ごと利用して地面へたたき落とす。


 別の一体へ体を向ける。


 大剣を振る。


 止まらない。


 ひよりも後ろから矢を撃ち続けた。


 迅の死角へ回ろうとした個体だけを狙う。


 一体。


 二体。


 三体。


 矢がなくなる頃には、森が静かになっていた。


 最後の一体が木の上から迅を見下ろしている。


 迅も見上げた。


 猿は少し後ろへ下がった。


 そのまま枝から枝へ飛び移り、森の奥へ消える。


「逃げた」


 ひよりが弓を下ろした。


「追います?」


「追わなくていい!」


「ですよね」


 迅は大剣についた血を落とした。


 周囲には三十体近い魔物が倒れている。


 戦い始めてから、五分も経っていない。


 後ろにいた攻略団の一人が近づいてきた。


「鳴海!」


 迅が振り向く。


「はい」


「そいつら、四十階の魔物だぞ」


「そうでしょうね」


「初見だぞ」


「俺も初めて見ました」


「そういう意味じゃない!」


 男は何か言いかけた。


 結局、口を閉じた。


 迅はひよりを見る。


「矢、残ってます?」


「予備がある。今の一本で最後だったけど」


「補充しましょう」


「うん」


 ひよりは腰の予備筒へ手を伸ばした。


 配信端末が震えている。


 画面を見る。


「鳴海さん」


「何ですか」


「五百万人超えた」


「早いですね」


「四十階入って十五分だよ」


「それで増えるんですか」


「あなたが三十体くらい倒したから!」


 迅は倒れた魔物を見る。


「素材、持って帰れますかね」


「今そこ気にする?」


「三十九階の詰所、建てるならお金かかるので」


 ひよりは一瞬黙った。


「全部持つ気?」


「無理ですか?」


「無理だよ!」


     ◇


 二人は森を進んだ。


 入口から続いていた石畳は、途中で木の根に飲み込まれて消えた。


 迅は立ち止まらない。


「道なくなったけど」


「歩けますよ」


「そうだけどさ」


 倒木を越える。


 大きな岩を回る。


 浅い川を渡る。


 迅は先頭を歩きながら、何度も後ろを確認した。


 ひよりが遅れれば待つ。


 足場が悪ければ手を貸す。


 魔物が出れば前へ出る。


 救助のときと、あまり変わらない。


「鳴海さん」


「はい」


「攻略でも後ろ見るんだね」


「一緒に来てるので」


「そっか」


 しばらく進んだところで、森が途切れた。


 二人の前に谷が現れた。


 幅は十数メートル。


 三十九階の谷より狭い。


 向こう側には、崩れかけた石造りの塔が立っている。


「向こう、高いね」


 ひよりが塔を見上げる。


「あそこからなら周り見えそう」


「行きますか」


「橋、探す?」


 迅は谷を見る。


「榊さん、ロープ持ってます?」


「あるけど」


「先に渡って張ります」


「やっぱりそうなるんだ」


 迅は大剣を背負い直した。


 助走を取る。


「待って。カメラ向けるから」


「はい」


「よし」


 迅が走った。


 谷へ飛ぶ。


 空中でもう一度足を踏む。


 そのまま向こう岸へ着地した。


 ひよりはため息をつきながら撮影を続ける。


「見慣れると普通に見えてくるのが怖い」


 迅がロープを固定した。


「大丈夫です。普通じゃないです」


「自分で言う?」


「榊さんが言ったので」


 ロープを使って、ひよりも谷を渡る。


 二人で塔へ向かった。


 入口に扉はなかった。


 中には螺旋階段が残っている。


 塔の上まで登る。


 最後の階段を抜けたところで、ひよりが立ち止まった。


「……見えた」


 森の向こう。


 かなり遠い。


 巨大な石壁が、木々の上から姿を見せていた。


 一つの建物ではない。


 町だった。


 森の中央に、石造りの街が埋もれている。


 その中心から、一本だけ巨大な塔が伸びていた。


 撮影ドローンが高度を上げる。


 配信画面にも、その姿が映った。


「どう見ても、あそこだよね」


「ですね」


「遠いよ」


「行けますよ」


「今日中に?」


 迅は空を見た。


 まだ日は高い。


「行けるところまで」


「まともな答えで安心した」


 ひよりが端末を見る。


 コメント欄がものすごい速さで流れている。


 その中で、同じ言葉が何度も見えた。


 街。


 未発見都市。


 四十階。


 最前線。


 ひよりは撮影ドローンを迅へ向けた。


「鳴海さん」


「はい」


「今、四十階で一番先にいるの、私たちだよ」


 迅は森の向こうの街を見た。


「じゃあ、まだ誰かの救助には来られませんね」


「そういうこと」


「いいですね」


「何が?」


 迅は大剣を持ち直した。


「今日は最初からこっち側です」


 二人は塔を降り始めた。


 その背後で、五百万人を超える視聴者が、初めて見つかった街を見続けていた。


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