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最前線は救助員が奪う ~世界最難関ダンジョン、救助に入った俺がそのまま攻略します~  作者: 空乃 カナタ


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第2話 三十九階の持ち主

 仮設橋が岩盤へ届くと、救助隊が一斉に渡ってきた。


「医療班、先!」


「担架は右へ寄せろ。帰りの通路を塞ぐな!」


 さっきまで黒鉄牛が暴れていた岩盤が、今度はオレンジ色の救助服で埋まっていく。


 鳴海迅は担架の片側を持ち上げた。


「そっち、上げます」


「待て待て、お前はいい」


 反対側にいた隊員が迅の腕を指した。


 救助服の袖が破れ、血が流れている。


「これくらいなら」


「真琴!」


 名前を呼ばれた女性が振り返った。


 白い救助服の上から医療用のベストを着ている。


 周防真琴。


 迅と同じ迷宮救難局に所属する救急救命士だった。


 迅の腕を見る。


「座って」


「搬送が先です」


「座って」


「でも」


「迅」


「はい」


 迅は岩の上へ座った。


 ひよりは少し離れたところから、そのやり取りを見ていた。


 三百人でも倒せなかった黒鉄牛を一人で斬った男が、女性一人に負けている。


 真琴が破れた袖をめくった。


「浅いね」


「だから大丈夫だと」


「消毒するよ」


「はい」


 薬液が傷へかかる。


「いっ……」


「大丈夫なんじゃなかった?」


「消毒が痛いのは別です」


 真琴は返事をせず、手早く傷を塞いだ。


「終わり。今度は手伝っていいよ」


「ありがとうございます」


 迅が立ち上がる。


 また担架へ向かった。


 ひよりは、その背中を目で追った。


 黒鉄牛を倒してから、迅は一度も四十階への門へ近づいていない。


 門は開いたままだ。


 白い光の向こうに、まだ誰も踏み込んでいない四十階がある。


 二年間、日本中の攻略者が待っていた場所だった。


 それなのに迅は、担架を運んでいる。


「榊さん」


 名前を呼ばれた。


 攻略隊の医療担当だった。


「腕を見せてください」


「私は平気です」


「転んでましたよね」


「見てたんですか」


「配信で」


「うわ……」


 ひよりは素直に腕を差し出した。


 肘が擦りむけている。


 たいした怪我ではない。


 それでも消毒は痛かった。


     ◇


 三十九階に取り残された三十七人は、全員が救助された。


 死亡者はゼロ。


 最後の担架が三十八階側へ渡ったあと、迅も救助隊と一緒に岩盤を離れた。


 四十階には入らなかった。


 三十八階の前線基地へ戻ると、空気が変わった。


 基地の通路にいる人間が、みんな迅を見る。


 攻略者。


 救助隊員。


 施設の職員。


 売店の店員まで、迅が通り過ぎると顔を上げた。


 迅は自分の救助服を見た。


「何かついてます?」


「ついてない」


 隣を歩いていた真琴が答えた。


「じゃあ、なんで見られてるんですかね」


「分かって言ってる?」


「少しは」


 壁に設置された大型画面で、さっきの公式配信が流れていた。


 迅が黒鉄牛の突進を受け止める。


 角を斬る。


 首を落とす。


 映像が終わる。


 すぐ最初から再生された。


「もう流れてるんですね」


「そりゃ流れるよ」


「救助中ですよ」


「階層ボスを倒した救助員なんて、初めてだから」


「そうなんですか」


 真琴が足を止めた。


「そこから?」


「俺、ほかの救助員が何を倒してるか知らないので」


「もういい」


 前から救助隊長が歩いてくる。


「鳴海」


「はい」


「管理室に来い」


「報告書ですか」


「もっと面倒なやつだ」


 迅の顔が曇った。


「長いですか?」


「長くしたくなければ、余計なことをしゃべるな」


「分かりました」


「それが一番心配なんだよ」


 迅は隊長についていった。


     ◇


 管理室には、迅の知らない男が二人いた。


 一人は三十八階前線基地の責任者。


 もう一人は地上の迷宮管理庁から来た職員だという。


 迅は椅子へ座った。


 救助隊長も隣に座る。


「鳴海迅さん」


「はい」


「まず、三十九階の初回制圧について確認します」


「はい」


「黒鉄牛を撃破したのは、あなた一人で間違いありませんか」


「はい」


「ほかの攻略者との共同撃破では?」


 迅は少し考えた。


「その前に三百人で戦ってました」


「最終的な撃破時の話です」


「ああ。それなら俺です」


 職員が端末へ入力する。


「迷宮側の認定とも一致しています」


「さっき俺の名前を呼んでましたね」


「それです」


 迅はうなずいた。


「では、三十九階の管理権について説明します」


 机の上に地図が表示された。


 三十九階。


 峡谷。


 攻略隊が使ってきた前線ルート。


 そして、四十階への門がある円形岩盤。


「三十九階で採掘や大規模な施設建設を行う場合、今後は管理者であるあなたの許可が必要になります」


「俺が?」


「はい」


「通るだけなら?」


「現状は自由です。管理者が制限をかけることもできます」


「かけません」


「まだ説明の途中です」


「すみません」


 隣で救助隊長が額を押さえた。


 職員は続ける。


「管理権は譲渡できます。企業や攻略団へ貸し出すことも可能です。通行料を設定することもできます」


「取らなくてもいいんですか」


「構いません」


「じゃあ今はなしで」


「鳴海」


 救助隊長が低い声で呼んだ。


「はい」


「今決めなくていい」


「あ、そうなんですか」


「大金が動く話だぞ」


「分かりました」


 迅は黙った。


 十秒ほど。


「一つだけいいですか」


「どうぞ」


「救助隊の場所、作れます?」


 職員が顔を上げた。


「救助隊?」


「三十九階にです」


 迅は地図の円形岩盤を指した。


「今回、三十八階から来ましたよね」


「そうだ」


 救助隊長が答えた。


「遠いです」


「だから?」


「三十九階の奥に詰所があれば、次は早く着けます」


 救助隊長が地図を見る。


 橋の手前。


 四十階へ向かう攻略者が必ず通る場所だ。


「場所だけ確保してもらえますか」


「施設を建てる予算は救難局が決める」


「はい」


「お前が勝手に建てるなよ」


「建てませんよ」


 救助隊長は迅を見た。


 迅も見返した。


「……たぶん」


「今の一言で信用がなくなった」


 管理庁の職員が咳払いをした。


「では、救難施設用地については管理者の希望として記録します」


「お願いします」


「ほかについては、後日あらためて説明します」


 迅が時計を見た。


「今日は終わりですか」


「今日は」


「よかった」


「そこまで嫌そうな顔をしなくてもいいでしょう」


「戦うほうが楽なので」


 救助隊長が椅子から立った。


「鳴海」


「はい」


「今日は帰れ」


「まだ勤務時間ですが」


「お前が廊下を歩くたびに仕事が止まる」


「俺のせいですか?」


「半分くらいはな」


     ◇


 前線基地の出口へ向かう途中、迅は何度も声をかけられた。


「鳴海さんですよね?」


「握手してもらえませんか」


「黒鉄牛、どうやって止めたんです?」


「写真いいですか?」


 迅は最初の二人には律儀に答えた。


 三人目から困り始めた。


 十人を超えたところで、真琴が救助隊用の通路へ押し込んだ。


「こっち」


「助かりました」


「地上はもっといると思うよ」


「帰れます?」


「知らない」


 真琴は医療班へ戻っていった。


 迅は一人で歩きだした。


「鳴海さん!」


 また呼ばれた。


 今度は、さっき岩盤にいた少女だった。


 折れた弓を背負っている。


「榊さん」


「名前、覚えてたんですね」


「救助者名簿を見ましたから」


「そっちか」


 榊ひよりは迅の前まで走ってきた。


「ありがとうございました」


「俺だけじゃないですよ」


「それでも」


 ひよりは頭を下げた。


「坂下さんも助かりました。さっき手術室に入りました」


「そうですか」


 迅の表情が少し緩んだ。


「よかった」


 それを見て、ひよりはやっと実感した。


 この男は本当に、黒鉄牛を倒しに来たわけではなかったらしい。


「あの」


「はい」


「これ、見ました?」


 ひよりが端末を見せる。


 画面には、迅が黒鉄牛を斬る映像が表示されていた。


 再生回数の横に、ひよりが見たことのない数字が並んでいる。


「俺ですね」


「それは分かります」


「ずいぶん見られてますね」


「今、日本で一番見られてる人だと思います」


「困りますね」


「なんで?」


「救助中、顔すごかったので」


 ひよりは映像を見直した。


「普通じゃない?」


「そうですか?」


「もっと気にするところあるでしょ」


 迅は画面を指で送った。


 別の映像が出る。


 空中を蹴って谷を渡るところ。


 黒鉄牛の突進を止めるところ。


 首を落とすところ。


 そして最後に、四十階への門が開くところ。


 迅の指が止まった。


 ひよりも門を見る。


「四十階」


「はい」


「行ったことないですよね」


「誰もないです」


「そうですよね」


 迅は端末を返した。


 少しだけ黙る。


 ひよりが聞いた。


「気になる?」


「まあ」


「攻略者だったら、今すぐ行きたいって思うところじゃない?」


「俺も攻略者資格は持ってますよ」


「救助員でしょ」


「仕事は救助員です」


 迅は出口のほうへ歩きだした。


 ひよりも横へ並ぶ。


「じゃあ、攻略はしないの?」


「今までは」


「今までは?」


 迅が歩きながら答えた。


「俺がダンジョンに入るのって、誰かが失敗した後なんですよ」


 ひよりは黙って聞いた。


「救難局なので。当たり前ですけど」


「うん」


「今日、四十階が開いたじゃないですか」


「開いたね」


「まだ誰も失敗してない」


 迅はそこで少し笑った。


 大げさな笑い方ではない。


 本当に、今思いついたような顔だった。


「だったら、先に入ってもいいかなって」


「いつ?」


「休みの日に」


「そこは真面目なんだ」


「勤務中に勝手に攻略したら怒られますよ」


「今日したじゃない」


「あれは救助です」


「ボス倒してるけど」


「邪魔だったので」


 ひよりは足を止めた。


「鳴海さん」


「はい」


「四十階に行くなら、私も連れていってください」


 迅も止まった。


「榊さんを?」


「撮ります」


「何を」


「あなたを」


 迅の眉が寄った。


「俺を撮って面白いですか?」


「今日五百万人が見てた」


「そうでした」


「私は配信者です。攻略者資格も持ってる。弓も使えます」


 ひよりは折れた弓を見た。


「今日はこれだけど」


「それで来るんですか?」


「新しいの買う!」


 迅が笑った。


「それなら」


「いいの?」


「危なくなったら帰ってください」


「それは自分にも言って」


「俺は救助員なので」


「だから何なの」


 迅は少し考えたが、答えは出なかったらしい。


「じゃあ、連絡先だけ」


 端末を取り出す。


 ひよりも自分の端末を近づけた。


 登録音が鳴った。


「明日は?」


「仕事です」


「明後日?」


「午前で終わります」


「じゃあ午後」


「榊さん、早いですね」


「四十階の前で待ってたら、ほかの攻略団に先を越される」


 迅は一度だけ振り返った。


 通路のずっと奥。


 ここからは見えないが、その先に三十九階がある。


 さらに、その向こうに四十階。


「それは嫌ですね」


「でしょ?」


 迅は端末へ予定を入力した。


「明後日の一時で」


「決まり」


 二年間止まっていた《天楼》の攻略が、再び動き始めた。


 その先頭へ立とうとしている男は、昨日まで攻略団にすら所属していなかった。


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