第8話 カモン、援軍!
京都の人から好かれるには――どうすればいいのか。
山南は考えた。
「まずは、京都の人が新選組をどう見ているか調べる。次に、それを踏まえて好感度アップの策を練る。こう進めるべきでは?」
土方たちの賛同を得て、動き始めた山南。
ところが、
(京都の人について調べるって……あれ?)
(どうやるんだ!?)
いきなりつまずいた。
さっぱりわからなかった。
一人でこのまま首をひねっていても、答えは出そうにない。
そこで、秋月悌次郎という人に相談することにした。
秋月は、山南よりも十個ほど年長だし、しかも京都守護職屋敷の幹部である。
山南からすればかなり格上の存在で、本来は口を利くのも難しい相手なのだが、
「よお、山ちゃん!」
「秋さん、どうもどうも」
わけあって、二人はこんな感じで付き合っていた。
その日も茶屋で落ち合うとすぐに、
「なあ山ちゃん、知っているかい?」
「おっ、何です?」
「フランスではいま、『レ・ミゼラブル』という小説が大評判らしいぞ」
「『レ・ミゼラブル』。どういう意味なのでしょうか?」
「うん、池田使節団の通訳は『みじめなる人びと』と訳していたな」
「ほお」
「パン泥棒の話らしい」
「泥棒が主人公とは物騒ですねぇ」
「おれはね、この主人公は義賊なんじゃないかと睨んでいる。いわばフランス版の石川五右衛門だな」
「ああ、なるほど。フランスの五右衛門がみじめな生活を送る人に金をばらまくと」
「どうだい、なかなか面白そうだろ?」
「……」
「あれ、山ちゃんはいまいち?」
「反応に困るなあ。――これでも私、新選組なんですけれど」
「ワハハ、そうかそうか。山ちゃんは取り締まる側か」
「ちょっと! 秋さんだってそうでしょうが!」
煎茶で喉をうるおしつつ、小説談議に花を咲かせる二人。
そう、彼らは小説好きという共通の趣味を持っていたのだ。
いわばオタ友である。
◇◆◇◆◇
泥棒小説「レ・ミゼラブル」についてひとしきり盛り上がった後、
「さーて、仕事の話をするか」
「ですね」
山南は経緯を一通り説明した。
そして、
「とまあそんなわけですが、どこから手をつければいいかわからず、閉口しておりまして……」
そうなのだ。
閉口しているのだ。
今回の計画は「京都の人が新選組をどう見ているか調べる」というものなのだから、シンプルに考えれば、
「え? 京都の人に直接訊けば?」
ということになるだろう。
だが、話はそう単純ではない。
例えば、
「新選組をどう思いますか?」
と訊かれた人が本音を話してくれるかという問題がある。
答えはたぶんノーだろう。
だって、
(うっ!)
(下手したらあとで新選組にお礼参りされるかもしれないぞ……。くわばら、くわばら。ここは一つ、「最高ですねぇ!」と言っておこう)
そう考えるのが人情というものではなかろうか。
また、こんな問題もある。
「新選組を信頼できますか?」
と問い、仮に七割の人がイエスと回答したとする。
で、この結果をどう読み取ればいいのか?
「七割に信頼されているならもうバッチリだ! おぅ、酒を持ってこい!」
と喜んでいいのか?
それとも、八割、さらには九割を目指して精進するべきなのか? しかし九割の人から信頼されるなんてのは、現実にあり得るのか?
――こんな風に、山南にはわからないことだらけだった。
話を聞いた秋月は、
「専門的な知識を持つ人間が必要だな」
とつぶやいた。
それからしばらく視線をさまよわせていたが、
「江戸の開成所に、杉さんって人がいる」
開成所というのは、幕府が作った専門機関で、欧米の先進的な学問を研究したり、それを若者に教えたりしていた。
杉亨二はそこの教員である。
「いつだったかお会いした時に、いまの話に近いことをおっしゃっていた気がするな。――よし!」
秋月は手を打った。
「おれから杉さんに連絡を入れてみよう」
秋月は仕事のできる男だった。
山南と別れてすぐに上司の許可を取りつけ、
「かくかくしかじかで、ご助言を願いたい」
と杉に手紙を出した。
するとどうだろう、猛スピードで返事が戻ってきた。
杉もまた仕事のできる男だったのである。
しかも、
「ヨーロッパには『統計』というものがあり、私は以前から興味を抱いていました。あなた方がやろうとしているのは、どうやらこれらしい。ぜひ私も仲間に入れてください。早速休職の手続きを済ませたので、明日には江戸を発ちます。もろもろよしなに。敬具」
とのことだった。
このスピード感にはさすがの秋月も、
「ゲッ!」
びっくり仰天。
慌てて宿を押さえるなどした。
並行して秋月は、西周という人物にも助言を乞う手紙を出した。
西は、日本の将来を担うことを期待されているスーパーエリートで、仕事も当然よくできるのだが、いまは幕府の命でオランダ留学中。
さすがに即レスはなかった。
◇◆◇◆◇
二週間後。
新選組の拠点に、一人の男がやってきた。
(お、杉さんだな!)
山南がいそいそと出迎えると――、
「ハロー、エブリバディ!」
杉ではなかった。
西だった。
オランダのライデン大学に留学しているはずの西周、その人だった。
山南から連絡を受け、
「マジで!?」
秋月が血相を変えてやってきた。
「あ、あ、あ、あなたは西さん! なぜここにいるのです!?」
西は快活に笑った。
「いやあ、面白そうだから――きちゃった」
「『きちゃった』じゃないでしょうが!」
秋月は頭を抱えた。
「どうすんだ、これ……」
秋月が動揺するのも当然だった。
だって西は、幕府の指示で留学していたのだ。
それが勝手に帰国したとなれば、将軍の意思に逆らったも同然であり、となれば西は――、
(どうなるんだろう?)
秋月にもわからなかった。
こんなことは前代未聞だった。
ところが当の西は、
「ワハハ、そう慌てなさるな」
ちっとも意に介していない様子。
「だいたいねぇ、きみらが悪いんですよ」
「え」
「そりゃそうでしょう。『京都に住む三十万人にアンケートをやりたい』だなんて面白そうなことを聞かされちゃあ、じっとしていられないよ」
――山南と秋月はあの後も議論を重ね、
「アンケートをやろう。京都の人にアンケートに回答してもらうんだ」
というところまで話が進んでいた。
これは現代の言葉でいえば、「世論調査」ということになるだろう。
しかし、近代的な世論調査が初めて実施されたのは1930年代のアメリカ。幕末の日本には世論調査のよの字も存在しない。
つまり山南たちは、世界基準を七十年も先取りしようとしていたわけで、西や杉のような知的好奇心の塊とでもいうべき人物が飛んできてしまうのも無理からぬことであった。
「それにしても疑問なのですが」
秋月が訊いた。
「西さん、あなたはどうやって帰国されたんです? オランダから日本までは三か月、いや、四か月はかかってもおかしくないはずですが……」
「ああ、そこはホラ」
西はさらりと言った。
「私は秘密結社の一員ですから」
「ひ、秘密結社!?」
「そうですよ。『フ』から始まる組織。『フ』の次が『リ』で、最後が『ン』で……って、あれ。みなさんご存じない? フリー・ナントカソンってやつ……。日本ではまだマイナーなのかな? まあとにかくその組織のメンバーが世界中にいましてね、彼らの力を借りて帰ってきたんですよ」
「ははあ……」
「それにね、秋月さん」
西がウインクした。
「安心してくださいよ。私だってバカじゃない。幕府にバレないように、日本には密入国しましたから」
「み!?」
密入国だなんていよいよヤバいわけだが、これ以上西と話していると頭がおかしくなりそうだったので、
「なーるほどなるほど!」
秋月は納得したフリをして、とりあえずうなずいておいた。
一方、そばで話を聞いていた原田は、
「ねえ、副長」
土方の耳元でささやいた。
「おれ、勘違いしていましたよ」
「勘違い?」
「ええ、知識人なんてのは頭でっかちのモヤシ野郎だと思っていたんです。でも西さんやら杉さんやらの行動力は化け物じみている」
「それは言える」
「おれも負けてられねーや!」
原田はギュッと拳を握った。
顔が上気していた。
自分よりも優れた人に出会った時に、変に嫉妬したり劣等感を抱いたりすることなく、相手を認め、その人に学ぼうとする――。
(この素直なところが原田の強みだな)
と土方は思う。
上司としては頼もしい限りである。
しかし同時に、
(……え、行動力?)
(お前、いま以上に行動力を高めちゃうの!?)
不安も感じるのだった。




