第7話 愛は耳から
クソ忙しい毎日を送る土方だったが、その日に限っては、
「ズズッ。……あー、しみる」
自室で昆布茶をすすったり、
「旨ぇな、おい……」
桜餅を端の方からチマチマかじってみたりしていた。
見廻組という組織の連中と会議の約束があったのだが、先方の都合で急にお流れになり、ポッカリ時間が空いたのだった。
滅多にないことだった。
(となれば――)
(よし、いい機会だ。アレを片づけてしまおう!)
土方は湯呑みを置いた。
(帳簿のチェックだ!)
経理の担当者が、
「ハァ。また酒屋からの請求が増えた……」
とこぼすのを耳にして以来、一度詳細を確認したいと思っていたのだ。
どうせ若い連中がバカ飲みしているに違いないぞ。
あるいは原田のやつか。
なんて考える土方だったが、
(――違う違う!)
慌ててかぶりを振った。
帳簿をチェックしている場合ではない。
好感度爆上げ作戦の企画を練らないと!
(どうもいかんなあ……)
土方は苦笑した。
逃げている、という自覚があった。
土方の得意分野を列挙するならば、殺、斬、切、刺、抉、殴、蹴、とこのあたりであって、好感度アップなんてわけのわからないものは、できればパスしたい気分だった。
だがパスするわけにはいかない。
(よし、やるぞ)
土方はその場に横になった。
(リラックスした状態でこそ、いいアイデアってのは浮かんでくるものさ)
――五分経った。
何も浮かんでこなかった。
チュン、チュン。
鳥がさえずっていた。
(ふーむ)
(鳥でも飼ってみようか)
(――って何のために!?)
早くも思考がどつぼにハマりつつあるようだった。
やがて遠くの方から、
「クソ疲れたぜ!」
若い隊士たちの声がした。
パトロールに出ていた連中が戻ってきたらしい。
「腹が減ったなー。よぉ、何か食うものないか?」
「ケッ! よしんばあったとしてもおめぇの分はねーよ!」
「何だとこのクソ野郎! 死ね!」
「お前が死ね!」
「クソ! 死ね!」
隊士たちの会話を聞くともなしに聞きながら、
(語彙が貧弱な連中だ……)
と土方は思った。
(大便の異称を連呼しすぎだろ)
(それに「死ね」も連発しすぎ)
そんな風にぼんやり考えていると、
(――おや)
ふと閃いた。
(あの口の悪さ。あれが好感度を下げているんじゃねーか?)
土方はガバリと身を起こした。
(そうだよ、そうに違いない!)
(なんだっておれは、こんな簡単なことに気づかなかったんだろう! あー、クソクソ!)
◇◆◇◆◇
「――というわけなんだが、お前どう思う?」
土方の問いかけに、
「なるほど」
山南は大きくうなずいた。
「私たちからすれば、『クソが!』『殺すぞ!』『やってみんかい!』と、こんな怒鳴り合いが聞こえてこないと、おや、何かあったのかな、若い連中は腹でも下しているのかなと心配になるものですが」
「そうなんだよな。でも一般の人が耳にしたら、こりゃもしかして肝を冷やすんじゃねーかと思ってさ」
「ご慧眼です」
土方はニヤリと笑った。
アイデアを得た彼は、居ても立ってもいられず、
「おぅ、ちょっといいかな」
山南の私室までやってきたのだった。
「じつはですね」
山南が言った。
「私も一つ思いついたことがありまして」
「ほぉ、どんな? ――いや、ちょっと待て。茶を持ってくる」
懸案が片づきそうということで、土方の足取りは軽かった。
若い隊士顔負けの勢いでバタバタバタッと廊下を走って自室に戻り、湯呑みを持って再び駆け出したところで、
「おっ!」
原田に遭遇。
「お前、暇か?」
「永遠に暇でさあ!」
「じゃあこい!」
山南の部屋まで二人で走った。
「おや、これは原田くん」
「オーッス!」
土方は昆布茶をすすると、
「――よし、聞かせてくれ」
「承知しました」
山南は軽く一礼してから話し始めた。
「私のアイデアは、『実情を把握しよう』というものです」
(……ん?)
予想外の単語が飛び出してきたもので、
「えーと、ジツジョーというと……」
戸惑う土方。
一方、原田は快活に笑った。
「おいおい、日本語で頼むぜ!」
「オー、ハラーダ」
山南は肩をすくめた。
「ザッツ・ジャパニーズ……」
なかなかの発音だった。
英検五級ぐらいの実力はあるのではないか。
毎晩コツコツ勉強している成果が出ていた。
山南は一度咳払いしてから、
「つまりですね」
と続けた。
「副長は以前こうおっしゃいましたよね。新選組は京都の人から怖がられすぎているのではないか、そしてそれが好感度が低い原因ではないか、と」
「そうだな」
「私はその『怖がられている』というのを、もっと深く掘り下げるべきだと思うのです」
「ほぉ……」
「『どの程度怖がられているのか』とか、『なぜ怖がられているのか』とか、こういったことがわかれば、より効果的な手を打てるのではないでしょうか」
「――それってつまり」
土方は慎重な口ぶりで言った。
「『敵を知り己を知れば百戦危うからず』ってことか?」
「そうですね。まあ今回は『敵』ではないのですが」
山南はちょっと苦笑い。
「われわれは、京都の人についてもっと知るべきでしょう」
「なるほど」
「例えば、先ほど副長がおっしゃった言葉遣いの問題です。言葉遣いが原因で怖がられているなら、真っ先に対策しなければなりません。しかし、より深刻な問題が他にあるとわかれば、そちらから対処すべきということになります」
山南の言葉に、
「フッ」
土方は目を細めた。
優秀な部下を持つことほど心強いことはない。
原田も納得した様子で、
「そうだよなあ。たしかにそうだよなあ……」
しきりにうなずき、それから、
「怖がられていると言っても、『まんじゅう怖い』的な意味かもしれないもんなあ」
とつぶやいた。
「え!?」
そのあまりのポジティブさに、土方と山南は顔を見合わせた。
それから、
「……そうですね。たしかにその可能性もありますね」
と山南。
「うん、可能性はある。可能性だけならいつだってそこにある」




