表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/12

第6話 「ここから始まるんだ」と言い聞かせる

 原田の戦いが始まった。


 それは戦いというよりも、蹂躙だった。

 蹂躙というよりも、稲刈りだった。


 廃寺の中をノシノシと歩き回り、

「悪い尻はねぇかぁ!」

 悪童どもの尻を刈っていった。


 遠くの方から聞こえてくる原田の声に、土方は苦笑した。

(「悪い尻」って何だよ……)

(尻は尻。せいぜいが、ちょっときれいな尻と汚い尻があるくらいなもんだろうさ)


 そんな風に笑っていたのだが、原田の暴れっぷりを実際に目にすると――

(うっ!)


 タラリタラリと冷や汗が垂れてきた。


 何しろ原田は、どこから拾ってきたのか巨大な木づち、つまりはハンマーでもって、ガキどもの尻を力任せにぶっ叩いていたのだ。


「尻の下部は肉が厚い。重要な臓器もない。ゆえに強く叩いても安心だ」

 という理屈はわかるのだが、それにしたって耐久力にはおのずと限界というものがあるはず。


 土方は顔を引きつらせた。

「おい、山南よ……。あれ、大丈夫なんだよな? 死なないんだよな?」


 土方の目は

(頼む、大丈夫と言ってくれ!)

 と懇願していた。


 山南は、

「えーっと」

 答えに窮する。


 本当は山南だって

「文殊菩薩さまのアドバイスなので、たぶん大丈夫だと思いますが……」

 としか言えないのだが、そんな曖昧なことを告げて何になるだろうか。


(副長をいたずらに不安にさせてはいけない)

 と考えて、

「アハハッ」

 無理に明るい声を出した。


「大丈夫ですよ、大丈夫! 尻を信じましょうよ、ね、副長!」


 土方も

「だよなぁ、尻だもんなぁ!」

 作り笑いを浮かべた。



◇◆◇◆◇



 水を得た魚。

 尻を得た原田。


 原田はハンマーを振るい、まるでプロゴルファーのように、悪童どもをかっ飛ばしていった。

 鬼神のごとき強さだった。


 とはいえ、敵もさるもの引っ掻くもの。

 悪童だってバカではない。


 尻!

 尻!

 尻!

 原田が尻ばかり狙っていることに気がつくと、彼らはズラリと壁際に並んだ。


 「尻を壁に押しつけるようにして悪童どもが整列している」というのは滑稽極まりない絵面だが、なるほど、いくら原田が尻刈り百姓でも、肝心の尻が壁に密着していては、これは刈りようがない。


(ほぉ)

 土方はあごに手を当てた。

(連中も考えたな)


 だが、世の中は残酷だ。

 いくら知恵を絞ってもどうしようもないこともある。


 ニタリ。

 原田が悪童どもに笑いかけた。


 そして巨大なハンマーを振りかぶると、

「そいや!」

 投げた。


 悪童どもに向かって投げた、のではない。

 窓の外に向かって投げたのだ。


 ハンマーは空の彼方へ飛んでいった。


 悪童どもは、

(え?)

 ポカーンとしている。

 隣同士で顔を見合わせている者もいる。


(あのオッサンはなぜ武器を捨てたんだ……?)


 ああ、原田は頭がおかしくなってしまったのだろうか!?


 まあ、おかしいといえば以前からだいぶおかしかったわけだが、しかし、原田は名うての戦士である。バトルIQは高い。

 この行動にはきちんと意味があった。


 というわけで間もなく――どんがらがっしゃーん!


 悪童どもが尻を押しつけていた壁が、ふいに爆ぜた。


 寺全体が揺れる。

 土埃が舞う。

 ガレキが散乱する。


 もちろん、壁の前に立っていた悪童どもはみんなまとめて吹き飛んだ。


 まるで爆弾でも爆発したかのような大変な騒ぎだった。


 そんな中、

「これぞ必殺――」

 原田が宣した。


「『尻をたずねて三千里』だー!」


 要するに、ブーメランである。

 原田が投擲したハンマーが、猛スピードで空を飛び、弧を描き、グルーッと二七〇度ほど回って戻ってきて、いま、寺の壁をぶち破ったのだ。


 すべては原田の狙い通りだった。


 そのあまりにもデタラメな戦いっぷりに、さすがの沖田も苦笑。

 もはや不要となったゲソをかじりながら、拍手した。


 一方、

「な、なあ」

 土方はいよいよ冷や汗が止まらない。


「あのガキどもは、本当に大丈夫なんだよな? 死んでないんだよな? 尻に不可逆的で器質的なダメージを負っていないんだよな?」


 山南は静かに目を閉じた。

(どうかお助けを……)


 彼にできるのは、文殊菩薩に慈悲を乞うことだけだった。



◇◆◇◆◇



 それから少し後。


 土方たちは、近所の町役人を廃寺に呼び寄せた。


 相手があの新選組ということで愕然、

「お前さん、行かないでおくれ!」

「おとっつぁん!」

「お前たち、達者でな……」


 家族と愁嘆場を繰り広げていた町役人だったが、

「え、たった四人で悪童三十人を捕縛した!?」

「しかも誰一人として殺さず、重傷を負わせることもなく!?」


 すぐに態度が変わった。


 さらに、

「いやぁ、これくらいは当然ですよ」

 山南がさわやかに微笑んでみせた。


「だって私たちは新選組ですよ? 新選組といえば京都が大好き。――この町のみなさんのお役に立てて、これ以上嬉しいことはありません」


「ははあ、これはこれは……」

 町役人は感服した様子だった。


(おそらくは)

 と土方は思った。


 この町役人を通じて、今夜の戦いは広く知れ渡ることになるだろう。

 もちろんこの一回きりで好感度爆上げ、とはいかないだろうが、多少はイメージの改善につながるのではないか。


(爆上げ作戦の口開けとしては上々だろうさ)


 ――土方はそっぽを向いた。


 先ほどから町役人が向けてくる尊敬のまなざしが、土方にはくすぐったくてたまらなかったのだ。



◇◆◇◆◇



 人生というのは、ままならないものである。


 土方の読み通り、廃寺での戦いは広く知られることになった。

 ただし予想外の方向で。


 あの日、たまたま廃寺の前を通りかかったという男が証言したのだ。


「おれはこの耳で聞いたんだ。新選組のやつらはたしかに『尻だ!』と叫んでいたよ。『尻だ、尻を狙え!』ってな」


「マジかよ……。相手はまだ十五、六のガキだろ?」


「そうさ。その通りさ」


「それが尻って……」


「な?」


「ああ、間違いねえ。変態だ!」


 かくして、

「新選組は暴虐な上、変態ぞろいのクソ」

 という噂が京都中にパッと広がった。


 山南は叫んだ。

「なぜこうなった!?」


 原田は

「うーん」

 とうなり、

「……お前が尻を狙えと言ったからかな?」


「え、私? 私のせいですか!?」


「じゃあ誰のせいだい?」


「そりゃまあ……文殊菩薩さまのせいですかね?」


 一方、土方はそれどころではなかった。


「京都守護職さまのお名前を汚してしまった。すべての責任はおれにある!」

 近藤がそう言って自死しようとするので、それを止めるのに忙しかったのである。


「近藤さん、早まるなって!」


「止めるな、トシ! もう逝かせてくれ!」


「ダメだダメだ。だいたい尻を切っても死ねねーぞ!」


「そうか。では作法通りに腹を切って……」


「いや、そうじゃなくて! なあ、おれたちはまだまだこれからじゃないか。ここから挽回していこう!」


「……挽回できると思うか?」


「もちろんだとも!」


「『あれは新選組じゃない。尻選組(しりせんぐみ)だ』と陰口を叩かれているらしいが、それでも挽回できると思うか?」


「……できるさ。きっとできるさ! できるとも!」


 土方は自分自身に言い聞かせるように、そう言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ