第6話 「ここから始まるんだ」と言い聞かせる
原田の戦いが始まった。
それは戦いというよりも、蹂躙だった。
蹂躙というよりも、稲刈りだった。
廃寺の中をノシノシと歩き回り、
「悪い尻はねぇかぁ!」
悪童どもの尻を刈っていった。
遠くの方から聞こえてくる原田の声に、土方は苦笑した。
(「悪い尻」って何だよ……)
(尻は尻。せいぜいが、ちょっときれいな尻と汚い尻があるくらいなもんだろうさ)
そんな風に笑っていたのだが、原田の暴れっぷりを実際に目にすると――
(うっ!)
タラリタラリと冷や汗が垂れてきた。
何しろ原田は、どこから拾ってきたのか巨大な木づち、つまりはハンマーでもって、ガキどもの尻を力任せにぶっ叩いていたのだ。
「尻の下部は肉が厚い。重要な臓器もない。ゆえに強く叩いても安心だ」
という理屈はわかるのだが、それにしたって耐久力にはおのずと限界というものがあるはず。
土方は顔を引きつらせた。
「おい、山南よ……。あれ、大丈夫なんだよな? 死なないんだよな?」
土方の目は
(頼む、大丈夫と言ってくれ!)
と懇願していた。
山南は、
「えーっと」
答えに窮する。
本当は山南だって
「文殊菩薩さまのアドバイスなので、たぶん大丈夫だと思いますが……」
としか言えないのだが、そんな曖昧なことを告げて何になるだろうか。
(副長をいたずらに不安にさせてはいけない)
と考えて、
「アハハッ」
無理に明るい声を出した。
「大丈夫ですよ、大丈夫! 尻を信じましょうよ、ね、副長!」
土方も
「だよなぁ、尻だもんなぁ!」
作り笑いを浮かべた。
◇◆◇◆◇
水を得た魚。
尻を得た原田。
原田はハンマーを振るい、まるでプロゴルファーのように、悪童どもをかっ飛ばしていった。
鬼神のごとき強さだった。
とはいえ、敵もさるもの引っ掻くもの。
悪童だってバカではない。
尻!
尻!
尻!
原田が尻ばかり狙っていることに気がつくと、彼らはズラリと壁際に並んだ。
「尻を壁に押しつけるようにして悪童どもが整列している」というのは滑稽極まりない絵面だが、なるほど、いくら原田が尻刈り百姓でも、肝心の尻が壁に密着していては、これは刈りようがない。
(ほぉ)
土方はあごに手を当てた。
(連中も考えたな)
だが、世の中は残酷だ。
いくら知恵を絞ってもどうしようもないこともある。
ニタリ。
原田が悪童どもに笑いかけた。
そして巨大なハンマーを振りかぶると、
「そいや!」
投げた。
悪童どもに向かって投げた、のではない。
窓の外に向かって投げたのだ。
ハンマーは空の彼方へ飛んでいった。
悪童どもは、
(え?)
ポカーンとしている。
隣同士で顔を見合わせている者もいる。
(あのオッサンはなぜ武器を捨てたんだ……?)
ああ、原田は頭がおかしくなってしまったのだろうか!?
まあ、おかしいといえば以前からだいぶおかしかったわけだが、しかし、原田は名うての戦士である。バトルIQは高い。
この行動にはきちんと意味があった。
というわけで間もなく――どんがらがっしゃーん!
悪童どもが尻を押しつけていた壁が、ふいに爆ぜた。
寺全体が揺れる。
土埃が舞う。
ガレキが散乱する。
もちろん、壁の前に立っていた悪童どもはみんなまとめて吹き飛んだ。
まるで爆弾でも爆発したかのような大変な騒ぎだった。
そんな中、
「これぞ必殺――」
原田が宣した。
「『尻をたずねて三千里』だー!」
要するに、ブーメランである。
原田が投擲したハンマーが、猛スピードで空を飛び、弧を描き、グルーッと二七〇度ほど回って戻ってきて、いま、寺の壁をぶち破ったのだ。
すべては原田の狙い通りだった。
そのあまりにもデタラメな戦いっぷりに、さすがの沖田も苦笑。
もはや不要となったゲソをかじりながら、拍手した。
一方、
「な、なあ」
土方はいよいよ冷や汗が止まらない。
「あのガキどもは、本当に大丈夫なんだよな? 死んでないんだよな? 尻に不可逆的で器質的なダメージを負っていないんだよな?」
山南は静かに目を閉じた。
(どうかお助けを……)
彼にできるのは、文殊菩薩に慈悲を乞うことだけだった。
◇◆◇◆◇
それから少し後。
土方たちは、近所の町役人を廃寺に呼び寄せた。
相手があの新選組ということで愕然、
「お前さん、行かないでおくれ!」
「おとっつぁん!」
「お前たち、達者でな……」
家族と愁嘆場を繰り広げていた町役人だったが、
「え、たった四人で悪童三十人を捕縛した!?」
「しかも誰一人として殺さず、重傷を負わせることもなく!?」
すぐに態度が変わった。
さらに、
「いやぁ、これくらいは当然ですよ」
山南がさわやかに微笑んでみせた。
「だって私たちは新選組ですよ? 新選組といえば京都が大好き。――この町のみなさんのお役に立てて、これ以上嬉しいことはありません」
「ははあ、これはこれは……」
町役人は感服した様子だった。
(おそらくは)
と土方は思った。
この町役人を通じて、今夜の戦いは広く知れ渡ることになるだろう。
もちろんこの一回きりで好感度爆上げ、とはいかないだろうが、多少はイメージの改善につながるのではないか。
(爆上げ作戦の口開けとしては上々だろうさ)
――土方はそっぽを向いた。
先ほどから町役人が向けてくる尊敬のまなざしが、土方にはくすぐったくてたまらなかったのだ。
◇◆◇◆◇
人生というのは、ままならないものである。
土方の読み通り、廃寺での戦いは広く知られることになった。
ただし予想外の方向で。
あの日、たまたま廃寺の前を通りかかったという男が証言したのだ。
「おれはこの耳で聞いたんだ。新選組のやつらはたしかに『尻だ!』と叫んでいたよ。『尻だ、尻を狙え!』ってな」
「マジかよ……。相手はまだ十五、六のガキだろ?」
「そうさ。その通りさ」
「それが尻って……」
「な?」
「ああ、間違いねえ。変態だ!」
かくして、
「新選組は暴虐な上、変態ぞろいのクソ」
という噂が京都中にパッと広がった。
山南は叫んだ。
「なぜこうなった!?」
原田は
「うーん」
とうなり、
「……お前が尻を狙えと言ったからかな?」
「え、私? 私のせいですか!?」
「じゃあ誰のせいだい?」
「そりゃまあ……文殊菩薩さまのせいですかね?」
一方、土方はそれどころではなかった。
「京都守護職さまのお名前を汚してしまった。すべての責任はおれにある!」
近藤がそう言って自死しようとするので、それを止めるのに忙しかったのである。
「近藤さん、早まるなって!」
「止めるな、トシ! もう逝かせてくれ!」
「ダメだダメだ。だいたい尻を切っても死ねねーぞ!」
「そうか。では作法通りに腹を切って……」
「いや、そうじゃなくて! なあ、おれたちはまだまだこれからじゃないか。ここから挽回していこう!」
「……挽回できると思うか?」
「もちろんだとも!」
「『あれは新選組じゃない。尻選組だ』と陰口を叩かれているらしいが、それでも挽回できると思うか?」
「……できるさ。きっとできるさ! できるとも!」
土方は自分自身に言い聞かせるように、そう言った。




