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第5話 強すぎて困っちゃう

 沖田はゲソを、土方と山南は卒塔婆をそれぞれ振り回し、悪童どもを引っ叩いていった。


 では原田は?

 もう一人の戦士たるわれらが原田は、何をしていたのか?


 そりゃもちろん、得意の槍術を駆使してガキに教育を施しているに違いない。

 ――と思いきや。


「助けてー!」


 悲鳴を上げつつ廃寺の中をドタバタ、ドタバタと逃げ回っていた。


 朽ちかけた仏像の前を横切り。

 裏堂へ続く板廊下をダッシュし。

 縁側を駆け抜け。

 恥も外聞もなく逃げる逃げる、逃げまくる。


 ああ、なぜこんなことになったのか!?


 発端は、

「殺すんじゃねーぞ」

 本堂に入る前に土方が口にしたこの一言だった。


 あの時、土方は言った。

「ちょいと痛めつければそれで十分。間違っても殺すんじゃねーぞ」


「えっと」

 原田はパチパチパチッと目をしばたたいた。

「殺さない……?」


「ああ、そうだ。今日ばかりは不殺を徹底するんだ」


「つまり」

 原田は再びパチパチパチッ。

「……生かさず殺さず?」


「違う!」

 土方が叫んだ。

「生かすんだ! はっきりと、くっきりと、これ以上ないほど明確に、生かすんだ!」


「……でも、痛めつけるんですよね?」


「三日ぐらい歩けなくするのはいい。しかし三週間はダメだ。そこまでやったら新選組の評判が悪くなる。この感じ、わかるだろ?」


 原田は頭を抱えた。

 まったくわからなかったのである。


 彼は新選組随一のパワー系戦士だ。どれほど加減しようとも相手を死に至らしめるおそれがあった。


 だから、

「助けてー!」

 ドタバタと走り回ることしかできずにいた。


 そんな原田を見て、

(こりゃいかん)

 土方は頭を振った。


 新選組の好感度のためには、たかが十五、六のガキンチョを殺してしまってはまずいが、そのガキンチョから逃げ回ることしかできませんでしたなんてのも同じくらいまずいし、あまつさえ、ボコボコにやられましたなんてことになっては目も当てられない。


(新選組ってじつは弱いんじゃね?)

 という噂が立ったりしたら、今後の仕事に悪影響を及ぼすだろう。


 それは防がねばならない。


 というわけで、

「山南!」


「はい」


「ここはおれが押さえる。すまんが、お前は原田を助けてやってくれ」


「承知!」


 引き受けたものの、山南に妙案があるわけではない。

(さて、どうしたものか)

 首をひねった。


 そうこうするうちにも、

「助けてー!」


 どこからか原田の悲鳴が聞こえてきた。


 いまはどこを走っているのだろうか?


 山南は声を張った。

「原田くーん! もうしばらく耐えてくださーい!」


「りょうかーい!」

 ドタバタ、ドタバタ……。


 友が助けを待っている!

(もはやアレを使うしかあるまい)


 山南は、すっかりすすけてしまっている文殊菩薩(もんじゅぼさつ)像の前で端座した。

 胸元で両手を合わせ、目を伏せ、

(おん・あらはしゃのう――)


 困った時の神頼みである。


 すると、アラ不思議。

 山南の脳裏に、何かピンク色の丸っこいものが浮かび上がってきた。

(おお!)


 文殊菩薩が知恵を授けようとしてくれているに違いない。


 山南は頭の中のイメージに集中する。


(これは――桃か?)

 桃だった。


(文殊菩薩さまは、私に桃を食えとおっしゃっているのだろうか?)

(それとも原田に食わせろと?)


(え、なぜ!?)


 困惑する山南だったが、

(あっ!)

 やがて閃いた。


(そうか。そういうことか!)


 山南は文殊菩薩像に深々と一礼し、

「原田くん、いま行きますからね!」

 勢いよく立ち上がった。



◇◆◇◆◇



 廃寺を逃げ回る原田。


 後ろからは

「コラァ、待てー!」

 悪童どもが追いかけてくる。


 そこに山南がやってきて、

「お待たせしました!」

 原田の隣を走り始めた。


「山南、きてくれたのか!」


「秘策を持ってきましたよ」


 そのまま並んで走りながら、

「尻です!」

 と山南は言った。


「あの子らの尻を狙うんです!」


 原田が訊き返す。

「え、ちり?」


「いえ、尻。尻です」


「てっちり?」


「尻!」


「てっちりって何だっけ?」


「フグを野菜などとともに水炊きにした鍋料理ですよ!」


「あー、あのおいしいやつ?」


「そうですね! おいしいやつですね!」


「で? 食べに行くの?」


「行きませんよ!」


「フフッ。さてはフグの毒が怖いんだろ?」


 ――まともに相手をしていてはキリがない。


 山南は原田の言葉を無視して、

「尻ですよ、尻! ヒップ! 臀部! ケツ!」


 すると、

「あー、尻か!」

 原田がガハハッと高笑いした。


「何だよぉ、フグがどうとか、水炊きがどうとか、回りくどいことばかり言いやがってさ。尻なら尻と最初からそう言ってくれよな!」


 山南は

「いやいやいやいや」

 と反論しかけたが、

(絶対に反論している場合じゃありませんね……)

 と自制。


「えーとですね」

 話を本筋に戻した。

「人間の体の中で最も頑丈なのは尻です。ちょっとくらい叩いても命に別状はありません。だから――」


 原田の目が光った。

「尻ならぶっ叩いていいんだな?」


「ええ、そうですね。とはいえ、尻と一口に言っても広い」


「ん?」

 原田が首をひねった。

「それは人によるんじゃない? 例えばおれの尻は……」


「そうじゃなくて。そうじゃなくて!」

 山南は走りながら、顔の前で手を振った。


「つまりですね、尻の下半分を狙ってください」


「下半分?」


「そうです。上の方は危険です。骨やら神経やらが……いえ、理屈は結構! とにかく尻の下半分です。太ももの付け根のあたり。そこを狙ってください。そうすれば相手が死ぬことはない! ――たぶん!」


 原田は口の中で、

下っ尻(したっちり)を叩く……下っ尻を叩く……」


 念仏のように唱えると、

「よーし!」


 クルッと身を翻し、悪童どもに向かっていった。

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