第4話 戦闘開始!打て!叩け!蹴飛ばしちまえ!
土方たち四人は、悪童どもがたむろする本堂に向かった。
いつもなら念入りに計画を立て、指揮官の指示のもとに一斉に突入するところだが、今回に限っては、
「ま、いいんじゃないかな」
ということになった。
ガキ相手に、
「三、二、一――突入!」
「ゴー、ゴー、ゴー!」
なんてやるのは大人げないだろうというわけである。
四人は気楽に、ほとんど大手を振って境内を進んだ。
途中、細長い板が無造作に積まれているのが見えた。
卒塔婆である。
土方は一つ拾い上げると、軽く振ってみた。
「ふーむ……」
誰かをぶん殴るにはあまりにも軽すぎるように思われたが、これは致し方あるまい。卒塔婆は故人を供養するのに立てるものであって、地獄の鬼をぶん殴る道具ではないのだから。
(それに)
と土方は考えた。
(今夜ばかりはこれぐらい軽い方がいいだろう)
(よし、おれの得物はこいつに決めたぜ)
土方は、
「おめぇら、殺すんじゃねーぞ」
と山南たちに注意した。
「いくらクソガキでも、ガキはガキ。ガキを殺しました、それも三十人もやっちまいましたなんて知られたら――山南よ、どうなる?」
「ただでさえ低い好感度が、いよいよマイナスに突入するでしょう」
「だろうな。つーわけで――おぅ、殺すんじゃねーぞ。ちょいとばかりぶっ叩いて、おとなしくなったら捕縛する。それが今夜の仕事だ」
刀を抜けばどうしても殺してしまうおそれがあるため、山南と原田も卒塔婆を握った。
沖田は素手のままだった。
「お前はいいのか?」
と土方が尋ねると、
「そうですねぇ。おれはもうちょい何かないか探してみますよ」
とのことだった。
四人はそのまま、ズカズカと本堂に入っていった。
本堂の中は思いのほか広かった。
板張りの床に、黒ずんだ柱。
天井からは蜘蛛の糸が垂れていた。
奥の方には、ずいぶんとすすけているものの立派な仏像が見える。
で、その仏像の前に――いたいた、いましたよ!
悪童どもだ。
徳利を回す者。
茶碗を掲げる者。
つまみのスルメをしゃぶる者。
木刀を握り、ゲラゲラ笑いながらチャンバラごっこに興じる者もいた。
◇◆◇◆◇
悪童どもは、突然の来訪者に困惑気味だった。
「おい、あれは誰かの兄貴かな?」
「いやあ、兄貴にしては年を食いすぎじゃないか?」
と隣同士でささやき合っていた。
「お前のオヤジさんかい?」
「うちのオヤジはもっとイケオジだよ」
なんて声も聞こえる。
やがて、
「あのぉ」
サルみたいな顔をしたガキが言った。
「失礼ですが、どちらさんで?」
土方が答えた。
「――名乗るほどの者じゃねーよ」
その言葉に
(いい!)
と山南。
(敢えて新選組とは名乗らない。そういう控えめなところにこそ、町民は好感を持つものなのです)
(さすがは副長だ!)
とまあ山南は感心しているが、じつは土方はちっともそんなことは考えていなかった。
単に、
(ここで新選組と名乗ったら、ガキどもはビビって逃げ出すんじゃねーかな?)
(ガキと鬼ごっこはしんどいぜ……。ま、名乗らん方が効率的だな)
そう考えただけのことだった。
土方は
「おれたちのことはいいんだよ」
と続けた。
「それよりも、ご近所さんが迷惑なさっている。バカ騒ぎはしまいだ。さあ散った散った。おっと、代表者には番所まできてもらうぜ」
悪童どもがざわついた。
どうもこのオッサンたちは、近隣住民の総代として、おれたちに文句をつけにきたらしいぞ……。
仲間の前で強がったり、ワルぶったりしたがるのは、若者の常である。
おまけに酒の勢いもある。
悪童どもは、
「何だと、オッサン!」
ピーピーパーパー騒ぎ始めた。
「コラ、正義の味方ヅラしていると痛い目を見るぞ!」
「いますぐ立ち去れば許してやるぜ!」
「さもなきゃ腕の二、三本も折っちまうぞ!」
対して、
「フッ」
土方は薄く笑った。
いまでこそ副長なんて管理職の座に就いている土方だが、もとは三度の飯より喧嘩が好きという狂犬のような男である。
いまもって牙は抜けていない。
「ペラペラ、ペラペラ、ペラペラ、ペラペラとまあ、よく動く口だなあ」
挑発するように言った。
「で、誰からやるんだ?」
「上等じゃねーか!」
首が太く、イノシシみたいな顔をしたガキが応じた。
「ぶっ殺してやるぜ!」
イノシシ野郎は、テーブルの上の徳利をつかんだ。
徳利といっても、三十センチはあろうかという大徳利である。
そんなデカブツを、土方の脳天めがけて振り下ろした。
ああ、大変だ!
あんなもので殴られたら頭蓋骨はバキバキのボキボキ、脳みそは激しくシェイクされ、土方は見るも無惨な姿で三途の川を渡ることになるだろう。きっとあの世でも肩身の狭い思いをするに違いない。
――が、そうはイカの足!
ヒョイと、土方の前に出た男がいた。
沖田である。
沖田は、
「ベコッと頭が凹んだ上司の下で働くなんてのは、どうもねぇ……」
ニヤニヤ笑いながら、イノシシ野郎を真似てテーブルに腕を伸ばした。
ただし手にしたのは、大徳利ではなかった。
炙ったイカの足だった。
(酒の肴といえばやっぱりゲソ。相手が徳利を使うなら、こっちはゲソで応戦だい!)
というわけである。
沖田総司――こういうところにこだわる男なのだ。
さて、ゲソをつかんだ沖田。
徳利の軌跡を見定めて、
(それ、いまだ!)
左下から右上へ、ゲソを振り上げた。
直後、
「んぐっ!」
イノシシ野郎が喉の奥で声を漏らした。
沖田のゲソが徳利の腹に命中し、バリンッ!
徳利を叩き割ったのである。
――え?
ゲソで徳利を叩き割った?
分厚い陶器を、イカの足で?
そんなことが可能なのか!?
普通なら不可能に違いない。だが可能なのである。そう――沖田総司ならね。
徳利の破片が宙を舞った。
と同時に、沖田は再びテーブルに腕を伸ばし、今度は茶碗をつかむと、
「おっとっと」
徳利から漏れ出た酒をそれで受けた。
イノシシ野郎の方も沖田につられて、
「おっとっと」
酒が茶碗に入りやすいように、徳利の位置やら傾きやらを調整した。
かくして――透明な液体が茶碗を満たしていった。
その間、奇妙な沈黙。
とくとくとくとくとくという音だけが本堂に響いた。
沖田とイノシシ野郎は、互いをジーッと見つめ合っていた。
といっても、二人の表情は大違いだ。
沖田は相変わらず、口元に笑みを浮かべている。
イノシシ野郎の方は、顔面をピクピク、ピクピクと小刻みに痙攣させていた。
彼は恐怖していた。
沖田の得体の知れなさに。
そして、いつの間にか沖田に酌をしていた自分自身に。
彼は思った。
(なぜこんなことになった!?)
◇◆◇◆◇
あまりにも異様な光景に、その場にいた全員が黙り込んだ。
だがそれも束の間、我を取り戻した悪童どもがさえずり始めた。
「て、てめぇ! 酌なんかしてんじゃねーよ!」
「敵に酌をしてどうする!」
「上杉謙信気取りか!」
一方、イノシシ野郎はそれどころではなかった。
彼は怯えていた。
徳利の酒が刻一刻と減っていくことに怯えていた。
(この酒がすべて茶碗に移った時、何が起こるのだろうか?)
まさか、
「おい、徳利をもう一本おくれ」
「へい、喜んで!」
なんてことにはなるまい。
では何が起こるかというと……、
(何が起こるんだ!?)
間もなくその時がきた。
徳利が空になると、
「ねえ、副長」
沖田がのんびりした口調で言った。
「一献いかがです?」
「バカ、仕事中だ」
沖田は茶碗をテーブルに戻し、
「せっかく注いでもらったんだが、上司がああ言うもんでね」
イノシシ野郎に微笑みかけた。
イノシシ野郎はほとんど反射的に、
「いやあ、お互いに上役には苦労しますねぇ」
と微笑み返し、
(おれは何を言っているんだ!?)
心の中で自らにツッコんだ。
で、次の瞬間だった。
沖田の右手が動いた。
猛烈なスピードだった。
いや、嘘。じつはそんなに速くなかった。むしろスローなくらいだった。
それだのに、イノシシ野郎は反応できなかった。よくわからないのだが、気づいた時にはもう手遅れになっていた。
ゲソが鞭のようにしなり、ビシッ!
イノシシ野郎のこめかみに命中した。
完璧なクリーンヒットだった。
「アヘッ」
イノシシ野郎は失神。
仰向けにひっくり返った。
彼は白目を剥いていた。
その白目はやや黄みがかっており、
(おやおや)
山南は思った。
(肝機能が低下しているようだ。若いのにこれはいけない……)
◇◆◇◆◇
イノシシ野郎を倒した沖田は、テーブルからゲソを補給。
両手に一本ずつ握ると、ズンズンと前進していった。
思わず後ずさる悪童たち。
そんな中、
「オンドリャー!」
一人のガキが勇ましくも木刀を握り、大上段に振りかぶろうとした。
ところが、またしても沖田である。
沖田の動きは決して速くはないのだが、悪童たちが
(あっ!)
と気づいた時には、なぜかもう目の前まで攻撃がきていて、防御も不可なら回避も不可、というありさまだった。
――沖田の右手のゲソが、ガキの鼻を打った。
吸盤が衝撃で剥がれ、二つ三つ空を飛んだ。
ビシッとやられたガキは、鼻が痛い。
痛い痛い。
もはや木刀を振りかぶるどころではない。
思わず俯いた。
直後、
(しまった!)
ガキは自分の失敗に気づいた。
下の方からグーッと、香ばしいかおりを放つ何かが近づいてきたのである。
「何か」ってそりゃもうアレしかないわけだが。
沖田の左手のゲソが下から伸びてきて、カウンターの要領でガキの鼻を跳ね上げた。
ビシリ!
また鼻かよ!
もう堪らない。
ガキはとっさにのけぞった。
あとは簡単だ。
沖田はガキの胸をポンと突いた。
ただでさえ重心が後ろにきていたもので、ガキはあっさりとひっくり返り、頭を痛打、悶絶していた。
ゲソ二発からの突き飛ばし。
鮮やかなものだった。
◇◆◇◆◇
時を同じくして、土方と山南も戦い始めた。
二人は剣術の達人だ。
「おらおら、踏み込みが甘ぇぞ!」
「いけませんねぇ、右手がお留守になっていますよ」
部下に稽古をつけるように、悪童どもをどついて回った。
さすがは新選組である。
そこらのガキが敵う相手ではないのだ。
――と思ったのだが、
「助けてー!」
ふいに悲鳴が響いた。
原田の声だった。
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※全17話、7月5日に完結予定です。最終話まで完成済みです。




