第3話 そこにチャンスが転がっていた
土方は、大の負けず嫌いである。
自分たちの好感度が低いらしいと知り、
(ほお、上等じゃねーの)
心に火がついた。
(いくぜ爆上げだ!)
気合十分だった。
しかし――彼は忙しい。
メチャクチャに忙しい。
京都の治安を守るために、町をパトロールしなければならない。
怪しいやつがいれば尋問するし、そのまま斬り合いに発展することだってある。
また、とっ捕まえたテロリストが素直に情報を吐かない場合には、
「おれはリンゴの皮を剥くのが得意でねえ。――何を言いたいかわかるかい?」
と脅さなければならないし、それでもダメなら、
「島田ぁ、五寸釘持ってこい! こいつの脳天に打ち込んでやらあ!」
大工ばりに腕を振るうことだってある。
隊士同士が揉めたら
「両成敗だ! 歯ぁ食いしばれ!」
と鉄拳制裁しつつ、
「おれたちは互いに命を預け合った仲間じゃねーか。犬もかわいい、猫もかわいい、どちらもかわいいってことでいいんじゃねーか?」
諭さなければならない。
仕事のすき間を見つけては、
(爆上げの策を考えないと……)
と意識を向けるものの、すぐに、
「副長、大変です!」
と声がかかり、そうなったら
「おぅ、どうした!」
飛び出していくことになる。
アイデアなんてちっとも浮かばないのだった。
◇◆◇◆◇
そんなある日のことである。
町が西日に照らされ、ジワジワと橙色に染まり始めた頃。
新選組の拠点に、一つの情報が飛び込んできた。
京都の外れの方、六波羅から鳥辺野へ向かう道沿いに古びた寺がある。
そこに近頃、怪しい男たちが出入りしている。一人や二人ではない。少なく見積もって十人。多ければ三十人超。中には、帯刀していると思しき者もいる。
――とのことだった。
(ムムッ)
土方はうなった。
あのあたりは寂しい場所だ。
不逞浪士の隠れ家、または集会場にはピッタリである。
(大捕り物になるかもしれんぞ……)
パトロールに出ている近藤たちの帰りを待ち、主力メンバー総出で殴り込みをかけるべきかとも思ったが、
(いや、こういうのは時間との勝負だ)
(不逞浪士がまさに今夜何かを企んでいるおそれだってあるからな)
というわけで、愛刀・和泉守兼定に手を伸ばした。
そして、
「おぅ、山南! 読書中にすまんが緊急だ。いくぞ」
「ん? 原田よ、お前はまだメシを食っていたのか。え、二度目の夕飯? ……まあ何でもいいや。とにかくこい!」
「で、総司。お前は何をしているんだ? 何? 猫拳? じゃなくて猫剣? ほぉ、猫の動きを剣術に取り入れる……。うん、研究熱心なのはいいことだ。よし、お前もこい」
四人での出撃と相なった。
なお、新選組の拠点がある西本願寺から六波羅へは、京阪バスの大宅行、または醍醐バスターミナル行を利用するのが便利なのだが、うーん、残念。幕末にはまだバスは走っていない。
土方たちは暮れなずむ町を、足早に進んだ。
◇◆◇◆◇
鳥辺野に近づくにつれて、町家の灯りはまばらになり、道は細く、暗くなっていった。
やがて、朽ちかけた山門が見えた。
土塀はところどころが崩れ、境内には膝ほどの草が黒々と生い茂っていた。
ここだ。
ここに違いない。
怪しい男たちは、境内奥の本堂にたむろしているとのことだったが――、
(……)
土方は嫌な予感がした。
だって、風に乗ってプーンと漂ってくるのだ。
酒のにおいが。
あるいは、炙ったスルメのにおいが。
おまけに、
「ゲラゲラ」
笑い声まで聞こえる。
土方は嘆息した。
こんな陽気で無防備な不逞浪士は、まあ普通に考えてあり得ない。
沖田が偵察に出た。
音もなく闇に消え、本堂の様子を確認して戻ってきた。
「どうだった?」
「ええ。十五、六歳ぐらいの若者がざっと三十人。酒を飲んだり、ふざけて木刀を振り回したりしていました」
「……一応訊くがな」
と土方。
「どうだろう。お前には、尊王攘夷を唱える不逞浪士の隠れ家に見えたか?」
「そうですねえ」
沖田はわざとらしく考え込むふりをして、それからニヤリと笑った。
「どちらかといえば、悪ガキどものたまり場に見えました」
(やれやれだぜ)
土方は額を押さえた。
新選組の役目は、京都の治安を守ること。
不良少年を捕まえるのも仕事のうちといえる。
仕事のうちとはいえるのだが――土方は普段、腕に覚えありの不逞浪士たちと命のやりとりをしているのだ。
どうしたって、
(慌てて駆けつけたのに、ガキのおもりかよ。勘弁してくれや)
拍子抜けしてしまうのだった。
それは沖田や原田も同様で、
(やれやれ……)
二人は苦笑した。
そんな中、
(キラーン!)
目を輝かせた男がいた。
山南である。
彼は
「好機!」
と叫んだ。
「これは好機ですよ!」
声が弾んでいた。
はて。何をそう興奮しているのか。
山南曰く――新選組は、テロリストと戦う武装警察である。
しかし一般の人は、「テロと戦っている」だなんて聞いてもピンとこないだろう。自分の生活にどのようなメリットがあるのかイメージできない人も少なくないはずだ。
だがそれが、「新選組は不良どもを取り締まり、町の人びとの安眠に貢献した」。これならどうか? グッと印象が変わるのではないか?
山南の説明に、
「なーるほど」
土方は腕を組んだ。
「つまりこの機に乗じて、おれたちがいかに町の役に立つのかアピールしようというわけだな? そして好感度を上げてやろう、と」
「ええ、その通りです」
土方は大きくうなずいた。
「――いいねぇ、いいじゃねーか!」




