第15話 近藤勇、出撃す
食うものは、みたらし団子と決まった。
しかし会議は終わらない。
まだ他にも検討すべきことがある。
食い方、だ。
「串に刺さった団子を一玉ずつ食っていくだなんて、そんなチンタラやってらんないよ!」
こう主張したのは原田である。
「『早飯早糞芸のうち』って言うじゃないか。ここは二玉食い――いや、局長は口がデカいから三玉食いだっていけるかもしれない。とにかく、おれはまとめ食いを推すね!」
藤堂も
「異議なし!」
と声を上げた。
「茶屋にサッと現れて、団子が出てきたらサッと食い、サッと立ち去る。それが粋ってもんじゃないですかね」
山南も腕を組んだ。
「口いっぱいに団子を含んだ姿は、まるでハムスター……。わんぱくな印象で、若い女性の支持を得られるかもしれませんね」
(――お前の女性観は何かおかしくないか?)
土方は疑念を抱いたものの、かといって男ばかりで、
「お前は女をわかってねーよ。いいか、女ってのはだな」
なんて議論するのはあまりにも虚しい気がしたので、何も言わずに捨て置いた。
土方歳三。御年二十九歳。もうそういう話題で盛り上がれる年ではない。
議論はあっという間に収束し、
「二玉食いしかあるまい」
「場合によっては三玉食いだ」
ということで決着を迎えそうだった。
だが、
「ちょいといいですかい」
待ったをかけた者がいた。
沖田である。
沖田は、
「どうもみなさんは、肝心なことをお忘れのようだ」
小さく笑った。
「――青少年への影響ってやつでさあ」
その言葉に、
「あっ!」
みなが声を漏らした。
沖田は静かに続けた。
「局長がまとめ食いするのを見て、子どもが真似したらどうします? 新選組のせいで窒息事故が起きたなんてことになったら、こりゃ目も当てられませんぜ」
(その通りだ)
と土方は思った。
(おれたちはこの国の未来のために戦っているのに、その未来を生きるはずのガキを窒息死させていたら、これは本末転倒ってやつだぜ……)
「沖田くんの言う通りですね」
山南がうなずいた。
「われわれは肝心なことを見失っていたようです。青少年への影響を考えれば、一玉ずつ食べる。これは絶対です」
「そういうことなら」
松原が言った。
「しっかり噛むのも重要なんじゃないか? ほれ、噛まずに飲み込んだら危ないだろ?」
沖田がパチンと指を鳴らした。
「さすが松原さんだ。いいところにお気づきだ。ペースト状になるまで噛むべきでしょうね」
試してみようということになった。
全員が団子を口に含み、モグモグモグ。
大広間に、男たちの咀嚼音が響いた。
やがて、
「二十六回だな」
「おれは二十九回」
「おれは三十三回噛んだところでペースト状になったよ」
みなの声を受けて、
「間を取って三十回ということにしましょうか」
と山南。
筆を執り、
「団子は一玉ずつ口に含むべし。飲み込む前に三十回噛むべし」
とメモを取った。
◇◆◇◆◇
その後も細かい打ち合わせが続き――そしていよいよ、ダ号作戦の決行日がやってきた。
拠点の玄関で、
「行ってくるぜ」
近藤がみなに笑顔を向けた。
集まった隊士たちは、
「お気をつけて!」
声をそろえた。
当初は、
「誰が局長に同行しようか?」
「おれだ!」
「いや、おれだ!」
と大騒ぎしていた隊士たちだったが、
「お前もお前もお前も、ダメ!」
と土方。
土方は言った。
「この作戦は、近藤さんが一人で茶屋を訪れることに意味があるんだ」
「え、でも……」
「デモもストもあるかい! お前らをゾロゾロと引き連れて行ったらどうなると思う? 『鴨葱』はじつはテロリストの潜伏場所だった、近藤さんが隊士を連れて急襲した、みたいになっちまうじゃねーかよ!」
かくして近藤一人を送り出すことになったのだった。
◇◆◇◆◇
鴨川には、のどかな時間が流れていた。
キラキラと輝く川面。
風に揺れる新緑。
そして落ち着いた店構えの「鴨葱」。
ズラッと並んだ縁台では、客が思い思いにくつろいでいた。
斬るだの斬られるだの、捕らえるだの吐かせるだの、もう二、三発殴っちまえだの、そういった物騒さとは無縁の穏やかな日常があった。
――そこにいま、一人の男が足を踏み入れた。
近藤である。
近藤は川を覗き込んだり、かと思えばふいに空を見上げてみたりと、落ち着かない様子だった。
本人としては、景色を楽しむフリをしているつもりなのだが――まあとにかく、そうやって「鴨葱」に近づいていった。
店の前までくると、
「やあ、ここが噂の茶屋だな!」
今度はバカデカい声で、ひとりごちた。
「ちょいと団子をつまんでいこうかな! だって団子はおれの大好物だもんな!」
あからさまに演技くさかったが、これも山南のアイデアだった。
近藤はそれなりに知られた顔である。
「鴨葱」の客や店員の中にも、一人や二人はピンとくる者がいるはずで、となれば、
「……ゲッ、新選組の局長!?」
「まさかここで斬り合いが始まる!?」
「巻き添えはごめんだよ!」
と、みなが逃げ出してしまう懸念があった。
そんなことになっては好感度爆上げ作戦もクソもない。
だから先手を打って、
「今日はプライベートですよ」
「団子を楽しみにきただけですよ」
とアピールする必要があったのだ。
縁台に座っていた客は、
(やたらごつい男がきたな……)
(えっ、近藤では!?)
ちょっと動揺した様子だったが、それでも慌てて立ち去るなんてことはなかった。
どうやら山南の策が、功を奏したようだった。
それを見て、
(よっしゃ!)
物陰で拳を握った者がいた。
誰か?
土方である。
「近藤さんが一人で茶屋に行くことに意味があるんだ!」
なんて偉そうに言っていたくせに、何のことはない、こっそり拠点を抜け出して近藤を尾行、頬にすすを塗り、破れ笠を目深にかぶり、物乞いのフリをして四条大橋の橋の上に座り込んで、チラリ、チラリと近藤の様子をうかがっているのだった。
(抜け駆けだって?)
(バカ野郎! 副長特権だよ!)
◇◆◇◆◇
土方が見つめる中、近藤は頑張った。
かなり頑張った。
予定通りに、みたらし団子を注文した。
教えられた通りに、たっぷり咀嚼してから飲み込んだ。
隣の席の五歳くらいの男の子と仲よくなった。
その母親とも言葉を交わした。
そこで調子に乗って、
「おーい、店員さん。旨かったよ。みたらしを五十本追加しておくれ!」
と言い出したのはさすがに想定外で、タラーリ、冷や汗をかいた土方だったが、
「いやあ、旨い旨い!」
パクパク食べる姿は人びとに好感を与えたらしく、
「ほぉ、食いっぷりがいいねぇ」
「見ていて気持ちいいよ」
「局長さん、あんこも旨いですよ!」
あっという間に愛され大食いキャラの座を手に入れた近藤は、さすがだった。
(……最初から小細工なんて要らなかったのかもな)
と土方は思う。
考えてみれば、近藤は人から好かれる性質なのだ。
新選組がここまでデカくなったのだって、ひとえに近藤の人望ゆえと言っても過言ではない。
(これからは近藤さんをドーンと前面に押し出せばそれで十分なんじゃねーか? それだけで、新選組の好感度はアップするんじゃねーか?)
(よし、帰ったら山南に相談してみよう)




