第14話 練り上げろ、イメージ戦略
「新選組の好感度が低いのは、『親近感』が足りないからではないでしょうか」
と山南。
では、親近感の欠如が問題だとしてどうすればいいのか?
山南は
「――策を持ってまいりました!」
ニコリと微笑み、懐から半紙を取り出した。
そこには、
【ダ号作戦】
とあった。
山南曰く、京都にはカフェ文化というものがある。
一人で茶屋を訪れて、茶をすすりながらボーッとするもよし。
旨い菓子に舌鼓を打つもよし。
仲間とワイワイ盛り上がるも、またよし。
特に、鴨川沿いの茶屋のテラス席は大人気だという。
「風流どすねー」
原田が言った。
「典雅どすねー」
松原が続いた。
いやみである。
風情を解さぬ筋肉野郎どもが、いやみを言っているのである。まったく醜いものだ。
山南は聞かなかったことにして、説明を続けた。
――大人気の鴨川沿いの茶屋の中でも、気取りすぎず、かといって安っぽくもなく、ちょうどいい具合にこじゃれた店がある。
茶屋「鴨葱」だ。
「この『鴨葱』に、局長に行っていただきたいのです。そして名物の串団子を食っていただく。これが私の考えた策です」
「……串団子を食う?」
原田が困惑した表情を浮かべた。
「え、それだけ?」
「はい、それだけです」
「ふーん……。団子を喉に詰まらせるんじゃなくて?」
「ええ、また窒息させてやろう、天丼だ、みたいなブラックユーモアではなくてですね、そうではなくて――団子を旨そうに食っている姿を、京都の人に見てもらう。これが目的です」
山南は、
「想像してみてください」
ゆっくりと言葉を継いだ。
「『泣く子も黙る新選組の局長が、こじゃれた茶屋で、旨そうに団子を食っている』という絵面。これは効くはずですよ。一気に親近感が湧くと思いませんか?」
◇◆◇◆◇
山南の策には、試してみる価値がありそうだった。
かくして「ダ号作戦」の決行が決まった。
となれば次の議題は、「鴨葱」で食う串団子の味である。
みたらしか。
きな粉か。
それとも、もっとユニークなやつがいいか。
「そんなのどれでもいいだろ」
とお思いの向きもあるかもしれないが、どれでもよくはないのである。
何ごとにもイメージというものがあるのだ。
例えば、ある男がラーメンをすすっていたとして、それがシンプルな醤油味だった場合と、濃厚ガッツリな二郎系だった場合とでは、男のイメージはおのずと変わってくるはずだ。
あるいは、翌朝の肛門に禍根を残すタイプの激辛系だったらどうか。
イメージはやはり違ってくるだろう。
というわけで、
「おぅ、テメェら!」
土方が声を張り上げた。
「近藤さんにどの団子を食わせるかで、おれたちの未来が、この国の未来が決まってくるんだ。腹を据えて議論するぞ!」
「おぅ!」
みなが野太い声で応じた。
「さーて、口火を切るのはどいつだ?」
「へい!」
原田が手を上げた。
「おれに案があります!」
「よし、言ってみろ」
「おれが推すのは――納豆団子でさあ!」
(いきなり納豆かい!)
土方は思わず眉間を押さえた。
(納豆が悪いわけではない)
(悪いわけではないが――いきなり変化球だなぁ、おい)
一方、
「なななな、納豆!?」
悲鳴が聞こえた。
山南だった。
彼はあんぐりと口を開けていた。
すぐに我に返って、
「あ、失敬。取り乱しました」
と謝罪したものの、どうにも承服しかねる様子で、
「うーん、納豆。納豆ねぇ……」
ブツブツ言っている。
「納豆というのは好みが分かれる食べものですし、口臭の問題もある。私としては――」
「まあ待て待て」
土方は山南を制した。
「お前の言い分もわかるが、まずは原田の話を聞こうじゃないか。いいな? よし、それじゃあ原田。お前が納豆団子を推す理由を聞かせてくれ」
「へい、よくぞ訊いてくれました!」
原田は身を乗り出した。
「納豆といえば、植物性タンパク質の宝庫でさあ! 見た人は『さすがは新選組の局長だね。体のことを考えている』と感心するはずですぜ。こりゃ好印象間違いなし!」
「同感だ」
重々しくうなずいたのは松原である。
「ただし、団子の部分を鶏むね肉に替えられないだろうか? そうすれば理想的なメニューになるんだがなあ」
松原の言葉に、沖田がつぶやいた。
「気づいてくだせえ。それはもはや焼き鳥ですぜ……」
沖田の隣では、山南が遠い目をしていた。
「なるほど。お二人の中では、京都の人はみんな『筋肉野郎はだいたい友だち』みたいな価値観で生きているわけですね?」
会議は早くも、カオスに近づきつつあるようだった。
土方がパンと手を打った。
「よーし、一度落ち着け! 気合が入っているのはいいがな、しかし初っ端から飛ばしすぎだぞ。だいたい、初手納豆というのはちょっと尖りすぎじゃねーか? もっと普通でよかったんだぞ」
原田が首をひねった。
「普通、というと……」
「うん。例えばだな――」
土方はみなの顔を見回した。
「きな粉なんてどうだろう?」
直後、
「バカ!」
鋭い声が飛んだ。
山南である。
山南はすぐまたハッとなって、
「あ、失敬!」
頭を下げた。
(こいつ、団子一つにずいぶんマジになってるじゃねーか)
土方は心の中でニヤリと笑った。
(それでこそ、爆上げ本部長だぜ!)
「おい、山南よ」
土方が言った。
「きな粉ってそんなにダメかな? 素朴な感じがして、ご老人方のウケもよさそうじゃねーか?」
「――副長」
山南は静かに応じた。
「失礼ながら、それはちょっとご認識が甘いかと」
「ほお」
「あっ、きな粉だけに甘いというギャグではなくてですね」
「……」
「きな粉には、むせるリスクがつきものです。もしも局長がむせたらどうなるか?」
山南はスッと目を細めた。
「局長は口が大きいですからね、飛び散るきな粉の量も桁違い。ひとたび咳き込めば、あたりはたちまち黄色い煙に包まれることでしょう。――『しまった!』と狼狽する局長。しかしその狼狽が、さらなる飛散を招きます。慌てて立ち上がったせいで、皿の上のきな粉がバッと舞う。いまや視界はゼロだ。前が見えない。何だこれは、砂嵐か? それとも世界の終わりってやつか!? こうなったらもうダメです。周囲の客から上がる悲鳴。子どもは泣き出す。婆さんは念仏を唱え出す。隣の爺さんは心臓が止まっている。ああ、阿鼻叫喚だ。地獄絵図とはこのことだ!」
「うーむ……」
次いで、
「おれもいいですかい」
ヒョイと手を上げたのは沖田である。
「おれが気になったのは、きな粉は老人ウケがいいって部分でさあ。狙いはわかりますが、ちょっと露骨すぎていやらしくはありませんかねぇ」
「同意」
斎藤が無表情のまま言った。
「何者も舐めてはいけない。舐めプほど怒りを買うものはないのだから――」
「わかったわかった!」
土方は慌てて話を切った。
「きな粉はあくまでも一例だ。おれが言いたかったのは、奇をてらいすぎるなということなんだ!」
嘘である。
本当は
「きな粉だろ。ここは無難にきな粉で決まりだろ」
そう確信していた。
だがボコボコに批判されたものだからあっさりと持論を手放して、
「えーと、藤堂。お前はどう思う?」
話を流した。
急に水を向けられた藤堂は、
「そうですねえ」
腕を組んでしばし考え込んでいたが、
「奇をてらいすぎない方がいいってことなら、みたらしじゃないですかね?」
と応じた。
「王道を狙うなら、みたらしでしょうね」
賛意を示したのは山南である。
それに対して、
「どうかなあ?」
疑問を呈したのは原田。
「大の大人が食べるにはちょっと子どもっぽい気がするけどなあ」
山南がうなずいた。
「たしかに、みたらし団子には子どもっぽい印象がありますね。しかし、それがいいとも言えるのではないでしょうか」
「と言うと?」
「ほら、われわれは『親しみやすい新選組』を演出したいわけですからね。ちょっと子どもっぽいぐらいが最適だと思うのです」
土方は想像してみた。
デカい体を丸め、みたらし団子を頬張る近藤さん――。
すぐに
(あー、なるほど!)
ピンときた。
(ハチミツを舐めるクマの路線だな。こりゃ悪くねーぞ!)




